第23話 聖女の奇跡とタイトルマッチ

 昨日の夜の特番で更に全国への晒し者になった感はあるけど、流石に今日の朝は、うちの廻りに人があふれる状況にはなってなかった。


 安心して学校へ向かい、教室に到着すると昨日の番組の話題で盛り上がっていたら、また校内放送で呼び出しがかかった。


 今日はなんだろうな? と思いながら職員室へ向かうと、綾子先生から伝えられた。


「松尾君が進学希望を伝えてくれていた高校からの、特待生の申込みが来ていますが、どう返事をしますか?」

「競技に縛られた進学は希望していないので、特待入学はお断りして置いて貰えますか? それ断ったら一般入試は駄目とか無いですよね?」


「一応確認してみますけど、対象校への進学予定がある事は伝えておいても大丈夫なのかな?」

「それは問題ないです。推薦枠とかは一切使わないで、一般入試でお願いしますと伝えて下さい」


「解りました。その通りに伝えておきますね」


 その日は何事も無く過ごして明日からの中間考査に備えて、最後の確認で遊真の家にみんなで集まった。


「遊真も一緒に試験受けに行こうぜ、全国模試」と気軽に誘ってみたら結構マジで「そうだな、俺も自分の限界とか知ってみたいしやってみるよ」と乗り気だったので、昨日のテレビ局で会った、有名塾講師に二人で行っても大丈夫か確認すると、OKだったので日曜日は遊真と出掛ける事にした。


 すると香織ちゃんが「ねぇ翔君。来週さ、剣道の全国大会に向かって、市の予選大会が有るんだけど翔君も出てみない?」と言われた。


「急に出るって言って出れるの?」と確認したら、大丈夫だって言うし、来週は予定は何も無いから、

「じゃぁ来週は香織ちゃんと剣道大会だね!」と言うと、


 アンナが羨ましそうに「いいなぁ私もなにか全国レベルの実力が欲しいよ」と言い出した。

「きっとアンナはモデルスカウトとかに応じたらすぐに全国どころか世界レベルのスターになると思うよ?」とフォローしておいた。


「そ、そうかな?」とちょっと顔を赤くして、ニマニマしてた。


 うん、そのチョロインっぽさが素敵だ!

 そして、六時前には家に帰宅すると、母さんが「翔、なんかね今日一日で凄く大変な事になってるんだけど、どうしよう?」と言ってきた。


「何が大変なの?」

「たくさんあるか、しっかり聞いてよ?」


 そう言いながらお袋が伝えてくれた内容は……


 マネジメントをさせてくれて言う怪しげな申込みが二十件。

 CMの出演依頼が三十社。

 競技ウエアの専属契約の申込みが、国内海外併せて十社。

 雑誌の取材申し込みが十五誌。

 テレビ番組の出演依頼が四十二番組。


 後は、いっぱい賞金稼いでるんだから寄付をしてくれって言う団体が二百件くらい。

 宗教の勧誘みたいなのも多数あった……


 高校からの、進学の勧誘もこっちにもたくさん来ている。


「どうする? 全部見ておく?」

「いや……無駄に疲れそうだからやめとくよ……」


「それとね、今日の十九時頃に昨日の司法書士さんの紹介で、CM関係の契約とか、大リーガーのエージェントを専門にしている弁護士の人がいらっしゃる予定になってるわよ」

「あー、それは助かりそうだね。CM関係とかは全部丸投げしちゃおうよ。別に嫌じゃないけどちゃんとした人に間に入ってもらったほうが良さそうだしね」


 そして、家族で夕食を済ませて待っていると、十九時前に弁護士さんが現れた。


「始めまして、契約関係を中心に活動しております、弁護士の今泉と申します。松尾君が安心して競技活動に取り組めるように、契約などの雑用はお任せ頂ければ、お互い良い関係を築き上げれると思います。最初に私の契約条件を明確にしておきたいのですが、いかがでしょうか?」


 両親と俺を前に、最初に手数料を明確にしておきたいとの発言だった。

 まぁ巨額が動くビジネスになるのは間違いないし、そこは大事だろうと思い了承する。


「通常エージェント契約の場合、付き合いの少ないうちは成功報酬の二十パーセントが目安になり、六回目以降十五パーセント、十一回目以降十パーセントと言う契約が一般的です。もしくは金額により契約額いくら以上は何パーセントと言う形ですね。しかし今回の翔君の場合、契約が巨額になるのは目に見えています。最初から固定の五パーセントでいかがでしょうか? テレビ等のメディア出演料とCM出演料。及びイベント出演料が該当しますが、今後プロスポーツ団体に所属する場合は、その交渉も担当させて頂きたいと思います。この内容でいかがでしょうか?」


 父さんが今泉さんの発言に対して返事をした。


「一応私も事前に一般的なエージェントの手数料は調査しておきました。仰る通りの内容でしたので今泉さんが良心的な条件を提示されているのがよく解ります。どうだ翔、俺は今泉さんで問題ないと判断するが翔はそれでいいか?」

「父さんが、大丈夫だと思ってくれたならOKです。今泉さんよろしくお願いします」


「ありがとうございます。今回私が五パーセントの手数料で提示させていただいたのは、マネジメント自体は私の方では行わずお母様がなさるという条件を伺っておりましたので提案させて頂きました。私の方はお母様から一覧にされた申込先を預かりCMであれば一業態一社などの約束事がありますので、一番条件の良い物を引き出しつつ、松尾君の希望に添える方法を取りたいと思います」

「では早速、今日の申込先をお渡ししますので、よろしくお願いします」と母さんが早速丸投げモードに入った。


「法人の設立に合わせて、ホームページも新たに起ち上げ、顧客からも解りやすくして行きたいと思います」


 そんな感じで、俺の代理人も決まり基本的に俺が母さんに希望を伝え、母さんと今泉さんが契約先を決定。

 と言うスタンスを取る事になった。


 ◇◆◇◆ 


 そして寝ようと思って、自室に戻るとマリアンヌから念話が入って「今日最初の奇跡のお告げが起る予定になってるわ、対象はHIV患者のハリウッドスター、小児がんのスラムから助け出された孤児、もう一人は片足を事故で失った元陸上の女王になったわ」


「奇跡はどうやって伝えるの?」と聞いてみる。

「外出中に3Dホログラフの再生装置を仕掛けておいてね、寝付く前に電気を消したら起動するようにしておくの、聖母の姿で優しく語りかけ、翌朝にカトリック教会へ連絡を入れれば、バチカンに伝わるようになっているわ。奇跡が通達された信者は教会がすぐにバチカンまでお連れ差し上げて、聖女と教皇様による奇跡を体験する手筈ね」


「メチャクチャ大掛かりなんだね、まぁ奇跡の演出にはそれくらいは必要な事なのかな?」


「でも3Dホロの設置と撤収とか忍び込むのが結構大変そうだね」


「そこが問題だけど、全部翔君に頼むのも悪いしね、それは何とかするよ。じゃぁ来てもらう時にまた念話入れるね」


「OK連絡待ってるね」


 ◇◆◇◆ 


 翌日は、中間試験で授業もなく、午前中で終わったので、ボクシングジムを覗くと、プロ選手の五人が揃っていて、試合前の最終調整をしていた。


 今週の金曜日に全員マッチメークしてあって、俺は応援としてセコンドでタオル係をしてくれと頼まれてる。

なんかそれが条件でテレビ撮影が入ってるらしい、会長に良いように使われてるよな俺。


 まぁ会長いい人だから、なんか憎めないんだけどね。


 最終調整はみんな減量できつそうな表情をした中で行われてる。前日に計量して、それから試合までの間に乾いたスポンジに水を染み込ませるような感じで、体重を戻し計量時と試合時で体重が五キログラム以上違う選手もざらに居るらしい。


 でもさぁみんなそんな事するくらいなら、計量を試合直前にするようにして、階級ごとの体重自体を5kgずつ引き上げるとかしたら良いのにね?何で前日に計量しなけりゃならないんだろ? 不思議だな?

 それでもルールはルールだから、その中でベストなパフォーマンスを出せる方法を考えてるんだよねきっと……


 その日は、一通りみんなと軽くスパーリングしてみたけど、減量のピークでキレが悪くて大丈夫なのかな? って心配しちゃったよ。


 ◇◆◇◆ 


 そして翌日、試験の二日目を終わって再びボクシングジムを訪れると、みんな計量をパス出来たみたいで必死で体重を戻すために、お粥をすすっていた。


「明日は頑張ってくださいね!」って声を掛けて帰宅していると、マリアンヌから念話が入った。


「今から大丈夫かな?」と聞かれたのでOKと伝えて、コンビニのトイレに入る振りをして、バチカンに飛んだ。


 一人目のハリウッドスターは、HIVもかなり進行しており誰が見ても、長くないと思えるような状態だった。

教皇様と入れ替わった俺は、マリアンヌと一緒に患者と三人で手を繋ぎ、聖魔法の治療スキルを使った。


 淡い光が三人を包み、光が晴れた後には、顔色の良くなったハリウッドスターが、安らかに睡眠していた。


 二人目は、スラム出身の少年で八歳にして全身をがん細胞に侵されており、身体もやせ細っていた。

 同じ様にスキルを使って、終わった後には隣室のベッドで休ませた。


 最後は、右足を失った陸上の女王だ。

 彼女は、欠損なので瀕死の病状にあった二人と違って、意識ははっきりしている。

 教皇様の姿をした俺と、聖女マリアンヌにそれぞれ手を握られながら、俺がスキルを発動する。


 三人を包み込む光が晴れるとそこには、失った右足を取り戻した陸上の元女王の姿が在った。

 

 その三人の姿は、翌日、大寺院で教皇と聖女から祝福を受けた神の使徒として世界へ向けて発表された。

 奇跡の結果を目の当たりにした世界は、教皇様とバチカンに多大な祈りを捧げ、俺の懐には多大な幸福キャッシュが収納されて、気分良く家に戻った。


 バチカンの発表により、誰にでも奇跡が訪れるわけでなく、今回のように神の啓示が枕元に訪れた敬虔な信者に、教皇と聖女が力を合わせ神の力を注ぐと言う条件が整えさえすれば、奇跡が起こる可能性があると、教皇庁から公式に発表された。


 ◇◆◇◆ 


 そして俺は、ボクシングの試合会場に来ている。

 今日は、俺が練習に通っているボクシングジムに所属する五人のプロ選手の試合が行われる。

 昨日の計量後からじっくりと時間を掛けて体重を戻した五人は、昨日とはうって変わった顔色の良さで、試合前のロッカールームで行っているシャドーも切れが戻っていた。


 今日はタイトルマッチが二つ行われる。

 C級の四回戦が二試合

 B級の六回戦一試合


 タイトルに挑戦するのは、俺が最初にジムに行った時相手をしてくれた真司さんだ。

 タイトルを防衛するのは、現役チャンピオンの健人さん。


 会場に貼られたポスターには、ボクシングジムの名前「加山ボクシングジム」から名付けられた『加山祭』と大きく書かれ、所属選手の写真が載っているが、ポスターの端っこに見捨てることの出来ない一文が書かれていた。

 

【当日来場者から抽選で十組に試合開始前にチャンピオン『白井健人』と当ジム練習生『松尾翔』君の3ショットでの写真撮影をプレゼント】


 と書かれていた。

 会長やってくれるよねぇ……

 

 一昨日ポスターがネットで晒されて、ものすごい人数が試合会場に訪れ、三千席分のチケットが瞬間で売り切れたそうだ。


 チケットの売れ行きが伸び悩んで居たから三日前に、ワープロでこの一文を打ってポスターに貼り付けたらしい。


 加山会長の事前工作でテレビ中継も入っていて会場は超満員で大盛り上がりになっていた。

 試合開始は十八時半からだが、3ショット撮影会の抽選は十八時からで、チケットの半券に書かれた通し番号が抽選番号となる。


 遊真達のいつものメンバーも、チケットを貰って見に来ていたが、俺はセコンドでタオル持って立ってるだけだからね?

 十八時を迎えると場内アナウンスで当選番号が告げられ、当選者がリング前に呼び出されると、俺と健人さんがアナウンスされ、花道から現れた。


 二人で観客のみんなに手を振りながら花道を歩く。

 健人さんが俺にささやく「この声援の99%が翔に向けての声援だよな、俺も頑張って半分は俺の声援だって言える様になるぜ!」と、ウインクしてくれた。


 俺は「健人さんならすぐに俺よりよっぽど声援を集める世界チャンプになれますよ!」と言った。


 無事に十組の写真撮影も終わり、試合が始まった。

 加山ジムのメンバーは、びっくりするほどみんな強かった。

 全員がまさかの、3ラウンド以内でのKO勝ちをおさめて終わった。


 時間が余ってしまったので全員で揃ってリングに上がり、試合後と思えないほどみんなが綺麗な顔をしている状況で、一言づつ満員の観客に向かって挨拶をすると、最後に健人さんがタイトルの返上と、世界戦への挑戦を発表して、大盛り上がりで終了した。


 俺にも話が振られたので「明後日全国模試なので、早く帰って勉強しなけりゃヤバイです」と発言したら結構受けてた。

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