第9話 クリスマステロ

今年もあと一週間ほどを残すだけとなり、街は鮮やかなイルミネーションで彩られている。


 今日は世間一般ではクリスマスイブと言われる日だ。

 街は活気に溢れ、やたらと男女のツーショットで歩いている人を見かける。


 俺は何も予定は入れてなかったんだが、一昨日市民マラソン大会に出場させられた際に、来年度のオリンピック内定選手や国際招待選手も参加する中、一般枠で三千人にも上る参加者の一番後ろの方からスタートしたにも関わらず、残り十キロメートルの地点で先頭集団を捉え、ゴール地点では後続に千五百メートル以上の差をつける独走状態でゴールしてしまい、ちょっと困った事になっていた。


 何が困っちゃったかというと、まずこのマラソン大会はフルマラソンは十九歳以上の年齢制限が在ったんだけど、俺が参加していたはずの十キロメートルの競技と、十六歳以上で参加できるハーフマラソンの競技も、フルマラソンと同じタイミングで順次スタートだったから、自分でも気づかないうちに先行するフルマラソングループを捉えてしまって、本来自分の参加している十キロメートルコースのゴールラインを通らずに、フルマラソンコースを走ってしまったために、先頭で走ったにも関わらず記録には何一つ残らないという間抜けな結末だったのだ。


 ゴールタイムの一時間五十九分四十五秒と言うタイムは、テレビで大きく取り上げられ、多くの取材申込みが殺到する中、実際には一切の記録も公認されず、勿論本来参加していた十キロメートルコースでもゴールラインを通過してないので失格だった。


 単純に悪目立ちしただけの、黒歴史になってしまった。

 もう最悪だ……


 落ち込んでる俺を励ますために、遊真とアンナと香織がクリスマスパーティーをやろう! と言い出して、そのプレゼントを買うために街を訪れたんだけど、街までは四人で出てきてプレゼントは見てのお楽しみのほうが良いから、って言う理由で四人ともバラバラに行動して、二時間後に集合することになった。


 俺は最近少し大きな収入が在ったので、使う事も無かったし少し奮発してあげようかな? と思って、ティファニーでペンダントを選んだ。

 可愛らしいデザインが気に入ったのでLOVE BUGSのてんとう虫とチョウチョのデザインの物にした。


 中学生にはちょっと高いけど値段なんてきっと解らないよね?


 遊真にはアクセサリーなんて渡しても絶対喜ばないと思うから、前に欲しいと言っていたノースフェースのダウンジャケットを選んだ。


 みんな気に入ってくれたらいいな。


 集合時間まで、まだ一時間以上あったから、パソコンショップで新しいパソコンを買おうと思って見てたけど、俺の小遣いで買えるはずのない高額なパソコンをいきなり家に持って帰ったりしたら、両親に怪しまれちゃうな。


 今度斗真さんに頼んで、俺の拠点を用意して貰う事にしよう。

 それまでは我慢だな。


 パソコンコーナーからスマホコーナーに移動して新機種を眺めている時に突然肩を掴まれた。

 

「王子様見つけたぁあ」


 浅田美緒さんだった……


「浅田さんって名古屋の人だったんですか?」

「そうだよ、ねぇ今一人なの? ちょっと色々お話したいんだけど?」


「あー今友達と四人で来てて、バラバラでクリスマスプレゼント買ってたんです。もうすぐ集合時間だから今日は無理です。ごめんなさい」


「ふーん、なんか見た目通りの中学生っぽい事してるけど、本当はどうなのかな?」

「取り敢えずSNSの連絡先だけ教えますから、また連絡下さい。二人きりじゃ無い限り、先日の事件関係の発言とかは無しでお願いしますね」


「まぁ取り敢えずはそれでいいか、でも本当にずっと探してたんだよ」


 そして、この出会いが今後の俺の人生を大きく変える事になるとは、この時点では思いもせずに、俺は遊真達との待ち合わせ場所に向かった。


 昨日のうちに俺は両親に遊真の家でクリスマスパーティをする事を伝えたら、うちの両親は今日は朝から二人でバイクに乗って、温泉に出掛けて行った。

 まぁ幾つになっても仲の良いうちの両親は、ある意味憧れのカップルだな。


 今日のパーティは遊真の家で行う事になってるけど、アンナと香織の家は何も言わないのかな? と気になって聞いてみた。


 アンナは「遊真のお父さんと家のお父さんは、大学時代の友達だから、遊真君の家に行くなら安心なんだって」

 香織は「うちは、男の子二人と女の子二人って言うと心配はされたけど、ちゃんと遊真君のご家族も一緒だよって説明したから大丈夫、私は信用されてるからね」


 って言う事だった。

 変に隠したりせずにちゃんと伝えたら、結構信用されるもんなんだね。


 遊真の家に着くと、斗真さんと遊真のお母さん、妹の希望のぞみちゃんと一緒にイブの夜を楽しんだ。

 希望ちゃんは小学校六年生だ。


 ちゃんと希望ちゃんへのプレゼントの大きなぬいぐるみも用意しておいたぞ!


 遊真、アンナ、香織の三人もプレゼントをとても喜んでくれた。

 俺も三人からそれぞれにプレゼントを貰っ。

 きっとこういうのって一生の思い出になるんだろうな?


 そして、何時もの様に斗真さんが俺達三人を家まで車で送ってくれることになった。

 香織、アンナ、俺の順番もいつも通りだ。


「翔君。希望のプレゼントまで用意してもらってありがとう、でも余り目立つお金の使い方をしないようにしたほうが良いよ」

「あ、やっぱそうですよね、でも家にも高いもの買って持って帰るわけにもいかなくて、お金の使いみちがなくて、ちょっと使ってみたかったんですよね、スイマセン」


「まぁ翔君は実際は大人だから、これ以上言う事はないから安心したまえ」

「あ、斗真さん一つお願いがあるんですけど、拠点を用意したいんですよね。俺は転移で移動できるから、場所はどこでも良いんですけど、プライベートな空間が必要だと思ってですね、何とかお願いできませんか? 勿論家賃とか取得費用とかは、自分で出しますので」


「ふむ、確かに翔君の場合はご両親に秘密にしている以上、そう言うスペースが必要になるかも知れないな。解った、廻りからの干渉を防げるようにマンションよりも一軒家のほうが良いと思うから、別荘地に手頃な物件を取得してあげよう。競売物件なら3000万円もあれば土地と建物も込でかなりの物件が用意できるから、早速手配しよう。手続き上の問題とかは任せてくれたら良い、お金だけは自分で用意してくれ」


「ありがとうございます。楽しみにしておきますね」


 家に帰り着くと、浅田さんから連絡が入っていたので、チャットで連絡を入れた。


『遅かったね、無視されてるのかと思ったよ』

『無視なんかしないですよ、浅田さんは怪我とか大丈夫ですか?』


『んーまぁ外傷はね、心の傷は中々治りそうにないけどね』

『それはやっぱり、性的な被害にあったりしたんですか?』


『あらあら中学生なのに質問がストレートだね、そうだねそれもあったよ』

『浅田さんは、俺の能力見ちゃったでしょ、だから隠す必要も無いかなと思って』


『君は本当は幾つなの?』

『俺は見た目と戸籍は十四歳の中学校二年生ですよ、でも意識は二十八歳ですね』


『やっぱりね、ねぇ今から少し会えないかな? チャットだと表情見えないから何だかね』

『解りました。今日は両親も居ないから大丈夫です。何処へ行けばいいですか? 俺の見た目の問題があるから、この時間に人目のあるような場所は、ダメですけど』


 ◇◆◇◆ 


 俺は指定された名古屋市内の小さな公園に、転移で移動した。

 金山駅から近い場所にあるその公園には、何組かのカップルがベンチでイブの夜を楽しんでいる光景が見える。


 なんか落ち着かないよな、とか思いながら三分ほど経った頃に浅田さんが現れた。

 バーに行くわけにもいかないので、近くのコンビニでお菓子とジュースを買い込んで、浅田さんの家に行く事になった。


 結構広いマンションに一人暮らしで、玄関を開けた時になんか女性の部屋って言う感じのいい匂いがしてきてちょっとドキドキした。

 そこで俺は異世界に行って帰ってきたことや、一昨日のマラソン大会のことなどを話した。


「やっぱりねぇ、ニュースで見た時にそうかも知れないと思ったよ。なんであんな目立つことしちゃったのよ?」

「なんか、走り出しちゃったらそれに集中しちゃってて、気がついた時には手遅れだったよ」


「まぁ、やっちゃったことはしょうが無いよね。私も一緒よ。誰も面と向かって聞いてこないけど、あんな過激派組織に捕まって無事ですんだとか誰も思ってないけど、腫れ物を触るような扱いで、その話題には触れないんだよね」


「でもさ、ぶっちゃけて言っちゃうとさ、浅田さんその歳までヴァージンって訳でも無かったでしょ? それならそんなに気にしなくても良いんじゃない? 向こうの世界だと冒険者パーティの女の子なんか、性に奔放な子が多かったし、俺は全く気にしないよ? 悪いのは襲った奴らで、襲われた人じゃないんだからね」


「なんか、翔君の中学生の見た目でそのセリフ言われると、違和感しか感じないけど、実際に実力も見てるし、言ってる事も嘘じゃ無いのが解るから、納得するしか無いよね」

「浅田さんはこれからも、戦場カメラマン続けるの?」


「私はね、最初は話題になりたくてミーハー的な考えで始めたんだけど、実際に戦場に立つとね、日本では考えられない世界の不条理が沢山あるの。アフガニスタン、北朝鮮、中東、ルワンダ、ケニア、コンゴ、スーダン、ソマリア、本当に日本しか知らない人から見たら、地獄でももっとマシだと思えるような事実が沢山あるわ。私はその事実を世界に発信して、人が人として当たり前に生活が出来る様になる為のお手伝いをして上げたいと、今では本気で思ってるわ」


「凄いですね、俺は異世界では勇者様って呼ばれておだてられて、魔王も討伐しましたけど、人々の為に頑張ったことなんか無かったですよ。結局は自分が生き残る為の行動をしてきたに過ぎませんでした」

「そうなんだね、でも私にとってはもう十分に正義の味方の王子様だよ。実際には私よりも精神年齢は上なんだし、これからは美緒って呼んでね。人前でも構わないよ。私も翔って呼ぶね、知らない人が見たら勝手に兄弟だと思ってくれるよ」


「あのね、翔君私が捕まってた時に聞いた情報が一つあるんだけど、聞くだけ聞いてくれるかな?」

「どんな事ですか?」


「クリスマスで人が集まるカトリックの教会にね、イスラム国が同時多発テロを仕掛ける計画をしていたの」

「クリスマスってもう二時間しか無いじゃないですか?」


「日本ではもうすぐだけど、欧米ではまだ半日以上の猶予があるわ」

「どんな内容か解りますか?」


「詳しくは解らないけど、私も自分が狙われる状況になると思って、誰にも言えて無くて」

「あそこの基地だけが動くのなら、武器はほとんど取り上げたし、ほぼ大丈夫だとは思いますけど、拠点っていっぱいあるんですよね?」


「そうでしょうね……」

「一応、偉い人に伝えておきます」


 事態が大きすぎるので、俺は斗真さんに連絡を取った。

 斗真さんがアメリカに連絡を入れ、アメリカ経由で被害に合いそうな各国のキリスト教の施設には、早速厳重な警戒が敷かれる事となる。


 様々な情報を精査した結果、ベツレヘムの聖誕教会が一番標的になる確率が高いと判断され、不測の事態に備えて、俺にも内密な出動要請があった。


 待機をして何も事件がなければ一千万円、テロへの介入と阻止を成し遂げられた場合は、一億円の別報酬の条件だ。


 俺は、美緒さんに今からベツレヘムに向かい対処をして来ることを伝えると、美緒さんがカメラを取り出し、付いてくる気満々で準備を始めた。


「美緒さん。危険すぎるしビザもなしに国外に行って撮った写真なんて発表できないんだから駄目だよ」

「発表なんて、インターネットの匿名とかでどうにでもなるわ、その場を体験する事実が私には大事なの」


 言っても聞か無さそうだし、時間も迫ってるので、そのまま美緒さんと共に、ベツレヘムへと転移を行った。


 ◇◆◇◆ 


 日本と違ってクリスマスは賑やかなものではなく、おごそかな雰囲気で人々が教会に集まりつつある。


 教会暦ではクリスマスは二十四日の日没から、二十五日の日没までの間を指し、既に時間的な猶予はなかった。


 俺も知らなかったけど、クリスマスはキリストの誕生日では無く、誕生した事を祝う日なんだって。


 でも、街の至る所にクリスマスツリーは飾られ、日本より洗練された雰囲気だ。


 そして陽も落ちて、現地時間で午後八時を迎えた頃に事態は動いた。

 黒塗りのマイクロバスが教会の側に止まると、緊張が走りイスラエルの軍関係者であろう一団がバスを包囲した。


 ヤバイな、相手はテロを行なおうとしてるんだし、この取り囲み方だといきなり自爆しても不思議じゃないぞ。

 俺はマイクロバスに近寄り、バス全体を結界で覆い閉じ込めた。


 次の瞬間、バス全体に火薬を満載していたのであろう、凄い轟音を立てて爆発炎上した。

 良かった間に合った。


 中に何人乗っていたかは解らないが、十人以上は居たと思う。

 取り囲んでいたイスラエルの部隊は、音で耳をやられた人はいるが、直接爆発の被害にあった人は、いなさそうだ。


 もしこの規模の爆発が教会内部で起こっていたら何千人単位の被害が起こっただろう。

 しかし、同時多発で起こされたテロ行為は様々な場所で起こり、世界中で十箇所以上の教会で爆破テロが起こった。


 俺は、この時テロ組織は絶対に許さないと心に決め、自分のこれからの行動指針とする事にした。


「なぁ美緒、俺はテロを許せない。俺だけでは知識もないし、協力してくれ」

「勿論OKよ、情報集めは私に任せて、翔は対処を頼むわ。でも私はかならず何処に行くのも付いていくからね」


「基本俺は中学生だから、交渉事とかはすべて任せる事になるし、かかる経費とかは俺が出すから言ってくれればいい」

「あら? それは愛人契約も込みなのかな? その見た目だとそう言う場所にも行けないし、色々溜まって大変でしょ?」


「まぁそう言う事は、今はまだ自分でなんとかするからいいよ」

「ふーん、翔がそう言うなら、それでいいけど、別に私は嫌じゃないからね?」


 俺は、美緒の言葉に頬を染めながら、転移で日本へと戻った。

 美緒に「拠点を準備してもらうように頼んでるんだけど、それまでここを拠点代わりで使ってもいい?」と聞いてみた。


「あら、別にいいんだけど、私部屋の中では基本裸族だから、いきなり入ってきたらびっくりするかもだよ?」

「ちゃんと連絡してから来るから、服は着ててくれよ?」


「まぁ善処するわね」


 当面の美緒の活動資金として一千万円ほど現金で渡し、俺用のパソコンととデスクを用意してくれるように頼んだ。


 今年のクリスマスは盛り沢山だったな……来週はお正月か、いい年になればいいな。

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