へんちきりんな世界
ドアを開けるたび私は生まれ変わる。蝶番の軋む音と共に、いつも別世界に飛ばされる。薄い朝日に照らされる白と灰色で塗りつぶされた規則的な街が白骨死体に見えた。もう移り住んで2年が経とうというのに、毎朝、一瞬ここがどこなのかわからなくなる。私の名前もわからなくなるけど、表札に硬いゴシック体で印字された苗字を見て思い出す。私は森谷。森谷舞。叡督大学国際教養学部グローバルコミニュケーション学科2年。競技ダンス部Shante da Notesと総合ボランティアサークルAZMER所属。二駅先の駅ビル4階のコメダがバイト先。彼氏彼女なし。髪は金色でピアスは左5個右1個だけど、服は芋っぽいアウターにロングスカートしか着ない。性格は親しみやすくて少し抜けてるけど言わなきゃいけないことははっきり言う。右目の二連泣きぼくろと最近覚えた地雷アイメイクがチャームポイント。そうだそうだ、と思い出しながら、私はいつの間にか身体に張り付いていたその装備たちを揺らして大学へと急ぐ。
疲れたあ、と若干まだうわずった声で鍵を開ける。ドアの先は闇に沈んでいた。私はこの先がどこに続いているのかまたわからなくなったけど、電気をつけてドアを閉めると、そこがようやく私のワンルームだって思い出す。
気づくと私はさっきまでの私を脱ぎ捨てている。ゔぇぁあ。おっさんがえずくような音を発して万年床に崩れ落ちる。息ができなくなって顔を横に向けると、汁の若干残った中本の残骸と空のモンエナが目に入る。夕飯何にすんべな。なんかトップバリュのクソ安いカップ焼きそばまだあったっけ。立ちくらみながら子バエのたかるゴミ袋を足で退けて、あ、やべインチュニブまだ飲んでねえじゃん、って感じで朝飲むことになってる薬を飲み忘れたのを思い出して、セリアのラベルをまだ剥がしてないコップで飲んで、これでよしって思った途端、あれ私なにしに立ったんだっけって記憶喪失していることに気づく。
さっきまでの私がこの肉体を操っていたことが夢だったんじゃないかと思う。キッチンの奥のドアを見ると、あの向こうで今日やったことが他人事のように思える。
子供の頃、ナルニア国物語に憧れていたことを思い出した。あんな風にへんちきりんな世界に繋がるものがあったらいいのにと思っていた。だけど、私はその頃にはすでに、その扉を毎日くぐっていたように思えた。私は郵便受けがパンクしそうになっているドアを見ながら、一体どっちがへんちきりんな世界なんだろうと思った。
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