第3章 故郷に咲く思い出の花

第1話 大教会の朝食

読者皆様


 皆々様の熱い声援を受けて長い眠りからようやく覚めました。


 転生大聖女の異世界のんびり紀行最新話を更新したいと存じます。

 ゆるゆると更新していければと思いますので羽毛布団をご準備の上、お付き合いいただけると幸いです◦<(¦3[▓▓]スヤァ…


――――――――――――――――――――




 ヒルネがイクセンダールに来てから半年が経過した。


 早いもので異世界エヴァーソフィアに転生してから三年と二ヶ月になる。


 気づけばこの世界で十一歳になり、イクセンダールに赴任してからヒルネはより大人に近づいた。自身の大教会を持ったことで内面の意識が変わったからだろうか。


 最近ではメフィスト星教や市民から女神ソフィアの生まれ変わりと本気で言われるほどの美しい少女に成長している。金髪碧眼、瞳は大きく、鼻、唇は愛らしい。美術品のように整った顔立ちは黙っていれば絵本から飛び出した大聖女そのものである。少女が女性へと変化していく途中の、この時期しかない特有の儚さと生命力があった。


「ふああああああぁぁぁあぁぁ……あっふ……あっふ……ふああぁぁっふ……」


 世界の希望。


 南方に現れた彗星。


 女神の生まれ変わり。


 そんな敬愛を辺境都市全体から一身に集めている大聖女ヒルネは、現在、専属メイドのジャンヌに買ってもらったピヨリィの羽毛布団にくるまれて大あくびをしていた。鍋のパスタを一口で食べきるような大口である。


「ああ、またそんなはしたないあくびをなされて」


 黒髪ポニーテールの専属メイドであるジャンヌが呆れ口調でヒルネの羽毛布団を引っ張る。


「……むにゃ……ねむみ……」

「ヒールーネーさーま。起きてください。今日は朝食前にお祈りの時間ですよ〜」

「……この世界のすべての安眠に……ウモウ……ブトン……」


 ヒルネが批難めいた視線をジャンヌに飛ばしながら、眠たげな手付きで聖印を切った。聖印はなぜか四角形である。羽毛布団を模した聖印のようだ。


「ここでお祈りをしてもダメですよ。あとなんですかその聖印は。ヒルネさまは世界に四人しかいない大聖女なのですから、思いつきの行動はお控えください」


 ジャンヌが手慣れた様子で羽毛布団を引き剥がしにかかった。


 彼女はヒルネと毎日一緒のベッドで眠っているため、知らぬ間に加護を受けており、疲れ知らずでメイド業に勤しむことができるスーパーメイドであった。努力家の彼女はすべてにおいて妥協がない。


 布団を引き剥がすことに対してもトライ&エラーを繰り返して対策を編み出していた。


「脇をくすぐりますね」


 ジャンヌがそう言って両手を広げて見せると、ヒルネは握りしめていた羽毛布団を思わず離した。


 すると、ジャンヌが一瞬の隙を狙って手早く羽毛布団をヒルネから剥ぎ取り、ささっと畳んで片付けてしまった。


「ああっ……うちのメイドが優秀すぎて困ります……!」


 芋虫のごとく丸まって、外気に触れて放出されてしまう熱をどうにか身体に残そうとするヒルネ。


「さ、起きてください。皆さまがお待ちです」


 ジャンヌが早朝に相応しい爽やかな笑顔で一礼した。


(そういえばジャンヌも十一歳……成長したなぁ……。お目々が大きくて小動物系の可愛らしさだ。守ってあげたくなるねぇ。確かこの世界は十四とか十五歳で結婚するんだよね……。これはますます男どもが放っておかなくなりそうだな)


 ヒルネが芋虫状態のままジャンヌに視線を送る。


「……困りましたね……」

「なんですか? お布団は返しませんよ?」

「やはり、ジャンヌと結婚するなら私を倒してからと街中に流布したほうがいいでしょう」

「またそのお話ですか? イクセンダールに来る前も言っていましたよね?」

「これは重大な懸案事項です」

「ヒルネさまを倒そうと思う人なんていませんよ。大聖女なんですから」

「前も話したではありませんか。実は私の正体は、寝具店と串焼き屋の娘だったのです。ジャジャジャジャーン」

「布団か串焼きか……どっちなんですか」

「両方です。ええ、私には両方の血が流れているのです。もはや、布団と串焼きで私の身体は構成されていると言っても過言ではないでしょう」


 ころころとベッドを転がりながら寝ぼけた顔で訳のわからないことを言うヒルネを見て、ジャンヌはくすりと笑った。


「さ、早く着替えましょう」


 芋虫大聖女はベッドの縁に近づいたところをジャンヌに捕獲され、素早く二足歩行へと切り替えさせられ、バンザイのポーズを取らされた。


「うう〜……にぇむいぃぃ……」

「あとでお昼寝をさせてもらいましょう。ワンダさまもきっとお許しくださるはずです」

「それならがんばる」


 ジャンヌが用意していた湯で顔を洗ってくれ、ぼんやり立っている間に歯を磨いてくれる。さらには手早く着替えさせてもらい、椅子に座って長い髪をゆっくりと梳かれ、髪を整えられる。あまりの心地よさに二度寝をしてしまいそうになったが、そんな思惑も知られているのか、ジャンヌが「終わりました」とタイミングよく言った。


(ジャンヌがいないと生きていけない身体になってしまった……)


 ヒルネはそんなことを思いながら、大教会の礼拝堂へと足を向けた。



      ◯



 ヒルネが南方都市イクセンダールに赴任後、半壊していた大教会は改修され、先日無事に完成した。


 生まれ変わった大教会は聖なる力で魔を払うと言われている貴重な鉱石である聖水晶セントクォーツが全体に使われ、虹色の光彩を放つ幻想的な建造物に仕上がった。さらには魔力を保存し、夏は涼しく、冬は温かいというオマケ機能までついている。


 ヒルネは朝のお祈りを終え、大教会の礼拝堂を見上げて満足気にうなずいた。


(安眠石ちゃん、オシャレだしいいねぇ)


 ヒルネは聖水晶セントクォーツを安眠石と呼んでいた。


(自分の大教会を持ったから、いよいよ大聖女によるホワイト起業伝説が始まる……。週休四日、残業ナシ、不定休日、有給五十日、お昼寝自由、フレックスタイム導入……)


 願望を脳内で垂れ流しにしている大聖女。


 傍から見ると世界を憂う顔つきのため、朝のお祈りに参加していた聖職者たちからは「世界の行末を憂いておられる……」「南方の次はどちらをお救いになるのだろうか……」と、尊敬の視線が送られる。


「ヒルネさまはご立派です」


 ジャンヌはヒルネのことになると少々盲目的なところがあった。


 大教会が完成して変わったことと言えば、食糧事情が大幅に改善され、出てくる料理の種類が豊富になった点だ。


(充実した朝食! これを求めていたよ!)


 お祈り後に食堂へ行くと、ミニベリージャムの乗った焼き立てのパン、半熟目玉焼き、ソラ豆と玉ねぎのコンソメスープ、ニンジンとチキンのオリーブ炒め、デザートには南方名物のシュガーマスカットだ。


 ヒルネは赴任後にホリーと協力して果樹園を浄化し、時計台の鐘を作成した。一日三回鳴る鐘の音色には安眠と浄化の効果が付与されており、どんなに風の強い日でも雨の日でも、かなり遠くまでその音色が届くという不思議現象が起きている。


 音色の届く範囲にある農園では作物の成長速度が早くなり、実りが豊かになった。


 そのため、瘴気が多く散り、深刻な食糧不足に陥っていた南方の台所事情が改善されてきている。大聖女ヒルネを称える歌が村々には響いているそうだ。


「素晴らしき人生かな。朝食を作った料理人の方々と農家の方々に幸があらんことを」


 ヒルネがフォークを握りしめて聖印を厳かに切ると、浄化の聖魔法が発動して食堂に星屑が舞った。


「わあっ!」

「なんとありがたい……!」

「料理長、泣かないでください」

「俺は大聖女さまに喜んでいただきたくて料理人になったんだ……泣かずにいられるか……。やっと……まともな料理をお出しできて嬉しいよ俺は……」


 給仕をしていたメイドや配膳の確認をしていた料理人たちから拍手と歓声が上がる。


 大聖女の浄化魔法は滅多に受けられない希少なものだ。信心深い料理長は聖印を何度も切ってヒルネの言葉に涙を流している。


 ジャンヌは給仕をしながらその光景を見て、我がことのように誇らしげな顔をしていた。

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