第12話 暗躍のナイトメアレヴナント
陽の光が届かない暗黒の世界。そこでは邪気を纏う人ならざる存在ナイトメアレヴナントが蠢いており、まるでB級ホラー映画のような様相だ。
「帰ってきたのか、イズル」
ソルシエールと呼ばれる上級ナイトメアレヴナントのイズルは帰還早々ゲンナリとして踵を返そうとしたが、声をかけてきた者に肩を掴まれて退路を断たれてしまった。
「つれないじゃないか。久しぶりの再会を喜んだらどうだ?」
「別に喜ばしいことではないので・・・てか何しに来たのですか、ヨール」
「そりゃあ我らが主のクイーンへの報告だよ。戦いは新たな局面に突入しようとしているのだから」
ヨールと呼ばれた者もソルシエールの一人で、言うならばイズルの同僚である。イズルとは異なる赤色の奇妙な仮面を付けており、逆立った髪の毛が特徴的だ。
「それよりもお前は相変わらず失態を犯しているようだな」
「試行錯誤の途中なんですよ。それにエネルギーだって慢性的に足りていないのですから苦戦もするでしょう?」
「それは言い訳だ。そもそも人間共からエネルギーを回収できていないのは怠慢が招いた結果だと思うけどな?」
「こっちの現場事情も知らないからそう言えるんですよ」
イズルが担当する地区はユメクイの数も少なく狩場としては良ポイントであったが、最近になって新しいユメクイが参戦し、これまでよりも狩りがしにくくなってしまったのだ。更に虎の子のビーストタイプをも撃破されて手持ちの戦力が心もとない。
そんな会話をしているうちに二人は主であるクイーンの元へと辿り着いた。
「おひさしゅうございます」
「挨拶はいいから手土産だけよこせ」
「どうぞお納めください」
ヨールはキューブ状の物体を差し出し、クイーンが触手を伸ばして回収する。
イズル達の首領であるクイーンはイービルゴーストタイプが巨大化した姿をしていてクイーン・イービルゴーストというのが正式名称だ。明里達が戦ったイービルゴースト融合体よりも大きく、歪んだ顔はおぞましいの一言に尽きる。
「これではまるで足りないな。貴様達はいったい何をしていたのだ?」
キューブには人間の魂を喰らって回収したエネルギーが封じ込められており、それを頬まで裂けた口の中に放り込んで咀嚼しながらクイーンは叱責する。
「申し訳ありません。ですがイズルよりは集めたのですよ」
「あれだけ私に指摘しておきながらアナタも全然ダメダメではないですか。なにが”怠慢が招いた結果だ”ですか」
「こうして献上できるエネルギーを持ってきただけ私の方が上なのだからそういう文句は受け付けない」
「大した差はないでしょうが」
と主の前で言い争う二人。それに苛立ったクイーンは低い唸り声をあげる。
「貴様達のつまらん争いなど外でやれ。我は空腹で機嫌が悪いのだ」
「じゃあアナタが外でエネルギーを集めてくればいいではないですか。こっちも少ないリソースの中でやってるんですよ」
「は?我はリーダーぞ?なんでリーダーの我が現場に出なければならんのだ」
「働かないクセに食事を持ってこいなんていう道理は通じませんよ。てかリーダーなら部下の模範となるように行動で示してくださいよ」
イズルも苛立っていてクイーンにくってかかった。クイーン・イービルゴーストは確かにイズル達の主であるのだが最近では威厳も損なわれてしばしば反抗的な態度を取られている。
「それができればやっとるわ。もっとエネルギーを蓄えたら本気を出すから、早く人間共の魂を喰らってこい」
「うーんこのダメナイトメアレヴナント・・・・・・」
「それに新しい作戦を実行するためにももっとエネルギーが必要だと以前説明しただろうが」
「はいはい分かりましたよ。ですがこっちのペースでやらせてもらいます」
これ以上言っても無駄だとイズルはクイーンの元から歩き去る。
「なあイズル。組んでやってみるか?」
「はあ?アナタは自分の区画に帰ったらどうです?」
「あそこは私がいなくても他のヤツに任せて問題ない。それよりも目標を達成するためには組んでユメクイ達をさっさと駆除したほうがよくないか?」
「まあ確かに・・・・・・」
このままジリ貧になっていくよりはヨールの提案を受け入れてユメクイを倒すほうがいいだろう。その後でゆっくりエネルギーを回収すればいい。
「仕方ありませんね」
「ではまた後でな」
ヨールを見送りつつ、イズルは自分の不甲斐なさと不快なユメクイ達への怒りで拳を握りしめていた。
そんなナイトメアレヴナントの暗躍など知らない明里達は体育祭当日を迎えていた。授業が終日無いという点では歓迎だが、特段乗り気ではない明里はあくびをしながら出番を待っている。
「そろそろ私達の出番ですね。準備はオーケーですか?」
「ああ、いつでも。適当に終わらせようぜ」
「いけませんよ、明里さん。目指すは優勝です」
「ええ・・・ヤル気満々だな・・・・・・」
この体育祭ではいくつかの競技が設定され、クラス内でメンバーを振り分けて出場することになっている。明里が出場するのはドッジボールで、激しい試合が予想されるバスケットボールや騎馬戦といった競技を避けての選択であった。
「そうだぞ明里。我々は全力をもってして取り組むと生徒代表が宣誓していたじゃん」
「おいおい千冬。アタシ側の人間だろうが」
普段マジメではないくせに千冬は美月の隣でエラそうに腕を組んでいる。
「まあ美月がそー言うなら頑張るよ」
「あ、明里さん・・・もう!!」
顔を真っ赤にした美月が明里の背を叩く。何をそんなに照れているのか明里にはよく分からなかったが、ともかくできるだけやってみるかという気持ちになる。
「さて行くか。で、最初の相手はどのクラスだ?」
「それが二年四組なんですよ」
「四組・・・ってコトは三島や戸坂のクラスか」
まさか初戦で知り合いのいるクラスと当たることになるとは思わなかった。が、彼女達がドッジボールに出場しているとは限らないので特に気にせず競技場に向かったのだが・・・・・・
「二人もドッジボールを選んでいたのかよ」
「凄い偶然だな」
なんと乃愛と広奈もドッジボールに出場するようで試合前の整列で対面する。聞いたところによると、広奈は現実世界での運動神経が悪くガチ勢のいないこの種目を選び、乃愛もそれに付き合って決めたらしい。
「いくら稲田と幸崎が相手でも手加減はしないぜ」
「意外と三島も気合が入ってんのな」
「まあな。ここでお前達を討ち倒し、あたしこそが最強のユメクイだと証明してやるのさ」
「いや、ここで勝ってもナンの証明にもならないぞ・・・・・・」
妙に意気込む乃愛に呆れつつ、自分のコートへと下がった。
「絶対に勝ちましょうね。ユメクイが相手なら尚更頑張らないと」
「まあ確かに三島に負けるのはなんか癪だな・・・・・・」
この試合に勝ったら乃愛はその事でマウントを取ってくるのは想像に難くない。それはイヤなので負けたくないと思う。
「ソッコーで勝負を決めてやる!」
審判のホイッスルが鳴り響き、試合が始まった。最初にボールを確保した乃愛の攻撃が始まり、明確に明里を狙う一球であったが予期していたために回避に成功する。
「やるじゃんよ」
「この程度じゃあ当たらないぜ」
人数は一チーム八人で、先にコート内野のメンバーが全滅したら負けというシンプルなルールだ。外野に二人を配置してのスタートなので内野は六人で、コートが割と大きいことから密集することもなく回避自体はしやすい。
「けどいつまでも避けられると思うなよ!」
外野からのパスを受けた乃愛が再び明里を狙ってボールを投げた。
「見え透いている!」
そのボールを懐でキャッチし反撃に移る。やられたらやり返すの精神で乃愛を狙うが、簡単に受け止められてしまった。
「へへっ。なまっちょろい球だ」
余裕の表情を浮かべる乃愛。
そんな攻防が続いて一進一退のまま五分が経過し、内野として生き残っているのは三組側は明里と美月で、四組側は乃愛と他生徒二人だ。ちなみに広奈や千冬は早々に外野送りにされている。
「明里さん、五分が経過しましたからここから特別ルールですよ」
「ソンなのあったな」
五分で試合が終わらなかった場合、ボールが追加されて二つとなるルールが定められていた。膠着した試合を終わらせるための策なのだろう。
「くっ!」
敵チームからの強烈な一球が迫り、なんとか避けることができた明里であったがもう一球にも狙われていた。いわゆる十字砲火状態で、もはや明里に回避できるだけの余裕は無い。
「明里さん!!」
「!?」
そんな明里を庇って飛び出したのは美月だ。ボールと明里の間に割って入り体を張って明里を守る。
「うっ・・・・・・」
腹部に直撃してその場に倒れる美月。
「美月!!」
「余所見をしている場合じゃねぇ!」
「なにっ!」
美月に視線を向けた隙は致命的であった。最初に回避した方のボールは乃愛の手に渡っており、正確無比な狙いで飛んできていたのだ。
「しまった・・・・・・」
足元に当たって明里もまた地面に倒れこむ。
「ゴメン・・・美月・・・しくじっちまった・・・・・・」
「いえ・・・いいんですよ・・・」
隣り合いに地面に転がった美月と明里はまるで戦場で死にかけているような悲壮感を醸し出していた。
「負けてしまいましたが、2人で最期を迎えられることは幸せです・・・・・・」
「ああ・・・せめて一緒に逝こう・・・・・・」
もはや2人だけの世界に入り浸っており、周りのことなど見えてはいないらしい。
「なにやってんだ、アイツら・・・・・・」
「いいではないですか。幸崎さんも稲田さんも仲良しこよしで」
何故だか広奈は全てを理解してますよという風に美月達を眺めているが、乃愛は意味が分からないと首を傾げている。
こうして試合は終了し、第一戦目にして明里達は敗退となった。
「へっへっへ~。今日は気分がいい」
「くそっ・・・・・・」
その日の夜、合同でパトロールする明里達であったが、上機嫌な乃愛に対して明里は苦虫を噛んだように眉を下げている。なぜなら予想していた通りに乃愛が試合結果でマウントを取ってきたからだ。
「稲田は敗北者なんだぜ。勝者の言うことは何でも聞いてもらわないとなぁ?」
「くっ・・・・・・」
「さてさて、どんなことを命令してやろうかな」
「例えどんな辱めを受けても心までは屈しないからな!」
「何を想像してんの・・・?」
戸惑う乃愛は索敵に戻り、明里は美月の隣へと移動する。
「今日はホントゴメンな。役に立てなかった」
「いえ、優勝だなんて言っていた私こそ活躍できませんでした」
「でも守ってくれたろ?」
「前に明里さんに守っていただきましたし、私だって同じようにしたかったのです。悪霊達との戦闘ではありませんでしたが・・・・・・」
「嬉しかったよ。けどアタシのために無茶はしないでな」
怪我が無かったから良かったが、当たり所が悪かったり、転び方が悪ければ怪我をしていたかもしれなかったのだ。
「明里さんのピンチを見過ごすわけにはいきません」
「気持ちはありがたく受け取っておくよ。けどさ、アタシは自分が傷を受ける分には構わないけど美月が酷い目に遭う姿は見たくないんだ」
前回の戦闘で美月が攻撃を受けた姿にかなり焦ったものだ。だからこそ後先考えず守ろうとしたし、その結果死にかけたが後悔など微塵もなかった。
「それは私だって!もう明里さんが傷つく光景など見たくないのです!」
目の前で明里が触手に串刺しにされ、意識を失ったシーンは美月の記憶にしっかりと刻まれていた。思い出すだけで動悸がするし、二度とそんなものは見たくない。
「ならさ、そうならないように気を付けながら戦おうぜ」
戦場に出る以上は気を付けたところで生きて帰れる保証などないし、ましてや負傷もせずに勝つなど困難だ。しかし美月を無用な危険に晒さないためにも、まずは自分の身をしっかり守れるユメクイにならなけらばと決意する明里であった。
-続く-
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