ユメクイ ～悪夢祓いの少女達は月明かりと舞う～

第20話 レイジングアタック

「武器を失った貴様には！」

　霊器である大剣を投げつけた明里は無防備となり、余裕で回避できたククルスはトドメを刺そうとチェーンメイスを構える。しかし、

「お姉ちゃん！」

　珍しく大声を上げたココルスに驚き、ククルスは攻撃を止めて振り返る。すると先ほど明里が投げた大剣が美月を収容している魔結晶に突き刺さっていた。

「しまった！狙いはそっちだったのか！？」

　そう、明里は最初からククルスを狙ってなどいなかった。美月の救出こそが第一目標であり、だからこそ魔結晶を破壊するべく大剣を投げたのだ。

　ビキッと魔結晶にヒビが入り、そこから一気に崩壊して美月が解放される。更には美月から搾り取ったエネルギーが周囲に拡散されて青白い燐光が漂う。

「やられたな、だが・・・・・・」

　険しい顔をしながらもククルスは明里を抹殺するため戦闘を再開しようとしたが、目の前に迫っていた明里のコ・タナカさんで思いっきり殴りつけられて地面を転がる。

「き、貴様・・・！！」

「美月はアタシに返してもらうぜ」

　そして妨害に出たココルスをも弾いて明里は美月の元へと駆け寄った。

「美月！」

　気を失っているので美月からの返答はない。けれども生きてはいるようなので少しホッとしながらも、ソルシエール達への怒りが収まったわけではない。

「よくも美月を酷い目に遭わせてくれたな・・・！」

　魔結晶から放出された美月のエネルギーが明里へと吸収される。それによって明里の負傷箇所は治癒され、体力も回復して戦闘前の状態へと戻った。

「チッ・・・我らのエネルギー源をよくも！」

　美月から搾り取ったエネルギーはククルス達自身を強化するために使おうとしていたものだ。それを奪われたのだから不愉快な気持ちにもなる。

「容赦はしない！」

「それはアタシのセリフだ！美月の分まで戦ってやる！」

　美月を砕けた魔結晶の影に隠し、明里が吶喊して大剣でククルスに斬りかかった。それを紙一重で避け、ククルスは足蹴りで明里の腕を狙う。

「遅いっ！」

「何っ！？」

　明里はコ・タナカさんで蹴りを防ぎ、逆に膝蹴りを叩きこんだ。ククルスは声にならない苦痛の呻きを漏らしながら後ずさりして倒れそうになる。

　そして追撃とばかりに大剣を突き出し、ククルスの腹部を刺し貫いた。

「バカなっ・・・！？」

　人間に傷をつけられたというショックも相まってククルスは倒れる。これでは明里のトドメの一撃を止める術は無いが、

「ユメクイ如きが！！」

　ココルスが残った上半身で明里に体当たりをしかけ、ククルスから遠ざける。

「お姉ちゃん・・・こうなったら・・・・・・」

「ああ。やるしかないな」

　ククルスとココルスが合流し、二人の体が光輝いて一つへと融合を始めた。数秒の後、光が消えて大型化したククルスとココルスの融合体が姿を現す。

　身長が一回り大きくなり、腕は三本となっている。本来なら四本となるのだがココルスの腕が一本失われていたので不完全な形となったのだ。

「また合体かよ・・・・・・」

　イービルゴーストやヨールの融合合体バージョンと戦った明里はウンザリしつつも警戒を怠らない。こういう合体した敵は強敵となるし、このまま形勢逆転される可能性もある。

「我が名はクコルス。疲れるのでこの姿となるのは奥の手なのだが仕方あるまい」

　ククルスとココルス二人の声が重なってより邪悪に聞こえる。

「今度こそ殺してやる・・・ん？」

　互いに互いへの怒りを燃やす両者が対峙する中、新手が戦いへと割って入った。

　それはユメクイではなく白銀の仮面を被ったソルシエール、イズルだ。

「くそっ・・・囲まれたか」

　明里にとっては最悪の状況である。ただでさえ面倒なクコルスがいるというのにイズルまで出現したのではそれこそピンチと言えよう。美月や乃愛達が一緒なら戦えるかもしれないが今は一人なのだ。

「かなり遅かったが援護をしにきたのだな。共にコイツを・・・・・・」

「勘違いしないで頂きたいのですが、私はアナタを助けに来たのではありません」

「は？しかし・・・・・・」

「これを貰いにきました」

　イズルは明里を襲うのではなく、クコルスが設置したもう一つの魔結晶を持ち上げた。そこにはクコルスがこれまでに集めた大量のエネルギーが蓄えてあり、今後のために必要な物なのだ。

「貴様！」

「まあまあ。どうせもうアナタに勝ち目は無いのですから私が有効活用してあげるのです」

　そう言い放ってイズルは魔結晶を抱えて遁走した。本来ならユメクイを挟撃してナイトメアレヴナントの天下を取るべきなのだが、縄張り意識と敵意が優先されたのだ。不意打ち、騙し合いというまるで人間社会の縮図がソルシエール達の間で繰り広げられたわけだが、エゴの強い生命体というのは種の本来の共通目的さえ放り出して自らのために動く悲しいものと言えよう。

「アイツ・・・絶対に殺す！」

　クコルスはイズルを追うべくそちらに体を向けたが、コ・タナカさんが足を直撃して姿勢を崩す。

「逃がさない！行かせるものかよ！」

「邪魔をするな俗物め！」

　チェーンメイスを振り回して明里を粉砕しようとするが、明里は器用にそれを回避して接近をかける。クコルスが万全な状態ならもっと苛烈な攻撃を行い、明里など歯牙にもかけない勢いがあったはずなのだ。しかし互いに負傷して戦闘力が落ちたままの合体であったことから、明里一人すら簡単に撃破できない。

「ええい！小賢しい！」

　ココルスのものであった腕の一本を射出して明里を追尾させ、クコルス本体もチェーンメイスを振りかざす。これで挟み撃ちにするような状況となり、腕かチェーンメイスのどちらかの攻撃は当たるだろうと慢心するが、

「明里さん！腕は私に！」

　美月が意識を取り戻し、破壊された魔結晶の影から飛び出して明里の援護に回ったのだ。それによって明里はクコルス本体に集中することができ、勢いよく叩きつけられたチェーンメイスを回避し、先端の鉄球とクコルスの手元を繋ぐ鎖を大剣で切断した。

　更に遠隔操作した腕をも美月に破壊され、クコルスはついに追い込まれてしまった。とはいえ負けを認める気はないし、ココルスの鎌を装備してユメクイに対峙する。

「調子に乗るなよ、ユメクイめ！」

「調子に乗っていたのはそっちだろ！今度こそ決着をつけてやる！」

　まだ回復しきっていない美月に先行して明里はクコルスを仕留めるべく駆ける。クコルスもまた傷を癒す間もなく応戦した。

「こんなところで終われるものかよ！」

　鋭い鎌の先端が明里を狙うも、大剣で弾いて懐へと潜り込んだ。

「なにっ！？」

「逝っちゃえよ！」

　明里の蹴りによってクコルスの姿勢が崩れ、回し斬りの要領で力任せに大剣を振り回した。その一撃によってクコルスの胴は真っ二つに切断され、下半身を残して上半身で逃走を図る。

「逃がすかよっ！」

　槍投げのように大剣を投げつけ、クコルスの肩を刺し貫く。

「美月！」

「お任せを！」

　残っているエネルギーは少ないが、それでも弱った敵を倒すくらいのことはできる。明里の頭上を飛び越すように跳躍し、

「成敗！！」

　クコルスを頭部から左右に両断した。これでクコルスは完全に絶命し、屍は霧散して周囲に静けさが戻った。

「アタシ達の勝ちだな」

　明里はクコルスの消滅を見送って美月に肩を貸す。美月はフラフラで立っているのも辛そうだった。

「また助けてもらっちゃいましたね」

「それがアタシの役目だからな？」

「ふふ・・・そういえば三島さん達は？」

「かなり重症だったから離れた場所で休ませてるよ。結界も解けるだろうし、外で合流しよう」

　ナイトメアレヴナントが全滅したことで結界の崩壊が始まり、暗黒の空にヒビが入って砕けていく。

　美しいとも感じる光景を目に焼き付けながら、ユメクイ達は元の世界へと帰還していった。

「派手にやられたな」

　ククルス達によって結界に閉じ込められていた被害者の魂が無事に肉体に還ったことを確認し、乃愛はため息をつきながらへたり込んだ。負傷箇所の修復が進んでいるとはいえ万全な状態とはまだほど遠い。

「もう少しでハイレンヒールが使えるくらいには回復しますから待っててください」

　広奈こそ重症だったわけで、回復術を使えるだけの力を取り戻すにはまだ時間が必要だった。生命エネルギーの流出は止まってはいるが、それでも立ち上がることすらできない。

「しかし稲田には感謝しないとな。敵まで倒してもらっちまって」

「それは三島達がいてくれたからだ。アタシだって感謝してるんだぞ」

　実際、この四人の一人でも欠けていたら勝てなかった戦いだった。だから明里は自分の功績が大きいなど微塵も思っておらず、それよりも美月が負傷して辛そうにしている姿を見て己の力不足と不甲斐なさを痛感している。

「そういえば敵のソルシエール・・・イズルとかいうヤツがな、ククルス達のヘンな結晶体を奪っていったんだよ」

　強敵だったククルスとココルスを辛くも倒すことに成功したが、その戦いの中でイズルが現れてエネルギーの満載した魔結晶を強奪していったのだ。

「つまり仲間割れが起きたということですか？」

「らしい。もし結託して襲われていたらアタシも死んでいたろうからアレなんだけどサ・・・・・・とはいえあの結晶体は貴重な物らしいんで、そんな物をどうするのか気にはなるぜ」

「よからぬ事に使おうとしているのは確かですね。イズルというソルシエールを探し出して止めなければなりません」

　敵が何か企んでいるなら、それは人々にとって良くないことであるのは間違いない。結晶体の用途は不明にしても、ソルシエールの計画など阻止しなければならないのだ。

「まあとにかく今は回復に専念しないと」

　疲弊した現状でイズルを発見しても勝てる見込みは薄い。

　今夜はこれ以上ナイトメアレヴナントが悪事を働かないことを祈りつつ、陽が昇る時を待つしかなかった。

「アナタの指示通りククルス達からエネルギーを奪ってきましたよ」

　拠点へと帰還したイズルは強奪してきた魔結晶をクイーンの前へと置く。魔結晶の内部に充填されたエネルギー量にクイーンは満足そうに頷き、手を伸ばす。

「久しぶりにまとまった量のエネルギーを喰えて我嬉しい」

「ちょ、ちょっと！これは次の作戦のために必要なエネルギーなんです！つまみ食いしないでくださいよ！」

「ちょっとくらいいいではないか。ケチくさいヤツは支配者にはなれぬぞ」

「働いていないクセによく言う・・・！」

　かくいうイズルも魔結晶から少しエネルギーを吸収していたのだが、それは働きに対する正当な報酬の範疇だろう。

「後はこの魔結晶に貯められたエネルギーを用いてナイトメアレヴナントを量産し、術式を展開すれば目標達成も間近になる。その時が楽しみだなイズル」

「とはいえまだ少しエネルギー量が足りていません」

「少しなら普通に集めればよかろう？」

「そろそろ手伝ってくれますよね？」

「え？イヤだが？」

　頑として働こうとしないクイーン。最後においしいところだけ持っていくつもりだろうが、今度という今度はイズルも我慢の限界だった。

「そんなんでよくクイーンなんて名乗れますね！食ってばっかでちっとは動いてくださいよ！」

「そんな怒るな。我には監督者として全体の指揮をする役目が・・・」

「全体の指揮！？ここには碌な戦力もなけりゃあ、私がナイトメアレヴナントを動かしているじゃあありませんか！！いい加減表に出てこないと皆に忘れ去られますよ！」

「ぬぅ・・・仕方ない、少しだけ手伝ってやろう。少しだけな」

　イズルの剣幕に負けたクイーンは渋々ながら前線に出ることを了承した。

　とりあえずは計画の推進が上手くいっていることに安心しながらも、ダメ上司にこき使われるイズルは将来の不安に悩ませざるを得なかった。

　　　　　　　　　　　　　－続く－