03.
『は!?』アルマカンの声が呆ける。『い、今、何と申した?』
「対処、しないんですよ」中村が噛んで含めるように、「都合の悪い闇も存在させるし、事故も起きるに任せるんです」
『ままま待てい!』アルマカンから焦り声。『それでは都合が悪……!』
「滅亡回避」語尾に押し込んで中村。「都合に優先順位を付けましょう。滅亡を回避する以上の都合がどこに?」
『いや待て闇の連中は信仰を……』
「滅亡回避」断言。
『信者を襲うし……』
「滅亡回避」取り付く島もない。
『信者に事故が起こっても?』
「滅亡回避」
『何じゃ闇と事故にこだわるのぅ』
「こだわってるのは、そこじゃありません」中村が小さく指を振り、「こだわってるのは〈生命の生存戦略〉ですよ」
『〈生命の〉?』アルマカンが訝しげに、『〈生存戦略〉?』
「〈生命の生存戦略〉です」繰り返して中村。「何が起こるか判らない世界の中で、しぶとく生き延びる戦略を、生命に埋め込むんですよ」
『そ、』アルマカンの眼に希望の光。『そんな物があるのか!?』
「あるんですよ」中村は頷き一つ、「シンプルかつ有効な生存戦略が」
『知りたい!』アルマカンが食い付いた。『それさえあれば信者だけの世界を……!』
「はい却下」
『何故に!?』
「この戦略は、」中村は一息置いて、「生命全体を巻き込んで初めて成立するからです」
『生命全体とな?』アルマカンは首を振り振り振り、『闇も巻き込まんといかんのか?』
「その通り、」即答して中村。「むしろ不可欠です」
『おぉ~……』アルマカンが頭を抱える。『何たる混沌……!』
「混沌、大いに結構」中村が追い打ち。「何も起こらない〈死んだ世界〉と比べたら差は歴然ですよ」
『しかし闇……!』アルマカンが頭を抱える。『不信心者どもやら異教徒どもやら、考えただけでも頭が……!』
「生命が繁栄するのと滅亡するのと、」中村から現実。「目的はどっちでしたっけ?」
『厳しいのぉ……』ぼやくアルマカン。『まぁ、ここは生命を繁栄させねば話にならん、のぉ……』
「お心は決まりました?」
『仕方ない。闇の存在には眼をつむろう』アルマカンは苦りながらも、『ともかく滅亡回避が先決と。で、』
アルマカンが中村の眼を覗き込む。『その〈生存戦略〉とは?』
「〈生命の生存戦略〉とは、」軽く中村。「シンプルに〈多様性〉です」
『〈多様性〉とな?』アルマカンが首をひねる。『個性やら特色やらの元になる、あの〈多様性〉かの? ――それだけ?』
「それだけですが、」中村は声を一段低めて、「徹底します。ヒトで言うなら凡人のみならず、奇人変人天才狂人、あらゆる特性や価値観に至るまで、あらゆる方向に多様化して可能性を追求するんです」
『狂ってどうする!?』今度はアルマカンが突っ込んだ。
「では伺いますが、」中村は涼しい顔で、「〈正気〉なるものの定義はどこから?」
『もちろん社会常識……』
「どの社会の?」
『もちろん信仰篤い集団の』
「だから滅ぶんですよ」
『厳しい!?』
「常識が強いということは、固定観念が強いってことです。つまり変化もないし適応した個体しか繁栄しません」
『いいではないか。信ずる者が救われて何が悪い?』
「それ、大災害一発で滅びませんでした?」
『ぎく!』アルマカンが固まった。
「そういう集団は、〈想定外の事態〉に弱いんですよ」言い切った中村は、そこで口調をやや変えた。「〈蟻の一穴〉のエピソードってご存知です?」
『何じゃ急に?』訝しみつつアルマカン。『堤防に空いた蟻の穴へ、腕を突っ込んだ少年の話か?』
「それです」中村が立てて指2本。「これ、教訓が2つありまして」
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