第21話 ピンポンダッシュ
霧湧村村長室。
村長室には宝来雅史と月野姫星と山形誠の三人が残った。
「それでは何か気になる事がありましたらご連絡ください。 失礼します」
村長の日村に報告が済んだ田中宏和は駐在所に帰って行った。
「それで、お二人はこれからどうなさいますかな?」
村長の日村が政史に訪ねてきた。雅史としては有力な手がかりが無い以上は、ここに長居するのは不要ではないかと考え始めていた所だ。
「そうですね。 当日の月野美良の足取りは大体分りました。 これ以上長居してもご迷惑になりますから、一旦引き揚げようかと思います」
雅史がそういうと日村は頷いた。
「あぁそうだ。 神御神輿を執り行う事にしたんですよ。 御神体が不在のままでは縁起が悪いと、村の年寄りたちが嫌がってましてね」
急に思い出したように誠が雅史に向って話し始めた。
「えっ、そうなんですか?」
雅史は村長に訪ねた。
「ええ、些細な事なんですが怪現象の報告の数が増えて来てましてね」
日村は渋々という感じで返事してきた。村で怪現象が発生しているなどと知られたくないようだ。
日村の話によると、霧湧村の中程を流れる増毛川の堤防に、長さ約百メートルに渡って亀裂が発生しているのを、村人たちが見つけたと連絡してきたのだ。
今の所、けが人や家屋への被害報告はなかった。
職員が亀裂を見た感じでは、すぐに川の決壊や崩れ落ちる可能性は無いだろうと思われている。
「地震などで亀裂が発生するのは良く或る事なんですが、最近は地震などが起きてなどいないんですよ。 なぜこうした亀裂ができたのかが丸で分からないんです」
現地調査を行った村役場の職員は言っていたそうだ。元々、小川のような小さい川なので、河川の決壊による、洪水のような騒動にはならないが、用心に越した事はない。国土交通省に調査を依頼するつもりだとも言っていた。
「実を云うと宝来さんたちがいらっしゃる前にひと騒動がありましてね……」
日村が目頭を揉みながら話し始めた。相次ぐ異変で村人たちが騒ぎ始めたのだ。
「やはり、ウテマガミ様の神域を、泥棒たちが汚したので、祟りが起きているのはないか?」
「このままでは作物が実るか心配だ」
「春先に行っていた神御神輿をもう一度やってみてはどうか?」
「神御越しを二回もやるなんて聞いた事が無いぞ?」
「秋にお帰りを願う神様がどっかに行ってしまったんだから、もう一度御出で願うのさ」
村人たちが役場に詰めかけて、受付係の担当を口々に責めあげていた。皆が心配し始めていた。
「そんな事は無い、これから長老たちに集まって貰って地鎮祭を行うつもりだ。 それまで落ち着きなさい」
村の長老たちに集まってもらい、春に行われる神御神輿を実行してはどうかと提案するつもりだった。
村の郷土史に略式のやり方が書いて有ると、力丸爺さんが言って来たんだそうだ。泥棒が死んだ噂を聞いた年寄が、ウテマガミ様の祟りだと怯えているので、村長の日村はその話に飛びついたようだ。
春に行われる神御神輿には神主を呼んだり、「石勿(いしもち)」、「神楽勿(かぐらもち)」、「錫杖歩(しゃくじょうぶ)」らが三日間の間、滝打たれて禊ぎをしたりと、色々と手続きを行うのだが、今回は沐浴だけで済ませるのだそうだ。
「私は祟りなんて信じていないが、村人たちが落ち着いて生活できるのなら、それに越したことはないでしょう」
日村は現実主義者だ。神様の祟りだの災いなどの戯言は頭から信じていない。しかし、村人たちの信仰まで否定するつもりなどない。祭りを執り行う事で皆が安心してくれのならそれで良しと考えているのだ。
「私には村社会の安定を保つ責任があるんですよ」
村長はそう言いながら笑った。
「良かったら見学して行きませんか? もっとも春にやるような正式なものでは無くて簡略化したものですけどね」
誠が雅史に提案してきた。折角、東京から来たのだからとの親切心なのだろう。
「はい、ぜひそうさせて下さい…… あっ、でも山形さんの家に御迷惑をお掛けするのでは無いでしょうか?」
雅史は誠に宿泊の都合を尋ねた。民宿では無いので、山形母への負担を考えたのだ。
「家は何日でも大丈夫ですよ……」
誠はにっこりと笑って快諾する。結局、雅史と姫星は誠の自宅に泊めてもらうことになった。
村役場を出た三人は誠の自宅に向かった。
「すいません、何日もご迷惑をお掛けして申し訳ありません……」
誠の自宅に移動して誠の両親に挨拶をした。本当なら二泊で帰る腹積もりだったからだ。
「いえいえ、いいんですよぉ。 お祭り見て行って下さいね」
誠の母は愛想よく言った。夕食の時に役場で聞いた怪現象のことを話してみたところ、他に発生しているのだと誠の母が言ってきた。
ちょっと山の奥に入った所にある家で毎晩十時ぴったしにチャイムがなるのだそうだ。ピンポンダッシュにしては時間が一定だし、田舎なので遅い時間は人通りも無い様な所だ。玄関に応対に出てみても誰もいない。家人たちは震えあがり『ウテマガミ様の祟り』だと噂していた。
「家も似たようなことあったけど、たぶん近所のアマチュア無線の影響では無いでしょうか?」
雅史が自分の実家で遭遇した、謎のピンポンダッシュの話をしはじめた。
「そんな事が有るの?」
姫星が尋ねて来た。
「アマチュア無線基地局の指向性を持った強力な電磁波が、チャイムを誤作動させる事があるんですよ」
雅史が電磁波がインターホンの電線を伝わってチャイムを鳴らしてしまう仕組みを説明する。
「いや、この辺にはアマチュア無線を行っている者はおらんのですよ。他に無線と言われるのは村の広域放送用か、携帯電話ぐらいなもんですわ」
誠が首を捻りながら答えた。アマチュア無線みたいな事をやっていたら噂に上るからだ。
「そう言えば携帯電話の無線基地局は修理出来たんですか?」
雅史の携帯電話は相変わらず不通のままだった。後で山形家の家電話を借りて月野家に電話報告しなければと雅史は考えた。
「いえいえ、それがですね…… しばらくは動くんですが、すぐに動作が不安定になって、遂には停止してしまうんだそうです」
誠の母がこたえた。
「携帯電話の工事関係者が弱り切ってましたよ。 何でも幽霊が出るって……」
そして誠の母は工事関係者から聴いた話をしはじめた。
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