第13話 死の火線

「よし、今宵のターゲットはコイツにしよう」


 月の無い夜、ヨールはイズルや配下のナイトメアレヴナントを率い、睡眠中の無防備な人間を囲って結界を展開した。そしてその人間の魂を結界に封じ込め、後は存分に嬲り喰らうのだ。


「簡単には死なすなよ。ちょっとづつ吸い出すように取り込むんだ」


 一気に魂を喰らうことも可能だが、それでは回収できるエネルギー量が少ない。魂は損耗すると徐々に自然回復するのでその回復を利用して少しづつ齧り、より多くのエネルギーを回収するのがナイトメアレヴナントのやり方である。大抵の人間は襲われた際に気を失ってしまうのだが、稀に意識を保ったままの者もおり、そうした人間がユメクイのおかげで生還できた際に悪夢を見たと錯覚するのだ。


「人間を襲ってるのを知ったらユメクイどもがやってくるだろうな?」


「そうでしょうね。探知されないことを祈るしかありませんが、もし我々の存在がバレれば攻撃されるでしょう」


 ユメクイの探知力も万能というわけではなく、全ての結界を探知できるわけではない。なので見過ごされることもあって、そういう時は絶好の食事タイムとなるのである。


「探知されればその時は仕留めてやればいい。逆に戦うのが楽しみだ」


「そういう強気な態度は結構ですが、それが命取りにならなければいいですけどね」


「お前だって以前は割と強気だっただろうに」


「ここのエリアにいるユメクイは手強いですからね。簡単には勝てないと分かったからこそ慎重にならざるを得ないのです」


 イズルは美月達と交戦した時に負傷したことを思い出す。ソルシエールである彼女は戦い自体は得意なのだが結果的に敗北してしまった。挙句の果てにオルトロスというイズルが独自に改修したビーストタイプをも撃破されてしまって戦力を減らされてしまったのだ。


「ビビッていては勝てん。勝つのが当たり前と思わないとな」


「そう言っていますが、アナタは自分の担当エリアのユメクイを駆除しきれていないではないですか。そんな強気なのならさっさと制圧してはいかがですか?」


「そのうちにな」


 ヨールは肩をすくめてターゲットに人間の内部へと侵入していく。いよいよ狩りの時間が始まるのだ。






「ん?結界の気配がするな」


「敵のお出ましですね」


「この前のような強敵がいるかもしれん。気を付けろよ」


「はい。ですが月飛お姉様が一緒ですし、皆さんもいますから心配はしていません」


 合同パトロールの最中ということもあって明里だけでなく乃愛や広奈達も一緒で計五人のユメクイがここにいる。これだけの戦力があれば大抵のナイトメアレヴナントは倒せるだろう。


「久しぶりに月飛さんの戦いを見られるっていうんで楽しみですよ」


「フッ、三島君の成長具合も見せてもらおう」


 乃愛は昔から月飛と知り合いのようで、久方ぶりに共闘できることを喜んでいるらしい。


「いわば月飛さんは三島さんの師匠にあたる人なんです。なのでテンション高めなんです」


「なるホド。戸坂も月飛さんに教わったの?」


「基本的な動きを少しだけ。私の霊器は特殊なので独学で戦闘スタイルを築き上げたんですよ」


 広奈の霊器は巨大な盾で防御を基本として運用している。そのため剣や刀などの一般的な武具のような戦闘は行えない。




「よし、突入するぞ」


 一軒家の中、一人の成人女性が苦しそうに寝ており、この女性の内部にナイトメアレヴナントの結界を感じ取った。

 ユメクイ達はその結界への侵入を果たすとすぐに敵と遭遇、それぞれ霊器を装備して対峙する。


「あのソルシエールは!」


「知っているのですか、月飛お姉様」


 イービルゴーストやモルトスクレットの背後に立つのは二人のソルシエールで、美月は赤色の仮面を付けている者を見て反応したようだ。


「アレは私の住んでいる地区で見かけたソルシエールだ。まさかヤツまでこっちに来ているとは」


 美月は隣県にて一人暮らしをしながらナイトメアレヴナントと戦っている。赤の仮面を付けたソルシエールのヨールはそこで目撃されたらしく、地元で遭遇したことで少し驚いたのだ。


「気を付けろ、あの赤いのは遠距離攻撃を得意としている」


「遠距離攻撃、ですか」


「言うならば魔弾と呼称されるものかな。ともかく被弾したら痛いぞ」


 月飛の助言に頷き、美月は立ち向かってきたイービルゴーストを切断した。ソルシエールを警戒するのは当然だが他のナイトメアレヴナントにも気を配らなければならない。


「来たな、ユメクイめ」


 ヨールは倒すべき人間共が現れたことで闘志を漲らせ、両手を開いて突き出す。


「消し飛べ!!」


 両手の掌に光が集中、エネルギーが凝縮されて放たれた。砲弾にも似た光の弾が勢いよく飛翔し、明里達に襲い掛かる。


「危ねぇな!!」


 明里はサイドステップで回避、広奈はタナカさんことタクティクス・ナイトレイド・カーマインで防御した。盾の中心部に直撃して大きな爆煙が巻き上がるが、広奈も霊器も無傷であり明里は改めてその防御力に感心する。


「この敵には私のタナカさんが有効かもしれません。魔弾を防ぎつつ接近できれば」


「そうかもな。なら、アタシ達は周囲のナイトメアレヴナントを始末するとしますか!」


 霊器の取り回しの問題から広奈は対多数の戦闘は不得意で、囲まれたら低級のイービルゴースト相手でも苦戦してしまう。彼女が真価を発揮するのは強敵との一対一でのいわゆるボス戦で、その特性を活かすためには仲間の協力が不可欠なのだ。


「斬り込み役なら任せろ!」


 乃愛は身の丈ほどもある斧を担いで吶喊していく。師匠である月飛にいいところを見せたいという気合が込められているので、いつも以上のスピードで敵に肉薄した。


「消えちまえよ!」


 斧の一振りで三体のイービルゴーストが消滅する。その強烈な一撃は防ぐなど難しく、イービルゴーストレベルであれば直撃すればほぼ即死となる。


「やるようになったな」


「へへっ、こんなモンじゃあないっすよ」


 このままなら順調に敵の数を減らして勝利も見えただろうが、ここには二体のソルシエールがいるので簡単にはいかない。ヨールの魔弾による砲撃は続いていているし、イズルも急速に接近して襲い掛かってきた。


「こうも邪魔されて本当に腹が立ちますね!」


「この前のソルシエール!」


 イズルと美月が切り結び、激しい火花が飛び散る。以前の戦闘では紙一重のところで美月が勝ったが今回も同じように優位に立てるとは限らない。戦いとはその時の状況などによって大きく左右されるものだ。


「下僕達よ!」


 周囲のナイトメアレヴナントがイズルの声に反応して援護に駆け付け、美月に対して狂気に憑りつかれたように組みつこうとした。


「マズいですね・・・・・・」


 掴みかかってきたイービルゴーストを撃破したが、モルトスクレットの振るう刃が掠めて腕を負傷してしまった。軽い傷ではあるとはいえ、こういうダメージが蓄積されればいずれ命取りになる。

 しかし仲間がいるのはイズルだけではない。美月のピンチを視界に捉えた明里がすかさず援護に割って入った。


「すみません、明里さん」


「気にすんな。それよりアイツを倒しちまおうぜ」


「はい!」


 明里の大剣がモルトスクレットを粉砕し、後方に控えたイズルへと突撃をかける。


「アンタはここで倒す!」


「人間ごときが図に乗っちゃってねぇ!」


 苛立つイズルはブレードで大剣をいなして反撃を行い、明里の左肩を裂いた。生命エネルギーの青白い閃光が飛びり苦悶の表情を浮かべる。


「このくらいでっ!」


 利き腕ではないので戦闘自体は継続できるが消耗は免れられない。追撃のブレードをバックステップで回避しつつ打つ手を必死に考える明里であった。




 明里と美月がイズルと交戦している中、乃愛、広奈、月飛はヨールを目指して侵攻を続けていた。魔弾を避けながらナイトメアレヴナントを倒すというのは至難の業で月飛ですら余裕のない戦いぶりである。


「広奈!」


「お任せを」


 残光を描きながら飛翔してきた魔弾を広奈がタナカさんで防ぎ、その盾の影から飛び出した乃愛が複数体のナイトメアレヴナントを切り倒す。


「このまま行きましょう」


「ああ。着実に距離は縮められているぜ」


 後少しでヨールの元まで辿り着ける。月飛に他のナイトメアレヴナントを任せ、広奈と乃愛が一気に駆けだす。


「今度こそ消し飛べよ!」


 広奈に自慢の魔弾を防がれて不愉快さを隠せないヨールは掌にエネルギーを集中させて高出力の魔弾を照射するように撃ち出した。地面をも抉りながら飛ぶ魔弾は味方であるはずのナイトメアレヴナントを巻き込みつつ広奈に迫る。


「防ぐ!」


 魔弾のスピードは速く、回避もままならないと判断した広奈はタナカさんを構えて迎えうつ。


「なんて火力!」


 これまでの魔弾とは比較にならないほどの威力でズサッと足がすべる。このままではパワー負けしてしまうだろう。


「三島さん!?」


「へへっ、ここにはあたしもいるんだぜ」


 乃愛の隣に滑り込んできたのは乃愛だ。そして広奈と同じようにタナカさんのグリップを握り魔弾を防ぐべく全力を尽くす。

 本来ならこの隙にヨールに接近して襲い掛かるべきだったのかもしれないが、その間に広奈が押し負けて魔弾によって消し炭にされてしまうだろう。敵を撃滅することも大切だが、乃愛には広奈を見捨てるなどという選択肢などない。


「あたしの馬鹿力の見せどころだな!」


 乃愛が加わったことで魔弾の照射にも充分に耐えることができた。まだ攻撃は続いているが押し負けはしないだろう。

 それに、乃愛には勝算があった。


「これ以上はさせんよ!」


 ナイトメアレヴナントを振り切った月飛がヨールへと一瞬にして肉薄、薙刀を大振りに振りかぶってヨールの頭上から迫る。


「ええい!後少しなのに!」


 魔弾の照射を中断し、ヨールはその場から引き下がって薙刀の刃から逃れた。


「これで勝ったと思うな!」


 得意な遠距離戦から近接戦に持ち込まれたヨールだがそれで弱気にはならない。コンバットナイフを取り出して両手に装備し、地面を蹴って月飛に斬りかかった。


「素早さはこちらとて!」


 コンバットナイフは他の武器に比べて威力が高いわけではないが機動力に優れている。レンジは短いが小回りが利くし、懐にさえ潜り込めれば対処困難だろう。


「厄介な敵だ・・・・・・」


 月飛も機動性能は高いが、それに匹敵するスピードを発揮するヨール。二人はもつれ合うように技の応酬を行い、互いに傷を負う。


「ケリを付けてやる!」


 乃愛と広奈も戦列に加わり、三対一とユメクイが圧倒的に優位となる。イービルゴーストなどのナイトメアレヴナントもまだ残存しているものの、それらが援護に駆け付ける前にヨールが討たれてしまうだろう。


「バカな・・・!」


 乃愛に足を斬り落とされ、動きの鈍ったヨールは悪あがきとばかりに魔弾を撃つ。だが広奈によって防がれて月飛の接近を許してしまった。


「成敗!」


 薙刀が突き出され、ヨールの腹部を突き刺す。


「まさか・・・・・・」


 刺された勢いで後方に倒れたヨールは信じられないという様子で空を仰ぐ。イービルゴーストやモルトスクレットがようやく辿り着いたが一歩遅かった。

 しかしヨールの闘志は消えてはいない。月飛達が背後から襲い掛かってきたナイトメアレヴナント達に対処する中で、ある策を思いついていた。


         -続く-






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