第18話 毛巽寺

毛巽寺。


「恐らく低周波音にやられたんだ。 この村には通常では有り得ない特殊な音が発生しているらしい。 なんだか、異常な高周波音と低周波音に包まれている感じだ」


 雅史はタブレットを見ながら言った。


「低周波音の影響を受けた脳が、幽霊を創り出していたんだよ」


 力丸爺さんは話の途中から付いて行けなくなったが、どうやら姫星は大丈夫だとわかると、手に構えていた杖を元に戻した。


「そこでアプリを使って逆送波を送り出して打ち消すようにしたのさ」


 手にしたタブレット画面を姫星に見せながら説明する。


 原因は低周波音(19Hz付近)だった。それを敏感に感じる事が出来る人間が、長時間浴びていると幻覚や幻聴を見える様になってしまう。脳の神経が参ってしまうのだ。そして、有りもしない幻覚や幻聴・幻覚を創り出してしまうのではないかと言われている。

 他にも廃墟特有の雰囲気が、人間の感覚に勘違いをさせてしまうのもある。


 雅史が行ったのは逆送波を送り出し、その異常な周波音を打ち消すやり方だったのだ。ノイズキャンセルとも言われている。


「以前、友人が廃墟跡での幽霊騒ぎの検証に行った事があって、その時に異常な低周波音を計測したと、言っていたのを思い出したのさ」


 雅史は姫星にそう説明しながら、外に出ようと手招きした。本堂が原因なら、いつまでも姫星をここに置いて置く訳にはいかない。姫星の安全が最優先だからだ。


「人間は不安を感じたときに、自分が見えてたものを、自分の恐怖の記憶に置き換えるのさ。 その幻覚を勝手に解釈して霊現象だとしたがるんだ」


 雅史は姫星の手を引いて本堂を出ようとしている。今はアプリのおかげで抑えているが、根本的に解決している訳では無いからだ。


「…… じゃあ、幽霊なんかいないの?」


 姫星は尋ねた。心霊体験をしたという友人を何人も知っているし、自分でも見た……と、思っているからだ。


「そういう訳ではないよ。 本人が見たというのなら、きっとそうなんだろうと思うよ? でもね、確証の無い話を、むやみ信じては駄目だということだ」


 雅史は合理的に考える人間だが、他人の信仰まで否定するつもりも小馬鹿にするつもりも無い。

 自分に影響が無ければ、勝手にすれば良い考えているタイプだ。だが、他人に自分の信仰を強要する奴は大嫌いだった。


「今は防止されているんで見えなくなったのさ」


 雅史は姫星に説明しながら周りを見渡した。何も異常が無いが姫星をここに留めておくのは、危険なのかもしれないと思い始めたのだ。そして残念なことに、ここでも美良の痕跡は無かった。


「さあ、寺から移動しよう。どうやらここいら一体に妙な音が出ているようなんだ」


 雅史は姫星の手を取り先を促した。本堂から出ても若干の異常周波数が計測できている。だが、雅史は根本的な疑問があった。


「しかし…… どうして、こんな高周波や低周波が発生しているんだ?」


 雅史と姫星は本堂を出て来た。雅史は手元のタブレットのアプリを見てみた。するとさっきまでメーターを振り切る勢いだった、レベルメーターが平常値に戻っていた。本堂の中だけで謎の周波が発生していたらしいのだ。

 原因を探るのに興味を惹かれたが、今は姫星の安全と美良の移動した痕跡の確認が優先した。



「ほぉ、謎の異常音ですか……」


 毛巽寺を出た雅史と姫星とは、車で村役場に向かい村長に面会していた。異常音が村で発生していないか聞く為だ。


「実を申しますと、異常音では無いのですが、村の住人たちから似たような怪現象の報告が相次いでいるんですよ」


 そのひとつ。

 神社に至る道沿いに一軒の農家があった。神社に泥棒が入ってからの話だが、午前二時過ぎ位になると、ピンポンダッシュの悪戯をされるようになったそうだ。十分から二十分間隔で二、三回ぐらい鳴らされる。玄関にから外に出て見ても誰もいない。酔っ払いの悪戯だろうと思い無視した。しかし、次の日も悪戯されるので、頭に来てチャイムの電池を抜いたそうだ。


 それでも『ピーンポーーンッ』と鳴る。

 住民は震えあがり、余りにも気味が悪いのでチャイム自体を外してしまった。

 すると、今度はドアがノックされるようになったそうだ。最初は『コンコンッ』という感じなのだが、無視していると『ドンドンッ』と強くなり、ついには『ドンッドォーンッ』と家が振動する程のノックになる。住人も仕方無しに玄関に出ると、やはり誰もいない。


「もう、みんなノイローゼになりそうですわ」


 話をしてくれた住人は力なく笑っていたそうだ。


「泥棒が霧湧神社の御神体に、無礼を働いたせいだと村のみんなも言い出してましてね」


 そんな家が何軒かあると日村は苦笑しながら話していた。

 そこへ霧湧村の駐在所に勤める田中宏和が、自転車に乗ってやって来た。かなり、慌てているようだった。倒れた自転車も起こさずに玄関に回ろうとしている。


「田中君。 そんなに慌ててどうしたんだね?」


 日村が窓から田中に尋ねた。玄関に行きかけた田中は戻って来て日村の質問に答えた。



「警察署に勾留されていた泥棒の金田が死んだそうです」


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