第2話:アリスシリーズ
「ああ、なに? シティから来たんだって! こんな最果ての村まで、よくもまあ……」
「あははは、お仕事ですから」
サリーは畑仕事をしていた男に話しかけた。
余所者――
それも、非常に目立つ容姿をしたサリーだったが、男には警戒の色は無かった。
男の方が視線の所在に困っているようだった。
サリーに目を向けては、すっと視線を外す。
「よう兄ぃちゃん、教えて欲しいことがあるんだけどな」
サリーに抱えられていたコアラが口を開いた。
「わ! 縫いぐるみがしゃべった!」
「あはは、この子、ロボットですから」
『この子じゃねえ、てめぇ殺すぞ。サリー』
「ロボット? え、ああ、そういえばそういうのもありましたね。戦争の前にはいっぱい…… 戦争中も――」
男はそう言うと少し顔色が変る。
歳は三〇から四〇の間だろうと、サリーは見当をつける。
この年齢であれば、辛うじて戦前のことを覚えているのだろう。
「そのロボットを探しています」
「ロボット?」
男はいぶかしげに言った。
「あー、人造人間、アンドロイドといった方がいいですかね~」
『サリー、俺を無視して話を進めるじゃねえ』
サリーはにっこり笑う。
「え? ここにかい。人造人間? アンドロイドって……」
「ええ、そうです――」
サリーは麦藁帽子のつばを指先でいじりながら男の言葉を待つ。
よく動く大きな瞳を上目遣いにしてつばを見ていた。
「あんた、そんなこんな場末の村に
「いるって情報があったんですよ。村長? 長老? 顔役? ええと、村の責任者的な人って―― どこですか?」
サリーの質問に、男はなんともいえない表情を浮かべたまま答えた。
その表情の中には恐怖、不安、疑問とあらゆる感情が混ざり合っていた。
「あんた、あの……シティーから来たって、もしかして…… 中央統治機構の」
男の顔色が変った。
『おいおい、結構勘のいい男だな』
『まあ、今時アンドロイドを探しているなんて酔狂なことしてるのは中央統治機構の中の人たちくらいですから』
男の顔色が更に青くなる。
サリーは「こんなに青くなるんだ~」と興味深げに男を見た。
全く持ってその瞳に屈託の色が無い。
「まあ、戦争中あれだけ暴れて―― 戦後もあれですからね。味方にも恐れられてましたし。しかし、このような遠く離れた集落でも情報は流れてくるんですね~」
「まさか…… アリス……」
男は細かく震えだした。
サリーは真正面から男を見た。
大きな瞳に男の魂が吸われたかのようだった。
ゆくりとした時間の中に沈黙が流れる。
サリー薄桃色の唇が動く。
「ええ、人造人間兵器・アリスシリーズ『デザーター』の捕獲、回収に来ました」
サリーは麦藁帽子を脱いで、ぺこりとお辞儀をした。
銀髪がふわりと揺れる。
そして――
男はがっくりと膝を地に着け崩れ落ちた。
顔色は人間離れした、やりすぎなほどの青色になっていた。
◇◇◇◇◇◇
戦争の原因は言ってしまえば単純なものだ。
食えないのだ。
人間は食えないから戦う。
宗教もイデオロギーも突き詰めていけばどうなるか?
人がどう生きるか?
人がどう食っていくか?
この問題をマニュアル化したものにすぎない。
要するに資源の再配分に人類は失敗したのだ。
二十一世紀中盤には、全盛期から世界経済を引っ張っていた大国が崩壊し分裂した。
ユーラシア大陸の東にあり、名目上の「平等」を謳っていた国家。
一党独裁による徹底した管理と資本の集中投入により発展していた国家。
その国家のあった大地は100年以上前に逆戻りしたかのように、各地の軍事勢力が支配権を争っていた。
果てしない内戦と都市部のテロが続く、この世界でも最悪の場所ろなった。
そして、世界中の国家の思惑が複雑にからんでいた。
人類にとっての災厄の詰まった呪われた地だった。
戦争が起こった。
その戦争にはかつてない兵器が投入された。
人造人間兵器もそのひとつだ。
そして、アリスシリーズというのは、戦争末期に投入された殺戮兵器だった。
可憐な少女の姿をした死神の群れだった。
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