閑話 鐘の鳴る日常

 ” 書籍2巻発売記念! ”

 ということで更新いたしました。

 ( ˘ω˘ )スヤァ…

―――――――――――――――――――




 ヒルネがイクセンダールの時計塔を修繕してから二週間が経過した。


 お昼になると、透き通るような大鐘の音色が鳴り響く。


 イクセンダールの住民たちは「さ、昼飯だ」と仕事を切り上げて休憩時間に入り、皆が笑いながら楽しそうに仕事の話や世間話をし始める。弁当屋や屋台の店主は稼ぎ時ともあって、大声で自慢の商品を宣伝して大いに客寄せをしていた。


「ふああぁっ……なんだか平和ですねぇ」


 千枚廊下の掃除をしていたヒルネがモップの柄の先にほっぺたを乗せ、だらりと両手を垂らした。


 プラチナブロンドの長い髪がゆらゆらと揺れ、ついでに頭もぐらぐらと揺れる。


 ほっぺたにクッション材となる聖魔法をかけているので、体重をかけても痛くはなかった。


「そうですね。平和ですね」


 黒いポニーテールの可愛らしいメイドのジャンヌが楽しそうに笑った。


 ジャンヌはこの平和はヒルネがもたらしたものだと知っており、メイドとして誇らしい気持ちだった。


 辺境都市イクセンダールは瘴気に汚染され、魔物が跋扈しており、夜は死に怯え、昼は生き伸びるために懸命に働くような、余裕のない日常が当たり前であった。家族の行方が知れないなどは不幸話にならないほどに不幸がまき散らされていたのだ。


 ヒルネが着任後、状況は一変した。


 都市すべてを防御する結界のおかげで、住民は何年ぶりかの安眠を手にした。

 それから街は次第に人間らしい生活を取り戻し、シンボルであった時計塔が復活して、今では昼食後に昼寝ができるくらいの余裕を取り戻していたのだ。


 まだ生活に足りないものは多くある。

 それでも、人々には希望があった。


 星屑のようにキラキラと輝く、楽しい明日がこの先に続いている。

 皆が居眠り大聖女を称え、同じ時代に生まれたことに感謝した。



「あ~……あ~……」



 尊敬をその小さな身に集める大聖女は、絶賛千枚廊下の掃除中である。


 大聖女のほっぺたクッションになっている聖魔法からは微量な星屑が舞っており、ヒルネはモップの柄に頬を乗せたまま、「あ~……ねむみ……」とだらしない声を漏らし、星海のような青い瞳で霧散していく小さな星屑を追った。


「キラキラしてますねぇ……どうして私は千枚廊下の掃除をしているんですかねぇ……」

「それはヒルネさまが人をダメにする椅子に乗ったまま聖魔法で空を飛んで、苺パンをつまみ食いしたからですよ」

「ああ……本能のままに行動してしまう……なぜでしょう。眠いからでしょうか……?」

「ヒルネさまはご自分に正直すぎる気がします」

「なぜですかねぇ」


 頭を動かして、ぐりぐりとモップの柄を動かす。

 モップはまったく進まない。


「あの、ヒルネさま。そろそろ人としてダメになりそうなだらしないポーズはおやめになってください。誰かに見られたら――」


 ジャンヌがそこまで言ったところで、以前から南方に赴任している十代後半の聖女とそのメイドが通りかかり、ヒルネのポーズを見て立ち止まった。


「せ、先輩! あわわわわ! これはその、違うんです! ヒルネさまっ、シャキっとなさってくださいッ。まっすぐに切ったダイコンみたいにシャキっと!」


 ジャンヌが先輩メイドを見て、あわててヒルネにお願いする。


「ふあぁっ……今日もいい天気ですねぇ」


 ヒルネは眠気で聞こえていなかったのか、お気楽な調子で手を振った。


 聖女とメイドは顔を見合わせ、プラチナブロンドの可愛らしくて美しいヒルネへ目を向けると、春の太陽のような優しい微笑みを浮かべ、


「ヒルネさま、ごきげんよう。いい天気ですね」と手を振り返してくれた。


 十代後半の聖女タチアナは大きな垂れ目がチャームポイントの、桃色の髪を胸のあたりまで伸ばしている見目麗しい聖女だ。


 彼女もヒルネが来てから生活が向上した一人であった。


 ヒルネ着任前は徹夜など当たり前の生活で、夜に襲ってくる瘴気に対抗するため聖女たちで夜勤ローテーションを組んでおり、魔力を枯渇寸前まで使うことなどざらであった。


 昼間は浄化作業、聖水作成、祈祷、結界維持、聖句詠唱、施しなど、目の回るような忙しさで、夜勤と合わせて働きづめであり、いつ倒れてもおかしくない状態であった。それだけイクセンダールが追い込まれていたせいである。


 ヒルネが来てから労働環境は一変。


 夜勤は結界のおかげで廃止され、昼の業務に集中できるようになった。

 聖女タチアナは小さな大聖女にいつも感謝していた。


(美人さんな二人……異世界万歳だね、これは)


 桃色髪の聖女とメイドを見て内心で拍手するヒルネ。


「食堂に苺パンがありますよ。ピピィさんにもらってきました。お二人も食べに行かれたらどうですか?」

「まあ。なんて素敵なんでしょうか! ありがとうございます」


 聖女タチアナがこぼれんばかりの笑顔で礼を言い、メイドと笑みを交わしながら足早に食堂へと去っていった。


 甘味はいつでも少女たちに大人気である。


(癒やしだわ~……眠いわ~……)


「ふああぁぁぁああぁぁっ」


 大きなあくびを一つ繰り出して隣を見ると、ポニーテールのメイドさんが目を細めていた。


「ヒルネさま。そろそろおやめください。ほっぺたに穴が空いてしまいますよ」

「聖魔法で防御してます。問題ありませんよ」

「また貴重な聖魔法をそんなところに使って……ダメですよ、ヒルネさま。ささ、シャキっと立ってくださいね……そうそう、そうです。背筋も伸ばして……そう。おやりになればできるのですから、最初からお願いしますね」

「むう……ジャンヌのお願いじゃ断れませんね」


 ヒルネはまっすぐに切ったダイコンとまではいかないが、しっかり背を伸ばした。

 食堂の方向からは楽しそうな声が薄っすらと聞こえてくる。

 ヒルネはジャンヌを見つめ、口を開いた。


「掃除を終わらせて、私たちも食堂に行きましょうか」

「はい! ぜひそうしてください」

「ジャンヌのお腹が鳴りそうですからね」

「我慢してるのバレましたか……?」

「ええ。聴力上昇の聖魔法を使って、お腹の状況を把握しました。今まさにきゅるきゅると鳴っています」

「私のお腹目的で聖魔法を使わないでください! こんなどうでもいいお腹より、もっとこう、いいことに使ってくださいよぉ!」


 自分のお腹を両手がさすりながらジャンヌが抗議する。


 ヒルネはくすくすと笑ってモップの柄を握り、鼻歌交じりに走り始めた。




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以下告知になります。


『転生大聖女の異世界のんびり紀行2』が昨日発売となりました!


これも皆さまの応援のおかげです。

本当にありがとうございます!


2巻は

WEBでは読めないエピソードを一万字ほど加筆しており、

可愛いイラストもついて

お得感たっぷりの一冊となっております。


書店にてお見掛けした際はぜひともお手に取ってご覧くださいませ。


書籍チェックははこちら↓

https://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000354107


それでは今後とも本作を何卒よろしくお願い申し上げます。

 ( ˘ω˘ )スヤァ…


作者

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