第37話 大鐘の鳴る広場で


 司会役である聖職者から、ホリーの考案した時計塔の設計が大聖女マルティーヌに認められた奇跡が伝えられると、集まっていた市民から一斉に拍手が起こった。


 ヒルネ着任から何度も起きる奇跡に、イクセンダールの市民たちは街の復興を信じて疑わない。


 皆が晴れやかな顔をしてホリーに手を振っている。


「――星の祝福を」


 ホリーが聖句を紡いで祝福の星屑を出せば、皆の笑顔がより一層大きなものになった。


「ふう……」


 一仕事終え、失敗しなかったことに安堵し、ホリーは一息ついた。

 壇上の椅子に座っているヒルネをちらりと見る。


「素晴らしい聖句でしたよ」


 ヒルネは気楽な調子で手を振った。


「めずらしくヒルネが寝てない……」


 ホリーが驚きつつ壇上から下りて舞台袖へ戻ると、今度はヒルネがゆっくりと立ち上がった。

 手には聖書を持っている。


(すごい人の数だね。……うーん、それにしても人前に出ても緊張しないのは、転生したおかげかな?)


 ぼんやり考えながらヒルネは壇上の前へ行き、ぐるりと広場を見回した。

 何千人の視線がこちらに集まっている。


(うん、みんなに聞こえるように、拡声の聖魔法を使おう)


 ヒルネは聖句を省略し、聖魔法を行使した。

 星屑がきらりと舞って、ヒルネの背後をふわふわと舞った。


「メフィスト星教――女神ソフィアの名のもとに、汝らの永い幸福と安寧を願います」


 ヒルネが大聖女らしく厳かな口調で言った。

 中央女神広場の空気が静謐なものへと変化していく。


 マイペースな調子で聖書を開き、ページをめくった。


「聖書――第二節――清き泉に住む牝牛の章――」


 ヒルネの細く、透き通る声が響き渡る。


 大聖女の聖書朗読など、生きているうちにそう何度も聞けるものではない。

 集まっている市民は一斉に雑談をやめた。


 しんと中央女神広場が静まり返る。


「牝牛はたくさんの子を産んだ――光と見紛う黄金の仔牛が混じっていた――」


 ヒルネの声が拡声魔法で朗々と響く。


 本人は眠気を我慢しているだけなのだが、その独特な言い回しと韻律に、聴衆は息をするのも忘れて聞き入った。


 その場にいる全員が、自分が広場にいることを忘れ、ヒルネの姿を見入っている。


「――泉の水は枯れゆくが――青々とした草木が平原を埋める――」


 いつしか広場の上空に星屑が出現し、粉雪のようにゆっくりと降り注いだ。

 美しいきらめきに、集まっていた人々は感嘆のため息を漏らした。


 朗々と紡がれるヒルネの声は、やがて宙へと溶けていき、時計塔の鐘が揺れ始めた。


 薄い氷を割くような音がすると、その音はリーンリーンという、可愛らしい旋律へと変化していく。


「おお」と人々が時計塔を見上げ、声を漏らすと、鐘の音色は波紋のように広がり、街中にある建物の外壁を反響しながら、さらに遠くへ広がっていく。


 ヒルネの声とともに、いつしか鐘の音色は聴いたことのないような美しい響きへと変化した。


「不思議な音ですね……」

「そうね。心地よい気持ちになるわ」


 舞台袖からヒルネを見守っているジャンヌとホリーが、うっとりした顔つきで言った。


「いつかこの光景が伝説となるでしょう」


 ワンダは時計塔を見上げ、聖印を切っている。


「ああ……マルティーヌさま……見ておられますか……イクセンダールの時計塔が……小さな大聖女さまによって……復活しました……」


 大司教ジジトリアは感激で涙を流し、膝をついて祈りを捧げている。


(いい気分だね……素敵な鐘が作れたみたいで……よかったよ……)


 ヒルネは聖書を読み終え、眠くなってきて大あくびをした。

 ふあふあと口を開けると視界がぼやけてくる。


「ああ……とても気持ちがいいです……」


 眠気でふらりとよろけた。


「ヒルネさま……!」


 気づいたジャンヌが舞台袖から飛び出し、ヒルネが倒れる寸前で抱きかかえた。


「ジャンヌ……安眠の大鐘……いい音色ですねぇ……」


 半分寝ながら、そんなことをヒルネが小声で言っていると、ホリー、ワンダ、ジジトリアが早足に壇上へ上がってきた。


「ジャンヌ。ヒルネはどうしたの? まさか魔力欠乏症?」


 ホリーがヒルネの顔を覗き込むとすべてを察し、はあとため息をついた。

 続いてやってきたワンダ、ジジトリアも安堵の息を吐いた。


「寝ているだけですね。まったく……この状況でよく眠れるわね」


 ホリーが広場を見渡した。

 市民たちは鐘の音色を聞いて拍手喝采であった。

 しばらく拍手は鳴りやまず、大鐘は皆を見守るように揺れ、美しい旋律を紡いでいる。


「ヒルネさま、起きてください。ヒルネさま」


 壇上で寝た大聖女を起こそうとするジャンヌ。


 するとヒルネがひときわ大きな声で、

「ああ――おふとんがそこに見えますね――」

 と言った。


 拡声魔法の効果でヒルネの寝言が爆音で響き渡る。


 広場中に笑いが起きた。


「ありゃあ寝ちゃってるよ!」「ふふ、ヒルネさま寝てるね?」「居眠り大聖女さま万歳!」「居眠り大聖女さま!」「大鐘をありがとう大聖女さま!」


 老若男女が笑顔で手を叩いて、自慢げに壇上のヒルネへ顔を向けていた。


「ああっ……ヒルネさまったら、恥ずかしいです……」

「何やってんのよ……」


 ジャンヌ、ホリーが苦笑いを浮かべ、ワンダはため息をつき、ジジトリアは優しく笑った。


 ヒルネは完全に寝入ったのか、ジャンヌのお腹にぐりぐりと顔をこすりつけた。


「これを聞けばワンダさんのお説教も……きっとなくなって……安眠……ぐぅ……」


 中央女神広場にはしばらく大鐘が鳴り響き、人々の笑顔が消えることはなかった。







 第2章―おわり―



―――――――――――――――――――――――

読者皆さまへ・・・


 第2章はこれにておわりでございます。◦(¦3[▓▓]スヤァ


 大聖女になったヒルネの冒険はいかがでしたでしょうか?

 のんびりとお読みいただけたのであれば幸いでございます。


 また、大変ありがたいことに「書籍2巻」が発売することになりました。

 皆さまの応援のおかげです。

 本当にありがとうございます……!


 発売は夏頃です。

 日にちが近くなりましたら、また告知をさせていただきたいと思います。


 書籍の特典として”本編3話分”ほどの分量のボーナストラック(加筆した第2章のラストシーン)を入れることにいたしました。


 安眠の大鐘を聞いたディエゴ村の人々の反応や、

 ヒルネがジャンヌと羽毛布団をゲットしに行く話です。

 第2章のちょっぴりその後、というストーリーですね。

 書籍のほうも、何卒よろしくお願い申し上げますm(__)m


 第3章についてはプロットができ次第更新していく予定です。

 今しばらくお待ちくださいませ。



「転生大聖女の異世界のんびり紀行」

○既刊情報はこちら↓

 https://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000347800 

 

○コミカライズはこちらで読めます!

 ヒルネが可愛いです・・・↓

 https://comic.pixiv.net/works/7336



 本作が面白いと感じた方は、ぜひ「いいね」と「★星」をタップしてくださいませ。大変励みになります・・・!


 それでは引き続き、居眠り大聖女の物語をよろしくお願い申し上げます。


 作者◦(¦3[▓▓]スヤァ

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