第3話 明里の決意
ナイトメアレヴナントが作り出した結界へと侵入し、明里と美月は霊器を構えてイービルゴーストタイプと対峙する。その数は十数体もいるが明里は不思議と恐怖は感じていなかった。なぜなら傍に美月がいるからであり、非現実に身を置いた高揚感が心を満たしているからだ。
「稲田さん、一気にケリを付けますよ」
明里に付いてくるよう指示し、飛び出した美月は刀を素早く振るう。その斬撃で一体のイービルゴーストが両断されて消滅した。
「よし・・・やってやる!」
自身に与えられた大剣のグリップを両手で握り、美月のように駆け出す。
「邪魔だ!」
行く手を阻むように立ち塞がったイービルゴーストをナナメに切断し、その近くにいたもう一体の頭部を斬り飛ばした。まだ戦闘に慣れているわけではないので完全に力任せな攻撃だが、豪快に霊器を振り回すさまは熟練者のような風格がある。
「やりますね、稲田さん。その調子です」
「褒めてもらえたんだから、もっと頑張るぜ!」
典型的な褒めて伸びるタイプの明里は嬉しくなって更に一体を撃破した。イービルゴーストが低性能であるのは間違いないが、これは明里の素質の高さと度胸あっての戦果である。
美月も順調に敵を殲滅し、残るは最後の一体。
「トドメっ!!」
掴みかかってこようとしたイービルゴーストの側面へ回り込み、大剣を横薙ぎにして胴体を真っ二つにした。地面へ落ちたイービルゴーストは青色の粒子になって消滅し、辺りは静寂に包まれる。
「この方が今回の被害者ですね」
少し歩いた先に老齢の女性が倒れていた。意識はないようで明里は心配そうに抱える。
「この人大丈夫なのか?目を覚まさないけど・・・・・・」
「ナイトメアレヴナントに襲われて気を失ってしまったのでしょう。魂に若干のダメージを受けていますが、結界が消えて現実の体に帰れば回復します。暫くは倦怠感があるでしょうけど大丈夫ですよ」
「それならいいケドさ」
「ほら、結界が崩壊しますよ」
ナイトメアレヴナントが全滅したことで結界が維持できなくなり、ヒビが入るようにして空から崩れる。その様子が少し綺麗だなと思っているうちに明里の視界は光に満たされていく。
「戻ってきたのか」
光が収まると、そこは和室の一角だった。結界内に侵入する前に居た場所であり、目の前には結界に倒れていた老婆が静かに寝息を立てている。
「無事に帰還できましたね。この女性の内部に作られた結界は消え、魂を救うことができました」
「これがユメクイの仕事なんだな」
「そうです。私達ユメクイはこのようにしてナイトメアレヴナントの脅威から人々を救っているんです。皆さんに認知してもらえる仕事ではありませんが、意義のあることなのですよ」
ユメクイがいなければナイトメアレヴナントの悪夢に世界は覆われてしまうことだろう。人目に付かない慈善事業のようなモノだが、確かに世界を守っているのだ。
「今回はイービルゴーストという低級タイプだけでしたが、昨日戦ったようなビーストや他にも強敵がいて、いつ命を落とすか分かりません。とても危険なことであるのも事実ですが」
実際にビーストの攻撃で美月は窮地に陥ったし、明里もいつそうなるか分からない。
「幸崎はユメクイで良かったと思うか?」
「私はユメクイであることを誇りに思っています。今も目の前で苦しんでいたこの方を助けることができてその事を嬉しく思いますし」
「そっか」
覚悟を持って戦っているのだなと明里は感心する。誰に称賛されるわけでもないだろうに、それでも美月はユメクイであることを不幸だとは思っていないようだ。
その後も結界が出現していないか街をパトロールしたが、今夜はもう新手が現れる様子はなく二人は明里の家へと舞い戻った。そして本来の肉体へと魂は還り、ベッドからむくりと起き上がる。
「どうでしたか?ユメクイの職場体験をしたご感想は」
「ユメクイのやることがよく分かった。まあこれは仕事の一部なんだろうけどな。でもおかげで決意は固まったぜ」
「それじゃあ・・・・・・」
「アタシもユメクイとしてやっていきたいと思う。人の役に立てるってのは嬉しいことだし、アタシ自身も気分がいいしな」
「そうですか!」
美月は嬉しそうに明里の手を握ってぶんぶんと振る。そこまで喜んでもらえるのかと明里は照れくさそうに顔を赤くし、視線を逸らして部屋に置いてある鏡へと移した。そこには自分と美月の姿がしっかりと反射している。
「危険な仕事ではありますが、私がしっかりレクチャーしていきますからね」
「ああ、頼む。一人じゃあ心細いからな・・・・・・てかさ、ユメクイってどれくらいの人数がいるんだ?」
少なくとも明里の知人にはユメクイはいない。
「正確な人数は私も把握してはいませんが、この東高山市には私達以外にも二人のユメクイがいますよ。しかも私達と同じ新木高校に通っています」
「世間は狭いにもほどがあるな。てか、その人数でこの街をカバーしきれるのか?」
「以前は他にもいたのですが、この街は比較的平和ということで上の世代の方々は別の街に行ってしまったのです。それでも一応は私達だけでも対処できていたのですが・・・・・・ここ最近はナイトメアレヴナントの出現が増えて少しキツくなってきていたところなのですよ。なので明里さんの参戦はありがたいです」
「そうか」
なら早く一人前になって戦力の一端となれるように頑張ろうと決意する明里。命の恩人である美月の足手まといになってしまってはユメクイとして戦う意味が無くなる。
「明日もう二人のユメクイの方を紹介しますね。少し個性的な方達ですけど、稲田さんならすぐ打ち解けられるでしょう」
「そ、そうかな」
「だってほら稲田さんってお友達が多いみたいですし、人付き合いがお得意そうなので」
「んなこたないよ。確かに知り合いは多いかもだけど、別に人付き合いが得意ってワケじゃない」
知り合いだからといっても仲が良いとは限らない。表面上は友好的に振る舞っていても心を許しているわけではないし、明里にとって友達と呼べる存在は少なく、別に人と関わることが得意では決してないのだ。
「まあ同じユメクイ相手ならちゃんと仲良くなれるよう努めるよ」
「それがいいですね。共闘する機会もあるでしょうし、交友関係を深めておいたほうがいいです」
その二人がどんな人なのか想像しつつ明里は眠りに就く。朝はもう近いが、それでも少しは寝ておこうと思ったのだ。魂が抜けた肉体は休眠状態となっていてユメクイとしての活動中は負担はかかっていないものの、意識はずっと覚醒していたので精神的な疲労が溜まっているために休息を取りたかったのである。
「ん・・・・・・」
明里は目を覚まして違和感を感じた。腕を温かく柔らかい感触のモノが包んでいたからだ。その慣れない感触が何なのか確かめようと寝ぼけながら視線を向ける。
「うわっ!」
その正体は美月の胸であった。まるでスイカ玉のような大きさと丸さを誇るその巨乳が明里の腕を飲み込んでいる。
「おい、幸崎」
ゆすって起こそうとするが、なかなか目を覚まさない。
「困ったな・・・・・・」
別に困ることはないだろうが、この状況がなぜだか恥ずかしかったのだ。よく見てみれば美月は明里の腕に抱き着くようにしており、甘えん坊な赤ちゃんみたいである。
美月が起きないので諦めてベッド近くに置いてある時計を確認すると時刻は午前五時を指していた。いつもの起床時間から一時間以上早いがもう眠気はない。
「うーん・・・・・・」
「おっ、起きたか?」
「ママぁ・・・もう少し・・・・・・」
「アタシはママじゃないぞ!」
思わずツッコミを入れ、それに反応したのか美月はハッと目を覚まして起き上がった。
「す、すみません!」
「い、いや・・・起きたならいいんだケドさ・・・・・・」
マジメなクラス委員の美月の口からママなんて単語が出たことに明里は驚く。自宅では母親をそう呼んでいるのだろうか。
「あの・・・私なにか言っていましたか?寝言とか」
「寝言ってワケじゃないけど、起こそうとしたら”ママ”って・・・・・・」
「あー!!忘れてください忘れてください!!」
手と顔をブンブン振りながらそう必死に訴える美月。
「ふふ・・・・・・」
「あ!!笑いましたね!?笑いましたよね!?」
「いや馬鹿にしたんじゃないぞ。なんていうか・・・可愛いなって」
「か、可愛い!?」
茹でたタコのように顔を真っ赤にし、目を丸く見開く美月。てっきりバカにされるものだと思っていたのだから可愛いなんて感想を言われたことを意外に思っているらしい。
「べ、別に私は可愛くなんてありませんよ」
「そうか?少なくともクラスの中ではトップレベルの顔立ちだと思うし、さっきみたいな普段とのギャップは可愛いと思うケドな」
「もう!」
美月はベッドから立ち上がって乱れた髪を整える。そうしていつも通りの落ち着きを取り戻してスクールバッグを手に取った。
「一旦家に帰りますね。今日の授業の用意をしないといけませんし」
「だな。アタシも準備しないと」
「始業に遅れないように気を付けてくださいね」
まさにクラス委員といったセリフを残して美月は玄関を出た。外は朝日に照らされて眩しく、魔の時間は過ぎて新しい一日が始まったことを太陽が教えてくれる。
「長い夜だったな・・・・・・」
寝ていれば夜など一瞬で過ぎ去るが、緊張感を持って長時間パトロールしていたので体感時間的には一日経過していた。ユメクイとなった以上はこれが続くわけで、慣れるまでは大変だなと思いつつ自らに宿った新しい力を誇らしく感じている明里であった。
「おはようございます。ちゃんと予鈴前に登校できてなによりです」
「遅れたら幸崎に怒られそうだからな」
「特殊な事情があるとはいえ、学生の本分を忘れてはいけませんもの。これからは学業面でもご指導しましょうか?」
「えっとぉ・・・なるべくお手柔らかに」
明里の学業成績は平凡中の平凡だ。決して悪くはないのだが、学年で一位二位を争うほど勉強のできる美月からしたら低く感じられてしまうだろうし、どれほど厳しい指導をされるかわかったものではない。
「おーい明里、いつの間に幸崎さんと仲良くなったんだ?」
明里に手を振りながら声をかけてきたのは千冬だ。これまで接点の無かった明里と美月が話しているのを見て不思議そうにしている。
「仲良くというかなんていうか・・・まあいろいろとあってさ」
「ふーん?いろいろねぇ・・・・・・」
千冬は疑うような目をしながらおもむろにクンクンと明里と美月の匂いを嗅ぎはじめた。
「お、おい。なんだいきなり」
「いやさぁ・・・二人、同じ匂いがする」
「に、匂い!?」
「うん。幸崎さんから明里の匂いがする」
美月の体は制服のままで明里のベッドに入って一晩過ごしたわけで、その制服には当然明里の匂いがうつっている。それを千冬が嗅ぎつけたのだ。
「もしかして明里・・・幸崎さんを抱いたの?」
「んなことしてない!誤解を招くようなコトを言うんじゃあないよ!」
「必死に否定するトコロがますます怪しいですなぁ。私というものがありながら妬けちゃいますなぁ」
「勘弁してくれ・・・・・・」
ニヤニヤと煽る千冬に呆れる明里だが、美月はというと何故だか満更でもないように指で髪の先をくるくると巻いていた。
-続く-
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