第7話 フィギュアスケートジャンプの限界と幽霊騒動

 今年は色々あったけどもう十二月だ、師走しわすと呼ばれるこの季節は街を行き交う人々もどことなく急ぎ足に見える。


 でもこの一年は、十四年間の異世界生活を経験して再び戻ってきたり、向こうの世界で身に付けた能力が、こっちの世界でそのまま使えたりした事で、俺にとっては正に激動の年だった。


 そんな色々あった中でも異世界に行く前の俺はHな妄想を楽しんだりする事が精一杯で、女の子と遊びに行くなんて夢物語だと思ってたのが、今は毎日のようにクラスでも誰に聞いても美少女ランキング一位、二位を独占するアンナと香織が俺の傍にいつも居てくれる。


 クラスの男子たちの羨望の眼差しを一身に受けながらも、昔から女子受けのいい優等生の遊真も一緒に居てくれるお陰で、何とかクラスで浮いた存在になる事態は避けられている。


 でもな、俺はみんなの人生の倍以上の時間を過酷な戦いの中に身を置いて、やっと掴んだ今の幸せなんだぜ! これくらいのご褒美は在っても良いだろ?


 今週は期末試験だから学校も早く終わるし、時間は沢山あるんだ。

 俺も遊真も授業をしっかり聞いておけば、別段試験勉強はしなくても大丈夫なんだが、アンナが国語と社会が苦手で、香織は理科と数学が苦手だって言うから、毎日放課後は遊真の家に集まって勉強会をやってる。


 俺は聞かれた事を答えるだけで、後の時間はひたすらスマホでラノベを読み漁ってた。


 最近の俺は日本最大の有名小説サイトの現代ファンタジーと呼ばれるジャンルにハマってる。


 そこで俺は思ったわけだ。

 正に今の俺の置かれているこの状況こそが現代ファンタジーだろ! って事で沢山あるこのジャンルの小説を、人気のある物も無い物も、別け隔てなく読み漁ってイメージトレーニングをしてるんだ! これでどんな状況に追い込まれても対処できるはずだぜ! 特にムフフな展開とかな‼


 ちょっと妄想の世界にどっぷりはまってると「……君、翔君ってばぁ、顔がだらしなくにやけてるけど、何考えてたの?」と、アンナが呼びかけてた。

「この漢字なんて読むの?」そこには漢字で『土耳古』『伯林』と書いてあったが、こんなの授業でやったっけ? てか試験で出たりするのか?


「国名のトルコと都市名のベルリンだよ」って答えると香織も遊真も「「すげぇなこれ読めるのかよ」」ってびっくりしてた。

 なんか難関私立高校の社会の入試問題で使ってあったらしい。


 あぁ高校入試かぁ俺達は来年は三年生だし、高校受験も当然身近な問題だよね。

「皆は高校はどこ行くの?」と聞くと、三人とも東京の大学までエスカレーター式で上がれる一流私立高校を選ぶらしい。


「翔君も同じ高校行こうよ」と気軽に誘われたが、結構大事な決断な気もするよなぁ。

 でもその方が色々楽しそうだし、父さんと母さんに相談してみようかな。


 遊真の所は、お父さんが政府の偉い人で新幹線通勤してるくらいだから東京のほうが便利が良いのかも知れないけどね。


 アンナの家は外交官だから、今はお父さん方の祖父母の家で、両親だけで赴任してるんだって。


 香織は「私は剣道の推薦枠でも行けるんだけど、剣道だけで行っちゃうともし部活が続けられないような怪我とかしちゃうと、転校しなきゃならないから実力で入りたいし、今は頑張ってる感じなんだ」って言ってた。


「でも香織って部活とかしてないじゃん?」と聞くと「この学校女子で、剣道する人居ないから家の道場で練習してるだけだよ。大会なんかは道場からの枠で出れるから」


 香織の剣道の練習は話を聞いてみると毎朝四時から六時までの時間にみっちりとやってるらしい。


「いつの時代の人なんだよ!」と思わずツッコミを入れちまったぜ。


「小さな頃からそれが普通だったから、全然気にならないよ。それにそのお陰で、こうやって放課後とかは自由にさせてもらえるんだしね」


 そんなもんなのかな? 俺には考えられないけど。


 明日で試験は終わりだし、今週は部活の助っ人もないからさ、「皆でスケートでも行こうよ」って言う話になって、その日は早めに解散した。


 家に戻って晩ごはんの時に高校進学の話を両親としてみた。


「翔って最近確かに運動は凄い頑張ってるみたいだけど、中間試験の成績って真ん中より下くらいだっただろ? それでそんな学校に受かるのか? まぁ受かることが出来るのなら、自分で決めた事を反対はしないぞ」って言ってもらった。


 確かに今までの成績じゃ、笑い話にしかならないよな。


「じゃぁさ俺が今回の期末試験で十位以内だったら、先生に希望を伝えるでいいかな? それ以下だったらきっぱり諦めて地元の高校に行くよ」

「いいのか? そんな条件出さなくても、受かるなら別に構わないんだぞ?」


「良いよ自分に対してのケジメかな? 俺の本気は結構凄いんだよ!」

「そうか、じゃぁそうしよう」


 なんか両親の俺を見る目が嬉しそうだった。


 ◇◆◇◆ 


 翌日、俺は自分の全てを出し切ったと思う。

 遊真達もそれぞれ満足の行く結果だったみたいだ。


 そして向かったのは名古屋市内のスケートリンクで、俺達が行った時間は結構早かったので、スケートリンクの中は、この時間まではスケートクラブのフィギュア選手の練習が行われていた。


 皆スピンやジャンプをしていてカッコいいと思った。


 男子高校生くらいの選手が、ジャンプをしたけど三回転半とか飛んでる。

 凄いなぁ。


 それから少し時間がたつとスケートクラブの練習も終わり、俺達はレンタルシューズを履いてリンクの中に降り立った。


「実は俺スケート初めてなんだ!」とカミングアウトしてみたら香織も初めてだった。


 遊真とアンナは経験があるそうなので、俺はアンナが、香織は遊真が手を添えて引っ張って貰った。


 何度か転んだが十分程で慣れて、何とか一人で滑れるよになった。

 他にはまだお客さんも来てなかったので、さっきのフィギュアの選手たちが何人か「少しだけジャンプの確認させて貰っていいですか?」と言ってきたので快く許可して、すぐ側でジャンプを見せてもらった。


 俺の優れた動体視力で捉えた結果、スピードと角度、ジャンプの高さの三要素で飛べる回転数は変わるな、限界はどれくらいなんだろう? と興味を持った。


 十分程で選手達は「ありがとうございました」と律儀にお礼を言って、リングサイドに上がっていった。

 俺は忘れないうちに一回やってみようと思い、周りを一周グルっと回ってきてそのままの勢いでジャンプをして見た。大きく飛び上がり一回転、二回転、三回転、四回転と半分周りきって着氷したが、ブレードが氷に引っかかって、大きく転んでしまった。


 ありゃ着氷も同じ感じで降りたのに何が違ったのかな?


 遊真たちや、リングサイドに上がったばかりの選手達がびっくりして声を掛けてきた。


 「今、何回飛びました? 見間違いじゃなければ四回転半周りきってたように見えましたけど? しかもそれレンタルのブレードですよね?!」


 「ぇ? ブレードって種類があるんですか? 今日初めてスケートしたから知らなかったです」


「ぁ、いえ凄いの見せてもらって感動しました。絶対フィギュアやったほうが良いですよ、初めてでいきなり四回転半とか飛べるとか、絶対オリンピックの金メダルとか狙えますよ」


 と言う話をしていると、他の選手の人に呼ばれてコーチの人がやってきた。

「君かい? スケート初心者でいきなりレンタルのブレードで四回転のアクセルジャンプをやったというのは?」


「あ、着地でこけちゃったから成功はしてないです」


「そりゃそのブレードじゃ無理だよ、むしろそのブレードで普通に踏切出来た事にびっくりだよ」


「君の足のサイズはいくつだい? ちょっとブーツを変えてもう一回見せてもらうことは出来るかな?」


 遊真達も興味津々で、話の行く末を見てる。

 俺の足のサイズと同じサイズの選手が居て、ブーツを貸して貰えることになった。

 靴を履き替えると、さっきの靴よりギザギザの部分が大きく確かに踏切はしやすそうだ。


 俺は先程と同じ様に一周をスピードを乗せながら回ってきて、皆の手前で大きくジャンプ! さっきより踏切がしっかりしていて、回転のスピードも乗った五回転半を飛んで、着氷した。


 今度はこけずにそのまま壁に向かって突っ込んでいったぜ、スピードが上がってからの止まり方を習ってなかった……


 その場に居た全員が、あんぐりと口を開けてみてたが「君! すぐに世界を目指して練習を始めるべきだ。人類の限界と言われた、五回転を軽く超えた五回転アクセルジャンプの成功をこの目で見てしまった。奇跡の瞬間を私は見てしまったんだ‼」とコーチが熱く語り始めた。


「あの、スイマセン。俺スケート本業じゃないし、練習時間とか取れそうにないからゴメンナサイ。声を掛けてくださってありがとうございます」と断って、少し居づらくなったので、四人でスケートリンクを後にした。


アンナと香織が「本当、翔君ってその存在が反則だよね、何でいきなりそんなに何でも出来る様になっちゃったの?」


「男子三日合わざれば刮目してみよ! だよ」

「またそれぇ? 意味解んないって」


 結局その日は、また皆でファーストフードショップに行って、駄弁ったんだけど、アンナが話題を振ってきた。


「そう言えばさぁ最近噂になってる病院の話は聞いた?」と聞いてきた。


俺は知らなかったけど、香織と遊真は聞いたことがあると言っていた。


 いわく、一年前に経営破綻した心療内科の病院に真夜中の一時になると最上階の辺りに淡い光が現れて、それを確認に行った大学生のグループが全員心の病に陥り誰とも話さなくなった。


 いわく、暴走族のグループが肝試しに侵入したまま行方不明になって今だに誰も見つかっていない。


 いわく、取り壊しを請け負った、解体業者の現場監督が二人続けて発狂して自殺し、そのまま手つかずになっている。


 どの話もニュースに出たわけでも無く、あくまでも噂話なんだが、皆が事実だと思ってる。


 ふむ、異世界転移を経験した俺からしてみれば、どれも荒唐無稽な話だとは思えない。

 異世界に結構在ったダンジョンのレイスなどがいれば普通に起る現象だしな。


 一度様子を見に行くか。


「まぁそんな証拠も無い話で興味を持って近づいたりしたら駄目だぞ? 犯罪組織の隠れ家とかになってる可能性もあるんだし」と、皆に言って解散した。


「なんか翔君。保護者みたいな事言うよねぇ」と、ちょっとおっさん扱いされた。


 まぁ事実だが……


 ◇◆◇◆ 


 そしてその日の深夜、俺は一人で噂の病院に来ていた。

 現在時刻は深夜零時五十五分。

 話に出た一時までは後五分だ。


 最上階を見てみるが真っ暗で何も見えない。

 一時まで待機して窓を確認すると、一時丁度に異変は確かに起こった。

 最上階の窓に青白い灯がボォっと灯って見えた。

 人工的な灯とは少し違うような気もするが、LEDの灯りをフィルター通したりしたら、再現出来ない程の現象でも無いな。


 まぁ何かの答えはあるんだろうから、行ってみるか。

 割れた窓ガラスから中に侵入する。

 俺は夜目が効くから別に灯は必要がない。

 上階に上がっていくと、気配を感知できる。


「これは幽霊では無いな」明らかに生き物の反応だ。


 と言うか人間だな。

 俺は隠密を発動し、勇気百倍お面を身に付けた。


 そのまま最上階まで上がっていき、青白い明かりの見えた部屋の前まで行き、中の様子をうかがうと、恐らく半島国家の人間達だ。

 将軍様の命令で日本に潜伏している人間が、情報交換でもして居る感じかな。


 あいつら本国はもう住めない状態だから何かとんでもない悪巧みでもしているんだろうな。

 電磁パルスの発生以降、全ての電子装置は利用できなくなり現代人としての生活を続ける事は、出来なくなっている半島国家は事件以降、指導者の行方など一切の情報は明らかになっていない。


 人力で何とか農作物を作り、火を燃やすことで暖を取る等の、石器時代のような生活レベルであれば、生きていけないことはないが、それでは便利な生活に慣れた現代人達が我慢できるとも思えない。


 何らかの行動を起こしても不思議はないよな? こんな危険があっても日本国民は平和ボケしてるから、どれだけ危険な状況なのかを認識してない。


 かろうじて、壱岐対馬に自衛隊が今現在大量に配備され、違法渡航者の侵入に注視しているくらいが関の山だ。


 幽霊やモンスターでないなら、俺の出番は終わりだな。

 俺は斗真さんに連絡を入れた。


「夜分遅くにすいません。松尾です」

「どうした? 翔君」


「今日お昼に遊真達と話してたら、幽霊騒動のある病院の話が出てきて、気になったから調べに来たんですけど、半島国家の一団が集まって何やら悪巧みをしていました。幽霊とかじゃないし、ここに人質が居るわけでも無さそうですので、後は斗真さんの管轄だなと思って連絡を入れました」


「そうか、連絡をありがとう。すぐに自衛隊と公安の部隊を向かわすが到着までの間だけ逃げ出さないように、見張っておいて貰ってもいいかな?」


「了解しました。廃病院の最上階に居ますので部隊が到着したら転移で戻ります。武装状況が解らないので、十分な注意をお願いします」


「了解した。恐らく最速で十五分程の時間だと思う」


 俺は敵が異変に感づいて逃走を始めたりしないように、結界でフロア全体を封じ込めて、公安の部隊の到着を待った。


 そして十分を少し過ぎた頃に、ヘリコプターの音が聞こえた。


「馬鹿なの? 逃したいの?」


 先に到着したのは自衛隊のレンジャー部隊のようだった。

 ヘリからロープを垂らし直接屋上に次々と二十名ほど降りてきた。


 レンジャーが、屋上から最上階に降りるためにドアを使わず、縄梯子を屋上の手すりから垂らし、窓ガラスからの侵入を試みようとしてるが、やっぱり馬鹿だ。相手が武装してて平気で撃って来る可能性があるとか、全く考えてない。


 その頃に成って地上に黒塗りのマイクロバスが三台到着した。

 恐らく公安の部隊かSATかな?


 マイクロバスの部隊は屋上のヘリを見ながら、何やら通信で喋ってるが、恐らく俺が感じたのと同じことを報告しているんだろうな。


 ちょっと心配だから、落ち着くまで見ていよう。


 部屋の内部でも襲撃に気が付き慌ただしくなっているが、銃撃程度じゃ俺の貼った結界は破れない、どうするのかな?


「「「ドオオオオオオオオオォォオオオン」」」


 部屋の中で、大きな爆発音がした。

 あー床を爆破して下に逃げる作戦を選んだな。


 結界はもう解除しておくか。


 下から一気に、SATも駆け上がってきている。


 レンジャーは、既に全員が窓から最上階のフロアに侵入して、先程の爆発音にビビって侵入した部屋のドアを銃撃で壊して廊下に出てきた。


 俺の気配察知で確認した、敵勢力の人数は三十名ほども居るが、戦力的にはいい勝負、後は武装が明暗を分けるかな。


 レンジャーは、敵勢力の居た部屋へと突入して行き、床に空いた穴から威嚇射撃をしているが、そこに留まっているような間抜けな連中じゃないだろ?


 部隊を半分に分け、半数の部隊は階段を駆け下りて行き、半数は床の穴からロープを垂らし降りていく。


 一階には黒塗りのセダンが到着している。

 公安の到着のようだ。


 公安は人数的にはそんなに居ない、現場責任者的な位置付けかな。


 敵グループは七階建ての建物の五階層で、SATとレンジャーに挟み撃ち状態にされた。


 俺は隠密状態を保ったまま、見学をしている。


 んー敵の装備は、自動小銃と手榴弾、あぁロケットランチャーも見えるぞ、専守防衛とか言ってるとロケットランチャーで吹っ飛ばされそうだな。


 レンジャーM4カービン銃を装備していて、SATはH&KのMP5を装備してるが、どっちもカッコいいな。

 対する敵は当然のようにカラシニコフAK47だな。


 まぁどれも連射性能の高い銃だから、思い切って引き金を引く度胸のあるやつが生き残るだけだな。


 普通なら! だけど。

 これじゃ敵も味方も死者が間違いなく出ちゃうから、俺はレンジャーとSATに結界を張った。

 それとほぼ同時に追い詰められていた敵が、廻りに一斉にフルオートで射撃を開始した。


 うはぁ危機一髪だよ。

 あと三秒遅れてたらSATもレンジャーも全滅してたかも……やっぱり馬鹿なんだろうか?


 結局俺は敵グループに電撃魔法を発して、全員を痺れさせて気絶させると転移で自宅に戻った。

 きっと魔法使ったから最後は俺のアンパン◯ン姿を視認されたかもしれない……


 でも、助けなかったら下手すりゃ全滅だったから、しょうがないよね?

 まぁ斗真さんに連絡しても告げ口っぽく為るし辞めとこう。


 翌朝のニュースでは、この話題は全く触れられていなかった。

 日本の闇を見た気がするな。


 今日も街を行き交う人々は、平和な日常を送っている。

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