第2話 ダンス、それは愛に至る、甘美なる出会い

 ともあれ、俺はパーティ会場に到着した。


 魔法学園の近くにある、湖畔の古城だ。

 毎週、民衆に科学を教える金曜講和や、音楽会が開かれている。


「あら、クラリス様!」


「おお、お美しくなられましたな、クラリス様!」


 みな俺と同じ10代でも、婚約者のいる令嬢は、隣にエスコートの男を侍らせている。

 だが、俺の隣には侍女のドレスデンが1人。


 そんな俺の姿を、周囲から好奇の目が追いかけてくる。


 15歳になった俺の身長は173センチ、他の令嬢を踏み台の上に立って見下ろしている感がある。

 人ごみのどこへいっても、俺の姿が目に入る。

 なので、みな自然と俺ばかり見るのは、致し方ない事だ。


「クラリス様、お目にかかれて光栄です」


「次回はぜひ私どもの会にお越しください、クラリス様」


 左右からあいさつをしてくるのは、軟弱な貴族男子どもに、木っ端貴族の令嬢ども。

 どいつもこいつも【好感度】100に到達しているので、害意はない。

 だが。


「なんとも居心地がわるいな……以前は俺に敵意ばかり向けてきていた連中ばかりだ」


「お嬢様の素晴らしさにようやく気づいたのでしょう。みなお嬢様の鉄拳の制裁を受けて、目が覚めたのです」


「ふん、一度ぶちのめしてやったぐらいで好意を抱かれても困る。そこは二度と負けまいと、さらに闘志を燃やすべきところだろう?」


「お嬢様の価値基準はよく分かりませんが、公爵家に逆らう者がいないのはよい事です」


 俺がもっと小さかった頃には、貴族連中は俺や公爵家に対する陰口を言っている奴ばかりだった。

 なので、俺も片っ端から売られた喧嘩を買っていって、その恨みから決闘を次々と申し込まれ、なかなか楽しい幼年時代を送ってこられた。

 だが、所詮は貴族のお遊び。

 さすがに10年以上もやっていると、領地の連中はだいたい制覇してしまった。

 今では、みんな俺の下僕のようなものになり下がっている。


「く、クラリス様ッ! 突然お声をかける無礼を、お許しください!」


 そんなあるとき、軟弱な貴族男子の一人が、群衆に押されるようにして俺の前に進み出てきた。


 ぺこぺこ、と頭を下げる、貧弱な子供。

 貴族の服を着てはいるが、見覚えはないし、あった記憶もない。

 けれども【好感度】は-30で、明らかに俺に対して敵意を抱いていた。


 決闘の申し込みか、と血が騒いだ俺だったが、ドレスデンが俺とそいつの間にすっと立ちはだかって、凍てつくような声音でぴしゃりと言った。


「どちら様でしょう」


「わ、私はルーベンス修道院の神官長、アリオードです。この度の干ばつによって、私どもの村が飢饉に陥り、当院には大勢の孤児が……」


「お名前だけでけっこう。神官様でございましたか。お嬢様はお忙しいので、ご用件は後日お伺いいたします」


 しっしっ、と軽くあしらうドレスデン。

 ルーベンス修道院には叔母がいて、公爵家とのつながりも多少はあった。

 けれども、その窮状を訴えにくるのが舞踏会というのは、なんとも場違いである。

 俺はドレスデンの前にくるり、と回り込んで、そいつの前に立ちはだかった。


「孤児がどうした、詳しく聞かせろ」


「はっ……はい、孤児が急に増えたのですが、食料が行きわたりません。周辺の村からも、寄付を募ったのですが……」


「お嬢様、干ばつの被害にあった村は多くの課税を免れています。彼らに与える慈悲は、それだけで十分かと」


 再び、くるり、と俺と神官の間に回り込んだドレスデン。

 おそらく、その慈悲は上の所で留められて、孤児院のような末端部分まで行き届いていないのだろう。


 この神官はそれが分かっているのか、いないのか。

 単に貴族なら、みな一緒だと思っているのか。


 ……試してみた方が早いか。


 俺は、もう一度ドレスデンの前に、くるり、と回り込んだ。


「救いたいか、子供を」


「はっ……はい! ぜひ!」


「だったら……お前の覚悟を俺に見せてみろ」


 俺は、腰に帯びていた剣を神官の前に放り投げた。

 すらっとした、腕の長さほどの宝剣。

 目を丸くしているそいつに、剣を取るよう、顎でしゃくった。


「俺を動かすほどの価値が自分にあると己惚れるのなら、その剣を使って自分の価値を俺に示してみろ。他人に自分の価値を決めさせるような弱卒は、俺の庭にいらん」


「う……」


「拾え」


 神官は、剣を抱えて震えていた。

 震えてその場で動けないでいる。

 ドレスデンは、ため息をついた。

 周囲の貴族たちは、興味深そうに俺たちのやり取りを見ている。


 この剣で何をしろ、と俺はひと言もいっていない。

 俺はこいつが『この剣で何をするか』を見てみたいだけだ。


 俺に決闘を挑んで金銭をせびるバカか、もう少し賢ければ、村に戻って役人たちと戦うバカだろう。


 もっと賢ければ剣を売って金に換えるだろうし、こいつが天才ならいますぐ『公爵家から剣を賜った』とか言って、周りにいる貴族たちから支援金を集め、子供たちを救うだろう。


 ただ、7割がたの人間は、こういうとき自分では何も行動できない。

 そんなつまらない奴を助けたところで俺にメリットはない。


 俺に助けを求めればなんとかなると学習する家畜を生むだけだ、そういう連中はこの領地には腐るほどいる。

 薄っぺらな博愛主義で手助けするぐらいなら、最初から血肉になるために生まれてきた生き物なのだと諦めた方がいい。


「へぇ……さすがは『悪役令嬢』……弱い者たちの嫌われ者というわけか」


 そんな時……俺の心臓を射抜くような、鋭い視線を感じた。

 まるで気配によって俺を圧殺しようとしてくるかのような、おぞましい眼力。


 殺意が空間に満ちて、呼吸すら困難だった。


 ……ほう。この世界に、このレベルの殺気を放てる奴がいたか。


 ぞくぞくした。

 振り向くと、そこには白い軍服を着た長身の男が一人。


 柱のいままで誰も触れられたことがないだろう高い場所を軽々と手で掴み、俺のことを微笑をたたえて見つめている。


 身長187センチに到達するだろう巨躯に、すっと通った鼻筋。

 サファイアブルーの瞳には、ところどころキンポウゲのような優しい輝きがちりばめられている。


「初めまして、クラリス様……いや、クラリスと呼んでいいかな? 僕が君の婚約者だ」


 第二王子、巨象殺しのレイモンド・ハスター。

 のちに、東方を制圧し、大ハスター卿と呼ばれるようになる男。

 そしてこのゲームにおける、ヒロインの攻略対象のひとりである。

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