第5話 忍び寄る気配

 明里達四人のユメクイは結界の中へと侵入し、ナイトメアレヴナントと閉じ込められた被害者の魂を捜索する。おぞましさのある不快な空気感が体に纏わりつき、これなら同じ不快さでも外の暑さの方が断然マシだと思えるほどだ。


「気配は向こうからだな。よし、付いてこい」


 乃愛が指さす方向から奇妙な咆哮と強いプレッシャーを感じて明里は視線を向けた。するとその先にはイービルゴーストタイプのナイトメアレヴナント数体が浮遊しており、倒すべき相手を鋭い眼光で睨みつける。


「稲田さん、無理はしないで下さい。ピンチに陥ったらわたしのタナカさんでお守りしますから」


「おうよ。戸坂のタナカさん、頼りにしてるぜ」


 広奈の装備するタナカさんことタクティクス・ナイトレイド・カーマインは巨大な盾であり、ビーストの攻撃さえも防げそうなほど分厚い。


「わ、私のことも頼ってくださいね!全力でお守りしますので!」


「ああ。イザという時はお願いするよ」


 広奈に張り合うように美月が声を大にしてアピールする。クラス委員を務めている彼女は責任感があるようで、新しく仲間となった明里のことを心配しているのだろう。

 そんな美月に明里は頷きつつ、先行している乃愛の後を追った。


「敵もこっちを見つけたようだ。あたしが斬り込むから、掩護頼む」


 異形の化物を目の前にしても全く動じない乃愛は斧を担いで駆け出す。そのスピードは世界陸上の短距離走選手よりも速く、瞬く間に敵との距離を詰めた。

 

「直撃させる!」


 振り下ろされた斧はイービルゴーストを真っ二つにし、一撃で撃破する。戦い慣れしたその背中を追いかけてきた明里も負けじと大剣を一閃、イービルゴースト一体を切断した。


「やるじゃねぇか。見直したぜ」


「そりゃあどうも」


 乃愛と背中合わせにして敵に対峙する明里。


「戸坂はあの霊器で戦えるん?盾じゃあ攻撃には向かない気がするケド」


「あいつなら心配ない。見てみな」


 飛びかかって来たイービルゴーストを避けつつ、すれ違いざまに倒した明里は広奈の姿を探す。


「マジか」


 少し離れた場所で戦う広奈はジャンプして巨大な盾でイービルゴーストを圧殺していた。広奈は小柄な少女だが自分よりも大きな盾をカンペキに使いこなし、防御だけでなく攻撃にも用いていた。どうやら彼女の心配は無用らしい。


「見た目には幼いが、戦士としてのあいつは立派だよ」


「そうみたいだな。アタシも負けてらんないな!」


 残ったイービルゴーストの数は少なく、このままなら間もなくユメクイ達の勝利で終わるはずであったのだが・・・・・・






「ほうほう・・・あのユメクイども、なかなかやりますねぇ」


 明里達の戦いを遠くから見つめる女がいた。紫色のコートを纏うその人間は白銀の仮面を付けており、その素顔は分からない。


「ふむ・・・ちょっと小手調べをさせてもらいましょうか」


 仮面の女は手にしていたキューブ状の物体を放り投げる。掌サイズだったそのキューブは風船が膨らむように急速に巨大化し、三階建てのビルほどの大きさになってからパカッと割れた。


「ふふふ・・・行ってこい、我が下僕たちよ!」


 割れたキューブの中から出現したのは人型の骸骨で、三十体以上いるであろうか。それぞれが槍や剣を持っており、仮面の女の指示を受けてユメクイ達のもとへと行進を始める。






「この周囲の敵は片付けたな。後は結界が解けるのを待つか」


「けどさ、ここに閉じ込められた被害者の魂を見つけなくていいのか?」


「結界が解ければ元の体に魂は戻る。だから問題はないぜ」


 乃愛が言うにはわざわざ探して回る必要はないようだ。とはいえ無事を確認したいとも思うので、できれば見つけたい明里であったのだが、新たな気配を察知して大剣を構えた。


「敵、まだいるようだな」


「そのようですね。しかしどこに・・・・・・」


 コツッ、コツッ・・・・・・

 

「ん?なんの音だ?」


 軽いコンクリートがぶつかるような音がする。周囲は森のように木々が茂っていて見渡す限り緑なのだが、一体何が音を発しているのか分からない。

 だが警戒するユメクイ達の視界の中に、それは現れた。


「が、骸骨!?」


 白い人型骸骨の群れが草木を掻き分けて迫って来た。まるで死者の軍勢とも言うべきその敵影は散開しながら距離を詰めてくる。


「モルトスクレットか!」


「どういうんだ、ソレは」


「見た通り、骸骨のようなナイトメアレヴナントさ。イービルゴーストタイプより手強い相手だ」


 確かにイービルゴーストより強いプレッシャーを感じた。恐ろしい見た目に明里は冷や汗をかくが、ビビッてもいられない。


「稲田さん、私の傍で戦ってください」


「そうするよ」


 初めて戦う相手だし、一人で勝てるか不安だ。まずは美月が敵をどう対処するかを観察しておく必要があるだろう。

 

「成敗っ!」


 美月は刀を振るうが、モルトスクレットは素早いサイドステップで回避した。どうやらノロマなイービルゴーストとは違って機動力があるらしい。これは苦戦しそうだなという予感を振り払い、明里は大剣のグリップを握りしめる。


「やってやる!」


 明里の気合いは充分であったが、モルトスクレットは簡単には倒せない。大剣による斬撃は容易に回避されてしまって当たらないのだ。


「チッ・・・」


 イービルゴーストを何体も倒したことで自信をつけた明里だが、こうも翻弄されてしまって焦りを感じ始めた。美月や乃愛はなんとか数体を葬っていたが、明里のスコアはまだゼロだ。これが経験や実力の差なのだなと痛感している。


「けどもっ!」


 ようやく一体を刃で捉えて粉砕するように倒した。やっとだが戦果を挙げることができた明里は次の一体に斬りかかるが、


「くっ・・・」


 大剣は空を斬っただけであった。


「動きをよく見ればっ!」


 モルトスクレットの回避先を予測し、そこ目掛けて斬撃を放つ。これならば直撃すると思った。しかし、


「なっ・・・!?」


 明里の攻撃が正面の敵に届くことはなかった。何故なら別のモルトスクレットが明里の横腹を槍で刺し貫いており、動きを止められてしまったからだ。

 肉体から魂が分離しているとはいえ痛みは感じるようで、腹を抉られた激痛に襲われる。視界が揺らぎ、槍が引き抜かれて支えを失ってふらつく。


「稲田さん!!」


 それを目撃した美月は明里を刺したモルトスクレットを両断し、倒れそうな明里を抱えて後退した。


「戸坂さん!こちらに来られますか!」


「了解、今行きます!」


 すぐに駆けつけた広奈が明里をかばうように盾を構える。そして入れ替わるように美月が飛び出し、広奈を追ってきたモルトスクレットと交戦する。


「すまん・・・迷惑かけちまった・・・・・・」


「気にしないでください。こういう時はお互いさまです」


 返答しながら広奈はモルトスクレットが投擲してきた岩石を盾で防御し、美月に敵の位置を伝えた。


「傷口を見せてください」


 明里は痛みで押さえていた脇腹を広奈に見せる。傷口からは青い血のような光が漏れ出していた。

 その傷口に広奈が手を当て、何かを呟く。すると痛みは引き、傷口は修復されていった。


「ありがとう、助かった。けど一体何をしたんだ?」


「ハイレンヒールという治療術を使ったんです。魂の耐久度がある限り怪我は自動回復するのですが、時間がかかります。この治療術を使うことですぐに治すことができるんですよ」


「なるほど便利な術だ。アタシにも使えるかな?」


「残念ながらこれは全てのユメクイが使える術ではないんです。稲田さんにも適正があるかもしれないですが」


 つまり広奈はその適正がある貴重なユメクイということだ。

 怪我が完治した明里は立ち上がり、先ほどまで大穴の空いていた脇腹をさすりながら戦場へと向き直る。


「気を付けてくださいね。致命傷さえ受けなければこうして治療も可能ですが、さすがに亡くなった方までは生き返らせることはできませんので」


「ああ。さっきは目の前の一体に集中し過ぎて隙を作ってしまったけれども、次は気を付ける」


 必死に戦う初心者は視野が狭くなりがちだ。戦場では常に気を張り、周囲の状況をしっかり把握しながら戦わなければ命取りになる。実際それで明里は死にかけたわけで、今回は運よく助かったが次はこうはいかないかもしれない。




「稲田さん、もう大丈夫なのですか?」


「大丈夫だ。戸坂の術で助けてもらって、命拾いしたぜ」


「良かったです。一時はどうなるかと思いましたよ」


「スマン・・・それと、ありがとな。幸崎がすぐに来てくれたから生きてるんだ」


「い、いえ。当然のことをしただけですよ」


 お礼を言われた美月は戦闘中にも関わらず喜びの笑みを隠せない。よほど嬉しかったらしく、顔を赤らめている。


「さあ、残りの敵もやっちゃいましょう!」


「おう!」


 力が漲る美月は普段以上の戦闘力を発揮し、モルトスクレット二体を続けざまに切断した。そんな美月に追従し、明里もうまく防御をしながら交戦する。


「あの二人、いい感じじゃん」


 美月と明里の戦いぶりを視界に入れた乃愛が呟き、広奈がそれを肯定するように頷いた。


「なんかお似合いですよね。幸崎さんもかなり気にかけているようですし、いいコンビになるんじゃないですか」


「あたし達もいいコンビだよな?」


「いえ、あなたとコンビを組んだ覚えはありませんが」


「おーいおい!けっこう長いこと一緒に戦ってきたじゃあないか!」


「記憶にございません」


「都合の悪くなった政治家みたいなこといいやがって!」


 そんな軽口をたたく余裕があるのが広奈と乃愛だ。二人は全くダメージを受けることもなく、戦いを優勢に進めている。

 あれだけ大勢現れたモルトスクレットも数を減らし、ついにユメクイ達の勝利の時が近づいていた。


「いくぜ!」


 敵の剣を弾き、明里はトドメを刺すべく大剣を振りあげるが、


「おっと!そうはいかないぜ!」


 側面から別のモルトスクレットが接近してきたのを今度は見逃さない。大剣を引っ込めて後ろに飛びのき、二体のモルトスクレットを視界に捉えた。


「幸崎、敵を挟み撃ちにしよう」


「はい、お任せを!」


 敵の後方に美月が回り込み、挟み撃ちができる位置取りをする。そして二人が同時に駆けだした。

 一体のモルトスクレットを美月が撃破し、残ったもう一体は狂気に憑りつかれたように剣を振り回している。


「見切った!」


 素早い動きで刀を突きだし、モルトスクレットの剣を受け止める美月。


「稲田さん!」


「斬るぜ!」


 明里は無防備になったモルトスクレットの腰を破壊し、更なる一撃で頭部を砕く。これで全てのモルトスクレットは討伐され、ようやく周りが静かになった。






「全滅ですか・・・・・・」


 自らが放ったモルトスクレットが全て倒されるのを見た仮面の女はため息をつきながら戦場に背を向ける。彼女自身が戦う気はないようだ。


「まっ、今はこれで。対策は後で考えておきましょう」


 そう呟いてコートを翻し、仮面の女は崩壊を始めた結界を見上げて光の中へと姿を消した。

 

 新たな仲間ができた明里だが、同時に新たな脅威も迫りつつあることにはまだ気がついていなかった。

 

         -続く-










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