第8話 ソルシエール

「おーい幸崎。相変わらず朝早いんだな」


 月曜の朝、既に眩しい日差しに照らされながら登校していた美月は背後から乃愛に声をかけられて振り向いた。乃愛は着崩した制服を纏いながらヒラヒラと手を振って美月に追いつき、額の汗を拭う。


「おはようございます。そう言う三島さんはこの時間に登校するのは珍しいですね。戸坂さんから聞いたのですが、いつも予鈴ギリギリだそうですね?」


 美月はいつも余裕をもって登校しており遅刻など一度もしたことはない。


「遅刻スレスレで校門をくぐるスリルを味わいたくてさ」


「なんですか、それ」


「冗談さ。人間、ちょっとでも睡眠を取りたいものだろ?特にユメクイは夜でも休めないから、朝方が数少ない休息の時間だもんね」


「まあ、それは分かります」


「だろ?」


 と会話してる最中、今朝方の雨でできた水たまりに足を入れてしまった美月がキャッと大げさに飛び退き、その様子がおかしくて乃愛はケラケラと笑っている。


「水たまりくらいでビビんなよ」


「別にビビったわけじゃありません!靴が濡れてしまうのが嫌で・・・・・・」


「靴?てか珍しくローファーじゃなくてスニーカーなのな」


 履物に関して明確な校則があるわけではないが大抵の女子生徒はローファーを履いていて、美月も例に漏れず普段はローファーなのだ。そんな彼女がシンプルなデザインの真っ白なスニーカーを履いているものだから乃愛は意外だと感じた。


「なんでそんなショボいのにしたん?」


「・・・・・・」


 その乃愛の一言で美月の表情が無になる。しかし目には明確な怒りの色が表れており、真っ赤なオーラを全身に纏っているかのような怒気を発していた。


「お、おい。な、なんで怒ってるんだ?」


「よくもこの靴をバカにしましたね・・・明里さんに買ってもらったこの靴を・・・!」


「稲田が・・・?って、うわっ!」


 ビニール傘を振りあげた美月が恐ろしくなって乃愛は全力で学校へと駆け出す。


「成敗!!」


 その後ろからブチギレ状態の美月が追いかけていった・・・・・・






「てなことがあってな。まったく酷いとばっちりだったんだ」


 夜、合同パトロール中に乃愛は登校中の出来事を明里と広奈に話す。あれからなんとか逃げ切ったものの、こうしてユメクイとして集合した時に再び殺気を向けられて咄嗟に広奈の背後へと隠れていた。


「それはあなたが悪いですよ。本当にデリカシーが無いというか、余計なことを言う人ですね」


「おいおい広奈までそう言うのかよ」


「そもそも人の物をショボいとか言う神経が信じられません」


「けどさぁ・・・・・・」


 口をツンと尖らせる乃愛。まさかそこまで怒られるなんて想像もしていなかった。


「あの靴は明里さんと出かけた時に買ってもらった物なんです。その日に履いていたハイヒールのせいで足が痛くなってしまって、それで明里さんが見繕ってくださって・・・ともかくアレは私にとっては宝物なんですよ」


 宝物なら履いていくなよと乃愛は思うが心の中に留める。これ以上何か言ったら今度こそ命は無いと理性が判断してのことだ。


「てか二人で遊びに行ったのかよ。なんであたし達を誘ってくれなかったんだ!?」


「そりゃあ三島さんが面倒な人間だから誘わなかったのでしょう」


「広奈こそ結構ひでぇことを言う・・・・・・」


 乃愛と広奈は本当にペアを組んで戦ってきたのかと明里は疑問を感じざるを得ないが、ある意味で絶妙な距離感を保っているのだろう。


「この前のは急に決めたことだったし、美月への恩返しも兼ねてのことだったんだよ。今度は皆でどこか行こうか」


「へっ、稲田は話の分かるヤツじゃーん。そういうコ、あたしは好きだぜ」


 キリッと謎の告白をする乃愛だが、それに対して美月が食って掛かる。


「待ってください!明里さんを好きなのは、私だって・・・・・・」


「いや、冗談だけど・・・というか、いつから名前呼びになったの?」


「えっそれは先週に・・・・・・」


「ほ~ん。気づかぬ内に急接近していたんだ」


 美月はカッと赤くなって俯き、怒っていた先ほどまでと打って変わって可愛らしく縮こまっていた。その様子から広奈は何かを察し、うんうんと頷いている。


「稲田さん、やりますねえ」


「えっ?何が?」


「いえ、こちらの話です。ともかく、幸崎さんのことを宜しくお願いしますよ」


「おう。任されよう」


「ふふふ。これは楽しくなりそうですね」


 広奈が何を楽しみにしているのかは分からなかったが、言われなくたって美月のことは気にかけるさと明里は親指を立ててサムズアップした。






 パトロールで街中を巡っていると結界の気配を感じ、四人は臨戦態勢となってその気配へと接近していく。


「こういうの、だいぶ慣れてきたな」


「そういう油断は危険だぜ。知ってるか?免許取り立てのルーキーよりも一年くらい経ったヤツのほうが事故る件数が多いんだ。つまりだな、慣れてきたという油断がミスを招くということさ」


「言う通りだな。前に刺されたのも油断があったからだろうし、気を付けるよ」


「素直なヤツもあたしは好きだぜ」


 またしても好きという単語を明里に投げかけ、美月が乃愛に抗議をしようとしたがさっさと結界の中へと入っていってしまった。


「もう!気安く好きと言いすぎです」


「大丈夫ですよ、幸崎さん。稲田さんは本気にしていません。それに稲田さんは幸崎さんを大切に想っているようですし」


「そうなのですか!?」


「お、恐らく」


 広奈の言葉に戦闘前というのに目をランランと輝かせる美月。明らかな嫉妬心は霧散し、強気な顔つきとなって乃愛のように結界へと侵入していく。


「分かりやすい人ですね・・・・・・」


 美月の中で明里の存在が大きなものになっていることを広奈は見抜いていた。鈍感な乃愛などには決して分からないことだろうが。






「もう大丈夫だぜ、嬢ちゃん」


 結界に取り込まれていたのは小学生くらいの少女の魂で、乃愛によって救助された直後に安心感からか気を失う。


「広奈、この娘を頼めるか?」


「はい。任せてください」


 広奈の持つ盾、タナカさんの後ろにその娘を匿ってナイトメアレヴナントの攻撃を退ける。そんな彼女達を守るべく乃愛や美月達が前線に立ち、イービルゴーストタイプを撃破していく。


「後は敵を殲滅すれば!」


 明里は被害者の魂を助けることができたことで強気になり、その大剣で敵を両断した。このままナイトメアレヴナントを全滅させれば結界も解け、一段落なのだが・・・・・・


「明里さん!後退してください!」


 背後から聞こえてきた美月の叫びを耳にして咄嗟に引き下がった。


「どうした?」


「あれを!」


 美月の指さした先、紫色のコートを纏って白銀の仮面を付けた女が結界の空より舞い降りる。人間のように見えるが妙な邪気とも言える雰囲気を醸し出しており、とても友好的な相手には思えなかった。


「よくも我々の可愛い下僕たちを殺してくれましたね」


「下僕?」


「このコ達のことですよ」


 仮面の女は手近にいたイービルゴーストを撫でる。どうやらナイトメアレヴナントの味方であるらしい。つまりユメクイが警戒しなければならない相手であるのだ。


「困るんですよねぇ。こうも数を減らされては。調達する私の身にもなってくださいよ」


「アンタ人間だろ!?それなのにコイツらを使ってどうして人間を襲う?」


「誰が人間だというのです?」


 問い詰める明里に対してすっとぼけたように首を傾げる仮面の女。まるで要領の得ない会話だ。


「明里さん、ヤツは人間ではありません。ナイトメアレヴナントの中でも高位の存在であるソルシエールタイプです」


「ソルシ・・・?」


「人に酷似し、人語さえ操るナイトメアレヴナントの一種です。個体数は極めて少ないのですが・・・・・・」


 その希少体が目の前にいる仮面の女なのである。


「ユメクイは我々をそう呼ぶようですね。しかし私自身にもちゃんと名前はありまして、その名はイズル。どうぞお見知りおきを」


 片手を胸に当てて会釈する様子は仮面も相まって舞踏会に参加した貴婦人のように見える。人間ではないのにどこでそんな所作を覚えたのかは知らないが。


「まあ目障りなアナタ達にはここで消えてもらうわけですから、記憶に留める必要がありませんがねぇ!」


 イズルは両手に漆黒のキューブを握っており、それを放り投げる。キューブは一気に肥大化してパカッと割れ、中から多数のモルトスクレットが出現した。


「またキモイ骸骨かよ!」


 襲い掛かって来たモルトスクレット一体を倒しながらも明里はゲンナリする。前に苦戦した相手だし、正直出会いたくない敵だ。


「ふはははは!私もいますよ!」


 腕をブレードへと変化させたイズルが斬りかかってきた。鋭い一撃は明里の胸を掠め、傷口から青白い血にも似た光が飛び散る。それがいわゆる生命エネルギーであり、こうしてダメージを受けて失われていくのだ。

 致命傷でない軽い傷なので広奈の治癒術ハイレンヒールを受けなくても自然と回復するだろう。しかし、こうも簡単に負傷してしまって焦りを感じ始めていた。


「その胸にぶら下げた無駄に大きい塊のおかげで助かりましたね。今度はその胸を抉ってあげますよ。ニヒヒ・・・!」


「キモイのはコイツもだな!ったく、本当に悪夢だよ!」


 不愉快さを表情でも現す明里だが、イズルに対して有効な立ち回りをできないでいた。大剣は攻撃力こそ高いものの機動力に欠け、それに対してイズルの腕のブレードは軽く素早い斬撃が可能であるためだ。ほぼ一方的な攻撃を避けるか防御する他なく、明里は攻勢に転じることができない。


「明里さん、この敵は私が!」


 美月の刀であれば対抗も可能か。


「すまん、頼む!他の化物はアタシが抑える!」


 入れ替わるように明里は後退してモルトスクレットが美月を妨害しないように行く手を阻む。モルトスクレットの数は多いがなんとか対処できていた。


「ふふ・・・誰が相手でも私には敵いませんねぇ!!」


 引き下がった明里には目もくれず、イズルはフェイントを交えながら美月にブレードを振りかざす。


「させません!」


「やりますねぇ・・・・・・」


 イズルはユメクイなど下等の存在だと侮っていたが、美月は刀でガードしてみせた。そして刀を翻して反撃に打って出、イズルの肩を裂く。傷口は浅くすぐに回復されてしまったが、一撃を与えることができたのは自信に繋がる。


「しかしこの程度で調子に乗らないことですねぇ」


「調子には乗りません。慎重に、そして確実に倒してみせます」


「言いますね・・・嫌いですよ、アナタみたいなヤツは」


「私もアナタが嫌いですのでお互いさまです」


 売り言葉に買い言葉。二人は敵意を剥き出しにしながら睨み合い、じりじりと間合いを詰めていく。少しでも隙があれば一気に飛び出すところだが、互いに斬り込むタイミングを計らせない。


「ああもう不愉快ですね!」


 先にキレたのはイズルだ。というのも配下のモルトスクレットが順調に数を減らされているのを視界の端に捉えており、このままでは数の優位すら失われて劣勢に立たされてしまう。その前にせめて目の前のユメクイとは決着を付けたいと焦ったのだ。

 斬りかかるイズルの影が美月に迫るが・・・・・・


     -続く-









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