第26話 黒い煙の原因は


(鉄鉱石は不純物が多いって言っていたよね? それなら、鉄鉱石に原因があるのかなぁ。魔石炭からも煙は出ていそうだけど)


 ヒルネはふうと息を吐き、暑さで垂れてくる汗を拭った。


「ズグリ親方、鉄鉱石を燃やすと黒い煙が出るんですよね?」

「ああ、そうだ」

「魔石炭はどうなのですか? 煙は出ますか?」

「魔石炭はほとんど出ねえよ。そういう鉱物だからな」


 ズグリ親方は、ちょうど手押し一輪車で魔石炭を運んできた職人に「一つもらうぜ」と断りを入れ、ひょいと手にとった。


 職人は親方とヒルネを見て、この製鉄所に何が起きるのだろうと、いつもより時間をかけて炉へ魔石炭をくべる。二人が何を話しているか気になるみたいだ。


「マクラお嬢ちゃん、見てみろ」

「はい」


 ズグリ親方がしゃがみこんで、魔石炭をヒルネへ見せた。


 魔石炭の大きさは男性の手のひらサイズで、綺麗な十六面体だ。


(なんかこういう観賞用の石がありそうだね。燃やしちゃうにはちょっともったいな気が……あっ、中で魔力が動いてる)


「火の魔力が内包されているんですか?」

「さすがはお嬢ちゃんだ」


 ズグリ親方がうなずいた。


「こいつは一定の温度まで上がると一気に燃える。燃焼の継続力も強い」


 そう説明し、ズグリ親方は立ち上がって、職人が手押し一輪車の魔石炭を入れ終わった横で、手慣れた様子で魔石炭を炎の中に投げ入れた。


 ぼう、と大きな炎が揺らぐ。


「次は三分の四でいいぞ。ペースは維持しろ」

「おう!」


 職人の男が威勢よく返事をし、ヒルネを何度か見て去っていった。


(やっぱり鉄鉱石に問題がありそうだね)


「ズグリ親方、鉄鉱石を見せていただいてもよろしいですか」

「いいぞ。ここは暑いからな。早く移動するか」

「はい」


 ふう、とヒルネはシャツの袖で額の汗を拭う。

 全身から汗が出ていてシャツがべっとりしていた。


(拭いてもあんまり意味ないね)


 ズグリ親方の後に続いて先ほどの階段を戻り、途中で給水して、今度は製鉄所の奥にある階段を上った。


 階段は鉄製なので、歩くとカンカンと音が鳴る。

 煙が近くなって、鼻の奥がもっと焦げ臭くなった。


「大丈夫か?」


 心配げにズグリ親方がヒルネの顔を見る。


「はい、大丈夫です」


 鉄鉱石の保管所に到着した。

 製鉄装置の上部に位置している。

 手すりの隙間から下を見ると、製鉄所全体が見えた。


(壮観だね。何百人も働いてるんだ……)


 職人たちが各自の持ち場で懸命に働いている。


 視線を鉄鉱石の保管所へ戻すと、滑り台のようなレーンが設置されていて、ここから鉄鉱石を中部へと流すようだ。男たちが「おーえい、おーえい」と掛け声をさせて滑車を引き、大量の鉄鉱石が入った箱を所定の位置へと上げている。


(わざわざ下から上に上げるんだ。大変そうだな)


「外から中へ運んでいるんですね?」

「そうだ。外に噴水が見えるだろ?」

「噴水?」


 ヒルネは窓から外を眺めた。

 中庭らしき場所に大きな噴水があり、そこから水を汲み入れて、鉄鉱石を洗浄していた。


「鉄鉱石は一度洗ってから燃やすんですか。へえ」

「水洗いしないと、とてもじゃねえが燃やせないんだ。表面に汚れがついている。地下から採取したまま燃やすと、どす黒い煙が出るんだよ」

「なるほど……」


 ヒルネは聖句を脳内で唱え、魔力感知の聖魔法を行使した。

 キラリとヒルネの両目で星屑が光る。


「……」


 ズグリ親方は気づかぬ振りをして、ヒルネと製鉄装置の間を見やった。


(うん……? なーんか鉄鉱石の表面にいやーな感じのものが引っ付いてる気がする)


 微々たる反応ではあるが、ヒルネは鉄鉱石からの反応を感じだ。


「ちょっと失礼しますね」

「あ……どうぞどうぞ」


 職人たちが恐縮した様子で手を差し出す。


(みんないい人たちだよね。感謝しないとね)


 ヒルネは今しがた滑車を利用して運ばれた、鉄鉱石が山盛りになった箱から、それを一つ手に持とうとした。


「っ……!」


(重たっ!)


 全然持てなかった。

 小さい鉄鉱石を探して、今度こそ持ち上げる。


(さぁて、どれどれ……)


 感知の聖魔法を使ったまま、じっと鉄鉱石を見つめる。


(んんん……なんか、小さくて見えないな。何かがくっついてるんだけど……瘴気っぽいな……)


「ズグリ親方、ちょっとこれを持っててもらえますか?」


 ヒルネは鉄鉱石をズグリ親方へ渡した。


「あ、私の目線まで下げてください」

「こうか?」

「もうちょっと下です。あ、そうそう、そんな感じで」

「おう」


 ズグリ親方は中腰になり、両手で鉄鉱石をヒルネへ差し出した格好になった。

 鉄鉱石は鈍い銀色の光を放っている。


 ヒルネは手で丸印を作り、眼鏡のように両目へ当てた。


(魔力感知、よく見えーるアイズ)


 ヒルネの足元に魔法陣が輝き、キラキラと星屑が両目の周囲を回る。


「――ッ」


 ズグリ親方は突然の魔法陣に驚き、声を上げそうになっている部下たちに「しーっ」と黙らせるジェスチャーをした。


(微粒子になった瘴気だ! 鉄鉱石にへばりついてる……! これは誰も気づかないよ)


 ヒルネの目には、鉄鉱石が拡大されて見えていた。

 アメーバのような瘴気が鉄鉱石の上にいる。


(そういえば王都の瘴気はトゲトゲだったけど、南方はどろっとした瘴気だよね……。ま、それはいいとして……)


 ヒルネは聖魔法を切ってズグリ親方を見上げた。

 魔法陣が消え、星屑の残滓がふわりと空中へ霧散していく。


「ズグリ親方」

「お、おう。なんだ? 魔法陣なんて見てないぞ」


 親方は嘘が下手すぎた。


「魔法陣? それよりも、試したいことがあるのですが、よろしいですか? 今後の製鉄所の活動に大きく関わることです。安眠と皆さんの健康が、大きく改善するかもしれません」

「それは……どういうことだ?」

「企業秘密です」

「なんだぁ、それは?」

「騙されたと思って、皆さん、後ろを向いてくださいな」


 さあさあとヒルネがズグリ親方、職人たちの手を引いて回れ右をさせる。


「あ、目も閉じてくださいね」


(この鉄鉱石の山にするか……)


 ヒルネは保管所に積まれた鉄鉱石を見て、両手を広げた。


(聖句省略……聖魔法……浄化!)


 カッ、と魔法陣が展開され、星屑が楽しげにヒルネから躍り出た。

 ヒルネが指示を出すとキラキラと輝きながら星屑が鉄鉱石へと吸い込まれていく。


(よく見えーるアイズ!)


 ヒルネは両手を眼鏡にして、鉄鉱石を観察した。

 じわじわと瘴気が消えていく。

 浄化魔法のおかげなのか、不純物も消滅していった。


(これでいいかな)


 ヒルネは腕を下ろし、ズグリ親方たちに「もういいですよ」と声を上げた。


 言いつけ通り彼らは目を閉じていたが、聖魔法の輝きに目を開け、初めて見る浄化魔法に感激した。感動を顔に出さないように、互いに視線を飛ばし合っている。この光が辺境都市を守っていると思うと、感慨深いものがあった。


 他で作業している職人たちにも、その光は見えていた。


 ハンマーを持つ者、魔石炭を運ぶ者、装置の管理をしている者、皆が手を止めて鉄鉱石保管所を見上げている。


「では、秘密のおまじないをしたので、この鉄鉱石を溶かしてみてください」

「おまじない、か」


 ズグリ親方が笑みを浮かべ、中腰になってヒルネへ目線を合わせた。


「はい。特別なものですよ」


 ヒルネもニコニコと笑う。


「よぉしおまえら! マクラお嬢ちゃんのまじないがかかった鉄鉱石だ! 運べ!」


 鉄鉱石管理をしている職人たちから「おう!」という声が上がる。

 何かが起きる。そんな予感が皆の心に広がっていた。


(さてさて、うまくいくといいけど……)


 ヒルネはごろごろとレーンを転がっていく鉄鉱石を見つめる。


「三番に切り替えろ!」


 ズグリ親方の指示で、レーンの切り替え装置が動き、三番炉にヒルネ製鉄鉱石が落ちた。


(さあ、どうだ……!)


「出力上げろぉ! 三番炉に集中しろ!」


 指示が飛んで、魔石炭が追加される。


 しばらくじっと様子を見守っていると、徐々に鉄鉱石が赤くなり、やがてどろっとした液状へと変形した。レーンへの入り口が開き、液状になった鉄鉱石が型へと流し込まれていく。


「……黒い煙は、どうでしたか?」


 ヒルネはズグリ親方を見上げる。

 彼はその声で我に返り、ぶるりと身体を震わせた。


「……出てなかったな……」

「そうですか。成功ですね」

「そうか……浄化をすれば……」


(あの煙は瘴気のせいだったみたいだね……職人さんがたまに咳をするのも、微粒子になった瘴気が肺に入って浄化されなかったせいかな……?)


 ヒルネが考えている横で、ズグリ親方は目を閉じて身体を震わせていた。


 長年悩み続けていた煙の原因が大聖女によって明らかにされ、部下たちを働かせていいのかという不安、このままだと皆の具合が悪くならないかという懸念、そして、肺を悪くして死んでしまった息子のことを思い出した。もう、未知の原因に怯えなくていいのかと思うと、心の霧が晴れていった。


 ズグリ親方がヒルネを見下ろす。


「……」


 わずか十歳の少女は、製鉄所の謎をいとも簡単に解いてしまった。


「……マクラお嬢ちゃん、ありがとよ」

「何がでしょう?」

「黒煙の原因を突き止めてくれてよ。おかげで今日はよく眠れそうだ」


 ズグリ親方はうるんだ瞳でヒルネを見つめた。


「それはよかったです。安眠は大切です」

「これで少しは希望が見えてきた。まだ当分はこのままだがいずれ煙の出ない製鉄所を作ろうと思う」

「あのー、ズグリ親方。締めに入っているようですが、まだ終わってませんよ」

「まだ? 何かまだあるのか?」


(このまま帰ったら煙が臭いもんね。安眠できないよ)


 ヒルネはそう言って、階段を下りていき、外の噴水へと向かった。






―――――――――――――――――――――

読者皆さまへ


 いつも本作をご愛読いただき誠にありがとうございます!


 この度「転生大聖女の異世界のんびり紀行」書籍の発売日が決まりましたのでご報告させていただきます。

 これもすべて皆さまが応援してくださったおかげです。

 本当にありがとうございます・・・( ˘ω˘)スヤァ

 

      ○


書籍発売日は 3月2日 です!


作品情報はこちらです↓↓↓


https://kc.kodansha.co.jp/product?item=0000347800


      ○


書籍の特典ショートストーリーを三本書きました!

”ジャンヌが寝ているヒルネに歯磨きする話”などなど・・・笑


・ゲーマーズさま/特典内容:4つ折りSSペーパー

・ メロンブックス さま/特典内容:SSリーフレット

・とらのあなさま/特典内容:両面イラストカード


上記三社さまでご購入していただくと、お得感抜群です。


      ○


 ちなみにですが、イラストレーターさんと漫画家さんは同じ方で、キダニエル先生です・・・! めちゃくちゃヒルネを可愛く描いてくださっているので必見です。表紙だけでもチェックしてみてください。私がイメージしているよりも可愛くヒルネを具現化してくださったので、もう何というか最&高としか言えず、語彙力低下が否めないです・・・笑


 長文にて失礼いたしました。


 とりあえず「転生大聖女の異世界のんびり紀行」は3月2日に出るんやな、とだけご記憶いただければ幸いです・・・!


 それでは引き続き、本作をよろしくお願い申し上げます。


 作者( ˘ω˘)スヤァ

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