第5話 ボクシングと銀行強盗
十一月も半ばを過ぎ、遠くに見える山肌も黄や紅に鮮やかに色づいている。
今日は、先週のバスケット部の助っ人に引き続き、部員不足で廃部の危機に瀕しているボクシング部のキャプテンの頼みを聞いて、他校への練習試合に参加させられた。
まぁアマチュアでも公式試合はライセンスがないと出れないから、練習試合しか出れないんだけどね。
それでも相手の学校は結構ガチでやってる学校で、アンダージュニアのチャンピオンも居るらしい。
ボクシングって、階級が中学生の場合で三キログラムずつに細かく定めてあるから、チャンピオンって言っても沢山いるらしいんだけどね。
で、今日の相手校にいるチャンピオンは六十キログラム級で、背の高さも百七十五センチメートルくらいあって結構でかい。
俺は五十キログラムしか無いから、公式試合だと対戦させてもらうことも出来ないんだよな。
でもせっかくの練習試合だし、中学生のチャンピオンってどれだけ凄いのかな? って言う興味心で、やらせてもらえないか聞いてみたら、大笑いされて「スパーリング一ラウンドだけだったら良いぞ」と言って貰えた。
俺は「ラッキー!」と思って一ラウンドの二分間を堪能させて貰う事にした。
今日はいつもの三人、遊真、アンナ、香織は、マネージャーと言う名目で見学に来ている。
うちの中学のボクシング部は三人しか居ないのに、相手の学校は十五人も居て練習風景を眺めているだけでも熱気が伝わってくる。
まぁ練習の時だけ人数合わせで、遊真や女子二人も一緒にウオーミングアップをしてもらってたから、枯れ木の賑わい程度にはなったかな?
いや、むしろ超絶美少女のアンナと香織が一緒にウオーミングアップをしてる姿を、羨望の眼差しでガン見されてるな!
そしてまず、ボクシング部員の三人が相手校の同じウエイトの選手たちと、スパーリングを行ったけど、やっぱ名門校の選手は強いな、うちの学校のメンバーはみんなボッコボコだった……
そして俺の番だ。
完全に舐めきられてるけど、どうなんだろうな?
そしてゴングは鳴った。
相手の選手は手を大きく広げて「打って来い!」って感じのポーズを取った。
遠慮なく打つとヤバイから弱めにボディを打った。
お、流石チャンプ耐えてる! って思ったけど、そのまま動かなくて……三秒後に膝をついて前のめりに倒れた……
やっぱり無理だったか……もう少し打ってくるのを躱してとかそう言うのがやりたかったんだけどな。
「おい、大石大丈夫か?」と言いながら相手の学校の監督がリングに上って来て「ちょっとグローブを確かめてもいいか?」となんか疑われたみたいな感じだ。
別にやましい事はないので、その場でグローブを外し、両手も拡げて何も持ってない事を確認してもらった。
「すまんな、こいつの打たれ強さは、プロのボクサーからも定評があるレベルだったから、疑ってしまって申し訳ない」と謝られた。
「別に気にしてないから大丈夫です」と言って、これじゃ俺が不完全燃焼だよなと思っていたら、チャンプ君が復活した。
「気を抜いてしまった所に
「大丈夫ですか?」と聞いてみたが……」
「問題ないやるぞ」と言ってきたので、じゃぁいいかなと思って、再戦になった。
今度は腋を締め、顎を引きガッチリとガードを固めてきた。
フットワークも使いながら、アウトレンジで打ってくる感じかな? でも背の高さが違うから、そのガードされるとボディもがら空きに見えるし、俺の視線からは、顎が完全にノーマークに見えるぞ? これは、そこを打てと誘ってるんだろうか?
チャンプ君が長いリーチからジャブを繰り出す。
中々早いな、でも俺の目にはスローモーション程度だぜ。
ジャブからストレートに繋げるワンツーを放ってきたのに合わせて、ストレートを紙一重で躱し、カウンターで顎をめがけて、軽めにパンチを放った。
見事にカウンターが顎を捉えた……俺は振り向かずにコーナーへもどった。
チャンプ君はそのまま立ち上がれなかった。
相手の学校の監督が「君なら世界が取れる、俺と一緒に目指してくれないか」と手を差し出してきたが「俺、ボクシングが本業じゃないですからスイマセン。誘って頂いてありがとうございます」と断りを入れた。
世界チャンピオンってお金儲かるのかな? とか思ったけど、あんまりお金も困ってないしな、と思い直した。
アンナと香織がうっとりした表情で見てる。
その表情を見れるなら、ボクシングもう少しくらい、やってもいいかな?
まぁうちのボクシング部の三人もカッコが付いたと喜んでたから、めでたしめでたしって事で!
帰りは四人でファミレスに寄って、二時間くらい駄弁って帰宅した。
なんか、今は充実してる感じするよな。
そして翌日の月曜日。
朝のワイドショーでは先日の俺が壊滅させたイスラム国の基地の事をやっていた。
恐らく
どうなんだろう? 俺が居た異世界では、捕虜を取ったとしても、相手が宗教組織の場合は何の効果もなかったよ?
むしろ神のために戦い死ぬ事で天国に昇れる。
くらいの考え方をする方が普通の考え方だったからね。
イスラム国の信じている宗教が、決して悪い教えなんじゃなくて、解釈の仕方を何処までも自分達に都合よくしているだけなのは、明白なんだけどな。
そう言えば、あそこから持ってきた戦車とか武器とかどうしようかな?なんかの時に使うかもしれないし今はまだ黙っておこうかな。
爆弾は別としても戦車なんかはロマンを感じるしね! 何処かで乗ってみたいよな。
学校に着くとボクシング部のキャプテンが昨日の礼を言ってきた。
「松尾、昨日はありがとうな。あのな、公式試合に出れるように、C級ライセンスをとって欲しいんだけどいいかな?」と言ってきたので、
「毎日とか練習に参加したりするのは無理だけど、それでもいいならライセンスを取るくらいだったらいいよ」と答えておいた。
「でもさぁ昨日の相手校の監督も言ってたけど、松尾なら本気でやったら世界チャンピオンとかまじで狙えると思うぞ。その気があるならボクシングジム紹介するから行ってみないか?」
「うーん、時間を必要以上に束縛されないならいいんだけど、練習時間とかが長いのは無理なんだよね」
「そうなのか、勿体ないよなぁ、一応それでも良いかどうかだけでも、俺が聞いて来ておいてもいいか?」
「まぁ聞くだけなら別に、いいんじゃない?」
そしてお昼休みの時間に、遊真と話していたら、斗真さんからスマホに連絡が入った。
「今は学校だろうけど悪いな」
「全然大丈夫ですよ、どうしましたか?」
「東京の新宿で、銀行強盗が人質をとって立て籠もってしまったんだ。犯人が結構な武装をした外国人のようで、行員と客で百人程の人質が取られてて、既に二人ほど撃たれて重傷状態のようなんだ。内部の様子が解らないし、犯人の人数も多いからSATを突入させるにも、人質の安全を考えると無理があってな、ちょっと頼まれてくれないか?」
「条件をいいですか?」
「まず、国内だから犯人たちを殺すのは避けて欲しいんだ。マスコミの批判が集中する。出動に対して百万円。解決に対して人質、犯人の双方に死者が出なければ二億円、死者が出ての解決の場合は一億円で頼む」
「了解しました。既に人質に負傷者が居るなら急ぎますね、スマホで座標を送って下さい。俺はすぐに先生に早退を伝えてきます」
「スマンが頼むな」
そして、スマホでざっとの概要を纏めたメールを受け取り、すぐに転移をして銀行の側にたどり着いたが、シャッターが下ろされ内部が視認できない。
この状態だと内部への転移移動ができないので、再び斗真さんに連絡をして、内部の部屋割を詳細に記した配置図を用意してもらい、メールで受け取ると、女子トイレに転移で移動した。
んー女子トイレって、なんかドキドキするよね! この背徳感が病みつきになりそう。
ここで、百均で買って置いたファントムマスクを装着し、隠密を発動して内部へと侵入すると、人質は一ヶ所に集められて周りを囲まれ、銃口を突き付けられていた。
あの銃は、明らかに軍用だよな。
この間のイスラム国の連中が使ってたのと同じ種類に見える。きっと旧ソビエトから大量に流出したカラシニコフだろう。
単純な銀行強盗と言うよりも、テロに近い感じかな? だとすると人質を迷わず攻撃する可能性が高いかもしれない。
集団のリーダーは誰なのかを見極める。
カウンターの中に腕組みをして、アラビア語で指示を出している男がいる。
彼に間違い無いだろう。
その男は電話をかけ始め、今度は少し怪しい日本語で話してる。
逃走経路の確保の交渉だな、銀行内に既に爆発物を設置していて、要求が飲まれない場合は、建物ごと自爆すると言ってる。
どれくらいの規模の爆発物なのかは判らないが、恐らく話の内容は本当の事だ。
ヤバイな……時間指定した上に既に時限起爆装置を作動したと言っているぞ。
全体を見回すと犯行グループは十二人か……どの順番で対処するのが正解だ? 俺は作戦を考える。
その時人質の女性がトイレに行きたいと言い出した。
リーダーらしき男が即断で却下をして「したければその場で行え」と言って銃口を突き付けさせた。
女性は涙を流しながら、その場にしゃがみ込み床に水溜りが広がる。
他の女性が、壁を作るように囲んで上げてるが、その行為を良しとしない犯人達が女性達を押し退けようと近づいて行った。
今がチャンスだ。
スッと近づき、銃に手を当てアイテムボックスに収納した。
ここからは時間との勝負だ。
まず、人質を取り囲んでいる五人の装備を、全てアイテムボックスに収納して回り、次は異変を感じ取ったリーダーの場所へ移動して首トンで落とす。
残りの六人が、一斉にリーダーの場所に近寄って来た。
良かった、これで人質の無事は保証されるぜ。
リーダーに対して攻撃を行なった事で、隠密効果が解けた俺のファントムマスク姿に、犯人達が一瞬ビビッて固まったが、直ぐに俺に銃口を向けて、迷わずにヒキガネを引いてきた。
銃なんて銃口が向いている方にしか弾は飛ば無いんだから、俺には無駄だぜ。
全ての銃弾を避けて六人を順番に制圧して意識を奪った。
ここで人質達の方から悲鳴が上がった。
ナイフを首筋に押し当てられた女性の姿が見える。
ヤバイ……俺はポケットの中に貯めて置いた小石を、指弾で飛ばした。
犯人が武器を持つ右手首にジャストミートして、犯人は武器を落とした。
残りの四人がそれぞれにナイフを手に俺を囲んだ。
ここまで来れば後は作業だ。
まず人質を囲む結界を張り、安全を確保する。
そして、最近少し練習した、ボクシングのステップを踏みながら、昨日見せてもらったチャンプ君のワンツーを次々に打ち込み、全員をノックアウトした。
直ぐに斗真さんに連絡を入れると「時限爆弾の対処を先にして貰ってもいいか?」と言われたので、犯人達の中から一人を無理やり立たせて、爆弾を仕掛けた場所を聞き出すが喋らない。
俺はノータイムで犯人の指を一本へし折った。
もう一度聞こうとした時に、人質の人達が「撃たれた人が意識を失って危険な状態なんです」と言ってきた。
アイテムボックスからポーションを取り出して、「これを飲ませて下さい」と二本渡した。
直ぐに口に流し込むと、傷口が塞がり始めた。
恐らく大丈夫だろう。
そしてもう一度さっきの犯人に爆弾の場所を聞く。
まだ喋らない、もう一本の指を折る。
そして四本目の指を折られた所で犯人が気絶した。
んーこれじゃ喋らないか。
人質の人達に聞いてみる。
「爆弾を仕掛けた場所って見当付きませんか?」
すると柱を指差す人が居たので、見てみると爆弾らしき物が、柱に取り付けられていた。
こんな解りやすい所に付けたんなら、さっさと喋れば痛い思いしなかったのに馬鹿なの?
時限装置も動いていて、残り五十分を示していた。
直ぐに爆弾に触れてアイテムボックスに収納する。
俺のアイテムボックスは時間経過が無いから、これで大丈夫だ。
全部で三箇所に取り付けてあった物を全て収納し、行員さんにシャッターを開ける様に指示を出し、俺は斗真さんに連絡を入れた。
「ミッションコンプリート」
そしてトイレに向かい、直ぐに自宅に転移した。
この時に向かったトイレは、人目もあったからちゃんと男子トイレに行ったんだからね!
俺が転移で立ち去った後にSATが一気に突入してきて犯人グループは全員連行されたみたいだった。
その日の晩のニュース番組で、人質になってた人達が何人かインタビューを受けていて「ファントムマスクをかぶった、ボクシングする人が助けてくれたんです」と、突然現れたこのヒーローの事は「ファントムボクサー」と呼称されていた。
次は違うマスクにしよう、ファントムボクサーって何か呼び方がダサいし……
来週は陸上部に呼ばれてたな、何の競技だろ? ルール解らないから早目に競技種目教えてもらわなくちゃね!
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