04.

『ほう?』アルマカンが片眉を踊らせた。『どんな教訓かの?』

「1つめ」中村が1本目の指を動かした。「この堤防を築いた集団は、まさか〈蟻ごときの穴で堤防が決壊する〉とは想定していなかったわけです」

『まぁ、』アルマカンとて頷かないわけにもいかない。『諺にもなった事件じゃからな』

「つまり教訓の1つは、」中村も頷き返して、「〈集団は想定外の事態一つで全滅し得る〉ということです。〈想定外〉というもののインパクトは種の存亡にも関わるわけです」

『じゃが勇敢な人物がおったろう』アルマカンから指摘。『〈蟻の一穴〉に腕を突っ込んだ少年が』

「その少年、」中村は意地悪げに笑んでみせる。「腕を突っ込んだのは本当に〈勇敢だったから〉だと思ってます?」

『……何やら含みがありそうだの』

「悪ガキの思考回路を変に美化しちゃいけません」中村は小さく指先を回して、「穴と見れば、やたら腕やら足やら突っ込んでみたくなるのが悪ガキの心理です」

『では、この少年は衝動的に穴を塞いだと?』

「実際どうだったかは、この際関係ありません。ただ悪ガキってのはそういう心理を持っているわけです。違いますか?」

『まぁ、一理はあるが』アルマカンは片眉を踊らせて、『何が言いたいのかね?』

「つまり悪ガキの行動原理に照らすと、こういうことが起こるわけです」そこで中村は声音を変えて、「〈あっ穴があるぞ! 腕突っ込んでみよ~! あれ? 抜けなくなった! 誰か助けて~!〉――さてこの一連の行動パターンに見覚えは?」

『まぁ、』アルマカンは訝しみながらも頷いた。『悪ガキのお約束みたいなもんじゃな』

「馬鹿なお話でしょう?」

『馬鹿な話じゃの』

「さて本題」中村が軽く手を叩いて、「で、これを〈蟻の一穴〉と結び付けたら?」

『は?』アルマカンの声が明後日の方向へ。

「つまりもう1つの教訓は、」中村が2本めの指を強調、「〈馬鹿が世界を救う可能性〉ですよ」


『は!?』アルマカンの声が再び呆ける。『世界が馬鹿に救われてしまうのか?』

「救い手は何も馬鹿に限りません」中村は澄まし顔。「奇人変人、不信心者やひねくれ者、狂人だって悪党だって構いません。要するに〈想定外に対応できるのは、想定外だけ〉ってことですよ」

『不心得者が?』アルマカンは情けない声で、『世界を!?』

「だから言ったじゃないですか」中村は腕組み、「〈あなたの都合〉を持ち出した時点で失敗確定なんですって」


『理想が……!』今度はアルマカンの口が塞がらない。『信仰を一身に集める夢が……!』

「残酷な話で恐縮ですが、」中村は頭を掻きながら、「信仰だって例外じゃありません。一神教が存在しちゃいけないとは言いませんが、異教徒や無信仰の存在も認めておいて下さいね」

『それでは平和が~……!』

「〈平和〉って、〈枠の中の平穏〉に過ぎないんですよね」中村は苦笑一つ、「さざ波一つ立たない世界に生命は存在できませんって。逆に、生命現象があるなら世界だって新陳代謝を起こす道理です」

『待て待て待て、』アルマカンが掌を一つひらつかせて、『今ただならんことを聞いた気がするぞ。世界が? 新陳代謝とな?』

「まさかとは思いますが、」中村の視線が棘を含む。「〈ヒトは神の似姿〉だとか本気で信じちゃいないでしょうね?」


『いつ気付いた!?』アルマカンが跳びすさる。『いや待てどうしてその疑いに行き着いた!?』

「え~と、」中村は頬を軽く掻いて、「順番を整理しつつお話ししましょうか」

『そなた、』アルマカンは唾を呑んでみせる。『いったい何者じゃ?』

「非商業作家ですよ」こともなげに中村。「考察好きの」

『……まぁよい』今度はアルマカンからジト眼。『どこの回し者かと思ったぞ』

「どこかの神様がパトロンに付いてりゃ楽なんでしょうがね」中村は肩をすくめて、「で、話を進めても?」

『……聞こうかの』

「ヒトの腸が〈第二の脳〉と言われている説をご存知で?」

『あぁ、』頷いてアルマカン。『精神安定物質やら何やらを出しておるという話じゃの』

「その話、もうちょい奥がありましてね」中村は自らの腹部を指さし、「腸の中ってのは多種多様な細菌群が生態系を形成してるって話なんですよ」

『何が言いたいのじゃ?』眉をひそめてアルマカン。

「つまり、こういうことです」中村は大きく自らの身体を示して、「人の身体ってのは、細菌も含めた生態系でもあるわけです――これって何かに似てませんか?」

『何の話じゃ?』

「〈ガイア仮説〉の地球ですよ」

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