第20話 オリンピックチャレンジ special competition【前編】
ゴールデンウィークが終わると
学校へ向かう通学路ではまだ初々しさを感じる一年生が、結構な有名人になってる俺に「おはようございます! 松尾先輩」と挨拶をしてくる。
俺も「おはよー」と出来るだけ明るく挨拶をしながら、気分よく登校をしていると、マリアンヌから念話が入った。
「翔君、今大丈夫かな?」
「どうした? 俺は今学校に向かってる途中なんだけど、そっちは真夜中だろ?」
「そうだね、今は午前一時だよ教皇様と話す時は大体こんな深夜の時間帯になるんだよね、付き人とかが常にいるから」
「まぁそりゃそうだろうな」
「今日学校終わってからでいいから、こっちに来れるかな? 教皇様が一度奇跡の件で打ち合わせをしたいそうだよ?」
「解った、何処に行けばいい?」
「バチカンの入り口に来たら念話してくれれば、迎えに行くよ」
「了解、それじゃぁまた後でな」
一回百万ドルのアルバイトの為なら、ちょっとくらいは融通を利かせないとね!
◇◆◇◆
学校に着くといつものように遊真達と集まり、後二か月ほどに迫った五輪の話題で盛り上がった。
今回は競泳競技だけの参加だけど、実際俺が本気出したら、どれだけの競技でメダル取れるんだろ? と言う話題だったけど、ぶっちゃけ身体能力で勝負できる競技なら全部イケルよ‼
団体競技と技術が大きく関わるような競技以外は大体大丈夫と思う。
アーチェリーとかも弓を使わず槍投げで的を狙うとかなら、大丈夫な気がするけど流石にそれじゃぁ駄目だろうね?
そんな話をしていたら、校内放送で『三年Aクラスの松尾君。職員室まで至急来て下さい』と放送があった。
「校内放送で呼び出しとか何の用事だろう?」と遊真達と言いながら職員室に向かうと、陸上競技連盟から来たと言う四十代くらいの男性が名刺を差し出してきた。
引き締まった身体付きで、浅黒い肌と白すぎる歯が対照的な、ナイスガイだった。
「松尾君はじめまして、明石と申します。陸上競技連盟で五輪代表の強化責任者をしています」
「はじめまして、松尾です」
陸連にはあまりいい印象がないので、最低限の挨拶だけをした。
「実はね、もう二か月しか無いんですけど今のままでは陸上競技では日本がメダルを獲得できる可能性は極めて低いと判断せざるを得ない状況なんです。東京開催でメダルゼロに終わるようなことがあれば、陸連は今後水連などのメダル獲得が確実な競技に比べて、選手の強化費用や施設関連の費用などあらゆる面で不利になると考えられます」と、明石さんは切り出してきたが……
「僕は中学生なので予算のこととか言われても良く解らないです。水泳を始める前に、陸上をやろうかなと思った時期もありましたけど、なんか特別に競技に出させてやるから、賞金なんかの貰える権利を放棄しろ。みたいな言われ方をして、ちょっと嫌になったって感じですね。水連の人たちはそんな事言わないし、出した記録とかも正当に評価してくれて、ちゃんと報奨金も貰えてますし、気分よく競技できるって大事だと思うんです」
「その件は、私も聞き及んでいます。私が松尾くんの立場であったとしても、松尾君のようにいろいろな才能を持っているんだったら、迷わず一番正当な評価をしてもらえる競技を選びますから、当然の判断だと思いますよ」
「それなら今更どのようなご用件でしょうか?」
「競泳競技は八月二日で全て終了ですので八月三日以降に予選が始まる競技、具体的に二百メートル、千五百メートル、及び最終日のマラソンの三種目にエントリーして欲しいんです」
「俺は全然嬉しい話ですけど、公式記録を何も持ってないですから、ルール違反になるんじゃないんですか?」
「特別に、公式記録として認められる競技会を五輪応援特別企画として今月、民放各社とインターネット放送局の協賛で開催します。その競技会では、日本だけでなく世界中から参加できる上に、世界記録を達成した選手には五輪参加資格を持っていなくても特別参加が出来ると言う特典付きで開催します」
「そんな凄い企画よくいきなり開催決定できましたよね?」
「IOCに働きかけたら、アメリカやロシア、中国、ジャマイカ、ケニア等の選手層が厚くてメダル期待圏内に居ながら参加資格を取れなかった選手が多い国が、こぞって賛成してくれたので実現できました。この大会の参加資格は各国の陸連の推薦だけですから、標準記録なども関係ありません。はっきり言って松尾君のために開催すると言っても過言では無いと言えます」
「解りました。その大会には参加させてもらいます。どうせなら色々な競技に出たいんですけど駄目ですか?」
「国際大会に出て恥ずかしくない程度の記録が出せる自信があるなら、私の一存で許可を出します。大暴れして大会を盛り上げて下さい。土日の二日間だけで、すべての競技を行うのでかなりのハードスケジュールですよ?」
「スタミナは自信あるから大丈夫です」
期せずして、随分都合のいい話になったけど、折角のチャンスだし楽しませてもらおう。
この競技会までは二週間しか期間はないけど、遊真や先生たちの応援者用の席も確保してもらえる話になったし、楽しみが増えたな!
教室に戻って早速さっきの話を香織やアンナに話したら、自分の事のように喜んでくれて、俺のやる気はマックスだぜ‼
◇◆◇◆
学校が終わってからは、約束してたのでバチカンに向かった。
バチカンの入り口から念話をすると、五分程でマリアンヌが現れ、大聖堂内に案内された。
以前に侵入した時に訪れたマリアンヌの治療室に連れて行かれ、そこで紅茶を出されて待ってると、教皇様が普通の司教様達と同じ服装で入ってきた。
「普段の格好だと目立つからね」とウインクして椅子に座ると「早速だが実際翔君はどの程度の治療を行えるんだい?」と聞かれた。
「死んでなければ、大丈夫ですよ。欠損も癌もHIVも全て治療できます。細胞を再生させるので認知症も直せますが、失ってる部分の記憶を取り戻す事は無理ですね」と出来る事と出来ない事を伝えた。
「素晴らしい! 正に神の奇跡だと言えますね。それでは具体的に話を詰めましょうか、奇跡は乱発すると有り難みが薄れるものです。敬虔なクリスチャンの元に、神が枕元を訪れお告げをするのです。世界中の誰もが、洗礼さえ受ければ公平にチャンスが訪れるのです。ここで大事な事は、平等でなく公平であるという事です。平等だと本当に誰にでもチャンスは訪れますが、公平ではより信心深ければそれだけ確率が増加します。まぁいっぱいご寄進を頂ければ確率は跳ね上がるということですね。そしてこの聖女が起こす神の奇跡は、月に一度の特別な日に三名のみにしか与えることが出来ない特別な能力なのです。この事実を私の名で、発表します。そして毎月一度この部屋で、奇跡は起きます。翔君は、先日のペンダントで私と入れ替わって頂き、私とマリアンヌの二人に手を握られながら、患者である敬虔な信者が回復すると言うのでどうでしょうか? 二人揃っていなければ起きない奇跡だから、私が寿命を迎え神の元へ旅立てば、このイベントも終了となり、マリアンヌも自由になれるのではないでしょうか?」
「俺には、全然不満はありませんが、三名の治療で三百万ドルと言う事で構わないのでしょうか?」
「あくまでも最低保証額がですよ! 何度か奇跡を見せれば世界中の大金持ちが瀕死の状況に陥った際に、凄い額のご寄進をして、順番を捩じ込もうとする筈です。そう言う方々には公表しない特別枠が訪れるかも知れませんからね」
「教皇様が言うと、どんな事でも事実となるんでしょうね。解りました。出来るだけ早く開始しましょう。俺も俺の協力者がアフリカの不条理に立ち向かう活動を始めたので、資金が結構必要なんです。アフリカだけにとどまらずテロ被害に遭った遺族の未成年者の教育や、産業の育成に力を入れていきたいと思っていますから、教皇様のとこからも、教会とか作って教育に支援を頂けませんか?」
「おぉ、翔君も崇高な事業を行うのですね。そう言うことであれば協力は惜しみませんよ」
「俺は俗物だし、欲まみれですから表舞台には立ちませんけどねー、そんな事で名前が知れ渡ると綺麗なお姉さんがサービスしてくれるようなお店に入る事も、難しくなるからね!」
「それともう一つの問題は、バチカンの地下に広がる空間に魔物が巣食っている事ですが、対処は可能でしょうか?」
「俺はそっちのほうが興味ありますよ! この世界でも、もしレベルアップをしたり、能力を身につけることが出来るならば、可能性は大きく広がりますからね」
「一度経験者のマリアンヌと香奈、それと未経験者で俺の能力を知っている綾子先生と美緒を連れて、色々調べてみたいと思います」
「そうですか、その時は事前に連絡を貰えれば便宜を図りますよ」
バチカンでの交渉は、とても有意義だったな!
◇◆◇◆
家に戻って、夕食を食べている時にテレビニュースで派手に今日の朝言われた『オリンピックチャレンジスペシャルコンペティション』略称OCSCが発表され、期待の出場選手として俺の顔写真が大きく映し出されて、両親が吹き出していた。
「翔、お前水泳だけじゃなくて、陸上も五輪出るのか? なんか俺の息子じゃ無いみたいだぞ。まぁ翔が家に入れてくれてる賞金のお陰で、随分生活も楽になってるから、何も問題はないけどな! 五輪終わったら、直ぐにチェコのジュニアモトクロスのワールドカップも控えてるから、頼むぞ」と父さんが言った。
母さんは「目立たないことが取り柄みたいな性格だったのに、夏休みから本当に凄い成長でびっくりしてますよ、でも自分の体を大事にして、大人に合わせた都合なんかは無視しちゃって良いんだからね。自分の好きな様に生きなさいよ」と言ってくれた。
「俺は、父さんと母さんが大好きだからね!」
このセリフを恥ずかしいと思わずに言えるようになった事だけでも異世界に行って来たことに価値があるぜ!
◇◆◇◆
先週の教皇様の訪問で引き受けたテロの防止依頼で、俺が斗真さんから貰った報酬はアフリカ大陸のど真ん中に広がるサバンナを二十キロメートル四方に及ぶ範囲で取得して貰い、その中の自然動物たちも虐待をせず、国外への持ち出しをしないのなら自由に触れ合って構わないと言う話になった。
日本式のサファリパークをもっと大規模な感じでやって観光資源としたら、現地で暮らす人々の雇用の創出にも繋がり、良いかも知れないよな。
資源としては取り立てて何もない場所だが、日本政府が後ろ盾で難民の保護を行うという話には、土地を提供してくれた国も、お金は出せないけど考え方としては賛同すると言ってもらえた。
更にこの計画が成功するようであれば土地は最大この二十倍の広さまで提供できるという事だから頑張らないとね!
アフリカの土地だけでなく、追加報酬として現金で十億円も貰えた。
このお金は、主に美緒のアフリカでの活動資金だな。
◇◆◇◆
そして二週間が経過し、今日はいよいよ【OCSC】の当日だ。
初日は、全競技の予選が行われ、それに勝ち残った各競技八名が明日の決勝戦に進むことができる。
初日の予選はトラック競技では全員一回だけの計測で、タイム順の上位八名が予選突破となる。
フィールド競技でも規定試技数をこなし、各上位八名が明日の決勝に進む。
マラソン競技に関しては、準備期間が足らなかったので、皇居の周回コースで行われる事になった。
桜田門の前からスタートして、8周半を周るコースだ。
テレビ的にもカメラ台数が少なく済むし、効率的に放映できると好評だったみたいだ。
応援する人達もその場で待ってたら、何度も応援できるから、嬉しいよね。
そして俺は……
百メートル走
二百メートル走
千五百メートル走
マラソン
走り幅跳び
走り高跳び
砲丸投げ
の七種目にエントリーした。
全力とまでは言わないがそこそこの力を出しつつ全ての競技で決勝進出を決めた。
マラソンは予選無いけどね!
走り高跳びは身長が少し伸びたとはいえ、まだ百六十五センチメートルしか無い俺が、二メートル三十五を飛んだ時に、今日の最高視聴率を記録したみたいだ。
フィールド競技は、上位八名が決した時点で競技終了となったので、すべての記録は明日だね!!
砲丸投げが、一番力加減が難しかった。
本気で投げると百メートルとか飛んじゃうしね、負けない範囲で力を抜くのは本当に難しいぜ!
今日の予選でさえ、民放各局とインターネットテレビ局の中継が、すべての競技で行われていたので、視聴率は四十パーセント超えを誇った。
民放各局の試算では、俺が出場する明日の全七競技の決勝戦では、六十パーセントを超えてくるのではないかとされていた。
俺も少しサービスで「世界新記録七つ狙っていきます!」って言っちゃったしね。
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