ホワイトクリスマス

 寒い夜だった。

 かじかむ両手をコートの中に入れて、何も買わずに家から徒歩5分のセブンから帰ってきた。毎年、一人寂しく安いケーキをつつくのが恒例行事だったが、こんな日に何も祝うことなどないことにようやく気づいた。俺はクリスチャンではないし、もしそうだったとしても、今年は神に背いていただろう。

 一昨日連絡があった。ゆうくんのことはそう言う目では見れない。ごめんね。友達でいようよ。輪郭が心なしか硬くなったラインの白いフキダシの中にそれが入っていた。その文言の中の「友達」という言葉が、辞書に載っているものと違う意味を持っているのは俺でもわかった。だけど、そもそも一般的な意味の友達でさえ、俺にはよくわからなかった。男女で何回も会うのは、二人きりで飲みに行くのは、友達の範疇に入らないものだと勝手に思い込んでいた。急拵えのカップルがイルミネーションの中で浮かれているのを馬鹿にしていた去年の俺が、今の俺を見たら笑うだろうか。その急拵えの中にさえ入れずに、布団にくるまっているだけの俺を。

 寝る時間には早かった。やることがなかった。腹の底には鬱屈としたヘドロのようなものが沈澱していた。こいつを吐き出したくて酒を入れようと思ったが、冷蔵庫を開けて切らしていたのを思い出した。買いに行こうにも外は極寒だ。肌を刺す外気は俺の惨めさを強調するだけだ。冷蔵庫の扉を閉めると、上に置いてあるオナホが見えた。

 ストレスの解消法をあまり知らない。酒とオナニー以外に何をすればいいのだろう。俺はただひたすらに、ゴムの筒を性器に打ちつけていた。イラつきと焦燥で速度は増していく。だんだんとオナニーというより打撃に近いものになっていく。音が破裂音に漸近する。俺は古いアメリカ映画で見た、カウボーイにミニガンを放つ悪徳成金のことを思い出していた。俺のチンコがそうであれば良いのに。カウボーイなんてどうでもいい。「友達」のあいつもどうでもいい。街に放てればいい。見渡す家を、ビルを、人を、ミニガンで穴だらけにしたい。存在するもの全てを破壊したい。

 生ぬるい精液がゴム製の小陰唇から垂れてきた。ミニガンなんてどこにもない。俺の唯一胸に宿った願いは叶うわけもない。現実はこれだ。夢なんて見るだけ無駄だ。持たざる者は持っているものを必死に罵倒し見下して、自分の矮小さから目を背け続けるしかない。そこに近づこうとした俺が悪いんだ。脂汗がおでこに滲んだ。身体が自分のものではなくなってしまったように、うまく力が入らない。暑かった。随分長いオナニーだったようだった。部屋の中はもう年の瀬だと言うのに蒸されていた。冷たく乾いた空気を肺に回したくて、窓を開けた。

 神はいるのかもしれないと、人生で初めて思った。見渡す限り全てが白く塗りつぶされていた。この辺りでは珍しい雪が、当然のような顔で降りしきっていた。いや違う。雪ではない。これは精子だ。そうだ、今しがた俺が出した精子だ。一面の銀世界とはこうも荒涼としているのだなと思った。破壊だ。目に見える建物は全て、俺の精子のミニガンで破壊されている。俺の願いは神に通じたのだと思った。神というのはなんて、なんてクソみたいな、皮肉屋のクズなのだろう。俺は乾いた笑いを発しながら、俺の精子が街を破壊していく様をしばらく眺めていた。

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