第6話 深まる絆

 ナイトメアレヴナントを殲滅し、明里達は消滅した結界から現実の世界へと帰還した。被害者の魂も無事に元の体へと戻り、これで一件落着である。


「無事にミッションコンプリートだな。まっ、稲田はだいぶピンチだったけどな」


「かたじけない・・・・・・」


 乃愛は責めるわけではなく、からかい交じりに言うのだが、ナイトメアレヴナントから唯一ダメージを受けた明里はしゅんと落ち込む。


「でも生きて帰ることができたんだ。初心者であれだけの戦いから生還できたのは凄いことだぜ」


 きちんとフォローを入れるあたり乃愛も善人と言えるだろう。その隣で広奈もうんうんと頷いており、励まされた明里は気を取り直して顔をあげる。


「もうじき夜明けも近いし、今日はもう敵も出てこないだろう。ここらで解散とするか?」


「そうですね。皆さん、お疲れ様でした」


 美月が同意して乃愛と広奈が自宅方面へと飛び去っていった。それを見送りつつ、明里は槍で刺された脇腹を手でさすって確認してみる。もう傷口はなく、今となってはあの鋭い刃先で貫通されたとは思えない。

 そんな明里の手に美月の手が重なる。


「本当に無事で良かった。あなたが死んでしまったらどうしようかと・・・・・・私がこの世界に巻き込んでしまったばかりに・・・・・・」


「ソレは違うぜ。幸崎は何も悪くない。全てはナイトメアレヴナントのせいだし、戦うと決めたのは誰でもないアタシ自身だ」


 美月は明里をユメクイの世界に誘ったことに責任を感じているのだろう。そのせいで明里が痛い思いをしてしまったのだと。だが、明里は全く後悔していないし、今回のダメージは自分のせいだと分かっている。


「むしろ感謝しているよ。また助けてもらったから」


 始めてナイトメアレヴナントに襲われた時も美月に助けられたわけで、美月に対して感謝こそすれ悪く思う要素など皆無だ。


「今度はアタシが幸崎を助けるコトができるくらい強くなるぜ。だからさ、ユメクイの先輩として戦い方とかいろいろレクチャーしてほしいんだ」


「はい!私でよければ!」


 ニカッと笑う美月を見て、その笑顔をこの手で守りたいと思う明里であった。






 それからというもの、時間がある時に美月の訓練を受けるようになった明里。その成果もあってか順調に戦闘力が上がっていった。もともとユメクイとして高いセンスがあったこともあり、上達のスピードは速いようだ。


「そういえばさ、前の戦いでアタシは刺されたワケだけど死ななかったじゃん?あんなのを現実の肉体で喰らったら即死だと思うんだケド、ユメクイはどんな事をされたら死ぬんだ?」


「ユメクイの霊体は魂の生命エネルギーによって維持されていて、その生命エネルギーが尽きたら魂が消滅して死を迎えるのです。具体的には敵から強いダメージを受けた時に多くの生命エネルギーが失われてしまい、傷が修復できなくなって死に至るって感じですね」


「なるホド。多少のダメージなら大丈夫だけど、ヤバいくらい攻撃を受けたら死ぬんだな」


「そうです。生命エネルギーは頭部と胸、つまり人間の肉体で言えば生命維持に最も大切な部位に集中していて、特にそこは被弾しないよう気を付けないといけません」


 霊体となっても肉体との繋がりが無くなったわけではなく、リンクしているのだろう。


「例えば腕を斬り落とされても生命エネルギーによって再生されますが、頭を失ったら再生できずあの世行きということです」


「それはイヤだな。なんとしても頭と胸は守らないと」


 弱点さえ分かっていれば対策しようはある。多少のダメージは回復するのだから、腕などを犠牲にしてでも頭部と胸部は死守すればいい。

 

「それにしても稲田さんは上達が早いですね。これなら私のレクチャーもすぐにお役御免になりそうです」


「そうか?でも、訓練する時は付き合ってほしいな」


「それは勿論喜んでお付き合いします!」


 広奈達が同じ街にいるとはいえ一人でユメクイの仕事をする事が多かった美月としては、こうして他者と共に訓練ができるだけでも嬉しいのだろう。


「じゃあ今日は一段階上の訓練を行いましょう」


「一段階上の?」


「はい。ビーストや、それ以上のナイトメアレヴナントがいつ出現するか分かりませんので、そうした強敵にも対抗できるような実力を付けてもらいます」


「おうよ!」


 かくいう明里も美月といる時間が好きになっていたし、今後もこの時間が続いてほしいという気持ちがある。これは他の人間からは感じたことのない感情であり、いつの間にか美月のことを特別視し始めていた。






「最近さ、明里ったらなんかお疲れ気味じゃない?」


「そう?」


 学校での昼休み、いつも昼食を共にしている千冬がそう話しかけながら明里の隣の席に座る。どうやら明里が大きなあくびをしていたのを見ていたらしい。


「ちゃんと夜寝てる?」


「寝ているような、寝ていないような・・・・・・」


 肉体は休眠状態にあるのだが、ユメクイとして活動しているので意識はずっと覚醒している。そのために精神的な疲労が蓄積されて肉体にも影響し、疲れが表層化しているのだろう。 


「もしかして・・・」


「なんだ?」


「夜の怪しいアルバイトでもしてんの?」


「してねェよ!」


 あらぬ疑いをかけられた明里は手をブンブン振りながら否定する。確かに人知れぬ活動をしているのは事実だが、それは人助けであって何もやましいことなどしていない。


「ホントにぃ?明里ったら淫乱だからなぁ。ヘンなバイトをしていてもおかしくないんだよなぁ」


「皆してアタシをなんだと思っているんだよ・・・・・・」


 深いため息をつきながら明里は弁当箱を開けた。中は冷凍食品で構成された彩りの少ないメニューで埋められている。


「あら、もっと健康的な食事をしたほうがいいですよ」


 突然背後から声をかけられてビクッとしながら明里は振り返る。その声の正体は美月で、明里の弁当箱の中を見ていた。


「コレでいいんだよ。弁当の準備、結構大変なんだから」


 もはや一人暮らし状態の明里は自分で弁当を用意しているため、手間のかかる面倒な食事よりも簡素な既成品のほうが楽でいいのだ。


「てか、幸崎は何してんの?」


「クラス委員の仕事で先生に呼ばれていたのですよ。で、これから昼食なのですが・・・・・・」


 なぜかそわそわしている美月。その様子から誘ってほしいのだろうかと明里は察する。


「よかったらさ、一緒に食うか?」


「は、はい!」


 嬉しそうに返事をし、自分の机に弁当を取りにいった。


「ねぇねぇ。マジでいつから仲良くなったの?何がキッカケ?」


「いつからって言われてもなぁ・・・・・・」


 まさかユメクイの話なんてできないので困ったように首を傾ける。そんなファンタジー物語を語ったところで頭がオカシクなったか、遅めの厨二病を患ってしまったと思われて終わりだろう。


「それは、私と稲田さんが遠縁の親戚だったからですよ。最近になって分かったことなのです」


「そうなの!?」


 弁当箱を持って戻って来た美月が助け船を出してくれた。まるっきり嘘の話ではあるものの千冬は信じているようだ。


「はぁ~、幸崎さんと明里がねぇ」


「なんか不服そうだな」


「だってさぁ、幸崎さんってお嬢様って感じで清楚で頭もいいじゃん?それに比べて・・・」


「アタシは真逆ってか?」


「うん」


「オイ」


 完全に否定できないのがツラいところである。実際明里はイマドキギャルって感じだし、頭も特段良いわけではない。幸崎とは真逆だというのは真実なのだ。


「そんなことはありません!稲田さんは正義感が強いですし、真面目な方ですよ」


「お、おう」


 千冬のあんまりな言い様に我慢できなかったのか美月がグッと顔を乗り出すようにして訴える。明里も最初は驚いたが、美月が庇ってくれたことが嬉しかった。

 

「まあ確かに明里は良いヤツだと思うよ。この前も百円貸してくれたし」


「早く返せよな」


 お金が足りないと自販機前で駄々をこねる千冬を見かねた明里が仕方なく貸してあげたのだ。が、未だにその百円は返ってきてない。


「それより、先ほどお二人が話していたことなのですが・・・」


「ん、なんか話してたっけ?」


「稲田さんが淫乱だって話です」


「聞いていたのか!?」


 というより、なんでそんな事が気になるんだと明里は額に手を当てる。


「明里ったら凄いんだよ。経験人数が確か三十人越えらしいんだよ」


「嘘を吹き込むな!ゼロだよゼロ!」


 大ボラ吹きにもほどがあると千冬の口を物理的に抑えた。そんな千冬の言葉を信じてしまったのか美月は驚くような悲しんでいるような複雑な表情をしている。


「稲田さん・・・そうなのですか?」


「違う違う!アタシは誰とも付き合ったこともないし、カラダだけの関係を持ったこともない!」


「ならよかったです・・・安心しました」


 なにに安心したのだろう。


「でも、えっちな稲田さんも・・・ありかなって最近思うんです」


「いやいや思わないで!頼むから!」


 もじもじと照れくさそうにそう言う美月に慌てふためきながら懇願する明里。そんな二人を微笑ましそうに千冬が見つめていた。






「ふふ、こうして一緒に下校するのは初めてですね」


「そうだったか?」


 午後の授業がようやく終わり、明里と美月は肩を並べて帰路に就く。ちなみに千冬はバイトがあると先に急いで帰ってしまった。

 二人きりの下校の何が嬉しいのか、美月はニコニコとしながら軽い足取りである。


「そうですよ。この前は誘っていただいたのに、クラス委員の仕事でご一緒できませんでしたから・・・・・・」


「ああ。そういえばそうだったな」


「でも、やはりこうやって誰かと帰るというのもいいですね」


「幸崎はいつも一人で帰ってんの?」


 美月と交流を持つようになったのは最近のことで、彼女の交友関係などはあまり把握していない。


「大抵は一人です。友人と呼べる方々は一応はいるのですが、皆さんクラブ活動に参加していて昼休みも練習に励んでますし、放課後も勿論練習があります。なので私はだいたい一人行動が多いですね」


「そうか。幸崎は何か部活に入ったりする気はないの?」


「ユメクイの活動で手一杯ですから、参加しようとは思っていません。霊体では肉体の疲労は関係ありませんが、精神的な疲れは影響を及ぼします。なので集中するためにもユメクイのことを優先したいのです」


「偉いんだな、幸崎は」


 普通の女子高生としての暮らしより、ユメクイという特殊な環境に真剣に取り組んでいるのだ。明里はそこまでの覚悟が自分にあったかと少し反省する。


「なので・・・これからもご一緒させていただきたいなって・・・それで、友達になってくださればと・・・・・・」


 歩みが遅くなった美月は顔を赤くしており、明里はそんな美月に振り返る。


「勿論オーケーだよ。それにさ、アタシ達、もうトモダチだろ?」


「あ、ありがとうございます稲田さん!」


 その満面の笑みは太陽よりも明るかく、パッと明里の心を照らす。


「でさ、ここで提案があるんだケド」


「なんでしょう?」


「そろそろ下の名前で呼ぶってのはどうだろう?そのほうが戦いの時も呼びやすいだろ?」


「た、確かにそうですね」


 美月はコホンと咳払いし、


「あ、明里さん・・・」


 と恥ずかしそうに小さく呟いた。彼女は今まで他者を下の名前で呼んだことがなかったのかもしれない。

 できればさん付けではなく呼び捨てにしてほしかった明里だが、今はこれでいいかと一人頷く。


「じゃあこれからはそれで頼むぜ、美月」


「は、はいっ!!」


 二人の心の距離がまた一歩近づいた瞬間であった。


      -続く-






 

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