第17話 ボクシングの地区予選と勇者パーティの女の子
風に舞う桜の花びらの中を、朝から走っている。
一応ボクシングジムの会長が、練習プログラムを作ってくれているので、全くやらないと悪いかな? と思って時間の有る時は、こうやって走ることにしてる。
香織ちゃんの家の道場にも、週一は顔を出すようにしている。
俺が行くと、先代のお祖父ちゃんが色々と教えてくれるのが結構楽しい。
俺が教えてもらうのは、剣道ではなく古武術や、真剣を使った居合や抜刀術と言うものを中心に習っている。
向こうの世界では、剣も扱っていたし、体術もそれなりのスキルを身に着けていたけど、それは殆ど身体能力任せの我流であり、何百年も技を極めてきた古流派の技を身に付けることで、ステップアップを目指す。
俺が道場に行く時間は大体朝の6時頃だ。
香織ちゃんが朝4時から6時の間を稽古時間にしていて、それが終わるくらいの時間に訪れるようにしている。
抜刀術で、巻藁を両断する瞬間が一番楽しい。
やるたびに切り口が綺麗になって行くのが解って、成長を感じられるからだ。
最初の頃は、斬ると同時に上部が倒れたり、飛んで行ったりしてたけど、今では刃が通過してもそのままの形で巻藁が残り、手で押してやる事で漸く落ちて来る様になった。
古武術の方も、関節技と合気道を中心に習っている。
今の俺なら陸奥◯明流とだって戦えるぜ!
お気に入りは『座捕り』と言われる物で、お互い正座して向かい合って、手だけを使って相手を転ばす物だが、最初の頃は何度やっても面白いように、転がされた。
そして、それが理解できるようになった頃には、全てにおいて俺自身が一段階上の存在に辿り付けたと思う。
今ではボクシングジムに行っても、ジムで唯一の日本チャンプである健人さんとスパーをして、全てのパンチにカウンターを併せることが出来る様になってきた。
健人さん自身も俺とのスパーで、どんどん強くなって行き、次の防衛戦でベルトを返上して、いよいよ世界戦に挑むことになったようだ。
俺は、今月のアンダージュニアの地区大会で、地区チャンピオンを目指す。
◇◆◇◆
学校では最近の休憩時間は、近藤家の姉、陽奈ちゃんを加えた五人で過ごすことが増えてきたんだけど、どうやら遊真と陽奈ちゃんの様子がいい感じみたいなんだよな。
それに当て付けられるように、香織とアンナが俺に迫って来るんだけど、どっちかを選ぶなんて俺には出来ないから、結局どちらともそれ以上の進展は無い。
まぁ青春真っ只中をそれなりに楽しんでるぜ。
◇◆◇◆
そして迎えたアンダージュニアの地区大会。
俺の参加する六十キログラム級は十二名の参加者がいる。
組合せ表を見ると俺は優勝までに四試合を闘う事になる。
アンダージュニアでは一日一試合のみで、二分二ラウンドの試合だから四日間も掛かるが、ルールはルールだからしょうが無いよね。
五輪代表の水泳選手の俺が出場する大会って言う事で、俺は誰にも言ってなかったのに、勝手にテレビ局が取材に来てた。
恐らく、ジムの会長が宣伝したんだろうな……まぁ、見られて困る訳でも無いし、頑張ろう。
今日は平日だから、応援はジム関係の人だけだ。観客席にはうちのジムのプロの五人も揃って来てくれていた。
これもジムの会長の策略で、俺と同じジムだって事だけで、次の健人さんの試合の日に、全員マッチメークして、ドキュメンタリー番組の取材が入る手筈になってるそうだ。
実際うちの五人のプロ選手達も俺とスパーをする機会が出来てから、メキメキ実力が上がってきて、一年以内に全員日本ランカーは行けそうな感じだって言ってたし、チャンプも健人さん以外に二人は出るだろうって話だ。
健人さんが首尾よく、世界取ったら人気ジムになるだろうね。
今日の相手は初戦から、去年の準優勝選手だってさ。
一度負けたら終わりのトーナメントだから、気を抜かないようにしなくちゃね!
ゴングと同時に相手が飛び込んできたから、いつもの癖で健人さんに合わすような感じでカウンターを放つとそのまま相手が起き上がれなかった。
一ラウンド十一秒KO勝ちだった。
翌日の二回戦、昨日の俺の試合を見ていた対戦相手は、背も高くリーチも長いので、距離を取りアウトボクシングで挑んでくる。
俺も無理な追い込みはせずに、序盤は様子を見ながら、消極的と判断されない程度の攻撃に留めておいた。
一分三十秒を過ぎた頃に、俺は痺れを切らして相手の懐に潜り込み、ボディを三発はなって沈めた。
翌日は土曜日で、いつものメンバーの応援も来てくれた。
対戦相手は、今大会一番の注目選手で去年は二年生にして全国大会のベスト四まで進んだ選手だった。
でも、なんか性格悪い感じでアマチュアなのに、プロのヒールタイプの選手みたいなメンチ切ってきたり罵声を浴びせたりするタイプの選手だった。
何でも三人兄弟で兄二人はプロデビューしてて、一番上のお兄さんが世界チャンプなんだって。
所属ジムの会長は三人兄弟の父親で、見るからに◯クザな商売の人の様な見た目だ。
めちゃ見てくるから「照れるから辞めて!」と言うと余計にキレタ。
俺の応援に来てるアンナ達を見ると、「チャラチャラ女連れやがって、ちょっと有名や思うて思い上がるなよ」と言いながら、試合開始のゴングを迎えた。
こんなタイプの奴らは甘い顔をすると、しつこく付き纏うから、さっさと終わらすことにした。
流石に世界チャンプの弟だけあって、基本はしっかりしてるけど所詮中学生かな。
いつもなら打ってくるパンチにカウンターを合わせるけど、ボディに強めに一発、先に入れた後ジャブで仰け反らせて、アッパーでとどめを刺した。
あまりにも見事に大の字に倒れたので、観客から失笑が漏れて、兄二人と父親が会場を睨みつけていた。
そして控室に戻ろうとしてバックヤードの廊下を歩いていると、三兄弟の長男が現れた。
「これって弟の仇討ち系ですか?」と聞いてみた。
「いや、ちょっと構えてみろや」と言ってきた。
俺は構えてみせると「智じゃ無理なはずだ。早く上がってこい。テッペンで待ってる」
と言って、帰っていった。
でもなんか嬉しそうな顔してたし、コワモテなのは、キャラ作りなだけなのかもね?
そして翌日の決勝も一ラウンドKOで勝利すると、テレビでもかなり派手目に放送してくれてた。
何故か水連のコメントとかまで取ってきていて「大事な時期なので怪我などしないように、出来れば水泳に専念してもらいたい」ってコメントが出てた。
うーん面倒だよね……まぁ水泳は五輪までできっぱりと辞めよう。
でも決勝が終わった後でみんなでファミレスに行ったらジムの会長が奮発して全員分奢ってくれて、ちょっとラッキーだったな。
◇◆◇◆
その日家でのんびりとラノベ読んでると、マリアンヌから念話が入った。
『中国のマーと連絡が付いたから会いに行かない?』って内容だった。
ちなみに最近の俺のお気に入りのラノベは、ほんわか系の女の子がオヤジギャグを使う傾向の話がお気に入りだ!
俺はすぐに香奈にも連絡を回し、拠点に三人で集合すると、転移で中国の湖北省武漢市に向かった。
長江沿いで最大のこの都市は、俺が想像していたよりも、ずっと都会だった。
そして、マリアンヌに案内されて辿り着いた公園には『ストリー◯ファイター』の『チュ◯リー』そっくりの女の子が居た。
合流した後で「ここは公安当局の目がとても厳しいアルネ、マリアンヌの言ってた拠点へ移動するアル」と何故か言語理解スキルが発動している筈なのに、ベタなギャグ漫画のような翻訳をして俺の意識にマーの言葉は認識された。
この事実が俺に伝える事は、マーと名乗るこの女の子が喋る中国語が、ネイティブでは無いと言うことだ。
ここではそれに気付いた事実には触れずに、拠点へと転移した。
しかし空気読めない子供は居た! 転移で拠点に戻っていきなり「マーって言ったっけ、何で中国人のフリしてるの?」って香奈が声を掛けた……
一瞬の静寂が訪れた後何事も無かったかのように「この娘が私達殺した魔王なの? 可愛いじゃん」って日本語で喋った。
「まぁ色々理由はあるんだろうけど今はそれはどうでもいい、お前たちのパーティの勇者を探してるんだが、ビアンカは連絡付くのか?」
「どうでもよくないよ、もっと私にも興味を持ってよね。私が中国人として生活している理由だけでたっぷり三時間は話さなきゃいけないんだから」
「うーん、それはまた今度ゆっくりと聞くから、ビアンカはどうしてる?」
「何なのこの男? 何で私の話聞かないの?」
「俺はお前たちの次の代の勇者で魔王倒して、こっちに能力持ったまま戻って来た、以上」
「へぇ、じゃぁ強いんだ。私は格闘スキルだけ残ってたけど、身体強化が無いから殆ど常人と同じだね。精々女子種目の格闘技で活躍するくらいしか出来ないよ、ビアンカはカンボジアにいるよ。賢者だったのに魔法が使えなくなってて、言語理解の能力だけ残ってるみたいだね」
「連絡は付くのか?」
「うん、大丈夫だよ。だから私の話も聞いてよね」
「チッ、しょうがねぇなぁマキで頼むぞ」
「なんか扱いが酷くない? 絶対あんたも興味が湧く話だと思うし聞いておいて損はないよ?」
「そうなのか? でもマキでよろしく」
「私の祖父が西安の兵馬俑を研究する為に中国に移住した大学教授なのよね、でも三年程前に連絡が途絶えちゃって、それを探すために中国に行くって言い出した父さんに付いて中国に行ったの、そこで知ったのが兵馬俑には魔物が存在するという事実ね、ちなみに父さんも歴史学者だけどどっちか言うとトレジャーハンターみたいな事やってたわ」
何とバチカンに続いて二箇所目の魔物生息域の話だった。
「父さんは、兵馬俑を攻略する戦力を集めるって言って武漢で人集めしてるんだよね。マーって言う名前は私は本名はマリエなんだけど、中国で呼びやすいからマーで通してただけ」
「ふむ、中国だと動きにくいよな。でもバチカンよりはいいのかな?」
香奈がここで言い出したのは「ねぇ賢者の子もその流れだとアンコールワットで魔物の生息域を見つけたって流れなんじゃないの? ロシアの勇者はラスプーチン絡みの可能性高いわね」
「あぁ十分に可能性がある流れだな、取り敢えず見つけ出して実際に話を聞かなければ、憶測だけでは決められないが、マーはビアンカとアポイント取って、ここで一度集まれるようにしてくれるか、一応転移門と念話機を渡しておく」
「そう言えばさ、みんななんでロシアの勇者の名前って言わないの?」
「あ、あぁね、名前かぁ何だったっけ?」
「え? ぇぇと、何だったかな? ちょっととか勇者としか呼んでなかったから覚えてないよ」
「きっとビアンカは覚えてるはずだよ、一応付き合ってたし」
なんだかロシアの勇者、凄い雑魚感がしてきたぞ。
「ビアンカは今、連絡つかないのか?」とマーに聞くと、スマホをいじり始めて「あ、いたいた今大丈夫? ちょっと迎えに行くから来てくれないかな?」と話し始めてどうやらOKだったようだ。
「えと、こっちの勇者君の名前は?」
「あ、俺は翔って名前」
「そか、翔君ちょっとカンボジアに私と飛んで、アンコールワットの前に居るって」
そして俺は、マーと一緒にアンコールワットに行くと、巨大な信楽焼の狸のような女の子? が居た。
「ビアンカ久しぶりー」
「マー、男連れてくるなら言ってよー、お化粧してない姿とか見られたら恥ずかしいじゃん」
ヤバイ、推定体重百二十キログラムオーバーだぞ。
化粧するのに一体何キロの化粧品が必要なんだってくらい顔でかいし……ロシアの勇者ってマジすげぇ勇者だな、この娘と本当に付き合ってたのか……俺は絶対敵わない気がしてきた……
「あ、始めまして翔って言います。ちょっとマーと一緒に来て貰ってもいいですか?」
「え、何? いきなり私に複数プレーの誘いなの? そんなのは……まぁいいけど一回だけとかじゃ駄目だからね」
「ぇ、いやそんなんじゃなくて、ちょっと話を伺いたくて」
「何だ、そうならそうと言ってよ、最近男っ気無いから久しぶりに肌が潤うかと思ってたのに」
なんか相当やばい人だった。
そして俺たちは拠点に戻ってロシアの勇者について訪ねた。
「こっちに戻ってから一度も連絡取れてないのよね、あの人は私に夢中だったから、私に会えないショックで自殺とかしてなければ良いんだけど」
と、言ってたが、きっとこっちに帰って正気に戻っただけではないだろうかと俺は思う……
「アンコールワットには魔物の存在とか確認されてるんですか?」と聞くと
「こっちの世界に魔物なんて居るわけないじゃない? 頭おかしいの? 私は言語理解しか使えなくなってたから観光ガイドのバイトしてるだけだよ」と言われたので「話を聞かせてくれてありがとう」とお礼を言って、送り届けた。
なんか今の三十分くらいの間に滅茶苦茶疲れたぞ。
そして、拠点に戻った俺は「あの信楽焼の狸みたいな存在は本当に賢者だったのか?」と、聞いてみた。
「そうだよ、やたら男にだらしなかったけど、魔法は一通り使えてたよね?」とマリアンヌとマーでうなずき合ってた。
「てかさぁ、彼女はもててたの?」
「主に襲ってたよね、盗賊とか見つけたら全員干からびるまで搾り取ってたよ、勇者も同じくくりだね」
「そうなんだね……なんか凄すぎて俺にはよく理解できない」
でもアンコールワットはただの観光名所みたいで良かったな。
ロシアの勇者に繋がる手掛かりが、ここで途絶えたが、きっとモスクワのクレムリンは、連絡を付ける方法ぐらいは持っているだろう、少し斗真さんに探ってもらおうかな。
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