第11話 御神体

 霧湧村村長の話。


 霧湧村の村長は日村浩一という名前だ。まだ、四十代で日本国内を見回しても、比較的若い世代に属する政治家だろう。実際に会ってみると温厚質実そうな人物だった。

 過日に捕まえた泥棒に、月野美良の事を質問にしてくれるように、警察に掛け合ってくれたそうだ。市井の人間ならばともかく、村の責任者に頼まれたら、警察も無下には出来無い様で、質問したそうだが『そんな女は知らない』と言われたらしい。

 ただ、泥棒一味が遭遇した不可解な出来事の様子を聞かせて貰ったそうだ。



 以下は泥棒の頭目と目される金田崇の話。


 時刻は深夜の三時ぐらい。今まで虫の鳴き声と風の音ばかりだった暗闇に、唐突にその音が混ざり込んできた。ザッザッザッと無言で歩く三人の男たち。手には懐中電灯、背中にはナップザック。ナップザックからはバールのような物が顔を覗かせている。


 日本の仏像や神具は海外で高く売れる。骨董的価値の高い、古い仏具が丁寧に手入れされ保管されているからだ。しかも、警戒心が無いのか容易く侵入が出来て、仏像などを持ち出すのは造作の無い仕事だ。


「クソがお似合いの田舎っすからね」


 尾栗哲佑(おぐりてつひろ)が言うには、此処には防犯装置など無いし、住職や神主も不在だと言われている。


「この国はマヌケが多いからな」


 リーダー格の金田崇(かねだたかし)がほくそ笑みを浮かべながら同意している。


「売りさばいたら外国に逃げちまえば追跡しないからな」


 子分の木下靖男(きのしたやすお)が愛想笑いをうかべている。

 最初は毛劉寺(もうりゅうじ)に忍び込み、まんまと観音菩薩を手に入れた泥棒一味は、次に毛巽寺(もうそんじ)に忍び込んだ。ところが泥棒たちは、お目当ての仏像が無くなっているのに気が付き憤慨していた。何しろ毛劉寺にあった観音菩薩像は、一目で昭和の時代に作成されていると判る代物。闇市場で高く捌けるはずがない。

 先日、下調べをした時には、毛巽寺の本堂には江戸時代に作られたという、古い仏像が納められていたのを目撃していた。ところが中に入ってみるともぬけの殻だった。仏像はおろか木魚すら無かったのだ。


「どういう事だ!? ああっ?」


 泥棒団のリーダーである金田が尾栗に詰め寄った。


「せ、先月来たときには確かに仏像が在ったんだっ!」


 尾栗がその時の模様を伝えた。

 しかし、彼らの行動は村人に見られていたのだ。行動を不審に思った村人たちは、仏像を村の公民館に避難させていたのだ。だが、金田たち泥棒一行はそんな事は知らない。


「そうだ! この寺の裏手に小山がある。 そこの頂上にも古い神社があった。 そこに移動したに違いない!」


 尾栗が苦し紛れに下見の時に通った場所を思い出した。そこで三人は神社に押し入るべく山道を歩いているのだ。

 獣道のようになっている山道をガサガサと進んでいくと、目印にしている大岩が見えてきた。そこを曲がって緩い階段を登りきると霧湧神社だ。まだ、深夜という事もあって誰も居ない境内を進み、本殿の前に三人はやって来た。


「こういう屋代にお宝が眠ってるもんですよ」


 木下はニコニコしながら、バールのような物で本殿のドアをこじ開けた。しかし、中はガランとした空間が広がっているだけだった。


「…… 何にも無いじゃねーかよ」


 金田のこめかみがヒクヒクしている。毛巽寺に次いで、ここも空振りなのだ。ふと、見ると賽銭箱がある。金田が賽銭箱の中を覗くと空っぽだった。

 折角、山中にある神社まで来たのに、お賽銭はおろか金目の物が一切無い。


「何処まで貧乏なんだよ。 この村ぁっ!」


 リーダー格の金田が本殿の前にある、お賽銭箱を腹立ち紛れに蹴飛ばした。


「神棚の御神体を見てみますか?」


 三人は本殿の中に入り込んで、木下が御神体を奉納してある祭壇の扉を、バールのような物でバリバリと破壊した。そして、懐中電灯の明かりを祭壇の中に向けてみる。


「なんだあ? 石っころとか茶碗の欠片じゃねぇか!?」


 そこにあったのは、茶碗のような陶器の欠片の上に載せられた白い石だった。土台には何やら綿のような物が敷いてある。金田は御神体の茶碗の欠片を手に持って毒づいた。


「クソがっ! ガソリン代にもならねぇじゃねぇかっ!」


 金田が扉を蹴飛ばして、手に持った石を放り投げようとした。


「いやいや、石が何か特別なもんかも知れないよ。 知り合いに宝石の鑑定士が居ますから、そいつに見て貰いやしょうや」


 尾栗は金田を説得してコンビニのビニール袋に、手にした御神体一式をザラザラと流し込んだ。


 その時。急に空気が変わった。少し蒸し暑いぐらいだったのに、三人の周りの空気が冷たく感じたのだ。


「…… 誰か来たのか?」


 尾栗が警戒したように呟いた。泥棒と言うのは気配を察するのが非常に巧い。まあ、そうで無ければ捕まってしまうので当然ではある。


「様子を見て来いよ」


 金田が木下の背中を小突いた。


キィーーー キィーーーッ


 金田に促された木下は、仕方なく扉のとこまで行こうとした。その時に、何かガラスのような物を、引っ掻くような音が聞こえ始めた。


(何だ? 扉の所に誰か居るのか?)


 木下は手に持った懐中電灯の明かりを消して様子をうかがった。しかし、誰かが歩いている気配が無い。足音も話し声も聞こえないのだ。三人とも無言で佇んでいる。


キィーーー キィーーーッ


 それでも異音は聞こえる。と言うより、段々大きくなっている気がする。

 金田たちの額に汗が浮かび始めた。尾栗は何だか違和感を感じていた。目の前の薄暗い広間、その見え方がどこかおかしい。 少し考えた後、理由がわかった。


 突き当たりに自分たちが壊して入ってきた扉がある。その扉の隙間から月明かりが差し込んでいるのが見えていたはずだ。この暗さなら、自分たちの位置からでも月明かりが見えなければならない。

 見えないと言う事は、扉の前に誰かが居て、中の様子を伺っている可能性がある。そう考えたのだ。


キィーーー キィーーーッ


 しかし、その判断が間違っていることに気が付いた。扉の隙間から月明かりが見え、そしてすぐ消えた。

 外を誰かが通っているのでは無い。灯りの無い薄暗い広間を、黒い霧のようなモノが行きつ戻りつと往復しているのだ。それが通るたびに扉の隙間をさえぎる。それで月明かりが見えたり消えたりをしているのだ。


「…… 誰か中に居るんだ……」


 その意味に気がついた三人は、傍にあった窓を開け放して逃げ出した。扉の前には『アレ』がうろついている。窓以外に逃げ道が無い。


キィーーー キィーーーーーーッ


 ガラスをこする音は一際大きく唸り、三人は窓からひと塊になって外に逃れた。


 再び、建物に懐中電灯の明かりを向けたが、そこには何も居らず、黒い霧のようなモノも居なかった。不思議な事に、ガラスを引っ掻くような音も、聞こえ無くなっている。


「外には出てこられないようだな……」


 三人は怖々と後ろ振り返りながら本殿から離れた。傍にいると黒い霧が窓から出て来るかもしれないからだ。


「あれっていったい……」


 木下は怯えていた。怪談話が苦手なのだ。


「い、生きてる奴じゃねぇよ……」


 尾栗もまた怪談が苦手だった。


「はっ、幽霊なんざ怖くねぇよ」


 実を言うと金田も怖い話は苦手なのだが、手下に弱みは見せられないので強がって言い放った。


「……もういいや、あの仏像売り払って逃げようぜ」


 木下がうなだれたように下を向きながら言うと、『そうだな』と残り二人も返事をした。

 そして、三人が麓に降りようと境内を歩いていると、また何かが聞こえ始めて来た。

 三人ともギクリとして立ち止まる。


 何しろ本殿の中で意味不明なモノを見たばかりだからだ。


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