第10話 美月の姉
「あちーな・・・今年の夏も猛暑だなこりゃあ・・・・・・」
明里は自宅の玄関近くにある花壇にジョウロを向けて水を振り撒いていた。額から流れる汗を拭いながら空を見上げると、雲一つない綺麗な青色が視界を埋め尽くす。
土曜の昼間、平和な時間はゆっくりと流れ、夜までは何事もないと思っていたのだが、
「失礼、少しいいかな?」
「なんです?」
背後からいきなり声をかけられてビクッとしながら振り返る。そこにはタンクトップ姿の美女が立っていた。黒髪を束ねてポニーテールにし、爽やかな笑顔を張り付けながら近づいてくる。
「キミが稲田明里君で間違いないかな?」
「はあ、そうですケド・・・・・・」
「ふむ。美月から聞いていた通り、なかなかに可愛いお嬢さんだ」
「美月から・・・?」
この場でいう美月とは幸崎美月で間違いないだろう。
「あの、アナタはどういう?」
「ああ、すまない。私は幸崎月飛(こうさき つきひ)。美月の姉だ」
「美月のお姉さん!?」
言われてみれば顔立ちが似ている気がする。月飛と名乗った目の前の女性のほうが精悍だが、目元や口元の雰囲気は一緒だ。
「そういえば前に姉がいると言っていたな」
初めて乃愛達と合同パトロールした日、待ち合わせ中に姉がいるという話をされたのを思い出した。美月が言うには月飛は戦闘狂らしい。
「美月は一緒じゃないんです?」
「今から実家に行くところでな、その道中だったので寄ったのだ」
「えっ、美月が一緒じゃないのにどうしてアタシの家の場所を?」
「ああ、それは探偵にキミの家の場所を探らせたんだ」
「・・・は?」
探偵に探らせたという不穏なワードを耳にして明里は眉をひそめた。妹の友人の家をそんな風に突き止める姉など普通ではない。
「美月があまりにキミのことを気に入っているようなのでな、そんな相手を把握しておくのは姉の務めだろう?」
「いや、どうでしょうかね・・・・・・」
多分この人はオカシイ人なんだなと明里は警戒心を持つ。
「稲田明里は生涯のパートナーになるかもしれない女性だとも言っていたな。あのコにそれだけ気に入られるなんて羨ま・・・コホン、気になってな」
「そんなコト言っていたのか」
「とにかく、キミは悪い人間には見えないからその点は合格だ」
「合格?」
「だがユメクイなら大切なのは強さだ。弱い者に美月を任せるわけにはいかない」
キリッと目つきを尖らせる月飛からプレッシャーのようなものを感じた。いわゆる強者特有のプレッシャーであり、霊体ではない生身の状態でもそう感じさせるのだから彼女は只者ではない。
「というワケで、今夜の巡回には私も同行させてもらう」
「わ、わかりました」
そう言って去って行った月飛の後ろ姿を見送り、明里はヘンな人に目を付けられたなと頭を掻いていた。
夜、美月からの連絡で指定された待ち合わせ場所に向かう明里。いつもなら美月と二人でパトロールするのだが今日は違う。
「お待たせしました」
待ち合わせ場所には月飛もおり、本当にパトロールに同行するらしい。彼女は美月の纏う霊装束にそっくりな巫女服を着ていて、そういう部分でも姉妹は似るようだ。
「明里君!そのハレンチな格好はなんだね!?」
「そう言われましても、好きでこの霊装束にしたんじゃないんです・・・・・・」
明里の霊装束は露出度が高く痴女と言われても仕方ないもので、それを見た月飛は頬を赤らめながらあわあわとしている。美月や乃愛達は見慣れているのでもう何も指摘してこないために忘れていたが、初対面の人が見ればそう反応されても仕方がない。
「歩く十八禁じゃあないか!そうやって美月を誘惑したのだな!?」
「違います!なあ美月?」
美月に助けを求める明里であったが、
「最近、その霊装束を纏う明里さんも素敵だと思うようになりました」
と、もじもじして照れるようにそう言う。素敵と言われれば悪い気はしないが、この場面では月飛の誤解を加速させるだけだ。
「やはり色香で美月をたぶらかしたのだな!?」
「いやいや、んなワケないでしょう!?どういう思考をしたらそうなるんですか!」
明里は困り果ててうな垂れる。どうにも興奮している月飛に言葉が通じない。
その明里の様子に気がついた美月はハッとして月飛を止めにかかる。
「月飛お姉様、明里さんが困っていますから落ち着いてください」
「す、すまない。あまりにも卑猥なモノを見てしまって気が動転していた」
卑猥なモノ呼ばわりされた明里は更にうな垂れた。精神的ダメージで生命エネルギーが溶けてなくなるのではというくらい落ち込んでいる。
「私が明里さんを、その・・・好いているのは彼女の人間性とかが素晴らしいからですよ。とてもお優しい方ですし、一緒にいると安心するんです。他の人とは違う特別な雰囲気があるんですよ」
「美月・・・アタシは良い友を持った」
「うふふ。それは私のセリフです」
美月のフォローが嬉しくて気力を取り戻した明里は、うるうるとしながら美月の手を握ってブンブンと振る。この場で明里の味方をしてくれるのは美月しかいないし、普段以上に頼もしく思えた。
「まあいい。それでは出発するぞ。今宵はナイトメアレヴナントが出現しそうな匂いがするから気を付けてな」
どんな匂いだよと心でツッコミつつも、飛び立つ月飛の後に続いた。
「この街にもソルシエールタイプが現れたと言っていたが、どのようなヤツだったのだ?」
「変な仮面を付けた女でしたよ。ダメージを与えたのですが、逃がしてしまいました」
「そうか。わりと平和だったこの街にまで現れるとは、ナイトメアレヴナントの動きがこれまでにないほど活発になっているのかもしれん」
「何か理由があるのでしょうか?」
「分からん。だが私の住む街でもソルシエールタイプが目撃されてな。元々ナイトメアレヴナントが多い地域ではあるらしいのだが、それにしてもここ最近敵の数が増えている気がする」
何に起因している現象か分からないので月飛も困惑しているようだ。もしかしたらこれまでにない脅威が迫っているのかもしれないが、現状で確かめる術は無い。
「敵も増えたかもしれませんが、こちらにも明里さんという心強い新戦力が加わったので簡単には負けませんよ」
「そんなに明里君は頼りになるのか?」
「はい。この前だってビーストタイプを大技で仕留めたんですよ。初陣から日も浅いのに大戦果を挙げているんです」
「ほう。それは凄いな」
素直に月飛は感心しているらしい。ビーストタイプの強さは分かっているし、新人ながらそれを倒したというのは称賛に値することなのだ。
「でもアタシ一人の力じゃありません。美月達が敵を足止めしてくれたからこそ倒せたんです」
「ふっ、キミは見かけによらず謙虚なのだな。だがもっと自信をもってもいいと思うぞ。キミの力が敵を討ち倒したのは事実なのだから胸を張るといい」
そう言う月飛の目は優しく、まるで実の姉のように思えた。
「ん?この気配は・・・・・・」
一転して表情を強張らせた月飛は滞空し、結界の気配を感じてそちらに視線を向ける。住宅街の一角、小さな平屋の中からその気配はしているようだ。
「どうやら敵のお出ましのようだ。そこで明里君のお手並み拝見といこう」
「頑張ります」
中学生くらいの少女の体内に発生した結界に侵入し、明里はさっそく大剣を装備した。降り立った目の前にイービルゴーストタイプのナイトメアレヴナントが蠢いており、探す手間もなく交戦状況になったからだ。
「かなりの数がいるから囲まれないようにな」
「はい」
いくら一体一体の戦闘力が低いイービルゴーストでも束になって襲いかかってくれば脅威となる。ユメクイといえども寄ってたかられてしまえば生命エネルギーをむさぼり喰われてしまうだろう。
「四十体以上はいるか?」
見渡す限りに敵影があり、適当に霊器を振り回すだけでも攻撃を当てることができそうだ。
ともかく、月飛に忠告されたように囲まれないよう間合いを測る明里であったが、隣を素早い影が駆け抜けていった。
「す、すげぇ・・・」
真っ先に斬り込んで行った月飛は三体のイービルゴーストを切り裂く。彼女の振り回す霊器は薙刀で、巫女服に妙にマッチしている。
「遅いな!!」
イービルゴーストが掴みかかろうとするが、その前に月飛は動いており敵の腕をかいくぐって薙刀の刃で両断する。一人飛び出すだけの実力は確かにあるようだ。
「アタシだって!!」
明里は月飛が開いた血路を美月と進軍し、互いにカバーし合いながら敵を撃破していく。二人のコンビネーションは高いレベルで相手の動きをしっかり把握しているからこそできることなのだ。
「ほう、いいペアなようだな」
「勿論です。私と明里さんはもうパートナーですので」
ドヤ顔の美月がそう言い張る。
「そうか・・・これが娘を嫁に送り出す親の気持ちなのだろうか。寂しさを禁じ得ない・・・・・・」
「何言ってるんだこのヒト・・・・・・」
とても戦闘中とは思えない嘆きを呟く月飛に呆れつつ、明里は迫る敵を切り裂いた。三人合わせてそれなりの戦果を挙げているのだが、まだまだイービルゴーストを全滅させるには時間がかかりそうだ。
そんな一進一退の攻防を続ける最中、突然戦況は一変した。ユメクイの勢いに押されてきたイービルゴースト達が後退し、一か所にワラワラと集まり始めたのだ。
「一体どういうんだ?」
月飛でさえ見たことのない現象らしく眉をひそめていた。ソルシエールタイプを除いて基本的にナイトメアレヴナントに知能はなく本能のままに動いている。そのため組織だった行動を取ることは珍しい。
そうして集まったイービルゴーストは発光しながら溶けるように体が崩れ、なんと一つへと融合した。
「お、大きいですね・・・・・・」
美月が驚くのも無理はないだろう。融合したイービルゴーストは容姿こそ変わらないものの巨大化し、人間の約5倍ほどの大きさへと変貌したのだ。それはビーストタイプにも匹敵するもので強い邪気を放っている。
「月飛さん、コレは一体何なんです?」
「私とて知らないモノだ。合体するという能力があるとは」
月飛の言うナイトメアレヴナントの活性化が関わっているのかもしれないなと明里は頭の片隅みで考えるが、今は理屈などどうでもいい。なぜなら目の前の大型イービルゴーストが左手の指先を触手へと変異させ、明里達めがけて勢いよく伸ばしてきたのだ。
「くっ・・・・・・」
掠めながらも回避し、その触手を斬り落とす。これに捕まってしまったら恐ろしい目に遭うのは間違いない。思い出されるは最初に明里がナイトメアレヴナントに襲われた日で、その時美月はビーストタイプの触手に絡めとられて生命エネルギーを吸われていた。
「くるのかよ!」
触手を戻した直後、大型イービルゴーストは咆哮を上げながら突っ込んできた。そして今度は右腕を剣へと変異させて斬り込んでくる。
「危ねっ!」
その斬撃を受け止めるのではなく咄嗟にサイドステップで避けた。すると先ほどまで明里がいた地面に大剣が叩きつけられ、衝撃で土煙が巻き上がる。とても防御できるパワーではないなと明里は戦慄しつつも、自らの霊器を両手で構えて巨体を睨み付けた。
-続く-
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