第7話 明里と美月のデート

「美月!」


「任せてください!明里さん!」


 美月は明里の背後に迫ったイービルゴーストを切り捨てる。二人の連携力は増しており、名前で呼び合うようになった今では相棒そのものとなっていた。

 そうして結界内のナイトメアレヴナントを全滅させ、一仕事終えた明里達は元の世界へと帰還する。


「ふぅ・・・今日も大手柄だったな」


「明里さんも手慣れてきましたね。もう立派なユメクイですよ」


「よせやい。まだまだルーキーでありますから」


 と軽口を叩けるくらいには戦いにも慣れてきていて、明里自身も成長の手ごたえを感じていた。これも全ては美月のおかげであることに違いなく、いずれ恩返しできればと考えている。


「なあ、明日って何か予定はある?」


「明日ですか?土曜日で学校もお休みですし、特には予定もありません」


「ならさ、アタシとドコか遊びに行かないか?」


「はい!いいですよ!」


 誘われた美月は子供のようにテンションが上がって目をキラキラと輝かせている。


「参考までに美月は普段どんなトコロに遊びに行くんだ?やっぱり美術館とか歴史博物館とか?」


 優等生の美月のことだから休日にも勉学に励んでいるのだろうと勝手に想像するが、美月は首を横に振る。


「そういう所にはあまり行きませんよ。そもそもお友達と外に遊びに行くこともないので、どこへ行けばいいのか分からないんです・・・」


 美月の友人達は皆部活で忙しいらしいので休日など無いのだろう。それなので一緒にどこか遊びに行くという習慣もなく、一人で過ごすことが多いようだ。


「明里さんはお友達といつもどんな遊びを?」


「例えばゲーセンとか映画とか、普通にショッピングとかかな。フツーの女子高生がしそうな事だけどさ、そういうのがやっぱり楽しいんだよ」


「なるほど。では、明里さんがいつもしている事や行く場所に私を連れていってくれませんか?」


「おっけー。じゃあ明日の午前十時に東高山駅に集合で」






 午前九時半、明里は約束よりも早く集合場所へと到着した。というのも美月と出かけるのは初めてで、決して遅れるわけにはいかないという心理が働いたからである。

 しかし少し早すぎたかと明里は近くにある喫茶店にでも向かおうと思ったが、駅前でポツンと立っている人物を視界に入れて驚く。なんと既に美月が待っていたのだ。


「あっ、おはようございます!」


 美月も明里を見つけたようで、手を振ってきた。


「おはよう。もう来ていたのか」


「はい。九時に到着しました」


「は、早過ぎね?」


「居てもたってもいられなくて。昨日ユメクイの仕事が終わった後も寝つけなかったくらい楽しみだったんです」


「遠足前の小学生みたいだな」


 いつもは真面目な優等生として振る舞っている美月だが、子供っぽいところもあって可愛らしいと思う。そんな美月の素を知っている人間は少なくとも学校にはいないようで、明里は何故だか優越感にも似た感情を抱いている。


「てか、その服すげー似合ってるぜ」


「そ、そうですかね」


 白いワンピースを纏う美月はまさにお嬢様といった風貌だ。簡素なデザインであるけれどコレを着こなすのは意外と難しい。

 比べて明里は地味な普段着で、特徴が無いのが特徴とも言えるほど無味無臭な姿である。


「えへへ・・・こういう時どんな服装をすればいいのか分からないので不安だったのですが、明里さんに褒めていただけで良かったです」


 ワンピース姿の美月を後で写真に収めておこうと脳内メモに書き込みつつ、明里は駅の構内を顎で示す。


「さっ、じゃあ行くか」


「どこに連れていってくれるんです?とりあえず遠出しても平気なように二十万円持ってきましたが」


「に、二十万!?そんな大金は必要ないぞ!」


「そうなんです?でもいざという時にお金があれば安心だと母が言っていたので・・・・・・」


「うーん、どういう感覚なのだ・・・・・・」


 幸崎家が金持ちというウワサは知っていたがそれは本当らしい。金銭感覚が庶民とはかけ離れている。


「遠出はしないよ。この駅からバスに乗って街の中心部にあるルグランモールまで向かうんだ。デパートやアミューズメントパークとかがある複合施設なんだが知ってるよな?」


「存じ上げてはいますが行ったことはありません」


「マジ!?大抵の女子高生、というより東高山の住民なら利用する場所だと思ったけど、美月はレアケースだな」


 逆に言えば美月の新鮮な反応が見れそうだ。明里の当たり前と思う世界に彼女がどういう感想を抱くのか楽しみである。


「さすがにバスは乗ったことはあるよな?」


「遠足などで利用したくらいで、普段使うことはないですね」


「おいおいマジかよ」


 美月の私生活が気になる明里だが、それは後にして丁度到着したバスを目指す。


「ま、今日はアタシに任せておけ」


「はい!」


 美月の手を引き、彼女の分まで乗車券を取って手渡した。受け取ったその乗車券をひとしきり眺めたあと大切そうに財布にしまう。


「ソレ、無くすなよ。降りる時に料金と一緒に使うから」


「えっ、これ持ち帰れないのですか?」


「そりゃあね」


「そうですか・・・明里さんとの初デート記念に取っておきたかったのですが・・・・・・」


「デート・・・?」


「違うんですか?」


 きょとんと美月が首を傾げる。どうしたらこれがデートになるのだと明里は怪訝そうに見つめ返した。


「ま、まあデートでもいいケドさ。とにかく無くさないようにな」


 財布を指し示しつつ美月を奥の席へと座らせ、自分はその傍に立つ。空いていた席はその一つしかなかったのだ。


「明里さん、席はお譲りしますよ?」


「アタシは立ちでいいよ。昨日の晩の戦闘で疲れてるだろ?」


「体は休眠状態だったので平気ですよ。それに私だけ座っているというのも悪いですし・・・」


「気にすんな。いつも美月にはサポートしてもらっているし、これくらいはさせてくれ」


「優しいのですね、あなたは」


 顔を赤くしながら美月は外を流れる景色に目を移す。見慣れた光景が広がっているのだが、こうして明里といるからか非日常の世界へと足を踏み入れたような感覚を覚え、味わったことのないようなワクワク感や幸福感を噛みしめていた。






「到着だ。まずはどうしようか・・・・・・」


 千冬などの友達と来る時はゲームセンターに向かうことが多いが、美月には合う場所だろうか。彼女にはもっと落ち着いた所のほうがいいのではと思考を巡らせる。


「ものは試しか」


 考えていても仕方ないなといつも通りのコースを案内しようと決めた。

 ルグランモールは日本でも有数の複合施設で、巨大な建物の中に映画館やらスポーツセンターまでもが入っている。一日で全てを巡るのは不可能と言われており、明里も施設の全容は把握していない。


「凄い音ですね」


「ゲームコーナーだからな。美月はこういう騒々しいのは苦手だった?」


「大丈夫ですよ。街のお祭りと似たような賑わいですね」


 その比較はピンとこなかったが、とりあえず中を見て回る。美月がその中で興味を示したのは多数のキャッチャーが鎮座する一角だ。


「こういうキャッチャー系は難敵で、結構難しいんだ。明らかにアームを弱く設定している台とかあってさ」


「そうなんですか」


「けど安心せい。千冬に褒められるくらい上手いんだぜ?」


「ふふ、お手並み拝見ですね」


 そんな話をしていた美月は一台のキャッチャーを見つめる。そのガラスの向こうにはクマのぬいぐるみが入っており、どうやらそれに惹かれたようだ。


「何事も経験だし、やってみ」


「やってみます」


 一通りの操作方法を教え、美月にやらせてみる。が、うまく掴むことができない。


「ふむ・・・コレは確かに難しいですね」


「そうなんだよ。けっこうお金が吸われてしまうんだ」


「ご安心を。二十万を使えば取れるはずです」


「それはやめよう」


 美月を制止し、今度は明里がチャレンジしてみる。先ほどの美月のプレイでアームの届く範囲やクセは把握した。


「こういうのはな・・・こうやる!」


 掴むのではなく、降下したアームでぬいぐるみの胴を押す。アームの力は弱く掴むのは無理との判断をしたためであり、更に言えば押し込むことで雪崩のように転がり落ちてくることがある。

 実際に明里の作戦は当たり、アームに押された反発で転がったぬいぐるみは見事獲得穴に落ちた。


「す、スゴイですね!」


「まぁな!ホラよ」


「えっ?くださるのですか?」


「美月のために取ったのだから勿論さ」


「ありがとうございます!!家宝にします!!」


 それは大げさではと思うが、満面の笑みを浮かべる美月はよほど嬉しいのだろう。

 それからも明里のエスコートで楽しんだ美月は充実感を感じていたが、ちょっと前から足元に違和感があった。


「どうかした?」


「実は足が少し・・・・・・」


 どうやら美月の履いているハイヒールが原因らしい。


「新品の物を履いてきたのですが、これが悪かったみたいです」


「そうか。ひとまずベンチで座ろう」


 近くにあったベンチに美月を座らせ、明里は痛みを感じているほうの足からハイヒールを脱がせる。すると足の一部が少し赤くなっていた。


「これは痛そうだ。ちょっと待っててな」


「えっ、でも」


「美月はここで休んどいて。アタシに任せろ」


 何をするのか分からないが、明里はその場を離れていった。美月は急に心細くなり、ハイヒールなんかを履いてきたことを後悔している。せっかくだからオシャレしようとしたのがアダとなってしまったのだ。




 それから五分ほどが経ち、明里が大きな袋を引っさげて戻って来た。


「お待たせ」


「それは?」


「アタシのセンスだから期待しないでほしいが・・・・・・」


 袋の中から取り出されたのはスニーカーと靴下だ。シンプルなデザインで飾り気はないが、女性用であるのは分かる。


「ほら、履いてみ」


「わ、私のために買ってきてくださったのです?」


「そうだよ。これなら多少は痛みが軽減されるだろ?」


 当然だとばかりに美月に差し出す。


「サイズが丁度いい・・・でもどうやってサイズを?」


「さっきのハイヒールに記されていたのを参考にしたんだ。とはいってもメーカーとかブランドによって大きさにブレがあるから心配したけど大丈夫そうだな」


 素材も柔らかめで足に優しいモノで、履き終わった美月は立ち上がって足踏みをしてみるが違和感はない。


「本当にありがとうございます。これで歩いても大丈夫そうです。お代を払いたいのですが、おいくらですか?」


「お金はいいよ。コレはアタシからのささやかなプレゼントってことで」


「そ、そんなの悪いですよ」


「バスの中でも言ったけど、いつも美月には助けられているからな。今日はそんな美月への恩返しの一環として誘ったワケだし、このくらいはさせてくれ」


 ニカッと笑う明里の顔が美月には眩しかった。


「本当に・・・好き」


「えっ?何か言った?」


「い、いえ!なんでもありませんよ。私のほうこそ明里さんに助けてもらっていますから、今度は私が何かしますね」


「そんなん気にすんナ。そもそも最初に美月に命を救われたから生きているんだしさ」


 小さな美月の呟きは明里に届かなかったが、今はそれでいい。一緒にいられるこの時間さえ続けばそれでいいのだ。


      -続く-











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