06.
『じゃがそなた、』アルマカンは不服げに、『あれほど多様性にこだわっておったではないか』
「今でもこだわってますよ」何でもないかのように中村。
『じゃからこうして』アルマカンは左の掌を指差して、『多様性を持たせようとしたらだな』
「パンクしますよね」また中村はこともなげ。
『意地悪ぅ……』のじゃロリのアルマカンが口を尖らせた。『そなた、何か隠しておるな?』
「隠すってほどのことじゃありませんよ」中村は苦笑ひとつ、「じゃ、そこに工夫を入れましょう」
『ほらやっぱり』
「まぁ、これも大事な話なんですがね」中村は指を1本立てて、「物事への対応で有効な策ってものは、予め各論で全パターン決めておくことじゃないんです」
『決めんでどうする?』対するアルマカンは不満顔。『前もって詳細に決めておかねば破綻するではないか』
「予め決めておくこと、これについては賛成です」中村は大きく頷いて、「何せ未来は何人たりとも覗けないわけですから」
『自分から時間遡航を封じておいて……』小声でぼやいてアルマカン。
「だから時間遡航は」たしなめるように中村。「滅亡直結の破滅案件なんですってば」
『まぁよいわ。で、』アルマカンは眼を細めつつ、『未来を見ずして滅亡を回避するなら、膨大な多様性を用意せずして何とする?』
「各論じゃなく単純な総論にまとめるんです」中村は腕組み、「名付けてみれば〈多様性原理〉とでも呼ぶべきものにね」
『ちょ~っと待てい』アルマカンが突っ込んだ。『その〈多様性原理〉とやら、矛盾してはおらぬか?』
「お、突っ込み来ましたね」むしろ笑みつつ中村が迎える。
『当たり前じゃろう』鼻息荒くアルマカン。『あれほど〈想定外〉が始末に負えんと息巻いておいてだな、対応する多様性が単純に収まろうはずなどあるまいが』
「じゃ、いい機会です」中村から悪い笑み。「多様な相手を手玉に取った〈最強の戦略プログラム〉についてお話ししましょうか」
『〈最強の戦略プログラム〉とな?』アルマカンの表情に盛大な疑問符。
「そうです〈最強〉です」中村は不敵に笑んで、「しかも〈戦略プログラム〉ってことは、〈先々を見据えた行動原理〉ってことになります。ちょっと脱線しますが、参考にはうってつけじゃありませんか?」
『……よかろう』アルマカンは狐にでも摘ままれたような顔で、『どうするのじゃ?』
「この戦略の目的は、知性のある集団の中で〈利益を最大化すること〉です」中村は両手の指を一本ずつ並び立て、「それぞれ独自に利益を上げる方法はあるという前提ですが、相手と〈協調〉すれば、相乗効果で利益はより増えます」
『〈協調〉してくれる相手ばかりではなかろう?』アルマカンから指摘。『何せ〈多様性〉を重んじるそなたのことじゃからの』
「その通りです」中村は両手の指を交差させ、「〈敵対〉したら、利益を割いて戦う準備をしなきゃなりません。かと言って〈敵対〉しないまま〈征服〉されたら、今度は利益を全部相手に総取りされます」
『では〈征服〉が一番手っ取り早く見えるがの?』
「そうとも限りませんよ?」中村は思わせぶりに身を乗り出して、「相手も同じことを考えたとしたら、さてどうでしょう? それに戦争はある意味バクチです。しかもその準備だけで利益を相当量持っていかれるときています」
『だからといって舐められるのも……』言いかけてアルマカンが頷いた。『なるほど、これは厄介じゃの。相手の出方に応じてやり方を柔軟に変えねばならん』
「しかも競うのは〈戦略〉、」中村は指を一本立てて、「つまりは行動原理です。こいつをコロコロ変えるのは得策ではありません」
『変えても準備が追い付かんからの』アルマカンは腕を組んで首をひねる。『これは難しいのぉ……』
「そう、〈戦略〉はブレないほど強くなれます」中村は指を振りながら、「だから最初に見通しを立てて、固く決めておくことが肝要なわけです。しかもプログラムですから、途中で修正はできません」
『とは言え相手は多様であろう?』アルマカンは首をさらにひねって、『そんなもの全部想定していたら……』
「そう、そこで本題です」中村が指を一巡り、「そんな中で〈最強〉を誇ったプログラムは、こういうものでした」
◇
1.まず〈協調〉姿勢を相手に示す。
2.もし相手が〈敵対〉姿勢をとったら、即座に〈敵対〉姿勢をとる。
3.もし相手が〈協調〉姿勢をとったら、即座に〈協調〉姿勢をとる。
4.2.以下を繰り返す。
◇
「以上」中村が右の掌を掲げてみせる。
『は!?』アルマカンが呆けた声を上げた。
「プログラムにしてたったの4行」中村が手を叩いてみせる。「最も〈単純〉にして〈最強〉の〈戦略プログラム〉です。通称〈しっぺ返し戦略〉」
『これが!?』
「実際コンテストで最強だったんですから仕方ありません」中村は片頬だけで笑んで、「発案者はアナトール・ラポポートですが、この際重要なのは〈単純が最強を実現する〉ってところですね」
『は~、』アルマカンはひとしきり感心してみせ、『で、ここから学ぶものがあると?』
「そういうことです」中村は頷きひとつ、「これを〈多様性原理〉に応用するんですよ」
『一体どのように?』
「いわく〈隣の個体からかけ離れた特性を発揮せよ〉――ってとこですね」
『ふむ、』アルマカンは狐耳を寝起きさせながら考え込む。
「ま、実際には」中村は両腰に手を当てて、「基本パターンを組み込んで、そこを元に個性を味付けすることになるでしょうね。それでも随分と単純化できるはずです」
『ほうほう!』喜色を浮かべてアルマカン。『なるほどこれなら収まりそうじゃな。では早速』
アルマカンが左の掌を掲げた。その中へ光が凝縮していく――輝き。
鼻歌交じり、輝きを胸元へ引き寄せアルマカン。輝きへ左手を押し込み――、
「ご機嫌ですね」眼を細めながら中村。
『それはそうであろう』アルマカンからのじゃロリ笑顔。『基本パターンとして信仰に応じた特典というものを……』
「あ、地雷」
『へ!?』
「〈あなたの都合〉を持ち出した時点で失敗確定ですと、」中村からジト眼。「あれほど申し上げたでしょう?」
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