第22話 クイーンの嘲笑

 勝気になっているクイーン・イービルゴーストは剣となっていた左手を元へと戻し、空中にかざして黄金の杖を具現化させて握る。金属のような光沢を纏うその黄金の杖の先端には水色の結晶体が取り付けられており、クイーンのエネルギーを増幅させて魔弾とも言うべき大きな光の弾を発射した。


「当たるわけには・・・!」


 明里は回避行動をとるも、魔弾はホーミングミサイルのように弾道が曲がって追尾してくる。

 ククルスが召喚したビーストタイプも同じような攻撃をしてきたが、それよりも正確に狙ってきていた。


「ヤバいっ!」


 逃れるのは難しいと判断し、明里は大剣を振るって魔弾に叩きつけた。爆発音と共に閃光が瞬き、発生した爆圧で明里はよろける。


「終わりにしてやる!」


 間近に迫ったクイーンの触手が明里を捕らえた。これで後は締め上げてしまえば勝ちだが、


「ダメッ!!」


 美月が捨て身の突撃を行い、刀でクイーンの触手を斬り落とすことに成功した。それによって明里は解放されて尻から落下する。


「ええい!ちょこまかと鬱陶しい!」


 苛立つクイーンは美月へとターゲットを変更して魔弾を放とうとエネルギーを充填しようとする。しかし、


「パワーダウンだと!?」


 クイーンとて万全ではなかった。クイーンやイズルは慢性的なエネルギー不足に陥っており、先ほどの魔弾で体内のエネルギーを使ってしまったことによって次弾を撃てるほどのエネルギーが残っていなかったのだ。


「イズルがもっとエネルギー採集をしていればここで勝てたものを・・・・・・」


 自分のせいだとは全く思っておらず、イズルへの悪態をついてクイーンは後退していく。ユメクイ二人如きを仕留められなかったことにプライドに傷がついたが、そもそもクイーンがエネルギー集めのために働いてこなかったことが原因なので自業自得だ。


「イズルよ、今日のところは退散だ」


 美月達が追い付く前にイズルと合流を果たし撤退を促す。そしてイズルを抱え、翼もないのに浮遊して結界の外を目指して飛び立っていく。


「仕方ありませんね・・・・・・」

 

 乃愛達を相手にしていたイズルはキューブを放り投げ、その内部から複数のナイトメアレヴナントを繰り出して囮に利用した。ユメクイ達が飛べないのは承知しているが一応の保険的な意味合いでの行動だ。


「雑魚を囮にそそくさと退散とはね」


「退けることができたのですから良かったじゃあありませんか」


「だな。とにかくコイツらをさっさと倒してしまおうぜ、広奈」


 時間稼ぎとして投入されたナイトメアレヴナント達は広奈と乃愛によって撃破され、クイーンとイズルの撤退が完了して結界は崩壊を始めた。






「ねえねえ明里!聞いてよ!」


「なんだ、どうした?」


 翌日、教室に入るなり千冬が興奮した様子で明里に詰め寄って来た。どうやらナイトメアレヴナントに襲われたことによる後遺症だとか倦怠感はなく、ピンピンしていて明里は安堵して胸をなで下ろす。


「いやあ実はさ。前に幽霊が襲ってくるっていう悪夢のウワサ話をしたことあったでしょ?それを昨日実際に体験したんだよ」


「へ、へえ~」


「夢の中で気味の悪い幽霊に締め上げられて凄い苦しかったんだけど、なんと直後にとんでもないことが起きたのです!」


 目を爛々と輝かせている千冬はアレが現実の出来事だとは思っていないようだ。


「とんでもないこと?」


「それがさ、めっちゃエロい格好をした明里が助けに来てくれたんだよ!」


 結構鮮明に覚えているなと明里は赤面する。いくら夢の中のことだと誤魔化せても、あの霊装束の姿の自分を千冬が思い出せる状態であることには違いない。


「でもその後幽霊にまた襲われて、そこからの事は記憶にないんだ。まあ夢なんだから全部覚えているなんて不可能だけど」


「そうだな。しかし本当にヘンな夢だな」


「ね。そういえば幸崎さんに似た人もいたような気が・・・・・・」


「知り合いが夢に出るなんてよくあることだろ。アタシも千冬が夢に出てくることあるぜ」


「ほお~。明里さんは深層心理で私に会いたがっているってことなのかな」


 都合のよい解釈をして千冬はうんうんと頷いている。

 とにかく親友を救うことができたのは良かった。とはいえ問題はまだ残っており、そのことについて美月達と話し合う必要がある。






 放課後、明里は美月や乃愛達と共に下校していた。こうして四人で帰るのは珍しいが、これは明里が誘ってのことである。


「イズルを見つけられたのはよかったが取り逃がしてしまったな。しかもクイーンだとかいうデカいイービルゴーストも」


「あのクイーンは全てのナイトメアレヴナントの頂点に立つ存在だと言っていました。イズルの奪った結晶を使って何かしようとしているのはあのクイーンなのかも」


「けど一体どうやってだろう」


「分かりません・・・ですが結晶体に貯蔵されたエネルギーを用いた計画を立てているのは間違いないでしょう」


 敵の目的が具体的に分からなければ打てる手もない。対応が完全に後手になってしまうがクイーンたちの動きを待つしかできないのが現状だ。


「まっ、次会ったらボコボコにしてやりゃあいいだよ。それより腹減らね?」


「三島さん・・・なんていうか本当に神経の図太い人ですねあなたは」


「悩んでもしかたないこともあるっていうだろ広奈?それに腹が減っては戦はできん」


 広奈の呆れた目線を受けながら乃愛は良い事を言ったとばかりに胸を張る。


「ならアタシが行きつけのファーストフード店にでも行くか」


「それ女子高生らしいですね!」


 学校では大人しい美月もそういう高校生的な寄り道に憧れがあるようだ。そういえば休日に一緒に出掛けることはあっても下校中にどこかへ寄り道したことはなかった。


「前に美月を誘った時はクラス委員の仕事で一緒に行けなかったろ?だからいつかまた誘おうと思ってたんだ」


「明里さん・・・そんな前のことを覚えていてくれたなんて・・・・・・」


 目をウルウルさせながら嬉しそうに明里の手を握る。どうやら美月も待っていたらしいが、それなら美月のほうから誘ってくれればとも思う。しかし乙女心とは複雑で、美月にとって誘われること自体が楽しみだったのだ。




「これがファーストフード店・・・・・・」


「来たことすらなかったのか?」


「はい・・・これまで縁の無い場所でしたから・・・・・・」


 美月にも明里以外の友人はいるのだが、真面目な人間が多く寄り道だとかはしない。


「なるホド。てか、クラス委員としては寄り道はいいのか?」


「ふふ、前にも言いましたが真面目に生きているだけでは疲れてしましますからね。こういう羽伸ばしだって大切なことです」


「羽伸ばしか。アタシ達にも天使みたいな羽があれば結界内でも飛行できて、クイーンを追うこともできたかもしれないな」


「ユメクイとはいえ人間の姿ですから翼までは生やせませんものね。なら、相手を空から引きづり降ろせばよいのです」


「ハハッ、意外と過激だな」


 明里は以前読んだファンタジー小説に、天使族という人間と怪物のハイブリットの少女が登場したことをフイに思い出した。名前の通り天使のような純白の翼を生やして魔の者と戦う少女に明里は憧れを抱いたが、果たしてその少女がそれを望んでいたのかは分からない。物語の中で悲劇に見舞われ、心をすり減らしながらも戦う少女は幸せだったのだろうか。明里もまたユメクイという特別な力を発現してナイトメアレヴナントと戦っているが、別に望んで手に入れた力ではない。


「明里さん、注文はどうすれば・・・・・・」


「アタシが一緒に注文するから見ていて」


「はい。やはり明里さんは頼りになりますね」


「大袈裟さ」


 隣で笑顔を浮かべる美月を見て自分は不幸ではないと確信する。命がけで大変な使命を帯びているユメクイだが、その力があったからこそこうして美月と出会えた。それだけで、充分に幸せだった。






 ファーストフード店から出る頃には日が傾いて夕刻となっていた。カラスとセミの悲し気な鳴き声がアンサンブルのようになって明里の耳に届き、夕日の美しさと合わせてノスタルジックな気持ちにさせる。 


「今夜のパトロールもいつも以上に慎重にやりましょう。またあのクイーンとイズルが現れるかもしれませんし」


「だな。でもまあこの四人がいれば勝てるはずさ」


 他のユメクイのことはあまり知らないが、明里は自分達のチームワークは言い方なのではと思っている。これまでの戦闘経験がそう思わせているし、何より信頼関係が強くなっているからこそであった。


「それでは夜にまた」


 四人は店の前で別れ、それぞれの家へと帰っていく。数時間後にはまた会うことになるのだが、この別れの瞬間に寂しさを感じるのは本当に大切な仲間だからか。


「ユメクイ、か・・・・・・」


 数奇な運命に導かれた少女達。この先に何が待っているのかなんて予知できないが、できれば苦痛のない結末を迎えたいと明里は一人願っていた。






「そろそろ行動を起こすべき時が来たのでは?」


「そうだろうか?」


「あのユメクイ達は厄介です。ククルスやココルスさえ葬った敵なのですし、計画を先延ばしにしていてはやられます」


 拠点にてイズルはクイーンに進言していた。先日の戦闘ではユメクイを追い込みかけたが結局は敗退することになってしまい、もうこれ以上の損害は出せないと焦ってのことだ。


「エネルギーも効率よく使えば足りるでしょう」


「そうだな・・・やられっぱなしというのは性に合わん。すぐにでも復讐してやりたいくらいさ」


「それならば・・・・・・」


「ああ。計画を最終局面に」


 クイーンは自らこそが全ての頂点に立った時のことを夢想しながら魔結晶を撫でた。


「では確認だ。街を囲う魔結晶は問題ないのだな?」


「はい。それらにエネルギーを流し、アナタの持つ黄金の杖、プロイビートロッドによって制御を行うことで街全体を結界で覆うことができます」


「そして街中の人間どもから大量のエネルギーを吸い出し、それを利用して異界への扉を開く」


「アナタの言う異界には魔素と呼ばれるエネルギー源が充満しているとのことですが・・・真実なのでしょうか」


「我らの始祖、つまりナイトメアレヴナントの生みの親はその異界、言うならば魔界とも呼ぶべき世界の出身だ。新たな可能性を求めてこの世界へとやって来て、その際に用いた道具の一つがプロイビートロッドなのだよ。これと魔結晶のエネルギーを合わせれば全て上手くいく」


 クイーンはプロイビートロッドの力を使い、逆に始祖ナイトメアレヴナントの出身地である世界への扉を開こうとしているのだ。


「異界には魔素が豊富らしく、それを吸収すれば我らは更なるパワーアップを果たせる。わざわざ結界を張らなくても本来の力を発揮できる存在になれるだろう」


「さすればもっと自由に行動できるようになり、ユメクイに怯える必要もなくなるくらい強くなれるかも、ということですね」


「そうだ。より多くの人間を襲えるようになり、やがては世界そのものを支配することだってできる」


 その野望の実現が見たいからイズルは傲慢なクイーンに従ってきた。これでようやく苦労も報われるというものだ。


「今夜の内に全戦力を集めておけ。実行は明日の昼だ。もう逃げも隠れもしない。フフフ・・・あらゆる時間に我らの悪夢が撒き散らされるという恐怖を下等なる人間共に教えてやる」


 不敵に笑うクイーン。もう、ユメクイになど負ける気がしなかった。


 

       -続く-










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