09.
『おー』アルマカンが拍手。『では生命に、フラクタルの基本パターンと〈多様性原理〉を刷り込めばいいわけじゃな?』
「そういうことです」中村が笑んで、「シンプルでしょう?」
『そうであるかの』嬉々としてアルマカンが左の掌。『ならば早速』
「まぁ気長な話ですが」
『なに、そこは手っ取り早く……』
「〈手っ取り早く〉?」中村が聞き咎める。
『ほぇっ!?』アルマカンが後ずさり。『ななな何か問題が?』
「もしかして、」中村は見透かしたように、「いきなり高等種族を創ろうとかしてません?」
『ちっ違うもん!』涙目でアルマカン。『ほら! 一種族だけだと滅亡しちゃうし!』
「あぁなるほど、」中村はわざとらしく頷いてみせ、「ですが最初はシンプルな生命体を大量に生み出す方をお勧めしますよ。地球のカンブリア紀がご参考になるかと」
『……気が長いのぉ』アルマカンは呆れ半分、『そなた、本当に人間かや?』
「不老長寿を下さるって話なら喜んでお受けしますが、」頭を掻きつつ中村。「私はれっきとした人間ですよ。死もシステムとして組み込まれた」
『ほぉ?』意外そうにアルマカン。『随分と達観しておるの』
「新陳代謝が生命のキモと考えてますからね」背を伸ばして中村。「移りゆく環境に適応するには、古い環境を元にした〈常識〉ってヤツが往々にして邪魔になるもんです」
『そういうものかの?』アルマカンが顎へ指先ひとつ、『長生きすれば、それに応じて経験が手に入るであろう?』
「積もりすぎては、経験も利点ばかりじゃありませんよ」中村は苦笑混じりに首を振る。「本当に必要な経験情報が他に埋もれて取り出せなくなります」
『忘れなければ良かろう?』アルマカンが疑問を呈す。
「例えばチェスでも将棋でもいいんですが」中村は例を持ち出して、「一手一手を確実に指す〈長老〉がいたとします」
『それこそ無敵ではないのかの?』訝しげにアルマカン。『先の先まで見透かせそうじゃ』
「確かに強いでしょうね」中村は否定しない。「膨大な経験情報から最適な一手を選び出すわけですから」
『何やら、』アルマカンが小首を傾げて、『含みがありそうじゃの?』
「問題は、新世代から直感で指し切る〈天才〉が現れた時ですよ」中村は小さく指を振って、「〈長老〉ほどじゃないにしても、瞬時に痛いところを衝く手を思い付くとしましょう。何が起こると思います?」
『それは、』アルマカンは当然とばかり、『〈長老〉が勝つに決まっておろう?』
「そう、ルールに従えば――です」中村は頷きつつも、「ですが現実はリアル・タイムで移り変わります。そして、両者とも生物としての潜在能力は変わりません」
『ということは、』腕組みしつつアルマカンが首をひねる。『ルールが変わってしまうのか?』
「その通りです」中村が立てて指一本。「〈長老〉が一手指す間に、〈天才〉は二手も三手も打っちゃうわけです」
『ひどい!』唖然とアルマカン。
「自然環境だってそうですよ」中村は片眉を踊らせながら、「徐々にとはいえ、移り変わって行くわけです。環境つまりルールが変われば、生存の最適解も変わるんです」
『それが?』アルマカンは呆気にとられつつ、『進化を気長に待つ理由かの?』
「〈進化〉というより、」ちょっと首を傾げて中村。「〈適応〉といった方が相応しいでしょうね。環境への〈適応〉法って、その時々で模索するのが一番シンプルじゃありませんか」
『じゃがじゃが、』アルマカンの眉が曇る。『それではせっかく信仰が育っても……』
「生命全体と信者だけと、」中村には悪い笑み。「滅ぶとして、どっちがやり直しやすいと思います?」
『意地悪ぅ……!』アルマカンの眼が潤む。
「そのための多様性ですって」断言。「結局は生き残った種族から再派生するんですよ」
『しかしそなた、』アルマカンが口を尖らせ、『〈適者生存〉を謳うではないか』
「どちらかと言うと〈適者繁栄〉ですよ」中村は胸を張り、「〈適者〉となった種族は生命全体の命脈を繋ぐために繁栄するんです。そこから多様性で新たな可能性を生み出すためにね」
『〈適者〉になり損なった種族は?』イジケ気味にアルマカン。
「生き残りますよ、」笑んで中村。「よほどの〈不適応〉を起こさなければね。そしていざ出番が来たら繁栄するんです。だからこその〈適者繁栄〉ですし、だからこそ種族の有り様は環境ありきなわけです」
『はうぅ……、』アルマカンは頭を抱えて、『この調子では高等生物の誕生までどれだけ待つことやら……』
「何をおっしゃいますやら」中村は腕組み、「高等生物なら、他にもいるじゃないですか」
『へ?』アルマカンの表情が呆けた。
中村は指を一本立てて、「ガイアですよ」
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