第4話 人質奪還作戦

 爽やかな朝の空気の中、俺はお気に入りの音楽を聞きながら走っている。


 この世界の俺の体は、色々な能力を使いこなすにはちょっとポテンシャルが低いから、いくら身体強化があるからと言っても、元々の身体を鍛えておかなきゃな。

 

 異世界の英雄として、魔王を倒した後、何でも一つの願いが叶うと言う権利を手に入れ、迷わず現代社会に戻ってきた。

 俺は異世界転移から魔王を倒すまでに十四年の歳月を過ごしたが、戻ってきた時には旅立つ前の十四歳の姿だった。

 二十八歳の意識を持った中学二年生。


 それが俺だ。


 両親には何も教えていない。


 この世界で俺の秘密を知っているのは、ただ一人。

 俺の親友のお父さんであり、内閣危機管理官の土方斗真さんだけだ。


 この世界の重大な危機や事件が起こったら、二人だけの秘密で解決すると言う契約だ。


 今日は土曜日、今週はバスケ部の助っ人で明日の対抗戦に出場する事になってる。

 この世界に帰ってきてからの俺は、出来るだけ抑えてるつもりなんだけど、隔絶した身体能力はどう控えめに行動したって、目立ってしまう。


 来週はボクシング部、その次の週は陸上部と毎週の様に試合の助っ人の予定が詰まってる。

 忙しいけど毎週の試合は欠かさず、同じクラスの二人の女の子『箕輪香織』さんと『坂口アンナ』さん、それに幼稚園からの幼馴染の『土方遊真』が見に来てくれる。 


 斗真さんからは「未成年の女の子に手を出さないようにね?」と釘を刺されているから、そう言う関係になろうとは思わないが、可愛い女の子に好意を寄せられて嫌な気分にはならないしね!


 そして日曜日、対戦相手は県内有数の強豪で、毎年のように全国大会へと駒を進めるような学校だ。

 俺は、第一ピリオドから出場した。

 相手選手は中学生にも関わらず、平均身長が百七十五センチを超えていて、百六十センチしか無い俺にとっては、巨人の中に放り込まれた気分になる。


 俺はポジション的には『シューティングガード』と呼ばれる、ドリブルで切り込みゴールを狙うと言うポジションに付いていたが、相手のセンター選手は全日本選抜に呼ばれる程のプレイヤーで、うちのセンター選手は全くボールを支配できないから、パスが回ってこない、またたく間に点差を拡げられた。


 第一ピリオドを終了した時点で0対28の絶望的な展開だ。


 第二ピリオドに入る前に監督の先生から「このままじゃ、ジリ貧になるだけだ。形に拘らず自由に動いてみろ」との指示が出た。

 俺は、それならなんとかなるなと思い、積極的にボールを奪取しに向かった。

 相手のセンターからのパスをカットし、素早いドリブルと低身長を逆に生かして一気に相手側コートに攻め入り、3ポイントポジションからのシュートを放つ。

 ポイントガードの選手以外の三人は敵のゴールリング下から基本離れないようにさせて、俺がフィールドを支配する。

 またたく間に追いついて第二ピリオドを終わった。


 相手の雰囲気が少し変わった。

 監督に随分厳しく注意されてる。

 センターをしている相手のキャプテンも凄い悔しそうだ。


 逆にこっちは負けて元々だから、一気に追いつけた事でみんなの表情が明るい。

 観客席でもアンナと香織が大騒ぎして楽しんでいる。


 第三ピリオドに入ると、相手校はマンツーマンディフェンスを行ってきた。

 強豪校を謳うだけあって、俺以外のメンバーは一対一で付かれると勝ち目がない。

 俺には百八十センチ以上の身長を誇る相手のセンター選手が、覆いかぶさるようなプレッシャーを与えて来る。


 だが、異世界帰りの俺にその程度のプレッシャーは通用しないぜ!

 俺にプレッシャーを与えたいならエンシェントドラゴンでも連れて来な!


 そして後半の第三ピリオドは、全国選抜の大きな選手を翻弄し続け次々と3ポイントを決めた。

 第三ピリオドを終えて、六十八対四十でリードしている。

 まぁこれで格好は付いたな。

 第四ピリオドは、俺は控えに下がって行く末を見守った。

 助っ人があんまりでしゃばるのも良くないしね。


 残念ながら地力の差は、明らかだった。

 結局善戦しながら二点差で試合は負けてしまった。


 試合終了後、相手の監督に声を掛けられた。

「君は進学先の高校は決めているのか?」

 相手校は中高一貫の私立なんだが「うちに来ないか」と声を掛けられた。


 俺は「自分はバスケが本業じゃないから、中途半端に進路を決めれないです。声を掛けて頂いてありがとうございます」とやんわり断った。


 その後は、遊真達と四人で食事に行き、今日の活躍を褒められて気分良く帰宅した。


 そして家にたどり着いた時に、斗真さんからスマホに着信が有った。


「翔君一つ聞いていいか? 君の転移能力はどこでも行けるのかい?」


「視認できるとこでなければ大雑把な転移になりますが、座標が解れば大体どこでもですね」


「そうか、ちょっと頼まれて欲しいんだが、イスラム国って解るかな? 国連に認められた国ではないが、テロ組織が勝手に国家を名乗って、暴虐の限りを尽くしている組織なんだが」

「名称を聞いた事があるという程度ですが、大体解ります」


「そうか、まぁ本題はその組織に、邦人の戦場カメラマンが拉致された。二十六歳の女性で世界的に有名な報道写真賞を獲得した事から、自分自身にプレッシャーを感じてしまって、無理な潜入撮影を行ってたみたいなんだが、まだ公式な発表は行われていない。出来れば話が大っぴらに出回る前に救出したいんだが頼めるか?」


「条件は、どんな感じですか?」

「報酬は現金で一億、官房機密費から出させるよ。中学生のお小遣いにはちょっと多めだけど、正式に作戦を展開したり、身代金交渉とかになったりすると五十億以上掛かる案件なのは間違いないからね」


「解りました。当然非課税ですよね?」


「ああ、発表できない以上課税も出来ないさ」


 俺は斗真のお父さんと近所のカラオケボックスで落ち合って、現地の資料や対象のカメラマンの情報を貰って中東の地へ向かった。


 『浅田美緒』さんか。

 中々素敵な女性だな、化粧っ気のない顔写真でさえ美しさを感じる。

 俺の実年齢よりは若いし、これをきっかけに仲良くなれたらいいなぁとか思いながら、米軍から提供されたであろう資料を確認する。


 砂漠の真ん中の、何の遮蔽物もないような場所に、隠れ家が置かれてるようだ。

 恐らくコンテナハウスを埋めたような場所なんだろうな? と、見当をつける。


 どれだけの戦力があるのか、他にも囚われた人が居ないのか等の情報が何も記されていない。

 斗真さんも、この情報だけで振ってくるとか酷いよな。


 まぁ何とかなるんだけどね。


 スキルで索敵を行う。

 相手はモンスターではなく人間だから、武器は小石を指弾で飛ばせば十分かな。

 砂漠の下の空間は思ったより広いな。

 敵と思わしき人数が二百人ほども居る。

 モンスター相手じゃない以上はこの索敵では、敵と捕虜の見分けがつかないんだよな。


 みんな殺しちゃったりすると問題があるかな? でも攻撃されちゃったらしょうが無いよね。

 俺にはきれいなお姉さんを救い出すという、崇高な使命があるんだし!


 その場で出入り口の確認をする為に、じっと待機して見るが、一向に出入りが行われる気配がない。

 単純に殲滅するだけなら、まるごと潰して埋めてしまえば良いんだけど、人質が居る以上はそんな訳にもいかない。


 じっと待っていると一台のジープが近づいてきた。

 俺は隠密を発動してジープの荷台に瞬間転移を行った。


 助手席に座る男が、リモコンを操作すると、砂漠の真ん中に砂を押しのけてハッチ状の入口が現れた。

 ジープはそのままハッチの中に侵入して行く。


 想像以上の組織だな。


 ジープが入っていった空間には、戦車等の機動力が揃っている。

 ロケットランチャーや対戦車地雷なども、相当な数が確認できる。


 勿体ないから、全部貰っておこうかな。


 ジープに乗っていた四人程の男が消えていった後に、その空間にあるすべての武器や機動力を収納していった。


 そして、男たちが消えていった方へと侵入して行く。

 見つけた。


 資料で貰ったままの女性が、下着姿で転がされている。

 他にも女性ばかりが五人程あられもない姿で放置されている。


 うーん、中学生には刺激が強すぎる光景だぜ。

 

 今はまだ騒ぎにするには早いな。

 果たして人質はこの女性六人だけなんだろうか?


 見張りの兵は十人程か……彼らの意識を刈り取れば情報を聞きだせるか?

 俺は素早く見張りの兵達の意識を奪っていく、八人目の意識を刈り取った所で残りの二人に気づかれた。


「襲撃だ! 全員迎撃態勢を取れ」その言葉に反応して辺りが一気に騒がしくなった。


「ちっ、しまった」


 まずは、人質の安全確保だ。

 俺は女性達を覆う結界を張る。


 この部屋に押し寄せてくるイスラム兵達を、指弾でどんどん倒していくがキリが無いな。


 きっとこの中で一番理解する者の少ない言語、日本語で浅田さんに語りかける。


「一箇所に集まって全員手を繋いでくれ」


 いきなりの日本語にハッとした表情をした浅田さんは、それでも直ぐにアラビア語で他の女性に声を掛け、指示通りに手を繋いだ。

 俺は隠密を解き、浅田さんに手を差し出して、外に転移を発動する。


 辺りを確認してオアシスを視認したので、そこへ向けてもう一度転移を行う。

 

 女性達は色々見られたら都合の悪い格好をしているが、そんな事を気にしている場合ではない。

 俺は浅田さんに、状況を確認する。


「あの場所に他に人質として囚われている人はいるのか?」

「ちょっ、貴方なんなの? まだ子供じゃない。しかも日本人だよね?」


「今はそれは問題じゃない、質問に答えろ」

「まぁいいわ、私達の他に男性の捕虜が三人程、囚われているわ」


「位置は大体解るか?」

「声が聞こえる範囲だから、そんなに遠くはないと思うけど、正確には解らないわ。でもあいつらは銃や戦車まで用意してるのよ? 貴方一人で何とか出来る訳ないじゃない?」


「あんたたちは何とかなっただろ? 同じさ。ちょっとここで大人しくしててね。後で着るもの持って戻ってくるから」


 俺は再び転移で基地内に潜入した。

 内部では突然消えた女性達や機動力や兵器を探して大騒ぎになっていた。

 この状況なら隠密で行動すればまず大丈夫だ。


 そして拘束具を付けられた三人の男性が居ることを確認した。

 言語理解を使用して話しかける。

 英語反応なし、アラビア語反応なし、フランス語反応があった。

 拘束は解かないまま俺に触れさせると、再び転移を発動した。


 外に出ると、入り口を炎系の爆発魔法で潰した。

 果たして抜け道は他に用意してるのかな?


 機動力は奪っているし、砂漠を五十キロメートル以上徒歩移動するしか脱出経路は無い筈だ。


 まぁ運が良ければ生き残れるかもな?

 俺は斗真さんから渡されている衛星対応のイリジウム電話機を使い、斗真さんに連絡をした。


「ミッションコンプリート」

「ご苦労、用意するものとか在るか?」


「女性六人男性三人を救出。女性が殆ど裸みたいな格好だから着るものを用意して下さい。一度転移で取りに行って、服を着せてから連れていきますが、人目につかない転移場所を用意して欲しいです」


「解った、五分で用意する。俺の家の庭に来てくれ」

「了解」


 そして男性達に、フランス語で話しかける、「色々な事情でこちらの姿を確認されたくないので、もう少し我慢して下さい。もうすぐ母国の大使館にお連れします」


 「「「ジュ ヴゥ ルメルスィー 」」」


 とっても感謝してるって意味だな。

 俺は斗真さんの家に転移すると、女性用のスエットを六着渡された。


「彼女たちを何処に連れて行くのが適当でしょうか?」

「日本が一番安全なんだが、そういうわけにもいかないので、在イラン日本大使館の庭に転移で連れて行って貰えるか? 後はこちらで処理をするので、そのまま戻ってもらって構わない」

「解りました」


 そして俺は、まずオアシスの場所に飛び、女性達のあられもない姿を、少し影から網膜に焼き付けた後で、スエットを渡して着用してもらった。

 浅田さん以外の女性にはちょっとサイズが小さいようで、色々強調されちゃって少し興奮してしまうぜ。


 浅田さんが問いかけてくる。


「君さ、見た目通りの年齢じゃないよね? 名前教えてもらえるかな?」

「今はまだ内緒です」とだけ伝えて、再び全員手を繋いでもらって、取り敢えず三人の男性の所へ転移し、更に三人の男性も手を繋いでもらい、在イラン日本大使館の庭へ転移をした。


 浅田さんにだけ「また機会があれば、お会いしましょう。でも今回俺が助けた事は基本秘密にして貰えると助かります」と声を掛け、人が出てくる前に日本に戻った。


 斗真さんに連絡を入れる。


「終わりました」

「ありがとう、今大使館からも連絡が入った。お金は明日駅のロッカーに入れて、鍵を君あての封書で届けるよ」

「解りました」


 翌朝、学校に行く前に朝のニュース番組を見てると浅田さんが映っていた「王子様が現れて悪者を退治して救って頂きました」と意味不明のことを堂々と取材に対して答えていた。


 きっと精神的ショックで、ちょっと情緒不安定なんだろうと思われてる筈だ。

 日本に戻って、しばらく休養を取るそうで二、三日中に帰国してくるそうだ。

「王子様逃さないわよ」と最後に言ってたけど、聞こえなかったことにしよう。


 翌朝俺は何時もの様に「行ってきます!」と伝えて中学校へと登校した。

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