第22話 浄化のご褒美
「大変です! シュガーマスカットの苗木が成長してます!」
先ほどまで両手サイズであった苗木が、今ではジャンヌとほぼ同じ高さになっていた。
小さい鉢植えはひび割れ、根っこがあちこちから生えている。
「なんだってぇ?!」
じいさんが飛び起きて、ジャンヌに詰め寄った。
「おお……成長している……奇跡だ……奇跡だぁ!」
じいさんが大声で両手を上げ、何度も跳び上がった。
(シュガーマスカットが成長してる……私、そんな魔法使ってないけど……んん?)
ヒルネはシュガーマスカットの根もとで寝ている存在に気がついた。
(あ、サボってた浄化魔法の分身)
そこには星屑の集合体であるミニヒルネが寝ていた。
ミニヒルネは視線に気づいたのか、ぱちんと星屑の鼻ちょうちんを弾けさせ、むくりと起き上がった。
ふああっ、とヒルネとまったく同じ動きで伸びをし、シュガーマスカットの幹へ目を向けた。
「これってヒルネさまの浄化魔法ですか?」
シュガーマスカットを持っているジャンヌが首をかしげる。
「ちっちゃいヒルネ……一人だけ残っていたの? 浄化魔法はもう切れているはずよね?」
ホリーがキラキラ光っているミニヒルネを覗き込んで、疑問を口にした。
そのときだった。
ミニヒルネはヒルネに笑いかけ、シュガーマスカットに吸い込まれるようにして入っていき、そのまま星屑となって霧散した。
「――あっ!」
ジャンヌが声を上げた。
シュガーマスカットの細い枝に小さな実がなり、むくむくと大きくなっていく。
パッ、パッと何度が星屑が舞って、実はやがて大きな一房のシュガーマスカットになった。
「実がなったわ! 見て、ヒルネ!」
ホリーが嬉しそうに指をさす。
ずっしりした実の重みで枝が五十度ほど垂れ下がった。
「本当ですね」
(私の意思を汲んでくれたのかな? あの子はおサボりさんじゃなかったみたいだね……ありがとう……)
にっこり笑って、ヒルネは聖魔法でシュガーマスカットをカットして、収穫した。
「どんな味がするのでしょう?」
「シュガーマスカットォォォォ! 奇跡だぁ! 聖女さまの奇跡だ!」
じいさんは感極まっておいおい泣いた。
「さ、ホリーとジャンヌも食べてみまましょう」
ヒルネがシュガーマスカットを取りやすいように差し出した。
「ヒルネさま、ホリーさまは手が汚れております。私が食べさせてあげますね」
ジャンヌが笑顔でポケットからハンカチを出して自分の手を丁寧に拭き、ぷちりとシュガーマスカットの実を一個もいだ。
もいだ場所から果汁があふれ、甘い香りが広がっていく。
一個がピンポン玉ぐらいの大きさで、薄い緑色をしていた。
「はいヒルネさま、あーん」
「あーん」
流れるようなやり取りで、ヒルネの口の中にシュガーマスカットが入れられた。
「――ッ!」
食べた瞬間、衝撃が走った。
(甘い! マスカットの爽やかな風味に――噛むとジャリジャリお砂糖みたいな噛みごたえがする……!)
シュガーマスカットは糖度が高く、果実の中で糖分が凝固し、二割ほどが結晶になる。
噛むとジャリジャリした独特の感覚を楽しめるのだ。
「ヒルネ、どう?! 美味しい!? 甘い!?」
順番待ちのホリーは気になって仕方がない。
「おいひいです。あまひです」
もりもり口を動かすヒルネ。
飲み込むと「もういっちょ」と言って口を開けた。
「あーん」
ジャンヌが素早くシュガーマスカットをヒルネの口に放り込む。
(殿堂入りの美味しさ! 疲れたときの糖分って最高〜〜さいこ〜〜)
「ジャンヌもう一個。あーん」
「ちょっと! 私もその……食べたいんだけど……」
ホリーは声を上げてから急に恥ずかしくなってしまい、顔を赤くした。
ヒルネは笑ってジャンヌに目配せした。
「はいホリーさん、あーん」
「……あーん」
ホリーの口にもシュガーマスカットが投下された。
「――ッ! ――ッ! ――ッ!」
ホリーは電流が走ったかのように身体をびくりと震わせ、一心不乱にシュガーマスカットを咀嚼し始めた。
「あま〜ひ! おいひい!」
顔をだらしなくゆるませ、ホリーが両手で頬を押さえる。
「ジャンヌも食べてください」
「はい! ありがとうございます」
ヒルネの言葉に、ジャンヌがシュガーマスカットを一粒もいで、口に入れた。
ジャンヌは食べた経験があるからか、うんうんと満面の笑みでうなずいた。
「これでふ。甘くでジャリジャリするんでふ〜」
大きな実を頬張りながら、ジャンヌが言った。
しばらく三人でシュガーマスカットを食べていると、農家のじいさんがようやく泣き止んだのか、深々とヒルネとホリーに一礼した。
「ジャンヌ、おじいさんにもお一つ」
「はい」
ジャンヌが笑顔でじいさんにシュガーマスカットを食べさせた。
じいさんは「これだ、これだ」と言って泣いて、顔を袖で拭った。
「ありがとうごぜえます。聖女さまの奇跡を見て、儂は生きる希望が湧いてきました。シュガーマスカットはきっと復活します」
じいさんが腕を離して顔を上げた。
「聖女さま……果樹園を浄化してくださって本当にありがとうごぜえます。これでまた色々な果実を栽培できます……」
ヒルネ、ホリー、ジャンヌはじいさんを見て顔を見合わせた。
三人は狐につままれたような表情をしている。
「ど、どうしたんですかい?」
じいさんが三人の反応を疑問に思った。
「い、いえ……その、おじいさんのお顔が……」
「失礼ですけれど……泥が……」
ジャンヌとホリーが頬に力を込めて笑いをこらえる。
「ふふっ……袖で顔をこすったから……大変なことに……!」
ヒルネが指をさして腹を押さえた。
泥で真っ黒になっていたじいさんの顔は、両目の部分だけ泥が取れ、絶妙な塩梅の滑稽フェイスになっていた。しかも目の下に涙の跡ができていて滑稽さに拍車がかかっている。
「ふふふ……ぷーっ!」
ヒルネが腹を抱えて笑いだした。
「あはははっ! おじいさん変なお顔です〜!」
「ヒルネさま……そのっ……ふふっ、ふっ」
「わ、笑っちゃ……ふふっ、失礼よ……ぷふっ」
ジャンヌとホリーもこらえきれず笑い始める。
じいさんはキョトンとした顔をし、自分の顔のせいだと気づくと恥ずかしげに頭をかいた。
「いやぁ、泥だらけで若返りましたか? これ以上男前になっても困るんですがね! ハーッハッハッハッ!」
じいさんは自分で言ってツボに入って大爆笑。
ヒルネ、ホリー、ジャンヌも笑いにつられて大笑い。
よく見れば自分たちの顔にも泥がついていて、服もほぼ真っ黒だ。
それにも気づき、ヒルネたちは互いの顔を指差して笑った。もう可笑しさが止まらなかった。
しばらく果樹園には、三人の少女とじいさんの笑い声が響いた。
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