第34話 聖なる安眠の大鐘を作ろう


 ヒルネは聖魔法を使い、マクラ鉄から一つ試作品を作った。

 まずは変形させられるかの検証を兼ねて風鈴のサイズにしてみた。


「ふむ……かなりの魔力を使いますね」


 モルグール製鉄所の噴水広場の一角に一同は集まっている。


 ヒルネの小さな手のひらに乗った半透明の風鈴を見て、ズグリ親方は目玉が飛び出さんばかりに驚いていた。


「鉄が聖魔法で半透明になった……しかも白い……あり得ねえ……」


 周囲にいた職人たちも度肝を抜かれている。

 そしてヒルネの付き人である聖職者たちは繊細な魔力操作に肝をつぶしていた。


「これが…大聖女さまの聖魔法……」「物体操作、浄化、その他にも聖魔法が付与されている……」「ご祈祷の際は力を抑えておられるのか……」


 普段からヒルネの聖魔法は見ているが、繊細な操作を必要とする聖魔法は初見であり、その技術力に驚きを隠しきれなかった。


(祈祷は寝てるだけなんだけどね……)


 そんなことをヒルネは思いつつ、風鈴サイズの試作品をジャンヌの手へ乗せた。


「ヒルネさま……私がこれを持つのは恐れ多いですよ」

「なんの形になってるかわかりますか?」


 にこりと笑ってヒルネはジャンヌの瞳を覗き込んだ。

 可愛らしいメイドはぱちぱちと何度か瞬きをし、すぐにピンときたのか口を開いた。


「わかりました! ユキユリの花ですね?」

「大正解です~。正解者には肩もみの権利を差し上げます」

「肩もみなんてとんでもないです! 私が後でヒルネさまにしてあげますね」

「あ、お願いします」


(ジャンヌの肩もみ気持ちいいんだよなぁ)


 ヒルネは遠慮せずに首を縦に振った。

 ジャンヌがうふふと笑う。


「というわけで、南方地域で人気のあるユキユリの花にしてみました。ズグリ親方、どうでしょうか?」


 ユキユリを模した小さな鐘はパーティーなどで使われるクラッカーの形と非常に似ており、下の部分が六枚の花びらになって別れ、美しい曲線を描いている。深窓の令嬢のような儚げで気品のある一品であった。


 ズグリ親方は片時も風鈴サイズの試作品から目を離さずにうなずいた。


「神業と言える造形だ。六枚の花弁も綺麗に形作られているな……こりゃ傑作だよ」

「すべては聖魔法と女神さまのおかげです」


 ヒルネは胸の前で聖印を切った。

 後ろにいる聖職者たちも恭しく聖印を切っている。


(聖印を切るのが完全に癖になってるね。これもワンダさんの教育の賜物か……)


 幾度となくワンダに怒られた過去が思い出される。

 厳しくとも愛のあるワンダのことは好きだが、いかんせんお説教が長い。


 説教というワードを思い浮かべたら、なぜが眠くなってきた。


「ふああっ……では、この試作品はズグリ親方に差し上げます」

「え? いいんですかい、こんな貴重なもの」

「いいんですよ。私の使う聖魔法なんてタダなんですから」

「いやぁ、タダってそりゃあどうなんだい……」


 近所の家に余った野菜を配るような調子のヒルネを見て、ズグリ親方が苦笑いをした。


 プチサイズ鉄鐘の試作品は製鉄所の休憩所に風鈴として置かれ、優しい音色で職人たちに癒しをもたらすのだが、それは数週間後のお話である。また、風鈴という商品がモルグールで大人気となるのだが、それも少し先の出来事だ。


「では、大きな鉄をこちらに持ってきていただいてよろしいですか? そろそろ眠くなってきました」


 あふあふとあくびをし、ヒルネがぺこりと一礼する。


「おう!」


 ズグリ親方は気を取り直し、職人たちを呼んで作業に当たらせる。


 ヒルネ、聖職者たちは気の利く職人が持ってきてくれた椅子に座り、ジャンヌが試作品と交換で、休憩所から借りてきたティーセットでお茶を淹れた。


(メイドと言えばお茶。お茶と言えばティーセット。聖水で入れた紅茶の香り……落ち着くね)


 ほうとため息をつき、水滴を散らしている噴水をぼんやり眺める。


 広場の奥では噴水から汲み入れた聖水を利用して、鉄鉱石の洗浄が行われていた。機敏に動く職人たちが視界に映り、ついその仕事ぶりを目で追ってしまう。


(昔にお母さんと行った蕎麦屋、美味しかったなぁ……ガラス越しに見る蕎麦切りが楽しかった)


 なんとなく前世の出来事を思い出しつつ、紅茶を口に運ぶ。

 何人もの職人たちがヒルネを見て嬉しそうに一礼していくので、笑顔で答えた。


 街の救世主であり、復興の象徴でもある大聖女がのほほんと紅茶を飲んでいる姿が心を熱くさせるのか、職人たちの仕事にも精が出ている。ヒルネは黙っていればプラチナブロンドの見目麗しい少女であり、絵本から飛び出した聖女そのものだ。職人たちの気分が高揚するのもうなずける。


(蕎麦ってこの世界にあるのかな……うん、クッキーが美味しい……硬めなのがいいね)


 ぽりぽりとのんきに出されたお茶請けを食べる大聖女。


「ヒルネさま、お口にクッキーが」


 甲斐甲斐しくジャンヌが世話をしてくれるのがありがたい。


「落ち着きますねぇ……このまま寝ましょう。ジャンヌ、膝枕を――」

「何を言っているんですか、寝ちゃダメですよ。鐘を作るんですよね?」

「そうでした。まったりしすぎて目的を忘れるところでした」


 のんびりしているうちに日は暮れ始め、鐘の制作用に製鉄された鉄の塊が運ばれてきた。


 丸太を並べて二十人がかりで押している。

 おーえい、おーえいという掛け声が製鉄所に響いた。


(大きい! この大きさだとお寺とかにあった鐘の倍ぐらいになりそうだね)


 運ばれてくる鉄塊を見てヒルネは目を輝かせた。


「これを鐘にすれば街の外……ディエゴ村まで音色が届きそうですね」


 うんと一つうなずき、ヒルネは立ち上がった。


 ジャンヌが手に残像が残るほど素早くティーセットを片付ける。


「ヒルネさま、こいつでどうだ? 良質な鉄鉱石を丸ごと製鉄したぜ」


 ズグリ親方が頼もしい顔で鉄塊を叩いた。


「素晴らしいですね。では、聖魔法を使って変形させていきましょう。かなり魔力を使いそうなので眩しいと思いますよ。皆さん、少し下がってください」


 ヒルネの指示に皆が鉄塊から距離を取る。


 聖職者たちは手のひらサイズの鉄塊を変形させるだけでも相当量の魔力を使用することを心配し、やや緊張の色を顔に見せている。


 ジャンヌが両手を胸の前で組んで、

「ヒルネさま、頑張ってください!」

 と応援した。


「まかせてください」


 鉄塊は銀色の鈍い光を反射させている。


(イメージが大事だよね。さっき小さい鐘を作ったときも、イメージを膨らませたら変形が加速したし……。とりあえず失敗してもいいやって気持ちでやってみよう)


 ヒルネは祈るように目を閉じた。

 聖句を省略せず、一言一句間違えないよう、慎重に詠唱していく。


 いつしかヒルネの周囲には星屑が舞い始め、ジャンヌ、聖職者たち、ズグリ親方、職人たちはその光景に目を奪われた。


(聖句詠唱完了――魔力を鉄に注入……安眠効果と……心穏やかになる音色を……)


 ヒルネは集中してイメージを膨らませていく。


 何度も頭の中でユキユリの形をした鉄鐘の完成形を思い浮かべ、やり直してはまた想像する。


「聖なる安眠の大鐘――!」


 目を見開くと、まばゆい魔法陣が鉄塊の周囲に多重出現し、星屑が音を立てて吹き上がった。

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