第27話 噴水改造
ヒルネとズグリ親方が中庭へ向かうと、鉄鉱石を洗浄している職人たちが一斉に手を止めた。
皆、お忍びで大聖女が来ていると伝言で聞いている。
数人が「俺たちの持ち場に来たぞっ」と、休憩中の仲間を呼びに駆けて行った。
(ここも忙しそうだね……あまり時間をかけると迷惑だね)
ヒルネは走っていく職人を見て心を決めた。
「マクラお嬢ちゃん、洗い場を見てどうするんだ? ここには噴き出てる水しかねえぞ?」
ズグリ親方の言葉は耳に入らず、ヒルネは噴水を観察している。
(作業用の噴水広場って感じだね。勢いよく水が飛び出してるけど、どういう原理なんだろ?)
ヒルネは感知の聖魔法で噴き上がる水を見つめる。
噴水は石材で円形に囲われていた。
前世で見た公園にある噴水と似たようなものだ。
違う点は、噴き出した水が四方向へと流れるように水路が設計されており、一つはすぐ隣に作られた製鉄所の洗い場へ流れ、他三つは街へと向かっている。水路が鉄板で補強されていることから、瘴気の魔物に壊されてはいけない重要な場所だと思わせた。
(水しぶきが涼しい……)
室内にいたせいで身体に熱がこもっている。
飛んでくる水滴が心地よかった。
「……」
(うーん、噴水の下のほうがよく見えない……)
ヒルネは石材に登ろうと、縁に手をかけた。
(十歳の身長だと……くうっ……)
非力なせいで登れない。ジャンヌならひょいと飛んで登るだろう。
うんうん、と唸っていると、身体がふわりと持ち上がった。
「中を見たいのか?」
「はい。ありがとうございます」
「気をつけろよ」
ズグリ親方がヒルネを持ちあげて、そっと石材の上に立たせた。
水位は高い。足がつかない深さに見える。
中心部とその周囲は、水面の形が山型に変わっていた。噴出力がいかに強いかが見て取れた。
(感知の聖魔法……よく見えーるアイズ、十倍!)
手を眼鏡の形にし、先ほどよりも魔力を込めて聖魔法を行使する。
魔法陣が足元に浮かび、視覚が噴水の中心部へと拡大された。
(聖なる力だけを判別できないかな? もうちょっと魔力を込めて……)
星屑が楽しそうに舞い、金色に輝いてヒルネの視界をサポートする。
これも地球から転生してきたおかげなのか、3Dグラフィック解析のように石や地面が半透明になり、水に流れる魔力だけが可視化された。
(これは便利だね。魔力はキラキラして見えるのか)
水はどうやら地下水脈から湧き出ており、地表に上がる途中で魔力を帯びるようだ。
魔力を帯びた際に、噴出力が上がるらしい。
(なるほど、なるほど……あの辺に大量の
ヒルネはあの辺、と言っているが、
(快眠石にこんな効果があったなんて……さすが、私が認めたお石さまだ)
夏は涼しく、冬は暖かい。
ヒルネは感知の聖魔法を切り、偉そうにうなずいて、びしりと指で地下を差した。
「よぉし! これからこの噴水を特別製にします! すべては安眠のためにっ!」
完全に深夜のノリである。
夜中に起きると目がさえて、無駄にテンションが上がるソレであった。
後で恥ずかしくなるアレである。
「マクラお嬢ちゃん……どうしたんだ? 噴水を見ながら寝ちまったかと思ったぞ」
ズグリ親方が両手を広げたまま、心配そうに言った。
ヒルネが倒れたら受け止めるつもりだったらしい。優しい親方だ。
「失礼な。わたくしマクラは居眠りなんて不作法なことはしませんよ。ましてや立ったまま寝るなんて考えられません、ええ」
お祈り中に爆睡している人の言葉とは思えない。
「お、おう、そうか。眠くなったらいつでも言えよ」
「それより、皆さんどうかされたのですか?」
気づけば中庭の噴水には職人たちが集まっていた。
感知の聖魔法で魔法陣を展開し続けていたので、皆が様子を見に来たらしい。
「ああ、マクラお嬢ちゃんが気になったんだな――」
「では親方、目を閉じてくださいな」
ヒルネが言葉をさえぎる。持ち場に戻れと号令を出そうとしたズグリ親方が、口をつぐんだ。
「皆さんも目を閉じてくださいね! 私のおまじないは企業秘密です!」
何を言い出すかと思えばそんなことだ。
職人たちは顔を見合わせ、「お忍びだからな」「俺たちが大聖女って言ったら可哀そうだろ」「だな、目を閉じてあげよう」と囁き合う。
やがて皆が笑みを浮かべ、黙って目を閉じた。
(よしよし。これでバレないね。大聖女が来たって噂を流されたらワンダさんに怒られるもんね)
ヒルネは目を閉じている皆を見て、一つうなずき、地下へと両手をかざした。
狙いは地下にある
効果は水の永続的な浄化である。
ヒルネは聖句を脳内でゆっくりと詠唱し、
ろ過された水は、聖水へと自動で変化する――
つまりは噴水の水がすべて聖水になる仕掛けだ。
ホリーが聞いたら「全部聖水にっ?! しかもずっと?!」と叫ぶに違いない。
(聖句詠唱完了――浄化の聖魔法を
ヒルネが目を見開くと、精緻な図形の魔法陣が足元に広がった。
ぐんぐんと大きくなっていき、中庭を越えて製鉄所を丸ごと飲み込むほどの巨大魔法陣になった。
「あっ――大きすぎ……これじゃ聖女ってバレちゃう……」
後の祭りである。
ヒルネは構わず魔力を注入した。
星屑がバラバラとヒルネの身体から湧き出て、周囲一帯を覆いつくしていく。
金色の波が砂浜に押し寄せるようにして、ズグリ親方と職人たちの靴を覆い隠した。
さすがに全員、薄目を開けて現状確認をする。
「……こりゃすげえ」
ズグリ親方はおとぎ話のような光景に目を奪われた。
光り輝く魔法陣と、天空の星が地上に降りてきたかのようなキラキラした星屑が楽しげに跳ねており、その中心には世界最年少の大聖女の少女がいた。
ヒルネの長い金髪が幻想的に揺れている様に、ズグリ親方は目を閉じるのを忘れて見入った。
胸を無性にかき立てる光景に、今すぐ駆け出して街中に「大聖女さまがここにいるんだ!」と言って回りたい気持ちが湧いてくるも、目と足はヒルネに釘付けだ。
ヒルネから飛び出した星屑は輝きながら一か所に集まっていき、大きな球体に変化すると、噴水に飛び込んでいった。
(まだまだ魔力注入! 星屑たち、頑張って!)
大量の星屑が球体になった星屑をぐいぐいと押して、水の噴き出す穴へ突入した。
星屑で蓋をされてしまい、ぴたりと噴水から水が出なくなった。
周囲がしんと静かになり、シャラシャラという星屑が擦れる音のみが響く。
「……」
ズグリ親方は何が起きているのかわからず、水の止まった噴水を見た。
穴に吸い込まれるようにして星屑がそれいけと言わんばかりに次々に滑り込んでいく。
(水が止まっちゃいましたね。でも、いいか……!)
ヒルネが気合いを入れ直すと、星屑がらせん状に連なって穴へと落ちた。
しばらくして星屑が目的地へたどり着いたことがわかり、ヒルネは飛び込んだ星屑を
(ふう……これでよし。何年も維持されるように気合いを入れたよ)
ヒルネが聖魔法を切ると、展開されていた魔法陣が小さくなって消え、星屑も小さく明滅して霧散した。
「これでいいでしょう……んん?」
ヒルネはゴゴゴゴゴという音が穴からしているのを聞き、目を向けた。
その瞬間だった。
地面を突き破る勢いで水が噴き出した。
周囲から「おおっ!」とか「水が!」という叫び声が上がる。
星屑で押さえつけていた分が反発し、一気に水が噴き上げたようだ。
「おー、これが全部聖水かぁ。贅沢ですねぇ」
のんきにそんなことを言うヒルネ。
「そこら中びしょびしょですね」
ヒルネはどしゃ降りの雨みたいに降ってくる水を見て、両手を広げた。
ばたばたと大粒の水が頭に当たる。結構痛い。
「だびぜいごうぶ、べぶば」
びしばし水を浴びながらヒルネは独りごちる。
「あ――」
「お嬢ちゃん危ねえぞ。下りろ」
ズグリ親方がヒルネを抱え上げて、石段の縁から下ろした。
「ありがとうございます。親方もびしょ濡れですね」
楽しくなってきて、ヒルネはくすくすと笑った。
ズグリ親方の髪がべっとり額にくっついているのもなんだか笑える。
親方が困ったように眉を下げ、噴水を見上げている部下たちを横目にヒルネを見た。
「マクラお嬢ちゃん、俺にだけ教えてくれ。あれは聖魔法だよな……?」
「そうですね。さすがにバレちゃいましたか」
ヒルネは頭をかき、どう説明したものかと逡巡して、顔を上げた。
「私は、流しの聖女、マクラと申します――」
キリリとした顔つきで言う大聖女。
ズグリ親方は固まった。
いや、流しの聖女ってなんぞや、と疑問が浮かびまくる。
「こうして一般人に扮して見回りをしております。決して大聖女ヒルネではございません。決して、大聖女ヒルネでは、ございません。大事なことなので二回言いました。そこだけは、何卒ご理解くださいませ」
「そうか。おうっ。そうか」
大聖女に言われては、そうか、と返すしかない。
もうそういうことにしておこうとズグリ親方は思い、気を取り直して質問することにした。
「ところで流しの聖女マクラさまよ」
「マクラで大丈夫です」
「――マクラお嬢ちゃんよ、何をしたのか説明してくれるか?」
「はい」
ヒルネはうなずいて、ちらりと噴水を見た。
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