姉貴のゲームをこっそりやっていた俺が悪役令嬢に転生して恋して無双する話
第9話 貴女が公園の噴水になるのなら、私はイチョウになって、毎年秋には色とりどりの葉っぱを貴女の中に浮かべながら、こうやって肩を寄せ合う恋人たちを見守りましょう
第9話 貴女が公園の噴水になるのなら、私はイチョウになって、毎年秋には色とりどりの葉っぱを貴女の中に浮かべながら、こうやって肩を寄せ合う恋人たちを見守りましょう
メアリが魔法学園にやってきたのは、神官の告発があったあの夜会から、5年の月日が経ったころだった。
俺と同じ16歳。
だいたい読み書きや一通りのマナーを習得したら魔法学園に通うものなので、社交界デビューする貴族としては、若干遅い方だった。
周囲の新入生たちよりも背が高く、お姉さんに見えたが、反面マナーやしつけに関しては、ちょくちょく見劣りするところもあった。
恐らく、メアリは魔法の教練によって、少なくとも平民よりかは魔法が使える程度には鍛えられていたのだ。
魔法学園にやってきて、大はしゃぎする姿からは、そんな陰謀の存在はみじんも感じられなかったが。
「いいですか、メアリさま、訓練の通り、学園では大人しく、つつましやかに……」
「アッシュ! 噴水がある! みて、こんなに大きいわ! すっごーい! はじめてみる!」
「うわああ! やめろぉぉぉ! なにやってんの!」
さっそく噴水にどぼーん、と飛び込んでしまうメアリ。
公爵領の民は、綺麗な水が湧いているととりあえず飛び込むぐらい水に飢えた民なのだった。
他の子たちを巻き込んで、ばしゃばしゃ水をかけあって遊んでいた。
アッシュ少年は、周囲の目を意識しておろおろしている。
たしかゲームでの設定年齢は21歳。
赤い短髪で、背の高い兄貴だった。
孤児院の卒業生で、学園ではメアリのお目付け役である。
あきれ顔をして、メアリの頭をタオルでぐしぐし拭いていた。
「まーったく……子供なんだから。いいかげん大人しくしてろよ。お偉いさんに迷惑かけたら、責められるのは俺なんだからな?」
「なにかあったら、アッシュが守ってくれるんでしょ?」
「限度があるって。本物の貴族に目をつけられてみろ、準男爵の首なんて、飛ぶのも一瞬だぞ? いいから大人しくしてろ」
「いやです、私は大人しくなんかしていたくありません。この噴水みたいに自由に生きたい。海にも河にも束縛されたくない」
「また謎ポエムを……噴水なんかになってどうするの、ずっとここで水噴いて生きたいの?」
「ステキじゃない。夏の陽射しにも負けず、いつも楽しそうにおおらかに笑って、訪れる人にそっと水を差しだして、憩いの場を提供するの。そんな生き方だって、私はステキだと思うわ」
「はいはい、とりあえず噴水から上がってこい。あーあ、ケツ濡れてんぞ。こら! せめて自分で拭け!」
「あはは、いつものアッシュだ」
手のかかる子供を扱うように、メアリの体を拭くアッシュ少年。
たしかゲームでは、孤児院で彼女の兄貴分だったアッシュ少年は、5年前に俺の叔母からメアリが宣託を受けて、急に孤児院を去っていった。
そして商会での5年間の修行の末、準男爵の位を得てルーベンス修道院に戻ってきて、メアリを養子に引き取ったのだ。
準男爵は一代限りの爵位で、その家族には引き継がれない。
平民を一時的に貴族として扱いたいときに使われる措置だった。
どうやら、神殿もメアリの血筋に関することは、可能な限り伏せたかったのだろう。
国王派にとっても、公爵派にとっても、メアリは爆弾だった。
下手に引き入れてしまえば、何が起こるか分からない。
魔法学園に通うことは、貴族にしかできない特権だったのである。
そのためメアリは、『準男爵家令嬢』という形ばかりの肩書を得ていた。
表向きには、メアリは孤児院にいたところを発見された、稀有な魔法力を持つ少女……という筋書きになっている。
少なくとも、メアリ本人やゲームプレイヤーは、そう教えられている。
あの日、神官長によって告発された事実には、
真相は、あの場にいた一部の者しか知らない……今のところは。
「ユトリロさま……!」
あるとき、エリザが声をあげた。
みると、片眼鏡をつけた長身の男子が、俺たちの涼んでいる森のさらに奥にいる。
シルクのように肩にかかっているのは、銀色の髪、この世界ではさして珍しくもない色の髪だ。
病弱そうな顔には葉の影が落ちて、いっそうはかなげに見えた。
「やだっ、ユトリロさまっ!?」
ディアンナは、金髪の縦ロールをみょんみょん揺らして、可能な限り背筋を伸ばし、見栄えのいい姿勢を取った。
自分の婚約者の前ではだらけているのに、いい男の前では、精一杯いい格好をしようとする小物だった。
婚約者と言っても、家の都合で決まった相手なので、ふつうの恋愛に憧れてしまうのは仕方ないかもしれない。
「…………」
ドレスデンは、相変わらず俺たちの会話には加わらず、エプロンドレスの下に手を結んで、息をひそめている。
影に徹しているものの、突然あらわれたユトリロをけわしい表情で見ていた。
ユトリロはおそらく、闇の魔弦で姿を消し、森に潜伏していたのだろう。
公爵令嬢が近くにいるのに姿を現さなかった。
それは覗きや盗み聞きをするのと同じ、明白なマナー違反だ。
敵対行為とみなされてもおかしくない。
「これは、クラリス様、ご機嫌麗しゅう」
ユトリロは、すぐさま俺の前にひざまずき、形ばかりのあいさつをした。
いましがた通りかかったばかり、といった風を装っている。
いいだろう。
潜伏していたかどうか尋ねたところで、しらを切るだけだ。
白状させたところで、あまり益もないだろうし。
「しばらく見ないうちに痩せたな、ユトリロ。細すぎて俺の目にも見えなかったぞ」
「ご冗談を」
ドレスデンが笑いを誤魔化すためにけほけほ咳をした。
だが、ユトリロの表情は1ミリも動かない。
俺もユトリロに右手を差し出し、手の甲にキスを受けた。
お互いに、心は数千キロぐらい遠くに離れている感じだ。
ユトリロの表情は妙に冷めていて、俺に対して不満を抱いているようにさえ見える。
「ユトリロ……お前はあの新入りをどう見る?」
俺は、ユトリロにメアリのことを尋ねてみた。
ひょっとすると、いまの彼女がどのルートにいるのかが分かるかもしれない。
ゲームには様々なルートがあったが、この鉄面皮のユトリロも、メアリが虜(とりこ)にする攻略対象の1人だ。
ユトリロは学園随一の魔法の使い手であり、秀才。
彗星のごとく現れた転入生メアリの魔法力を気にかけて、彼女に近づくのだ。
「……平民にしては珍しい、ですが、しょせんその程度です」
「そうか」
「大老師は1000年に1人の逸材と言っておりましたが、過大評価と言わざるを得ません……今の段階では」
ユトリロは、片眼鏡をくいっと持ち上げて、鼻で笑うように言った。
ディアンナや、他の取り巻きたちも、「そうですわ!」と彼に同調するみたいに言った。
「まったくです! この学園に相応しくありませんわ、あんな田舎者、いや、田舎……ではありませんが……公爵領は、素晴らしいところですわ……」
勢いに任せて言ったディアンナは、だんだん言葉がしりすぼみになっていった。
噴水が珍しくて飛び込んでいたのだから、田舎者という評は妥当だろうが、時と場合というものがある。
「わ、私が言いたいのは、出身地のことではなくて……」
「身分のことです?」
「そうです! 準男爵令嬢ごときが、私たちと同じ扱いなど分不相応です! ご自分の立場を分からせるべきですわ!」
メアリに対して強気なディアンナ。
それに対して、エリザはどこかメアリを恐れるような、不安げな顔を浮かべていた。
エリザはそこまで魔法の才はないものの、ユトリロのことをいつも気にかけている。
ひょっとすると、このときのユトリロの気持ちに、すでに気づいているのかもしれない。
ユトリロも感情こそ表に出してはいないが。
このとき、メアリの力の秘密に気づいていてもおかしくなかった。
なぜなら彼の潜伏が解けた、ということは。
魔弦の隠れ蓑を断ち切られた、ということである。
メアリの閃光の魔弦は、闇の魔弦に対して特攻を持ち、その力を無力化する。
そこからユトリロは、ひょっとするとメアリが王族の血をひいているのでは、と気づいてしまうのだ。
最終的に、ユトリロは父親やレイモンド王子から、あの日の夜会の事を聞き出し、彼女の秘密を知ってしまう。
それがユトリロ・ルートのあらましだった。
俺は、腕を組んで、小さく唸った。
だが、まだこの段階では、世界がユトリロ・ルートに向かっているとは断言できない。
なぜなら、逆ハーレムルート、というものも存在する。
それは、すべての攻略対象とのイベントを達成し、すべての攻略対象の人心を並行して掌握するという、理不尽なルート。
最終的に、メアリがヘインツ聖皇国に君臨する至高の悪女となるという、おぞましき筋書きの結末である。
だが――悪くはない。
いや、むしろ、それでいくべきだ。
ならば俺も悪役令嬢として、その方向で動かなければなるまい。
「ユトリロ、俺の前で潜伏する無礼を許そう」
「ッ!!」
ユトリロの額に、脂汗がにじんだ。
どうやら、こいつも俺の事を恐れていないわけではなかったようだ。
11歳の夜に真実を知った悪役令嬢も、メアリのことを恐れていた。
彼女を貶めるために、取れる手段はすべて取ろうとしていたのだ。
「常にあの女を見張っていろ……学園での一挙手一投足を、俺に報告しろ」
「……はい、クラリス様」
ユトリロは、左肩に手を置いてひざまずいた。
騎士が拝命する仕草だ。
じゃっかん、エリザが不安げな顔を浮かべたが、俺は構わず命じた。
「行け」
俺が命じると、ユトリロの姿は、空気に溶け去るようにふっと消えた。
さて、次に俺の取るべき行動も決まった。
もう1人の攻略対象、リヒターのことも調べなければ。
ゲームの序盤にこの2人のルートに乗っていなければ、逆ハーレムルートは成立しない。
俺としては、ぜひメアリにこのまま逆ハーレムルートへと邁進してもらいたかった。
なぜなら、メアリの存在は、公爵領における俺の立場を危うくするものだからだ。
メアリが強大な力を得れば得るほど、悪役令嬢の俺と対決するときの戦闘力も、比例して巨大なものとなってゆく。
さらにゲームの終盤には、メアリの恋人になった男たちが全員参戦し、世界を滅ぼそうとする俺に立ち向かう。
すなわち、逆ハーレムルートに入れば、すべての攻略対象が俺に牙をむくという、血わき胸躍る展開が待っているのだ。
このゲームの一番面白い場面。
武力による、全面戦争がはじまるのだ。
いいだろう。
俺は、ばしっと扇を手のひらに打ち付けた。
それが俺の運命だというのなら、受けて立とう。
最後に立っているのは、この俺だ。
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