第11話 ユメクイ特攻

 大型イービルゴーストの攻撃は苛烈で戦闘経験が豊富な美月や月飛ですら苦戦を免れられない。そんな中で明里は回避を優先しながら反撃のチャンスを窺うも、隙を見つけられずフラストレーションと恐怖を感じていた。


「チィ・・・!」


 太い触手の先端は刃のように鋭くなっていて、それが掠めて明里の脇腹を裂く。大したダメージではないが精神的に怯んで動きが鈍ってしまう。


「こなくそォ!!」


 それでも気力を奮い立たせて大剣のグリップを強く握り、迫る触手の一本を斬りおとした。が、大型イービルゴーストの背中がバクンと開いてそこからも複数の触手を生やし、左手のものと合わせてユメクイを攻撃しはじめる。これでは近づくのは困難で有効な戦闘距離には届かない。


「どうする、美月?」


「被弾覚悟で突っ込むしかないかもしれません。遠距離から攻撃する手段でもあればいいのですが、残念なことにその手を我々は持ち合わせていないので・・・・・・」


「特攻だな、それは」


 しかしそれ以外の戦法も思いつかなかった。それこそ広奈とタナカさんなら防御しつつ接近できたかもしれないがここに彼女はいない。


「あるいは大技か・・・・・・」


 夢幻斬りなら遠くからでも届くだろう。しかし霊器に生命エネルギーをチャージするために時間がかかるし、何より技を撃つためには足を止める必要がある。そんな隙を晒せばすぐさま触手によって体中を貫通されてしまうのは想像に難くない。


「三方向から一気に接近するしかないな!そうすれば触手を散開させて一人当たりの負担も減る」


「分かりました、月飛お姉様。タイミングは合わせます!」


 月飛の呼びかけで美月と明里が距離を取り、三人で大型イービルゴーストを囲うようにポジショニングする。後は月飛の号令で吶喊するのみだ。


「よし、行くぞ!!」


 飛び出した月飛に呼応するように明里達も駆け出した。当然、触手の迎撃が迫るが懸命に回避して大型イービルゴーストを目指す。

 そうしてもう間もなく肉薄できるという間合いまで近づいたが、より抵抗が激しくなって明里は胸や肩を負傷する。青白い光が傷口から噴き出し、生命エネルギーが徐々に削られていくのを感じ取るが前へと進んで行く。


「いけるか!?」


 先に大型イービルゴーストに辿り着いた月飛が薙刀を振るい、その化物の右腕が変化した剣と切り結ぶ。火花のような光が周囲に飛び、激しい鍔迫り合いを繰り広げている。


「やってやる!!」


 そのチャンスを見逃さなかった明里は大剣で大型イービルゴーストの左腕を切断した。月飛の攻撃に集中していたために明里への注意が散漫になっていたからこそ出来たことだ。


「なにっ!?」


 苦痛の咆哮を上げた大型イービルゴーストの体表が発光して今度は口からも触手の群れを解き放ち、見るもおぞましい光景に明里は生理的嫌悪感で眉をひそめる。


「まだまだ触手の在庫はありますってか・・・・・・」


 右腕の剣はまだしも背中と口から伸びる触手を突破しなければ敵を倒せない。もう一度突撃を敢行しようとした明里だったが、


「あうっ・・・!」


 美月の苦悶に満ちた声でハッとして振り向く。


「美月!!」


 見ると美月の左足が触手の先端にある刃で斬られ、膝から下が無くなっていた。致命傷ではないがそれでは機動力がガタ落ちとなって回避もままならない。


「私は大丈夫ですから・・・・・・」


「んなワケないだろ!今、行く!!」


 美月のピンチを放っておくことなどできず、明里は彼女の元へと急ぐ。その間にも美月を触手が襲い、刀で応戦するも傷を増やしていった。


「させるかよ!」


 二本の触手が勢いよく美月に迫るが、大剣を振りかざした明里が割って入ってその一本を破壊する。しかし重量のある大剣で斬り返す前に残りの一本が美月へと到達してしまうだろう。そう悟った明里は美月の前に立って自らの体を盾とした。


「明里さん!?」


「へっ、この程度なんてこたぁねぇ・・・・・・」


 明里の腹部を触手が穿ち貫いていた。その触手を明里は左手で掴み、背後にいる美月まで届かないよう必死に押さえているが限界がある。


「くっ・・・!!」


 他の触手にまで襲われれば一巻の終わりだ。力を振り絞った明里は右手に装備する大剣で自分を貫いている触手を切断し無力化した。


「私のせいで、こんな・・・!」


「美月のせいじゃないぜ・・・」


 膝をついた明里の視界が揺らぐ。抉られた腹部からは生命エネルギーが垂れ流されており、もう一撃でもくらえば確実に死ぬ。


「キミはそこまでして美月を・・・私も覚悟を見せなければなるまいな!!」


 明里の勇士を視界の端に捉えていた月飛は叫び、捨て身の覚悟で敵へと突っ込んでいく。大切な妹を文字通り命懸けで救ってくれた明里の勇気に触発されたのだ。


「この化け物めがっ!!」


 あまりの気迫に大型イービルゴーストの意識が向けれられ、一直線に突っ込んでくる月飛に残る全触手を向ける。それをギリギリでいなし、薙刀で大型イービルゴーストの胴を突き刺す。


「ダメかっ!?」


 通常のイービルゴーストならこれで絶命するだろうが、大型の融合体は耐久度も増しているようでまだ生きている。

 仕留めきれなかったことで苦虫を噛んだように険しい表情をする月飛。ゼロ距離まで近づいたことで敵の攻撃を避けることも難しく、口から生える触手と右腕の剣が月飛を狙った。


「させねぇって言った!!」


 傷は全然回復していないが明里は再び立ち上がり、全ての力を使って大剣を大型イービルゴーストに投げつけた。弧を描くようにして飛んだ大剣はグサッと大型イービルゴーストの背中に突き刺さり、仰け反るようにしてよろける。


「成敗っ!!」


 これが最後のチャンスとばかりに月飛は薙刀を大型イービルゴーストの頭部に叩きつける。その強烈な一撃で頭部は真っ二つになり、更に月飛の連続攻撃で大型イービルゴーストは細切れにされてついに消滅した。


「明里さん!!」


「アタシは平気だ・・・それよりも美月こそ大丈夫なのか・・・?」


「私は大丈夫ですが、明里さんのダメージが・・・・・・」


 明里の腹部の傷は徐々に修復されつつあるが、それでも重症であることには違いない。


「ドジっちまったぜ・・・・・・」


 大型イービルゴーストの消滅と美月の無事を確認して安堵した明里は緊張の糸が切れ、深い暗闇の中へと意識が沈んでいった。





「ん・・・ここは?」


 次に明里が目を覚ましたのは見慣れた場所だった。ここは間違いなく自室であり、霊体から肉体へと戻っているようだ。


「怪我は・・・無いか」


 服をめくって腹をさするが傷もなくいつも通りの肌のままだ。ユメクイの霊体状態での被害は本来の肉体に反映されることはないが、それでも貫かれた感触は忘れられるものではなく、あの痛みと不快感は未だに下腹部に残っているように思えた。


「しかしどうやって・・・?」


 結界の中で意識を失ったことは憶えているが、その後どうやって帰って来たのかは分からない。恐らくは美月達が運んでくれたのだろう。

 上体を起こした明里は近くに置いてあったスマートフォンを操作し、美月へと電話をかけた。時刻は深夜帯となっており、こんな時間に電話をかけるのは普通なら非常識と言える。


「明里さん!!無事なのですね!?」


 ワンコールが終わる前に繋がり、挨拶もする前に美月の大きな声がスピーカーから発せられた。明里は少し耳からスマートフォンを離し、無事だと伝える。


「良かったです・・・本当に・・・・・・」


「美月、もしかして泣いているのか?」


「す、すみません・・・あなたが無事だったことが嬉しくて・・・・・・」


「そんなに心配してくれていたのか。ありがとな」


「いえ、感謝をするのは私のほうです。体を張って守っていただいたのですから」


 もし明里が庇ってくれなかったら美月は死んでいたかもしれない。その不甲斐なさも美月の涙の理由となっていた。


「最初にアタシをナイトメアレヴナントから守ってくれたのは美月じゃん。だからさ、これくらい恩返しの一環だから礼なんていいのさ」


「でもあの時も結局は明里さんに救われましたし・・・・・・」


「アレはたまたまさ。アタシはマジで美月に感謝してるし、だから美月は何も気にしなくていいんだぜ」


「優しすぎますよ、本当に・・・・・・」


 自分が優しい人間だという自覚は無いが、美月がそう思ってくれるのは嬉しいことだ。


「そういやさ、アタシを家まで運んでくれたのは美月か?」


「はい。気を失った明里さんを肉体に戻したのです。肉体に戻ればダメージを受けた魂は回復も早まりますので」


「そうなのか。ならもうアタシは戦線復帰できるのか?」


「それは可能だと思いますが今日はもう休んでください。月飛お姉様がパトロールを継続してくれていますし、戸坂さん達もいますから任せましょう」


 いくらダメージを回復できても疲労感は無くなっていない。このまま戦っても満足に動けないだろうし、ここは美月の言う通りに休むのが得策である。


「あの、明日なんですけれど・・・」


「ん?」


「明里さんのお家にお邪魔してもいいでしょうか?」


「ああ、かまわないぜ。どうせアタシ一人しか家にいないしな」


「良かったです。では午前中にはお伺いしますね」


 ようやく明るい声になった美月。そんな彼女の来訪を楽しみにしながら明里は眠りに就いた。





「お邪魔しますね」


 これで美月を自宅へと招き入れるのは二回目だ。相変わらず家族は留守で明里だけが彼女を出迎える。


「体のお加減の方はいかがです?」


「なんともないよ。昨日寝る前は倦怠感みたいなのがあったけどもうピンピンさ」


「それは良かったです。それと昨日は本当にありがとうございました」


 ペコリと美月は頭を下げ、明里は照れくさそうにはにかんだ。


「気にすんな。美月のほうこそダメージを受けてたわけだし大丈夫か?」


「はい。私はなんとも」


 足を切断されれば普通に考えて重症だが、ユメクイの基準で言えばまだ軽傷の部類に入る。機動力を削がれたとはいえ生命エネルギーの消耗はさほど大きいものではない。


「恩返しも兼ねまして、今日は明里さん専属のメイドとして仕えさせていただきますね」


「メイド!?」


「どうやら明里さんはお一人で過ごすことが多いようですから、私が家事をしたり食事を作って差し上げようと思いまして」


 美月がにこやかに取り出したのはメイド服に相違ない。どこからそんな物を持ってきたのかは知らないが、さすがに友達をメイドとしてこき使うのには抵抗があった。


「そこまでしなくても・・・・・・」


「いえいえ。是非やらせてください。それに、明里さんがご希望なら・・・お望み通りのご奉仕もさせていただきます」


「すげぇいかがわしいな・・・・・・」


 怪しい接待店の裏オプションのような言い方をする美月。どうやら本気なようで引き下がるつもりはないようだ。


「それじゃあ・・・まあ頼むよ」


「お任せください!!」


 心底嬉しそうな美月を見て、これも悪くないかなとつられて笑顔になる明里であった。


   -続く-













  


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