第9話 閃光の切っ先
睨み合いの末、じれて飛び出したイズル。腕を変化させたブレードを振りかざして美月を両断しようと迫ったが、
「それはうかつでしょ!!」
極限の緊張状態でも冷静な目を持っていた美月は斬撃をすんでのところで回避し、逆に刀を一気に振りあげてイズルの腕を斬り落とした。
「なんと!?」
「終わりです!」
追撃の手を緩めない美月は、動揺して動きが鈍ったイズルの腹部を切り裂く。もう勝負は決したと言えるだろう。
「覚悟っ!!」
「それは・・・どうでしょうねえ」
負傷しながらもイズルは諦めていない。紫色のコートを脱ぎ捨てて美月に投げつけ、わずかな隙をつくる。
「ふふふ・・・今日はここで帰らせていただきます」
「させませんよ!」
「アナタ達の相手はこのコにさせますから」
イズルが指笛を吹く。すると上空に渦が巻き、稲妻のような眩い光が四方に飛んだ。その禍禍しい雰囲気に美月は息を呑む。
「一体何を!?」
「見てればわかります」
渦の中から姿を現したのは巨大な四足歩行型の獣で、猟犬にも似たソレは以前に対峙したビーストタイプに似ていた。しかし体は更に大きく、尻尾の先端は鋭いブレード状の武器になっている。
「さあ、オルトロスの狩りが始まりますよ」
「チッ・・・・・・」
イズルはオルトロスと呼ばれたビーストタイプに戦闘を任せて結界の外へと撤退していった。追いかけたいところだがビーストタイプを放っておくことはできない。優先するべきは結界に閉じ込められた被害者の魂の救出であるわけで、目の前に現れた敵をまずは排除する必要がある。
「あれもビーストなのか。オルトロスとかヤツは言っていたな」
「そのようですね。ビーストタイプとは巨大なナイトメアレヴナントの分類を示していますが、アレほど大きいものは希少でしょう。もしかしたらイズルとかいうソルシエール直属の個体なのかも」
そんな話をしている間にオルトロスは駆け出し、美月と明里に飛びかかって来た。まるでビルが倒壊してくるような迫力のある攻撃で思わず明里は足が竦む。
「くそっ!ビビってる場合じゃない!」
ギリギリで突進を回避し、オルトロスを睨みつける。全長が十メートルを優に超えているオルトロスは見下すようにギラついた視線を送ってきて、強い闘志を感じさせる。
援護に現れた乃愛と広奈も戦列に加わり、対オルトロス戦は総力戦の様相を呈してきた。
「戸坂、あの娘の魂は大丈夫なのか?」
「はい。ここから離れた場所でタナカさんのバリアの中に隠しておきました。他の敵はもういないですし、あれなら大丈夫ですよ」
しかしそれでは広奈はどうやって戦うのだろう。
その明里の疑問に答えるように広奈は小さな盾を掲げた。
「これはコ・タナカさんです」
どうやらそれで戦う気らしいが、あまりにも心もとないのでは思わざるを得ない。
「来ますよ!」
再びオルトロスがダッシュして接近してくる。その勢いは恐怖を掻き立てるも、狙われていると分かれば回避に専念すればいい。明里と広奈はサイドステップで横に逃げる。
だがそれを見越していたのか尻尾のブレードを横薙ぎにし、広奈を狙う。
「戸坂!」
「もーまんたい!!」
コ・タナカさんの強度は充分なようでブレードを防いだ。とはいえ勢いを殺せず、後ろに大きく弾き飛ばされてしまう。
「いかせるかよ!」
追撃のオルトロスに向かってジャンプし、その背中に大剣を叩きつける。炸裂した渾身の一撃はオルトロスの体にダメージを与えたが、それでも致命傷とはならない。むしろオルトロスの怒りに点火してしまった。
「くっ・・・」
背中に乗った明里を振り落として踏みつぶそうと足を振りあげてきた。うまく着地できなかった明里は姿勢を崩しており冷や汗をかくが、その足が届く前に美月がオルトロスを斬りつけて注意を引く。
「大丈夫ですか!明里さん!」
「ああ助かったぜ。けどコイツはどうやったら倒せるんだ。アタシの霊器で斬られてもピンピンしてやがる」
「ビーストの耐久度を上回る強烈な攻撃をする必要がありますね」
火力の高い一撃で沈めるのが手っ取り早いというわけか。そのためには暴れまわるオルトロスの動きを止める必要がありそうだ。
「訓練の成果を発揮する時がきたようです。いけますか、明里さん?」
「ああ、やるっきゃないな。どの道倒せなきゃ死にまっしぐらだしな」
「戸坂さんと三島さんにも協力をお願いしましょう」
敵の攻撃を避けて美月が乃愛に接触する。
「敵の動きを止めればいいんだな?」
「はい。そうすれば明里さんに任せられます」
「よし。やってやりますか!」
身の丈ほどの斧を両手で構え、突っ込んできたオルトロスの右前足に叩きこむ。傷口から青い閃光が飛び、オルトロスの足が少し裂けた。
「足だ!コイツの右前足に攻撃を集中するんだ!」
「了解です!」
乃愛の与えたダメージに被せるように美月も刀を振るう。その斬撃で更にオルトロスの右前足が裂けた。このままでは回復されるだろうが、少しの間は機動性を落とすことができる。
「よし、アタシの出番だな!戸坂、援護頼むぜ」
「任せてください。コ・タナカさんも伊達ではないということを見せてあげます」
オルトロスの背後に回った明里は大剣を構えて意識を集中させる。その明里の前に広奈が立ち、コ・タナカさんで防御の姿勢を取っていた。
「大技を放つためには霊器に体のエネルギーを送り込めばいいんだな?」
「そうです。試したことはあるんですか?」
「美月の訓練で試したが、実戦でやるのは初めてだ」
「ならば訓練通りに。大技は強力な攻撃ですが、生命エネルギーを多く消費するので使用後は無防備になってしまうことをお忘れなく」
「ああ。だから一撃で決める!!」
ユメクイの体を循環する生命エネルギーは攻撃にも転用でき、それが大技なのだ。しかし生命エネルギーを消費するということは傷の修復ができなくなったり、ユメクイとしてのパワーを維持できなくなることに繋がる。つまり生命エネルギーが回復されるまでは急激に戦闘力が落ちてしまうのだ。
「気づいたか・・・・・・」
背後で何やら怪しい動きをしている明里にオルトロスの鋭い視線が向く。そして尻尾のブレードで斬り込んできたのだ。
「防ぎ切ってみせますから!」
コ・タナカさんの角度を調節し、うまくブレードを受け流した。
「こっちを無視するから!」
美月の刀がオルトロスの首を切り裂き、乃愛の斧が足に振り下ろされる。ユメクイ達の包囲攻撃でオルトロスは完全に翻弄されていた。それらの攻撃はオルトロスの命を奪うほどのモノではないが、気を引くには充分である。
「よし、仕留める!」
生命エネルギーを送り込まれた大剣の刀身は発光している。
「夢幻斬りっ!!!!」
美月に教えてもらった大技、夢幻斬り。生命エネルギーによって長く太い光の刃が形成され、それは元の刀身の数倍ほどとなる。空をも穿ち貫きそうなほどのその光の刃は通常の斬撃などとは比較にならないどの威力を出すことができるのだ。
技名を叫んだ明里は光を纏う大剣をオルトロス目掛けて一気に振り下ろす。
「逝っちゃえよ!!」
足への度重なるダメージで機動性能が落ちていたオルトロスに避ける余裕はなかった。大剣からの光の奔流に巻き込まれ、オルトロスの強固な体は霧散して消滅する。
「か、勝ったぜ・・・・・・」
先ほどまで狂気を振り撒いていたオルトロスを撃破し、明里はその場に尻餅をつく。生命エネルギーの多くを消費したので強い疲労がのしかかってきたのだ。
「やりましたね!明里さん!」
「へへっ、ありがとよ」
膝を曲げて目線を合わせてきた美月に明里は笑みを返す。
「なかなかやるじゃん。まああたしも本気だせばあれくらいはヨユーだけどな?」
「そういう言い方をするから捻くれ畜生人間なんですよ。少しは素直に褒めたらどうですか」
乃愛と広奈が言い合っているのももはや落ち着く光景だ。それは敵を殲滅し平和が訪れたことの証左でもある。
やがて結界は崩壊し、閉じ込められていた少女の魂も無事に元の肉体へと還って任務終了となった。
「ああいった大技は隙も大きいですし、放った直後は力が貧弱になってしまうので使いどころを見極めないといけません。できれば使用せずに勝つのがベストですが、今後どうしても使用しなければならない時はリスクをちゃんと考えてくださいね」
「だな。下手に使えば逆にピンチを招くことになってしまうもんな」
強い相手だからといって使えばいいというものではない。敵を倒しきれなければ死に直結する。
「美月達も大技を使うことはあるの?」
「私は滅多に使わないですね。というのも、これまでは個人で戦うことが多かったので大技を使える場面が少なかったんです」
明里も広奈達がサポートをしてくれなければオルトロスの攻撃を受けていたことだろう。
「しかしソルシエールまでもが出てくるなんてな。今後は厳しい戦いになるかもしれないな」
「そうですね。ビーストタイプならまだしも、得体の知れないソルシエールタイプがいるとなれば厄介です」
珍しく乃愛が深刻そうな顔をし、それに美月が同意している。よほどあの仮面を付けた女は脅威なのだろう。
「なあ美月。そのソルシエールってのは何なんだ?」
「私も詳しくは知らないのですが、アレはかなり珍しいナイトメアレヴナントなんですよ。人間に近しい姿をしており、人の言語をも操ることが可能なのです。聞いた話では他のナイトメアレヴナントよりも位が高く、支配下に置いて自らのために利用するとか。この東高山市は比較的平和な街だったので、まさかここにああいう敵が潜んでいたのは驚きですね」
「そうなんだ。でもまあ倒しちまえばいいんだろ?」
「ふふっ、頼もしいですね」
美月の刀でダメージを受けていたし、攻撃さえ直撃させれば倒せるはずだ。とはいえ明里はイズル相手に劣勢に追い込まれていたので簡単なことではないだろうが。
「あのイズルとかいうのが何を考えているのかもよく分からないし、これからは合同でパトロールする機会も増やしたほうがいいだろうな」
「ですね。巡回の効率は落ちますが、ソルシエールは個別で戦うよりもチームとして挑まなければ勝てない相手かもしれません。実際に今回の戦いでも四人でいたからこそ勝利することができたわけですし」
もし明里が一人でイズル達に遭遇していたら死んでいただろう。それは美月や乃愛だって同じことで、いくら戦い慣れしている者であっても容易に対処はできない。
「まっ、あたし達ならやれるだろ。次こそはあの敵を討とうぜ」
乃愛の言葉に明里達は頷く。街や人々を守るためにも、ここはしっかりと連携を取って脅威に立ち向かわなければならない。ナイトメアレヴナントに対抗できるのは彼女達ユメクイしかいないのだから。
-続く-
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