第15話 憩いのひと時
「ダメでしたか・・・・・・」
結界の外でヨールの戦いを観戦していたイズルはため息をつきながら額を押さえた。これでクイーンイービルゴースト配下の戦力が更に減ってしまったわけで戦略を見直さなければならない。
「ユメクイどもめが・・・今度こそは・・・・・・」
ユメクイ達が結界から出てくる前に飛び立ち、復讐を誓いながら夜の闇に紛れていくのであった。
「は?また失敗したのか?」
「申し訳ありません。ですがユメクイの数も増えて現場も手一杯なんですよ」
クイーンイービルゴーストの元へと帰還したイズルは反論も交えながら事態を報告した。そもそもクイーンがもっと働いてくれればこんなに苦労はしないのだが、怠惰で傲慢なクイーンは自分のせいだとは微塵も感じていない。
「どうするんです?このままでは計画の遂行もクソもありませんよ」
「うーむ・・・使えない部下を持つと苦労するものだなぁ」
「これだもんな・・・・・・」
ゲンナリしつつ、今後の活動について協議しようとしたのだが、
「なるほどここはイイ隠れ家ですね」
「何者ですか!?」
背後から気配を感じてイズルは慌てて振り返る。するとゆっくりとした歩調で二人組のソルシエールが近づいてきた。同族ではあるが敵意を感じ、イズルは警戒しながらクイーンの前で迎える。
「アナタ達は?」
「私はククルス。そしてこのコはココルスって名前です。どうかお見知りおきを」
黒マントを羽織った二人のソルシエールが片手を胸に当てつつわざとらしく頭を下げる。全く敬意の無いその挨拶にイズルは苛立ちを隠せないが、諍いを起こすのも面倒と対応をクイーンに丸投げすることにした。リーダーなのだからこういう時こそ働いてもらわないと困るのだ。
「我こそはクイーンである。それでお前達はここに何用だ?」
「いえね、このエリアで私達も狩りを行うことにしたと伝えにきたのです」
「は?ここは我のエリアぞ?」
「だからこそこうして挨拶にきたのですよ」
ククルスとココルスが紺色の仮面の奥で嘲るような笑みを浮かべているのはクイーンにも分かった。
「許可しないと言ったら?」
「関係ありませんよ。好きにやらせてもらいます」
「我を愚弄しているな!?」
「ふふ、そんなつもりはありません。ですがこんなイイ狩場を完全に掌握できていないような相手の許可などいりますまい?そもそもこういうのは実力が全てでしょう」
ナイトメアレヴナントにも縄張り意識があるようだが、ククルスの言う通り実力がある者こそが支配者となるのが世の常だ。
「・・・まあいい。好きにすればいいだろう」
「話の早い方で助かります。それではまたいずれ」
そう言い残してククルス達は立ち去って行く。納得のいかないイズルは追いかけようとしたがクイーンが呼び止めた。
「放っておけ。無駄に関わる必要はない」
「しかしヤツらにこのエリアを盗られるかもしれませんよ?」
「こういうのは利用すればよかろうなのだ。ヤツらに厄介なユメクイ共の処理を任せ、その間に我々は計画を推進する。そして時が来たらヤツらも消してしまえばいい」
「まったく簡単に仰る。そんな都合よく物事が進むとは思えませんよ」
「進むよう手筈を整えるのが貴様の仕事だろう?」
「ハイハイ・・・・・・」
偉そうにふんぞり返っているクイーンに呆れつつ、イズルはククルス達の動向調査と、とある計画の推進のために行動を開始するのであった。
「明里さん、来週の定期試験の準備は進んでいますか?」
「あ、ああ。そこそこに・・・・・・」
ユメクイとしての活動も大切だがその前に明里達は学生なのだ。だからこそ勉学にだって励まなくてはいけないと分かっているものの、あまり手は付いていなかった。
「赤点を取ってしまったら大変ですよ。そうだ、私が直々に教えて差し上げましょう」
「そうだな。それがいいかもしれないな」
一人で捗る人間ならいいが、明里は勉強に集中できるタイプでないので美月のような人に監視してもらったほうがいいのだろう。
「なら明里さんのお家で勉強会するってのはどうでしょう」
「かまわないよ。誰もいないし気兼ねなくできるぜ」
「いっそお泊り会も兼ねてってのはいかがです!?」
「いいケドも・・・・・・」
何故だかテンションを上げて提案する美月の勢いに押されながら頷く明里。よほど泊まりたいらしい。
「うふふふ・・・楽しみですね!」
「お、おう」
美月の無邪気な笑顔に明里もつられて笑顔となり、まずは部屋の掃除をしておこうと脳内メモに書きこむ明里であった。
次の土曜日、美月との勉強会が開催されることになった。ちなみに明里がうっかり口を滑らせたせいで乃愛と広奈も来ることになり、それに対して美月が複雑そうな顔をしたのは言うまでもない。
「明里さんとの二人きりの時間が・・・ぐぬぬ」
勉強会というのは口実で明里との二人の時間を作ることが真の目的と言っても過言ではなく、しかしこうなってしまったら致し方ないと、乃愛と広奈は泊りではないので美月は夜まで辛抱することにした。
「てか、戸坂と三島は勉強面ではどうなの?」
幾度か戦場を共にした仲間ではあるが、まだ広奈と乃愛のことはそれほど知らない。二人がどれほど勉強できるかもそうだし、そもそも日常をどう送っているかも把握していないのだ。だから勉強会で一緒に過ごせるのは悪くないと明里は思っている。
「私はそこそこって感じですよ。学年順位は中の上といったところです」
「あたしは・・・下の上ってところだ」
「大嘘」
「嘘ちゃうわ!前回のテストでワースト十位以内から脱出したからな」
「こういう低レベルな人間に成長は見込めませんね」
「なんとぅ!」
明里とて学年順位で言えば下のほうではあるのだが乃愛のほうが更に下らしい。
言い合う広奈と乃愛をしり目に美月が明里の傍にスッとすり寄りノートを開く。
「明里さんの苦手な科目はなんです?」
「数学とかの理数系は苦手だな。いっつも赤点レーダーに引っかかる寸前を行き来してるぜ」
「ならその苦手科目を集中的にやりましょう。私はどの科目もそこそこいけますから、手助けできると思います」
「ああ、頼むぜ。一人でやってる時は分からない問題とかは諦めちまうから、そういうトコロを美月が教えてくれると助かるよ」
「ふふ、任せてください」
頼りにされて喜ぶ美月の笑顔は明里のパワーになる。何故だか心が温まってやる気が湧いてくるのだ。
「あたしにも教えてくれよぉ。広奈の教え方はイミフで分からんので」
「失敬な人ですね。それはあなたの教養レベルが低いからですよ」
「へへっ。バカにできるのも今のうちだぞ。幸崎に教えてもらって、次のテストで全教科千点取っちゃうもんね~」
「やはりバカですね・・・・・・」
呆れる広奈の視線を受けても全く動じない乃愛もテキストを開き、真剣な眼差しでペンを持った。
「それでな幸崎、早速教えて欲しいことがあるんだ」
「なんです?」
「テスト範囲はどこからどこまでだ?」
「アナタって人は・・・・・・」
明里は今日一つ分かったことがある。それは乃愛が思ったよりもアホだということだ。
それから数時間に渡って勉強会は続いた。途中で乃愛が寝息を立て始めたが、誰も気にせずそのまま続行されて時間は夕刻を指している。
「うーん・・・腹減った~」
「いや、腹減る要素ありましたか?全然勉強していなかったではないですか」
「人間な、生きていればエネルギーを消費して食物の摂取が必要となるんだ。これ、授業では教えてくれない大切な真理なんだよ」
「酷い成績の人間がテスト前に余裕ぶれる、その心理状態が理解不能です」
恐らく今回のテストでも乃愛は悪夢を見ることになるだろう
「そういや何時まで勉強会の予定なんだ?」
「特に決めてはないよ。でもまあいい区切りかな」
こんなに勉強に励んだのは受験以来で明里もいい加減疲れていた。このような状況で続けても身に付かないし、そろそろお開きにする頃合いだろう。
「それでは私達は帰ることにしましょう。さ、行きますよ三島さん」
「おう。あれ、幸崎は?」
「幸崎さんは稲田さん家にお泊りですよ」
それは言っていないのにどうして分かるんだと美月は驚き、広奈の洞察力に感心した。
「そうなの?じゃああたし達も・・・・・・」
「いいから行きますよ。夕食を奢ってあげますから」
「えっ!?マジで!?」
「その代わり、明日は私の家で勉強してもらいますから」
「なんで!?」
納得いかなそうな乃愛に勉強道具を片付けさせ、広奈は美月に耳打ちをする。
「稲田さんとの二人きりの時間、楽しんでくださいね」
「は、はい」
そのまま広奈は乃愛の手を引いて明里宅を後にし、明里と美月の二人が残された。四人では手狭に感じた明里の部屋だが今は丁度よい広さに感じる。
「アタシ達も晩御飯食わないとな。で、何にする?」
「食材があるなら私がお作りしますよ」
「勉強を教えてもらったうえに料理までさせるのは気が引けるぜ。ここはアタシが何か作るよ」
「なら二人でやりませんか?」
「いいのか?」
「はい。明里さんのお役に立てるのが私の幸せですので!」
お客として招いている相手に家事を手伝わせるのはいかがなモノかと躊躇うが、こうなった美月を止めることはできないし、本人がやると言うのだからいいかと明里は頷く。
二人は台所へと移動し、冷蔵庫に入っていた残り少ない食料でできる料理を作ることにした。これなら買い出しに行っておけばよかったなと思う。
「うふふ・・・」
「そんな楽しいか?」
「こうしてると新婚さんみたいだなって思いまして」
「そ、そうか?」
ロングヘアをポニーテールにし、上機嫌で明里の隣に立つ美月。料理が楽しいのではなく、この時間そのものを楽しんでいるのだ。
「不思議な感性だな・・・痛っ」
余所見をしたのが災いし、包丁の先端で人差し指を少し切ってしまった。浅い傷なので大したことはないが。
「だ、大丈夫ですか!?」
「このくらい平気さ。絆創膏でも貼っておけば・・・・・・」
と言っている時のことであった。美月は明里の手を自らに引き寄せ、血が滲む人差し指を口に咥えたのだ。
「み、美月!?」
「あっ、すみません!でもほら、唾液には殺菌作用があると言いますしそれで・・・・・・」
恐らくは明里が怪我をしたことで焦り、咄嗟にした行動なのだろう。美月は冷静になったのかハッとして取り繕うが、ドン引きされてしまったのではないかと後悔するも時既に遅しだ。
「ふふっ」
「明里さん?」
小さく笑う明里。どうやらあたふたする美月が面白いようだ。
「美月は面白いよ。それに優しい」
「そ、そうですかね?」
「アタシのこと大切に想ってくれてるんだなってのが伝わるよ。ナイトメアレヴナントの戦いでもアタシが負傷した時に一番心配してくれるしさ。そういうの、ありがたいなって」
これまで出会った人の中でも美月が一番寄り添ってくれている人物で、それを明里は心からありがたいことだと感じる。
「なんていうかさ・・・これからもよろしくな」
「明里さん・・・それは勿論ですよ。むしろ、こちらから言いたいくらいです」
本当に新婚のような空気が流れる。
今はただ、ひたすらに平和であった。
-続く-
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