第8話 剣術道場
十二月も二週目となり学校での話題もクリスマスやお正月をどう過ごすかの話題が中心になっている。
今日は先日の期末テストの結果発表の日だ。
順位表を貰い、ちょっとドキドキしながら結果を確認する。
まぁこの一週間の授業の中で答案用紙は既に戻ってきているから、結果を見なくても予想は付いてるんだけどね、だって主要五教科に、保健体育、技術・家庭科、音楽、美術の全九科目で筆記試験は全て満点だったからね!
予想通りに、順位は一位だった。
この結果を持って俺は、この日の放課後、担任の先生の元を訪れた。
先生は二十代の女性の先生だ。
とても若々しくって、知ってなければ女子大生って言われても信じちゃうよ。
いつも、スタイリッシュなパンツスーツを身に纏っていて、なんか出来る女のイメージを醸し出してる。
「松尾君、期末試験学年一位おめでとう。過去の生徒の結果を全部調べたけど、全教科満点はこの学校創立以来始めてだったよ凄いね。相談って言ってたけど何かな?」
「先生、俺、土方君達と同じ東京の高校目指そうと思って、その相談です。既に両親には伝えて、今回の期末試験で結果が出せたらOKだって言われてたので、今回の結果なら問題無いと思うから、先生にも報告しておこうと思って来ました」
「そうなんだね、先生もそれは賛成だよ。でもね、本当のこと言うと先生はすごく心配なの。松尾君に夏休み一体何が起こったのかな? 何を言われてるかは解るよね? ちょっとここでは他の先生達も居て話しにくいかも知れないから、家庭訪問させてもらってもいいかな?」
「先生、俺のスマホの番号知っていますよね? 勤務が終わったら電話してもらってもいいですか?」
「うん解ったよ、それじゃぁ終わったら電話するわね」
俺が教室に戻ると遊真たちも待っていてくれた。
遊真が「俺この中学校に入って始めて順位が下がっちゃったよ、一位は翔だよな?」って聞いてきた。
俺は「あぁゴメンな、俺が一位だった」と答えた。
それを聞いていたアンナと香織が「「凄いね翔君、勉強までスーパーマンになっちゃったんだ」」と反応した。
遊真も「別に謝る必要なんか無いじゃんか、一位おめでとうって言いたかっただけだよ、でもさ俺も今回は皆で試験勉強とか毎日やってたじゃん? そのお陰で平均九十五点超えてたから、相当良かったと思うんだけど、一体翔って何点取ったんだ?」
俺は誤魔化してもしょうが無いので「全部満点だった」と答えた。
みんなも流石にびっくりして「マジかよそれじゃぁ流石に敵わないよな、すげぇなぁ」と遊真はちょっと呆れてた。
香織が「翔君のことを、うちのお祖父ちゃんに話したらね『もしかして剣術もすごい才能を持ってるんじゃないか? 一度連れてきてもらえるか?』って言い出しちゃったの、一度家に来て貰ってもいいかな?」と、言ってきたので「今週は予定も入れてないし、大丈夫だよ、来週は陸上の先生の陰謀でマラソン大会に出場させられるけど……」
と、返事をして土曜日に香織の家にお邪魔することになった。
今週はアンナと遊真はそれぞれ用事があるようで、俺一人で行く事になった。
◇◆◇◆
家に帰ってスマホでいつもの様にラノベ読んでると先生から電話がかかってきた。
母さんは、父さんの仕事の手伝いで今日は二人とも遅くなるって言ってたから「今、家には俺だけしか居ないんですけど、大丈夫ですか?」と伝えると「翔君が大丈夫なら問題無いよ、今から行くね」と電話が切れた。
お茶とお菓子だけは用意しとこうと思って、近所のコンビニにで買ってきたら、丁度先生の軽自動車が来るのが見えた。
うちは駐車場は余裕があるので、先生の車をうちの駐車場に停めてもらって中に招き入れた。
「松尾君。さっきも少し言ったけど一体松尾君に何が起こったのか聞かせてもらえるかな?」
「先生、今から俺が話すことは、他の先生達には内緒に出来ますか? 信じて貰えないような事が多いと思いますけど、実際は一人だけ事情を知っている人物も居ます。後、うちの両親は何も気付かないふりをしていて、俺に全て任せてくれてます。その事を聞いた上で俺の話しを聞いて頂けますか?」
「そんなに凄い話なの? 大丈夫、先生は何があろうと松尾君の味方だよ、松尾君の不利益になるような事は、絶対に誰にも言わないって約束するよ」
先生の返事を聞いて俺は話し始めた。
「まず、俺の事情を知っている人物は、遊真のお父さんです。遊真は知りません」
「あぁ土方君のお父さんは国でも重要なポストの人だったよね、そうなんだね」
「先生は、ラノベって読んだりしますか?」
「全く読まないって訳では無いけど、そんなに詳しくは無いわね」
「そうなんですね、まぁ少しでも知識があれば何となくは伝わると思いますので、俺の話が終わるまでは、質問無しでお願いします。質問は後で纏めてお伺いします」
そして俺は異世界の話や、向こうで身に付けた能力が、そのままこっちの世界で使えるようになってしまった事、向こうの世界で十四年を過ごした事で、精神年齢は二十八歳である事を話した。
「うーん……それが全て本当の話だとしたら、松尾君はその見た目で先生よりも年上になっちゃうよね?」
「そう言う事ですね、遊真のお父さんからも、未成年の女の子との付き合いだけは節度を持って行うように言われてます」
「どうやら本当の事のようですね。先生も流石に困っちゃったな、それが本当だとしたら今の凄い運動能力とかも、まだ本気じゃないって事なのかな?」
「そうですね、身体強化とかの能力も使わないで、全力の半分以下の力でもあの結果ですね」
「松尾君はこの先はどうして行きたいの?」
「取り敢えず今はこの見た目ですし、せめて身体が大人になるまでは、このまま学生生活を続けたいと考えています。この世界での常識とかはこの世界で過ごした十四年分の物しかありませんし、まだまだ先生や両親から学ぶべき事があると俺は思っていますので」
「そうなのね、今日聞いた話は他の人には絶対漏らさないと約束するわ、ただし二人で話せる時は大人の男の人だと思って、扱わせてもらうわね。それじゃぁ今日はこれで失礼させてもらうわ」
そう言って先生は帰っていった。
何もかも秘密にしておいても色々隠しきれてない俺の状態では、学校内に事情を知った味方が欲しいと思っていたのでいい機会だと思う。
でも今日言われてみて思ったけど、先生って俺より年下なんだな。
そう思うとなんか一生懸命でかわいいな。
教師と生徒の禁断の愛とか、憧れるぜ。
ちゃんと自重するよ?
◇◆◇◆
家庭訪問を終えた綾子先生が玄関の外で盛大な溜息を吐く。
『はぁ……今日の家庭訪問は失敗だったかなぁ。絶対知らない方が良かった事実だよね? 年上の生徒とかどう扱って良いのか困っちゃうし、明らかに全ての知識で私よりも上だよね? 女性関係とかも慣れちゃったりしてるのかな? 私はこの歳まで男性とお付き合いした事も無いし、明日から意識しないで接して行く自信が無いよ、どうしよう……』
◇◆◇◆
週末を迎えて、俺は朝から香織の家に向かった。
香織の家は、名古屋市内にも関わらずとても大きい。
母屋と道場と防具や竹刀の製作場が一つの敷地内にあり和風の庭園も備えている豪邸だ。
表の道場側から尋ねる度胸はないので、裏の母屋の方から玄関の呼び鈴を押すと、剣道着姿の香織が出てきた。
始めて香織の剣士姿を見たが正にラノベの定番、美少女剣士を絵に描いた様な存在だった。
思わず見とれてしまったぜ。
「翔君、今日はごめんね、無理やり来て貰っちゃって、翔君は剣道って経験はあるの?」
「いや、剣道は初めてなんだよね、何となくは解るんだけど、期待はしないでね」
「そっかぁ、でも最近の翔君を見慣れてると、出来て当然だと思えてきちゃうんだよね、早速だけど道場の方に行こうか、慣れるまで私が基本的な事は教えてあげるわ。これでも小学校三年の時からずっと学年別の女子チャンピオンを取り続けてるからね」
「そう言えば香織って全校朝礼の時に表彰されてるよね。今までは話す機会もなかったから気にしてなかったけど、剣道の表彰だったんだね」
「えー……もう少しは興味持ってもらえてると思ってたのにな? 私は翔君好みじゃないのかな?」
「そうじゃなくてさ、高嶺の花過ぎて、興味を持つこと事態に罪悪感を感じてたんだよ。香織メチャクチャ可愛いし、普通にこうして話せるようになって、俺はめちゃ嬉しいよ」
そう伝えると、顔を真っ赤に染めて「お祖父ちゃんとお父さんが待ってるから、早く行こう」と俺の背中を押した。
道場の表玄関に回って立派な入り口から中に入ると、今日の午前中は、お弟子さんたちも居ないそうで、香織の家族と俺だけという状態だった。
「おはようございます、お初にお目にかかります、香織さんの友達の『松尾』と言います。今日は剣道の手ほどきをして貰えるという事で、楽しみにしてきました」
と、精一杯丁寧に挨拶をしてみた。
「おはよう松尾君。父親参観日なんかで顔を見た事はある筈なんだが、正直全く記憶になかったよ。俺はずっと剣術やってるから、強そうなオーラって言うのかな? そう言う事には結構敏感だから、今、松尾君が出してるような強そうな雰囲気を見逃したりしないと思うんだけどな? 何か急にその雰囲気を出せる程の大きな経験でも在ったのかな?」
スゲェ、パッと見だけで解るような人とか現実世界でもいるんだ……
お祖父ちゃんの方は、解る。
達人と言う部類の人だ。
お父さんも強者の雰囲気を出しているが、お祖父ちゃんは正に格が違う。
「自分でも良く解らないんですけど、急に色々な事が解るようになったって言うか、出来ると思えば出来る様になってしまったんです。何処まで出来るのかは解りませんが、まだ十四歳ですので色々なことに挑戦していきたいと思います」
そして竹刀を渡され「素振りをしてみろ」と言われた。
俺は刀や竹刀を振った事は無いが、大剣を好んで使っていたので、その時の様に片手大上段で竹刀を構えて、袈裟斬りに振り下ろした。
空気を裂く音が鳴る。
「凄まじいな。剣道としては滅茶苦茶だが一刀で全てを切り伏せる力強さを感じる」とここまで何も喋らなかったお祖父ちゃんが声を発した。
「ありがとうございます。出来ればこの竹刀の扱い方を教えて頂きたいと思います」
「香織、教えてあげろ」とお父さんが言い、香織ちゃんが俺の目の前で綺麗な構えでまっすぐに竹刀を振り下ろして見せてくれた。
俺はしっかりと今の香織ちゃんの姿を目に焼き付け、同じ様に正眼に構え、両手でまっすぐに竹刀を振り下ろす。
「一度見ただけでその動きが出来るのか、君は実は経験者なのではないのか?」とお父さんに言われた。
「いえ、正真正銘に今初めて竹刀を手にして振りました」と答えた。
それから防具の付け方を香織ちゃんに習い、掛り稽古をしてみることになった。
まず香織ちゃんが打ち込んでくる。
その後で、動きをトレースするように、俺も香織ちゃんの面に打ち込む。
その行為を何度か繰り返しながら、面、胴、小手の基本的な打ち込み方を習った。
そして三十分程過ぎた頃に、香織ちゃんと試合形式で対戦する事になった。
手を抜くのは失礼だと思うので、今出来る範囲で対戦を行なおうと思い対峙する。
お父さんの『開始』の声と同時に、香織ちゃんが綺麗な姿勢で面を打ち込んでくるが、優れた動体視力で見極め、躱しながら抜き胴を放った。
綺麗に胴を打ち抜いた。
『胴あり』
一本を取った。
香織ちゃんも少し悔しそうだが、実力差を感じ取って一本だけで面を抜いだ。
「私とやってみるか?」と言われて、お父さんが声を掛けてきたが、お祖父さんが「儂がやる」とだけ言って
竹刀を持って、前に出てきた。
「箕輪流剣術道場の現役道場主が初心者に負けたなんて、聞こえが悪かろうて」
「父さんの目から見て、私より上だと?」
「残念だが、儂と比べても剣道では儂が勝つじゃろうが剣術では解らん。松尾君も防具を外して自分のスタイルでやりなさい」
ありゃ、困った展開だな……完全に達人のスイッチが入っちゃったよ……
「解りました、全力で掛からせて頂きます」
俺は防具を外して身軽になり、再び片手大上段で構えた。
手加減はしない、身体強化をしないレベルでの全力で、一撃勝負だ。
お祖父さんが正眼の構えで構える、このお年寄りの何処からそんな気合が出るんだ? と言う程の覇気で、素早い踏み込みと、掛け声でまっすぐに面を打ってくる。
俺は、後の先を狙って達人の竹刀の軌道を、見極めた直後に正確に竹刀を大上段から打ち据えた。
竹刀で、竹刀を一撃で叩き折った。
「ふむ、香織。お前の婿として松尾君をしっかりと捕まえろ。逃げられるな」
「チョットお祖父ちゃんいきなり何を言い出すのよ、そんなのま、まだ……こ、心の準備も出来てないし翔君にだって選ぶ権利だってあるんだし……」
お父さんも「香織にそんな話はまだ早すぎます。後二十年は私が大切に守ります」と言い出した。
香織ちゃん三十四歳まで嫁に行けないんだ大変だね……
じゃなくて……
「まだ俺は十四歳ですし、そんな大事な事を決めるには早すぎます。香織さんには俺なんかよりもっと相応しい男が現れると思いますし」
と言うと、今度は香織ちゃんが「私じゃ駄目なのかな……」と言い出し、お父さんが「私の娘の何処が不満だと言うんだ」と……
いや、お父さんついさっきまでと言ってる事が違うじゃないかよ……
「いえ、駄目とかそういうのじゃなくて、香織さんは素晴らしすぎて俺なんかには勿体ないです。もしこの先俺が自分に自信が持てる様になった時に、判断させて下さい」
苦しい言い訳だが、なんとか乗り切れたかな?
香織ちゃんが真っ赤になって俯いたままだ。
やばい、このパターンは俺もどうしたら良いかわからない。
流石にお父さんとお祖父ちゃんを前にして、どうしようにも手の打ちようがないぞ……
と思ってると「爺さん何無茶苦茶なこと言ってるんだに」と何故か手にハリセンを持ったお祖母さんが現れて、豪快にお祖父さんの頭を『パーーーーーン』と気持ちのいい音を出してはたいた。
何……このカオスすぎる展開。
「結婚だの何だのは、本人同士が決めれば良いことだに、年寄がいらん節介を出すと纏まるもんも纏まらなくなるだに、翔君もびっくりしとるだに」
なんか助かったのかな?
お祖父さんは何事もなかったかのように笑って「まぁ今日はお昼ごはんを用意しておるから、食べて行きなさい」と言ってくれたので「遠慮なくごちそうになります」と言って豪華なひつまぶしを頂いた。
鰻は夏が旬だと思っている人が多いけど、本当に美味しいのは寒い時期に脂をしっかりと蓄えた鰻なんだってさ!
香織ちゃんのお母さんも混ざって、皆で楽しくお昼を頂いたが、お父さんだけは「父の言葉があったとは言え、香織に手を出したりしないようにな」と念を押してきた。
昼食を終え帰宅する事になったが、香織ちゃんが途中まで見送りに出てきてくれて「今日は色々ゴメンナサイ、でもお祖父ちゃんに言われた時にちょっと嬉しく思ったのは本当だからね」と言ってきた。
俺も少し焦ったが「今日は色々楽しかったし、勉強にもなったよ。招待してくれてありがとう。これからもよろしく頼むね!」と言って家に戻った。
来週は、マラソン大会かぁ十キロメートル部門って言ってたから目立ちすぎないように頑張らなきゃな。
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