第33話 寄り道と鐘の形


 市民に挨拶をしながら風砂の大通りを歩いていると、途中で串焼き屋を発見した。


 王都から移転してきた串焼き屋だ。


 移転当初は出店場所をどこにするか模索しているみたいだったが、最近は風砂の大通りに狙いを定めている。大通りは落ち着いて販売ができるようであった。


「ヒルネちゃん! 一本いっとくかい?!」


 気のいい店主がヒルネを見つけ、声をかけてくる。聖女見習いからの付き合いで、大聖女になった今でも気さくに声をかけてくれる数少ない人物であった。


(タネトゥさん、今日も元気だね)


 角刈りっぽいヘアスタイルに鉢巻が彼のスタンダードだ。本人のこだわりなのか、彼の串焼き屋台は清潔感があり、油が跳ねて汚れた形跡がほとんどない。ヒルネが気に入った理由の一つだ。


「今日もいいんですか?」

「もちのろんよ! イクセンダールの香辛料を使った新作だよ!」

「そうなのですね」


 屋台に近づいて網を覗き込むと炭火が赤く燃え、その上でじゅうじゅうと肉の串焼きから油がこぼれていた。香ばしい匂いについ頬が緩む。


(匂いで眠気がちょっと飛んだよ。美味しそう……)


「では……ブティのつくねを大聖女払いでお願いいたします」

「はいよ!」


 大聖女払い――要するに無料である。


 ジャンヌは王都で何度も見てきた光景なので、「まったくヒルネさまは聖女らしからぬ……」と小言を言うにとどめていた。


(私が食べると宣伝になるからってことでついた支払い方法が“大聖女払い”というね……。これぞまさにWin―Winの関係)


 支払い方法は見習い聖女払い、聖女払い、大聖女払い、とヒルネの昇格に伴って変化している。


 そんなことを考えつつ、ヒルネは店主から串焼きを受け取った。


「美味しそうですね、ジャンヌ」


 ほくほく顔で振り返ると、ジャンヌが何か言いたげな顔をして、「ヒルネさまが嬉しそうだと何も言えません」とつぶやいた。


 お付きの聖職者たちが何度か止めようと口を開いたが、皆、ヒルネが楽しそうに串焼きを持っている姿を見て何も言えなくなった。大聖女らしくない振る舞いが、大聖女ヒルネにとっては自然な行動であるようにも見える。


 何より、可憐な少女が嬉しそうに破顔している姿を見ると、見ている側も心が温かくなった。


「んんん――うまいっ!」

「はっはっは! いい食べっぷりだ!」


 もりもりと串焼きを食べるヒルネ。


(ピリ辛なタレと肉にもみ込まれた香辛料がアクセントになって、肉の旨味が存分に引き出されているね! 山椒っぽい香りがイクセンダール産の香辛料かな?)


 考えながらブティのつくねを頬張るヒルネ。

 焦げ目も香ばしくてさらなる食欲をそそった。


「お付きのメイドちゃんもどうぞ!」


 店主が嬉しそうに串焼きを出した。


「私が受け取りましょう」


 ヒルネが受け取り、笑顔でジャンヌに串焼きを向けた。


「あーんですよ」

「ヒルネさま、私はお仕事中なので……その……」

「ほらジャンヌ、あーん。あーん」

「あの……ぁぅ……」


 ジャンヌは今日こそは断ろうと眉に力を入れたが、数秒で観念して口を開いた。


「……いつも美味しいです」

「ありがとよ!」


 ジャンヌが恥ずかし気な顔で賛辞を贈ると、店主タナトゥが破顔した。


「ジャンヌ、こういうときは大きな声でうまい! と言うものです。それが串焼きの流儀というものですよ」

「そのような流儀は聞いたことが……」

「ほら一緒に、うまいっ」

「う、うまい……です」


 二人はそんなやり取りをしつつ、串焼きを堪能してから大通りを進んだ。

 ヒルネは気になるところがあれば立ち止まり、市民に話を聞く。


 主にふとんの素材になりそうなものや、人をダメにする椅子を進化させる素材などに注意を払っていた。


 お付きの聖職者たちは市民思いのなんて素晴らしい大聖女であろうと、ヒルネを見て誇らしい気持ちで歩いていた。いつもより聖印を切る動作に熱がこもっている。


 結構な時間をかけてモルグール製鉄所に到着する頃には、周囲は夕暮れになり始めていた。


「ではまいりましょう」


 アポなしで製鉄所内へと入ると、すぐに作業をしていた職人が気づき、急いでズグリ親方を呼びに行った。


 数分で親方がやってきた。


「おおお……大聖女ヒルネさま」

「先日はフリーランス聖女のマクラがお世話になったそうですね」


 カーン、カーンと鉄を打つ音を聞きながら、ヒルネがさらりと言った。


「我々こそ本当にお世話になりました。何度感謝申し上げても足りないほどです」


 ズグリ親方は腹芸が苦手なタイプである。

 大聖女服に身を包んだヒルネが訪問した理由がわからず、言葉が棒読みになる。


「あの……大聖女ヒルネさま? フリーランス聖女マクラさまとはどのような関係で?」


 親方はヒルネのガバガバな設定に混乱していた。


(そういえば……ヒルネとマクラは他人という話だった……どうしよう)


 大して何も考えていなかったヒルネも狼狽して、むうと考え込むと、顔を上げた。


「私は聖女マクラと知り合いでして……。そう、この間、話を聞いたんです」

「そうですか。それは、へぇー、そうですか」

「そうなのです。そうなのですよ」

「へぇー。ほぉー」


 二名の大根役者が舞台に上がり、演技をしているような気まずさである。

 ジャンヌは助け船を出すにもどうすればいいのかわからず、困った顔をしている。


 数秒、変な空気が流れると、親方が話を変えようと手を叩いた。


「それで、大聖女ヒルネさま。こんな暑苦しい場所に何か御用で?」

「はい。実は時計塔を復活させようと思っておりまして」

「時計塔ですか? はぁ~、そりゃあいいですね!」


 親方から好印象な反応が返ってきた。

 ヒルネは笑みを浮かべた。


「ズグリ親方も時計塔に思い入れが?」

「そりゃあもちろんですよ。ガキの頃、鐘の音で生活していましたからね」

「そうなのですね。やはり時計塔はイクセンダールに欠かせないもののようです」


 ヒルネはキリリと眉を上げた。


 長いまつ毛が上がると碧眼が魔石炭の炎で煌めき、その姿は辺境都市を救うために己の力を使う尊い大聖女の姿そのものであった。


(みんなもほしい。私も安眠の鐘がほしい。これぞWin―Winの関係……!)


 しかし、ヒルネはそんなことを真剣に考えていた。


「ヒルネさま、大聖女らしい素晴らしいお考えです!」


 ジャンヌは感動して両手を胸の前で握る。


「おお……なんと崇高な」「ヒルネさま」「イクセンダールが変わっていく……!」


 お付きの聖職者たちも恭しく聖印を切る。

 ヒルネが安眠グッズを増やしたい願望を半分持っているとは、思ってもいないらしい。


「鐘は大聖女マルティーヌさまがモルグール製鉄所で作ったと、先々代のじいさんが言っておりましたよ。確か手記が残っていたはずです」

「見せていただけないでしょうか?」


 ヒルネはズグリ親方に連れられ製鉄所の裏手にある事務所の建物へと入った。

 黄土色のサンドストーンを利用した石の建物だ。


 ヒルネ、ジャンヌ、お付きの聖職者は三階へ上がり、モルグール製鉄所の一族の部屋へと入った。


 ズグリ親方は無骨な作りの部屋にある本棚から古ぼけた本を出し、「これだ」とテーブルに置いた。


 ヒルネは背伸びして覗き込んだ。


(大聖女マルティーヌさまが聖魔法を使い、鉄を変形させて鐘にした――要約するとそんな感じだね)


 どうやら職人に鐘の作ってもらうのではなく、鉄の状態から鐘にしたようだ。

 手記に描かれている鐘は丸い風鈴のような形をしていた。


(へえ……なんか丸くて可愛い形だね。大聖女マルティーヌさまはこういう形が好きだったのかなぁ)


 見たことのない大聖女へ思いを馳せる。


(鐘の形はこれを真似ようかな……)


 そう考えて横を向くと、ジャンヌが目を輝かせてヒルネを見た。


「ヒルネさまが作る鐘はどんな音がするのでしょう?」

「そうですね……綺麗な音が鳴ればいいのですが」

「大丈夫です! ヒルネさまならきっとうまく作れますよ!」


 ジャンヌの笑顔を見て、ヒルネはピンときた。


(鐘の形は……決まりだね。あとは聖魔法で試しにいくつか鐘を作ってみよう)


 ヒルネはにこりと笑い、貴重な資料をありがとうございましたとズグリ親方に礼を言った。







――――――――――――――――

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