第16話 ククルスとココルス
夕食後にも明里と美月の勉強会は続いた。今日一日でかなり学力アップできた気がして、明里は初めて勉強による充実感を感じている。
「ホント助かったよ。これで次のテストは大丈夫そうだ」
「自信が付いて何よりです。気持ちに余裕があれば物事の成功率は上がりますから」
気持ちの持ちようは何事においても大切だ。それこそ戦いでも弱気では勝てないし、自分にもできるのだという自信は良い未来を引き寄せるために必要である。
そうしてこの日の勉強会は終幕し、後は深夜を待つだけとなった。
ナイトメアレヴナントとの死闘が繰り広げられる深夜を。
皆が寝静まり、鳥や虫の音すら聞こえなくなった時刻。月明かりだけが頼りの暗闇を行くのはユメクイ達だ。
「明里さんの家から出動するのは久しぶりです。初めて明里さんがユメクイとしてアニマシフトした日以来でしょうか」
「そうだな。あれから結構な時間が経ったような気がするよ」
明里がユメクイとなってからそれほど時間は経っていない。だが体感時間的には半年くらい経過していて、美月とも随分昔から仲が良かったような気さえしている。
「ユメクイになってからある意味で充実してる。それ以前のように何の取柄もないただの女子高生ではなくなったしさ」
「死のリスクがあるユメクイですが、それでも人々のために意義のある存在です。誰でもなれるものではないですし、だからこそ充実感や使命感のある活動だと私も思っています」
さすが優等生の美月の志は高い。明里自身はそこまで模範的な回答ができるほど立派ではないが、それでも役目は果たしているのだから誰にも責められるものではないだろう。
「美月、この気配は」
「ええ。来ましたわ」
そんな会話をしている中、結界の気配を感じ取った二人はその方向へと急行し、とある民家の家人の内部に展開された結界を発見した。
「この方をお救いしましょう」
「ああ。行こうぜ」
結界へと侵入するといつもの寂れた廃村のような景色が目の前に広がる。どうして結界はこうも不気味な景色になるのか解明はされていないが、ナイトメアレヴナントの気色の悪さを演出するという点では最適なカタチなのかもしれない。
「敵の気配は少ないですね」
大抵の場合、イービルゴーストタイプやモルトスクレットタイプなどの量産型ナイトメアレヴナントがすぐに目に付くものだ。しかしこの結界にはそうした敵は見当たらない。
「ユメクイ・・・来た・・・・・・」
少し歩いた先、そこには一人のソルシエールが立っていた。近くにはこの結界に閉じ込められた被害者の魂が転がっているが死んではいない。
ソルシエールはその魂から離れて明里達に向き直り鎌を担ぎ上げる。
「またソルシエールだなんて・・・・・・」
ソルシエールはそう数は多くないはずだ。なのに、この僅かな期間の間に幾人かのソルシエールと遭遇したわけで、いよいよ何かおかしな事がおきているのかもしれないと美月はイヤな予感に苛まれていた。
「ククルスお姉ちゃんのために・・・ユメクイは殺す」
紺色の仮面を付けたそのソルシエール、ココルスが鎌を振りあげて襲い掛かって来た。
「速い・・・でもこちらは二人なのだから!」
ココルスの一撃が美月を掠めるが、その凶器の恐ろしさに竦むことなく刀で薙ぐ。刃はココルスの腕を的確に狙ったはずだが、しかし、
「分離したっ!?」
肘から先が分離して斬撃を回避したのだ。人間では不可能な動きだが、魔の者であるナイトメアレヴナントだからこそできる芸当なのだろう。
美月から距離を取ったココルスの腕は再び合体し元の姿に戻る。
「こういう動きもできる・・・・・・」
今度は両腕を突き出し二本とも肘から先が撃ち出されるように飛翔してくる。さながらロケットパンチだが片腕には鎌が装備されたままで、明里めがけて一直線に突撃してきた。
「この程度なら!」
遠隔操作された腕による攻撃を避け、ココルス本体に突進しようとするが、
「チッ!」
鎌を持った腕がすぐさま反転して明里の頭上に迫る。案外小回りが効くようで、しかも腕だけなために狙いをつけづらい。
「美月は?」
美月はもう一本の腕とココルス本体に襲われていた。軽い身のこなしで難なく対処しているが攻勢に出れておらず、刀は空を斬ってダメージを与えられていない。
「コイツ!」
明里は迫る腕を蹴り飛ばすことに成功し、腕は地面に落ちてから本体へと吸い寄せられるように舞い戻る。
「ヘンなギミックだけど一度見ちまえばなんてことはないな」
初見では後手に回ってしまったがそういう攻撃を繰り出してくると分かれば恐れることもない。
「お姉ちゃんのために・・・死んで」
ココルスはどうやら苛立っているらしく、小さな声で覇気はないものの殺意はユメクイ達にしっかり伝わっている。明里と美月は早期決着を目指して腕を回収したココルスに対し同時に突撃を敢行した。
「もうお見通しだぜ!」
突っ込んで行く明里にまた腕が飛んでくるもかがんでやり過ごし、地面を蹴って瞬時にココルスとの距離を詰めた。美月も同じようにココルスに接近できたので勝てると強気になった明里は大剣を横薙ぎに払う。
「なんとっ!?」
しかし大剣はココルスを捉えはしなかった。今度は腰が分離して上半身と下半身に別れたのだ。
そのあまりにも予想外の挙動に動きが鈍って明里は隙を晒してしまい、当然ながら敵は明里を狙って次なる攻撃を行う。
「足がっ!?」
ココルスの下半身が明里に飛びつく。両足がしっかりと胴体をホールドし、明里は体勢を崩して転びそうになった。
「明里さん!」
ココルスの上半身が明里に迫っているのを見て美月は援護に向かおうとするが、分離した腕のコンビネーションによって阻まれてしまう。
「トドメ・・・!」
上空から降下してきたココルスの仮面が変形してまるで槍のような形状となり、どうやらこのまま明里を串刺しにしようとしているようだ。
「くそっ・・・!」
明里は大剣で巻き付く敵の足を切断しようとするが、ココルスの下半身が暴れるせいで狙いがつかない。引き剥がそうと掴んでもガッチリと取り付いているせいで全く離すことができなかった。
「だったらなぁ!」
このままではダメだと焦る明里はイチかバチかの作戦に出る。
狙いも何もなく大剣を自分に向けて思いっきり振るったのだ。そして自分の体ごと敵の下半身を切断してみせた。
「うっ・・・・・・」
ココルスの足が一本斬り落ち、下半身は力を失って明里から離れる。だが明里も腹から腰にかけて負傷してしまった。
痛みは感じるが、それでも必死になって後ろに飛びのく。その直後、先ほどまで明里がいた場所にココルスが落下して間一髪のところで槍から逃れることができた。
「なんてヤツ・・・・・・」
上半身と下半身を合体させ、斬られた足を回収したココルスは明里の思い切りの良さに驚嘆する。普通ならばパニックになってトドメを刺されてしまうだろうが、切り抜けてみせたのだからそれは驚くことだろう。
今日はここまでにして姉であるククルスと相談しようとココルスは後退していった。弱った明里を殺すことも可能ではあったが、怒りを露わにした美月もいるのではリスクが大きいと判断してのことである。
「ったく、体をバラバラにするなんて・・・・・・」
敵が去って結界が崩壊し、現実世界へと帰還した明里は尻餅をついて息を吐く。
「明里さん、傷は大丈夫ですか?」
「ああ。回復は順調だ。ちょっと痛むけどな」
心配そうに顔を近づけてきた美月に笑顔を返しつつ、死なずに帰れたことにホッとしていた。
新手のソルシエールはとても戦いにくかったし、もし一人だったら殺されていただろう。ユメクイとしての経験は結構積んだと思っていたがまだまだ実力不足であると痛感する。
「あんな戦い方をする敵となれば厄介ですね。それにヤツはお姉ちゃんのためにと言っていました」
「お姉ちゃんか・・・あのソルシエールにも家族がいるというのか」
「どうでしょう・・・どちらにせよ警戒しなくてはなりませんね。ソルシエールタイプは他にもいますし、戸坂さん達とより連携を強めなければ人を救うどころか我々自体がやられてしまいます」
以前の戦いでヨールを撃破したもののイズルは撤退して取り逃がしている。果たして敵にどれほどの戦力があるのかは知らないが、少なくとも比較的平和だった以前に比べて危険度が大きく増しているのは間違いのない事実だ。
負傷の回復が終わったことを確認し、再び夜の街に繰り出す二人だったが今夜はナイトメアレヴナントの気配を探知することはなかった。
翌日、明里宅に再びユメクイの四人が集まっていた。美月からソルシエール出現の連絡を受けた戸坂達も何やら知らせたいことがあるようなのだ。
「そっちにも出たのか。あたし達も昨日ソルシエールと交戦してさ。ソイツも紺色の仮面を付けていたんだよな」
「ふむ・・・私と明里さんが戦ったヤツと同一人物なのでしょうか」
「どうだろう・・・そういえば、妹の様子が気になるから帰らせてもらうとか言っていたな」
「妹・・・?私達が遭遇したヤツはお姉ちゃんのためにと言っていました。つまりその二人が姉妹関係にあって別行動をしていたのかも」
それならば敵の発言にも合点がいく。どうやら二人組のソルシエールがこの街にやってきたらしい。
「となると、私達が相手にしなければならないソルシエールは計三人ということになりますね。まさかこんなに敵が増えるとは思いませんでしたが・・・・・・」
「そいつぁヘビーだな。月飛さんに救援を頼めないか?」
ヨールとの戦いの後、月飛は通学している大学のある街へと帰っていった。
「月飛お姉様のエリアでユメクイの戦死者が出たようで・・・元々ナイトメアレヴナントの多い地域なのですが、それで忙しくなってしまっているらしいです。なのですぐに呼ぶことはできなさそうなのです」
「そうか・・・・・・」
さらっと戦死者という言葉が出たが、明里はその言葉にドキッとする。これまでは幸運にも生還できているものの、いつ死んでもおかしくない戦いが何度かあった。実際に昨日の戦闘でも死にかけたし、もし美月がいなかったら明里は今ここにはいなかっただろう。
「敵には我々で対応するしかなさそうです。新手のソルシエールを倒すまでは団体行動するべきでしょう」
「そうだな。その分効率は悪くなるが仕方ない」
「ということで本日からは合流してから出動としましょう」
これまで以上に気合を入れてユメクイの活動に取り組もうと明里は意気込み、それと同時に美月や皆と無事にこの戦いを乗り越えられるように祈るのであった。
「ここは雑魚ばかりと思っていたが、そうでもないようだ」
拠点へと戻ったククルスは、妹であるココルスの報告を受けてこの地域のユメクイが意外にも強敵なのかもしれないと顎に手を当てながら考え込む。
ククルス達はいくつかの地域を渡り歩いてきたいわゆる渡り鳥であり、それは自分達にとって都合のいい狩場を探してのことである。そしてこの地域はナイトメアレヴナントも少なく穴場のような場所だと知り、ここを根城にしようと企んでいるのだ。
「でも・・・倒す・・・お姉ちゃんのために」
「本当にお前はいいコだ」
自分を慕うココルスの頭部を撫でつつ、まずは強敵をどう殲滅するか思考を巡らせるのであった。
-続く-
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます