第21話 邂逅、クイーン・イービルゴースト

 ククルスとココルスを撃破してから数日が経ったが、ナイトメアレヴナントに新たな動きはなく、いつも通りの散発的な出現にとどまって比較的平和な時間が流れる。エネルギーが充填された魔結晶を奪っていったイズルが行方不明で、姿を現さないのは不気味であるが。


「明里さん、テストの結果はどうでしたか?」


「今までで一番良かったよ。これも美月のおかげだな」

 

 皆での勉強会の成果だろう。普段よりも点数を取ることができ、全科目平均点を上回ることができたのだ。


「まさか明里に学年順位を抜かれるとは思ってもみなかったよ」


「へへ、どうだ千冬。アタシもたまにはやるんだよ」


「恐れ入りました。幸崎さんの教え方が本当に上手かったんだね?」


「そういうこと。美月はアタシに分からない問題もスグに解いて凄いんだ。しかも丁寧に解説してくれるから先生に教わるより理解できたぜ」


 美月は明里に褒められて頬を赤くしながら照れている。彼女にとって明里の称賛はどんな賞を受けるより光栄なことらしい。


「幸崎さんになら明里を安心して預けられるよ」


「お任せください!」


 食い気味に千冬に対して胸を張る美月。

 勉強もそうだが、ユメクイのことも美月に指導されたことで一人前とは言わずとも半人前にはなることができた。これからも美月と一緒ならどんな事も乗り越えていけると、そんな気がする明里であった。






「で、なんで三島は意気消沈しているんだ?」


 その日の夜、イズルの捜索も兼ねたパトロールを四人ですることになったのだが、乃愛は激戦から帰って来た直後のように満身創痍でフラフラと飛行している。


「テストの成績で撃沈されたんですよ。結局真面目に勉強しなかったもんですから当然点数は悪く、補習を受けることになったんです」


「ご愁傷さまだな・・・まあでも戸坂の言うことを聞かないから」


 広奈が乃愛に勉強を教えようにも当人の危機感が薄く、しかもククルス達との戦いが重なったこともあって結局テスト対策をしなかった。結果、学年順位もビリに近い壊滅的なものとなってしまったのである。


「本当に進級できなくなりますよ。そんなんじゃあ」


「広奈ぁ~助けてくれぇ・・・・・・」


「救いの手はちゃんと差し伸べたんですけどね」


「もう一度チャンスを下さいよぉ・・・・・・」


「まったくしょうがない人ですね、あなたは・・・補習課題も手伝ってあげますから今度こそはちゃんとやってくださいよ」


 駄々をこねる子供のように乃愛が広奈の腰に抱き着きながら懇願している様子は微笑ましかったが、明里は結界の気配を探知して臨戦態勢に移る。


「ナイトメアレヴナントか・・・ヤツらを全滅させることのできる何かがあればな」


「中にはそういう研究をしているユメクイもいると聞いたことがありますが・・・とにかく地道に数を減らしていくしかありませんね」


 気配のする方向に進路を向けて進むが、結界のあると思われる家に見覚えがあって明里の表情が強張る。


「まさか・・・!」


「明里さん?」


「この家は千冬の家だ!まさか、そんな・・・!」


 明里は慌てたように壁をすり抜けて家の中に侵入し、悪い予感が的中したことを悟る。


「なんてこった・・・今回の敵のターゲットは千冬かよ・・・・・・」


 いつも教室で会う親友千冬が苦しげに寝ていた。間違いなく千冬の内部にナイトメアレヴナントが結界を展開している。

 ギリッと歯ぎしりをした明里は迷うことなく結界へ入り込み、千冬の魂を救出するべく敵を探りながら進んで行く。


「明里さん、待ってください。はぐれないよう皆で固まって行きましょう」


「すまない・・・焦っちゃって・・・・・・」


「気持ちは分かります。千冬さんを救いたいのは私も同じですし、急いで事を仕損じてはいけませんから一度深呼吸ですよ」


 美月の言う通りだと明里は息を整えて霊器を握りなおした。

 一人で突撃をかまして勝てればいいが、返り討ちにあってしまっては元も子もない。

 多少落ち着きを取り戻した明里は美月達と共に侵攻を再開し、林を抜けた先についにナイトメアレヴナントの姿を捉えた。


「あの敵、ソルシエールのヤツ!」


「イズルとかいうソルシエールですね。しかも大きなイービルゴーストタイプもいる・・・・・・」


 敵はその二体だけであり、それらが強敵ではあるのだろうが数で上回っているという安心感がある。


「貴様達が例のユメクイ達か。よくも我らの計画を邪魔してくれたな」


「誰?」


 相手はこちらを知っているようだが、イズルはともかく大きなイービルゴーストがどちら様なのか知らない。


「あのイービルゴーストは融合タイプでしょうか。この前に戦った融合タイプより一回りは大きいようですが」


 美月は冷静に分析するが、


「おい小娘。我をそこらの雑兵と同じに思うなよ。我はクイーン・イービルゴースト。全てのナイトメアレヴナントの頂点に立つ者である」


「クイーン・・・聞いたことありませんが・・・・・・」


 そんな女王を名乗るナイトメアレヴナントなど美月のみならず乃愛達も聞いたことがなかった。だからクイーンが自分こそが頂点に立つナイトメアレヴナントなどと名乗ってもピンとこない。


「ほら見てくださいよ。サボってぐうたらしているから知名度もへったくれもありませんよ」


「黙れ。これから有名になる」


 イズルの呆れたような目線を受けながらもへこたれないクイーンは、全身にエネルギーを充満させて戦闘体勢に入った。


「我を甘くみていられるのも今のうちだ。女王たる我の力を見せてやろう」


 殺気を纏わせるクイーンを目の前にしながらも、明里は別の存在を見つけてそちらに意識を集中させた。


「千冬!!」


 クイーンたちのすぐ近くに倒れているのは千冬のシルエットだ。襲われて生命、精神エネルギーを吸われていたのだろう。


「明里さん、私達が援護しますから、その間に救出を」


「頼む。千冬を助けたらすぐに戦列に加わるから」


 敵の攻撃が来る前に動き出した明里。その思い切りのよさにクイーンは感嘆しながらも迎撃を行う。


「また触手かよ」


 以前戦った融合タイプイービルゴーストの触手に貫かれたことを思い出して気分が落ち込むが、足を止めるわけにはいかない。クイーンの指先が変形して伸びてきた触手を見切って回避し、千冬の元へと駆けていく。


「この我を無視するなど!」


 明里の目標が自分ではないことを察したクイーンは苛立っていた。それはつまらないプライドからくるもので、自分こそがユメクイ最大の強敵である女王で、戦場において主役たる存在だという自尊心が強いのだ。それなのに無視されてただの邪魔者のように思われていることが我慢できなかった。


「養分は渡さん!」


 明里の進路を妨害するように触手を伸ばして乱舞させる。

 ナイトメアレヴナントは自力でエネルギーを精製することができず、人間から回収するしかない。そのためにこうして襲っているわけで、せっかくの獲物をユメクイに奪還されるのをただ見ているなどあり得ないことだ。


「そうはさせません!」


 飛び出した美月がその触手を切断して明里の血路を開く。

 

「無礼な小娘めが!」


「デカいだけのイービルゴーストが!」


 刀を腰だめに構えて突っ込む美月を迎撃するべく、クイーンは左手を剣へと変化させる。

 そして二人の刃が打ち合い、火花が腕を焼くかというくらい飛び散った。


「パワー負けしている・・・!」


「フンっ!貴様如きが我を押しのけようなどできるものかよ!」


 図体のサイズが違うのだから力の差が如実に現れる。美月を押しつぶすように剣で押し、邪悪な笑みで嘲ていた。




 美月がクイーンと、広奈と乃愛がイズルと戦っている間に明里は千冬の傍へと滑り込んだ。


「千冬・・・生きてはいるな」


 弱っているが生きてはいるようだ。明里はそんな千冬をこの場から遠ざけるために運ぼうとしたが、


「うっ・・・ここは・・・?」


「千冬、意識が!?」


 大抵の場合、ナイトメアレヴナントに襲われた人間はすぐに気絶するなりして意識を失うものだ。だがどうやら千冬は多少気が強いこともあってか意識を回復させていた。


「明里、何して・・・?」


「あっ、いや、これは・・・・・・」


「てかてか聞いてよ!前に言った悪夢のウワサは本当でさ!ヤバいんだよマジ!」


「落ち着け千冬」


 ピンチな状況なはずなのに目を輝かせている千冬の肩を掴みつつ戦場を見やる。どうやらククルス達ほどの強敵でないのか美月達は未だ被害を受けずに戦えているようだ。


「凄い夢だぁ・・・・・・」


「そうだな。とりあえずここから離れるぞ」


「う、うん。それよりもその格好はなんなの?めっちゃエロいじゃん」


「い、言うな!」


 最近は誰もツッコミを入れなくなったが、明里の霊装束は露出の多い改造制服のようなカタチなのだ。それを初見の千冬が見たらそういう感想も抱くだろう。


「やっぱり明里は淫乱だったか~」


「違うわい!いいから行くぞ!」


 千冬の手を引いてここから離れようとしたのだが、


「なっ!?」


 すぐ近くにクイーンが接近していた。どうやら美月をいなして明里を追撃してきたらしい。


「養分は渡さんと言った!」


 千冬を狙って触手が伸びるが、明里は大剣で振り払う。だがその一撃だけが本命ではない。


「甘いぞユメクイ!」


 先ほどまで剣となっていた左手も触手へと変化しており、その触手で薙ぎ払い攻撃を行う。


「しまった!?」


 大剣のガードが間に合わず明里と千冬は触手に弾き飛ばされた。

 体に痛みを感じながらも明里は自分より千冬の心配をしてその姿を探す。


「千冬!!」


 ユメクイはナイトメアレヴナントからの攻撃を受けてもある程度耐えることができるが、ただの一般人である千冬は地面を転がって動かなくなってしまった。まだ生きてはいるが、相当なダメージとなって気絶しているらしい。


「てめぇ・・・!よくもやりやがったな!!」


 鋭い眼光をクイーンに向けた明里は大剣を両手で構えて斬りかかる。


「ユメクイ如きがその程度でなぁ!」


 再び左手を剣へと変化させて大剣を受け止めた。明里のパワーは怒りによって増幅されているが、しかしクイーンの底力によって簡単に防御されてしまう。


「挟み撃ちにしようというのかい!」


 鍔迫り合いを演じるクイーンは美月が背後から接近していることに気がつき、右手の触手を差し向ける。その触手が更に指先のように枝分かれして美月を四方から襲う。


「邪魔をしないでください!」


 一刻も早く明里の援護をしたい美月は触手を振り払おうとするが、厄介なことにクイーンの触手コントロール技術は高く、明里と対面で戦いながらもまるで高性能AIが制御するかのように美月を迎撃している。


「そろそろ決着をつけないとな」


 クイーンは斬撃を回避しながら反撃を行い、明里の腕にダメージを与えた。


「痛っ・・・・・・」


「終わりだな、ユメクイめ!!」


 久しぶりの戦闘で勝てそうなためにクイーンのテンションは最高潮に上がっていて、動きの鈍った明里にトドメを刺すべく体内のエネルギーを攻撃用に転化させる。

 ピンチの明里だが、果たして・・・・・・



    -続く-


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