第19話 囚われた美月

 乃愛の目の前で脇腹を抉られた広奈は力なく崩れ落ち、その場に横倒しになって霊器であるタナカさんを手放す。傷口から生命エネルギーが血液のように漏れ出して危険な状態であるのは誰の目に見ても明らかだ。


「これ以上やらせるかぁああ!!」


 広奈の捨て身のハイレンヒールで回復した乃愛は霊器を構えてビーストタイプに吶喊する。ただでさえ瀕死なのに更に攻撃を受ければ確実に広奈は死ぬわけで、それは絶対に阻止しなければならない。

 地面に倒れた広奈は乃愛の奮戦を目にしつつ、意識を失った。




「戸坂が!?」


 明里は広奈のピンチを目撃しながらも駆け付けることができなかった。何故ならククルスの猛攻を凌ぐのが精いっぱいであり、攻勢に出るどころか逃走することさえ困難な状況なのだ。


「余所見をしている余裕があるのか!?」


 広奈の惨劇に意識を向けた明里に対してククルスが連続攻撃を仕掛けた。それを後方に下がって避け、今度こそ斬ってやろうと大剣のグリップを両手で握って駆ける。


「チィ・・・!」


 迫るチェーンメイスをかいくぐって大剣で斬りかかろうとしたが、しかしもう片方のチェーンメイスが頭上に落ちてきて明里はサイドステップで回避せざるを得ない。

 これが剣や刀を装備している敵ならばもう少し戦いようもあっただろう。しかし質量兵器という扱いずらくも防ぎようのない武器相手には明里と大剣では分が悪かった。それこそ広奈ならば対処もできたろうが。


「一方的だな、ユメクイ。これでは貴様に勝ち目はないぞ」


 自分が有利だと確信したククルスは明里を見下すようにあざ笑う。その攻撃には遊びが入り、明里が弱ってから嬲り殺す算段を立てているようだ。


「バカにしてさ・・・!」


 だが諦めない明里は攻撃のチャンスを探る。一撃でも直撃させられれば逆転することも可能だ。

 明里は広奈の容体を心配しながらも、凶悪な武器を振り回すククルスを倒すことに集中する。




 味方の苦戦を視界に捉えていたのは美月も同じであり、援護のためにも目の前の敵を一刻も早く討伐したかった。だがココルスもまた強敵で、分離と合体を繰り返しながら美月を翻弄している。


「いい加減・・・死んでよ・・・・・・」


 ココルスは器用にも美月が攻撃を回避する姿を見て苛立っていた。姉であるククルスの役に立ちたいというのがココルスの唯一の願いなのだが、それを妨害するユメクイの存在は不愉快なものでしかない。

 ココルスは再び両腕を分離し、ロケットパンチの要領で飛ばす。それを見切った美月は刀を携えて一気に間合いを詰めた。


「御終いです!」


 素早く刀が一閃。縦い振り下ろされた刀はココルスの胴を裂いた。


「くっ・・・・・・」


 体は裂かれたが致命傷ではない。ココルスの本体である上半身を分離して一度上空に逃れる。


「不快不快不快不快不快不快!!!!!」


 苛立ちはついに激怒へと変わる。普段は大人しいココルスなのだがキレると別人のように暴れまわるようになり、こうなってはククルスでさえ手が付けられない。

 先ほどまでよりも機動力の増した腕部が美月を襲う。


「なに・・・?」


 あまりの変容ぶりに困惑する美月。とにかく腕に当たらないよう防御に徹するが、今度は地面に残されたココルスの下半身が跳躍してきた。

 それを紙一重で避けるも、隙がうまれてしまう。


「しまった!」


 旋回してきた腕に捕まってしまった。背後から首に組みつかれる。


「御終いなのは貴様だ!!!」


 更に下半身も美月にしがみつき、これで身動きがとれなくなってしまった。

 なんとか逃れようと身を捩らせる美月に対してココルス本体が近づく。顔を覆う仮面が変形して槍のように尖り、美月の胸に突き刺した。


「いたっ・・・!」


 ダメージを受けて失ったエネルギーを回収するべく美月の体内から生命エネルギーを吸い出す。


「おいしかったよ・・・・・・」


 美月を仕留めてようやく普段の大人しさに戻ったココルス。体の傷も再生して元通りとなった。


「今行くよ・・・お姉ちゃん・・・・・・」


 気絶した美月を放置し、腕を装着したココルスはククルスの援護に向かう。




「美月っ!」


 近くで戦っていた美月も倒れてしまった。完全にユメクイ側が劣勢となってしまい、これでは逆転も厳しい。


「勝負あり、だな」


「まだっ!」


 ココルスまでも参戦して追い込まれる。乃愛もビーストと一進一退の攻防を続けているが、いつまで戦えるか分からない。


「お姉ちゃん、コイツは私に任せて・・・あのユメクイの処理を・・・・・・」


「ああ。回復される前に魔結晶にぶち込んでおこう」


 ククルスは明里をココルスに任せ、美月の元へと移動。そして美月を担ぎ上げてその場を後にする。


「待てっ!行かせるものか!!」


 敵が何をする気なのかは知らないが、とにかく美月を助けようと駆け出す。しかし、


「お姉ちゃんは、追わせない・・・・・・」


 ククルスの邪魔が入り、ココルスを取り逃がしてしまった。


「くそっ!!!!」


 足に取り付いたココルスの腕を振り払い、立ちはだかるココルスと対峙する。




「いい加減仕留めないとヤバいな・・・・・・」


 乃愛もダメージが蓄積されて長期戦に耐えられるスタミナはもうない。このままジリ貧な戦いを続けてもビーストに敵う希望はなく、ならいっそ勝負を決するためにイチかバチかの賭けに出るしかなかった。


「いくぜ!」


 ビーストの突進を避けて乃愛は側頭部に斧を叩きこんだ。ビーストは苦痛の咆哮を上げて前足を振りあげる。


「まだまだぁ!!」


 暴れる巨体の上に乗り、厄介な尻尾を斬り落とす。これで火球による追尾攻撃は不可能となった。

 しかしビーストは地面を転がって無理矢理に乃愛を落とし、殺意の籠った鋭い爪で狙う。


「こんなことで!!」


 立ち上がる前に迫って来た爪によって左腕を潰されて千切れた。激痛が走るが、それを無視するように斧を振るう。

 パワーの落ちた一撃であったが、それでもビーストの足首を半分切断して動きを鈍らせる。


「いい加減消えろよ!!」


 目の前にいる獲物を喰らうべくビーストが大口を開けて乃愛を噛み砕こうとするがあえて正面に立つ。

 ギリギリのところでビーストの顎の下へと滑り込み、首を掻っ切る。更に頭部へと渾身の、最後の一撃を叩きこむ。


「今度こそやったな!?」


 ビーストは首をやられたことで叫ぶこともできず、頭部を破壊されてついに消滅した。

 とはいえ戦いは終わってはいない。


「広奈、もう少しだけ待っていてくれな」


 自己再生で傷口が徐々に修復され始めた広奈に優しくそう呟き、乃愛は片腕となりながらも斧を握って明里の元へと急いだ。






「さてと・・・・・・」


 明里達との戦場から少し離れた場所に設置された魔結晶。これこそがククルスの切り札で、その魔結晶の中に鎖で全身を縛り上げられた美月は吸収されていった。


「後はエネルギーを絞り上げるだけだな・・・・・・」


 淡い光が美月の体から溢れ、ケーブルで繋がったもう一つの魔結晶へと流れていく。






「遅くなったな!」


「三島!」


 ククルスに苦戦する明里は乃愛の参戦に勝機を見出すが、その負傷具合を見て血相を変える。


「三島、傷が・・・!」


「これしきよ。さぁ、終わらせよう」


 万全ではないもこれで二体一となる。これでココルスに対しても少しは渡り合うことができるはずだ。


「同時に仕掛ける。挟み込むぞ」


「分かった」


 左右からココルスに突撃し、ほぼ同時に斬りかかる。ククルスは腕で迎撃するが直撃させることはできなかった。


「それなら・・・・・・」


 下半身を犠牲にしても本体さえ生きていればいいわけで、上半身を分離するが、


「そうくると分かってんの!!」


「なにっ・・・!?」


 何度も同じ戦術を目にしていれば対処も簡単だ。その分離を予期していた明里は斬るとみせかけてジャンプし、飛び上がろうとする上半身に大剣を振りあげた。

 その斬撃によってまた負傷して、胸から腹に一筋の切り傷を負う。


「本当にイライラしますね・・・!!」


「それはこっちのセリフだ!ちょこまかと逃げて、堂々と戦えよ!」


「戦場に正々堂々なんて・・・勝てばいい・・・勝てば・・・・・・」


 乃愛によって下半身が破壊され、戦力を削られたココルスはククルスの待つ場所へとフラフラになりながら飛び去っていった。

 

「すまねえ稲田・・・あたしはここまでみたいだ」


 腕の負傷箇所から相当な生命エネルギーが漏れ、しかもビーストとの戦いで消耗していた乃愛は動けたものではない。


「ここで戸坂と一緒に待っていてくれ。美月を取り戻してすぐに帰ってくるから」


 そんな乃愛を広奈の元へと担いで運んだ。これは動けない乃愛達が一人でいるのは心細いだろうという明里の配慮である。


「稲田さん・・・すみません、ドジを踏んでしまいました。エネルギーもかなり失っているのでハイレンヒールも使えなくて・・・・・・」


 ようやく意識を取り戻した広奈が申し訳なさそうに明里に謝る。だが倒れたままで当分は動けそうになかった。


「アタシこそ力になれなくてゴメンな」


「いえ、稲田さんが謝ることはありません・・・それより、これを」


「これはコ・タナカさん?」


「そうです。きっと何かの役に立つと思いますから、持って行ってください」


「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」


 タナカさんの内部に格納された小型の盾、コ・タナカさんを受け取って明里は立ち上がる。


「生きて帰ってこいよ」


「勿論。ケリをつけてくる」


 膝を付いた乃愛達を残し、明里はココルスが去った方向へと駆け出していく。






「ごめんなさい・・・足止めに失敗しちゃった・・・・・・」


「かまわん。ここで迎え討とう」


 ククルスは魔結晶の操作を止めてチェーンメイスを装備する。


「このユメクイから絞り上げたエネルギーのおかげで目標としていた量に達しそうだ。後一人くらい捕まえられればグッドってところだな・・・さあ、敵のお出ましだ」


 ククルスが顎をしゃくって示した先、そこに明里が現れる。疲労している様子ではあるが、それでも闘志は失われていないようで身の丈程もある大剣をしっかりと構えた。


「貴様の健闘は称賛に値する。しかしもう戦うだけ無駄だ」


「そうかよ・・・って、美月・・・!?」


 ククルス達の背後、全高五メートルほどの結晶体の中に囚われた美月を見つけた明里は動揺する。


「このユメクイはエネルギー源として回収させてもらった。このまま全身から一滴残らず絞らせてもらう」


「許さねぇ・・・絶対に許さないからな!!!!」


 これまでに無いほどの激怒が明里を奮い立たせる。明らかに勝ち目の薄い戦いとなるのは分かり切っていたが、美月の惨状で黙っていられるわけがない。

 

「フッ・・・挑んでくるなら受けて立とう。そして貴様からもエネルギーをもらい受ける!」


 チェーンメイスを豪快に振り回して明里を攻撃する。だが明里は臆することなく突き進み、ククルスへと斬りかかった。


「お姉ちゃんを傷つけさせはしない・・・・・・」


 ココルスの腕が明里の移動先を予測して飛び、足を掴んで転倒させようとしたが、


「どけってんだ!!」


 明里は掴まれる前に大剣を横薙ぎに払って腕を真っ二つにした。


「こいつ・・・!」


 下半身を喪失しているココルスの武器はもう片方の腕だけとなって心許なくなってしまった。現状の彼女の力では明里を止めることはできそうにない。


「任せろ。お前はそこで見ていればいい」


「お姉ちゃん・・・・・・」


 ククルスは自分一人でも明里を仕留められると慢心していた。何故なら二人の戦闘力には差があり、一対一でも充分対処できると思っているからだ。

 

「これでどうかな?」


 右手から真っすぐに伸びていくチェーンメイス。ユメクイさえも簡単に粉砕できる一撃だが、明里は大剣でいなしながら足を止めない。


「そう来ると思った、だから」


 時間差で左手のチェーンメイスを勢いよく伸ばして直撃コースを取った、しかし、


「やられねぇよ、これくらいで」


「なんだとっ!?」


 広奈から預かっていたコ・タナカさんでチェーンメイスを弾いたのだ。さすがにコ・タナカさんも無傷とはいかずにヒビが入るが、確かに防御はできた。


「今度はこっちの番だぜ・・・!」


 明里は大剣にエネルギーを集中させ、霊器全体に光が宿る。


「武器を光らせて、なんだというのだ。強力な技か何かを!?」


 確実に仕留められると思っていたのに目論見が外れて少し焦るククルス。まだ明里との距離があるとはいえ何か大技を放たれれば無事では済まないだろう。


「当たれよ!」


 どんな技が来るかと身構えたククルスに対し、明里は大剣を投げ飛ばした。


「そんな当てずっぽうな攻撃など!」


 身を捻って投げられた大剣を避け、口角を上げて笑みを浮かべる。恐らくは意表を突こうとした攻撃だったのだろうが、容易に躱せるもので意味などないと内心で嘲ている。

 だが明里もまた何かを確信したように強気な態度を崩していなかった。



      -続く-











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