第2話 霧湧村

霧湧村。


 翌日、美良は自分の軽自動車を運転して、カーナビを頼りに村に出向いた。目的の村に近づくとトンネルが見えて来た。

 車が一台通れるような狭いトンネルだ。


「ええーーー、ちょっとぉ……」


 何よりも薄暗いのが不気味な雰囲気を醸し出している。怖い話は苦手では無いが、そこは女の子だ。独りで進むのに躊躇しているのだ。

 山を迂回すれば行けない事も無いが時間が掛かってしまう。余計な手間を掛けたくない美良はそのまま進む事にした。

 しかし、トンネルに差し掛かった瞬間、誰かに『入るなっ!』と警鐘を鳴らされた気がする。耳ではなく頭の中に直接響いた気がしたのだ。

 美良は思わず車を停車させてしまい、辺りの様子を伺ってしまった。だが、誰もいない。前を見ても後ろを見ても無人だった。

 そして、人が隠れている気配も無い。


(気のせいか……)


 美良は自分の気のせいだと言いきかせて、そのまま車を村に向けて走らせた。

 霧湧村に辿り着いた美良は村役場に向かった。ネットである程度は調べたが詳細は村の人に聞く方が早いからだ。


「あのー、すいません。 月野美良と申します」

「はい、どんな御用でしょうか?」

「鎮守の祭りに詳しい地元の方を紹介して頂けないでしょうか?」

「良いですけど…… 雑誌か何かの取材ですか?」

「いえ、大学生で民俗学を学んでおります。 大学の論文を作成するために、祭の事を尋ねに来たんです」

「ああ、そうですか! それはそれは……」


 村役場で来訪の目的を伝えると、村の役人たちは大層喜んでくれてた。

 何も無い田舎の村に、都会から若い女性が来ることが、珍しいので嬉しかったのであろう。自ら案内役を買って出てくれた。


 村の史跡を巡っている時、村の一番高い山に登ると眺めとは裏腹に寂れた神社があった。昔は神主も居たのだが村人の減少に合わせて無人となり、村人たちが交代で境内の掃除などをしているのだそうだ。

 美良の目的だった鎮守の祭りは、春先に行われるだけなので見学したければ、その時に来るしか無いと言われてしまった。美良は神社の成り立ちなどを聞きながら、論文用に何枚か写真に収めていった。


「先日、泥棒が入りましてね。 大したものが無いのが気に入らなかったのか、扉なんかを壊していきやがりまして…… まったく、神さまに畏敬を持たない輩には困ったもんですわ」


 案内してくれた村役場の人が怒りながら言っていた。何も置かれていないので、神社の本殿の中はガランとしていた。


「泥棒が神社の中を荒らしてしまっていますが、古いだけで特に謂れのある場所では無いのですよ」


 境内を掃き掃除をしていた老人が話してくれた。


「ただ…… 御神体を何処かに捨ててしまったらしくてね……」


 老人は続けてそう言って顔を曇らせてしまった。普通、神社の御神体というのは「三種の神器(勾玉・剣・鏡)」が殆どだが、ここの神社では河原で拾った石なのだそうだ。


「折角、苦労して押し入ったのに、御神体がただの石ころでは、泥棒もさぞやがっかりしたでしょうな」


 そう言って老人は『カッカッカッ』と笑っていた。



「この先にもお寺があります。 神社と同じで住職はおりませんが、古い仏像なんかはありますよ?」


 案内役の山形誠が言ってきた。


「はい、ぜひ見学させてください」


 美良は古い仏像に興味を示して案内を頼んだ。


「わかりました。 こちらへどうぞ」


 山形は喜んで美良を寺に案内した。そして、神社からの帰ろうとした時に、美良は何かを踏んでしまった。薄汚いコンビニの袋だ。なんだろうと屈んで手に取ると、中には茶碗の欠片が入っていた。


(なんだ、ゴミか……)


 美良は帰りがけにでも捨ててあげようと、自分のバッグに欠片をしまった。


(このまま捨てて置くのも神様に失礼よね……)


 美良は道端に落ちてるゴミは積極的に片付けるタイプだ。

 その後、寺の中を見て回り山形に謝辞を述べると、そのまま車で帰宅の途についた。



 翌日は大学で村で取材した内容をパソコンで論文の形にしておいた。雅史はもう出張から帰って来ていたが、予めメールで村に行った取材の内容を書いて置いた。

 一緒に行けなかった事を大層残念がっていたが、埋め合わせに東京ねずみ園に連れて行ってあげると言うと機嫌が直ったらしい。本当は自分が行きたかっただけなのだが、雅史は美良と二人きりになれるのなら、近所の公園でも大喜びしたであろう。


「ふふふっ……」


 その事を考えるとニンマリしてしまう美良であった。

 ふと見ると、大学の教室の窓に何かが張り付いているのに気が付いた。なんだろうと近寄ると紙で出来た人型だった。


「え? なに?? 気味悪い……」


 その人型は美良の見ている目の前から、風に吹かれてどこかに飛んで行ってしまった。


「……」


 そういえば大学に来る前に、駅のホームで誰かに見られている気配がしたが、あれは気のせいでは無かったのかも知れないと思い始めた。

 ひょっとしたら自分の勘違いなのかもしれない。闇雲に雅史に心配かけるのも嫌だったので、自分が覚える違和感については何も言わない事にしていたのだった。


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