08.

『うぅむ、』アルマカンから唸り声。『否定できんな』

「もう一つ、」中村から再び指一本。「〈効率〉にこだわるには危険性というものがありまして」

『危険性とな?』アルマカンは小首を傾げて、『それは一体?』

「〈先入観〉ですよ」中村は声を低めて、「さっき〈効率〉の定義で、〈全体のうち〉っておっしゃいましたよね?」

『いかにも』頷いてアルマカン。『〈効率〉の分母は全体ではないのか?』

「その〈全体〉って、」中村はことさらゆっくりと、「〈どこから〉〈どこまで〉を想定していらっしゃいます?」

『何を申す』アルマカンは怪訝顔。『〈全体〉と申せばあまねく可能性全部ではないのか?』

「はいダウト」中村は指先を軽く掲げて、「定義できないものは、認識していないのと同じですよ」

『……それはまた、』アルマカンが首をひねる。『どういう話じゃ?』

「つまり、」中村は軽く首を掲げた。「〈全体と認識している範囲〉の外を開拓して分母に入れたら、とご提案しているんです」

『そんな〈都合のいい〉ことが?』アルマカンには怪訝顔。

「〈都合のいいこと〉も〈都合の悪いこと〉も、」中村が指をもう一本立てて、「全部分母に繰り入れたら――さてどうなります?」

『〈効率〉が落ちるに決まっておろう』口を尖らせてアルマカン。

「さて、ここでまた突っ込みます」中村は意地悪な笑みを見せて、「あなたが追求したいのは〈効率〉ですか? それとも〈成功例の数〉ですか?」

『それは信仰……』アルマカンが思い当たる。『……あ!』

「そう、」中村は大きく頷き一つ、「総合としての〈成功例〉を増やす方法は〈効率〉を上げることだけじゃないんです」

『では、』アルマカンが勢い込んで、『〈全体〉の認識を?』

「そういうことです」中村が笑む。「〈効率〉の分母に当たる部分、つまり〈全体と認識している範囲〉を拡げるのも方法のうちなんですよ」

『しかし待て、』アルマカンはもどかしげに、『その〈全体〉を拡げる方法とやらはどうするのじゃ?』


「はい、」中村は両手を軽く打ち合わせ、「ここでもう一つの〈先入観〉、つまり〈あなたの都合〉に話が繋がります」

『……何か嫌な予感がするのぉ』のじゃロリなアルマカンが身構える。

「ご明察」中村はむしろ淡然と、「〈あなたの都合〉を取っ払うんですよ。〈敵の敵は味方〉という考え方と同じで、〈不都合〉が巡り巡って〈利益〉に化ける可能性を受け容れるんです」

『ああぁやっぱり……』アルマカンが頭を抱えた。

「要は〈人生万事塞翁が馬〉、」中村は身を乗り出し気味に、「何が幸いするかなんて事前に判りゃしないんですよ。そしてあらゆる可能性を追求したら、巡り巡って〈成功例〉は増えるんです――気長な話ですけどね」

『ああぁ』アルマカンは眼を潤ませながら、『中村がいじめるぅ……』

「ならお伺いしますが」中村が追い打ち、「あなたのお求めは〈滅亡する世界〉でしたっけ?」

 上眼遣いにアルマカン――が首を振る。

「じゃ、」中村が優しげに笑みを示して、「〈都合〉を取っ払ってみましょうよ」


『では〈都合〉なるものを取り払うとして、』アルマカンは疑い半分に、『何を基本パターンに据えるつもりじゃ?』

「はいここで、」中村は軽く手を打ち合わせ、「さっき私の申し上げた〈成功例〉が出てきます」

『では訊くが、の』アルマカンがふと思い出したように意地悪顔。『そなたの世界の〈成功例〉とやらも過去しか観ていないのではないか?』

「まぁ少なくとも、」中村は片頬だけで苦笑い。「地球の生命、推定40億年の実績はあると思いますよ?」

『ぐぅ……ん? 〈少なくとも〉?』アルマカンが可愛らしく眉をひそめて、『引っかかる言い方じゃな』

「じゃ、そこは覚えておいて下さい」中村が受け流す。「で、〈成功例〉ですが――ご興味は?」

『あるに決まっておろう』アルマカンが口を尖らせ、『意地の悪いことを申すでない』

「では、」中村が背筋を伸ばして、「自然にはあるパターンが存在しますよね?」

『それはまぁ、』頷きつつアルマカン。『木の枝の分かれ目であるとか、血管の分岐であるとかの話かの?』

「そうそう、」中村が頷き、「単純ではないけれど、パターンであることは何となく判別できるアレです。そいつを数学的に評価・再現する考え方がまとめられていましてね」

『もしかして、』アマルカンが思い当たった風に、『フラクタルのことかの?』

「ご明察」中村が深く頷く。「図形の一部を取っても全体を取っても形状が酷似している〈自己相似〉のパターンですね。果てしない入れ子構造です」

『で、そのフラクタルを?』期待を滲ませてアルマカン。

「生命の基本パターンに据えるということです」中村は指を一振り、「その上で〈多様性原理〉を実行させるわけですよ」

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