第23話 果樹園からのありがとう


 シュガーマスカットを食べ、浄化した果樹園で大笑いしたヒルネ、ジャンヌ、ホリーは農家のじいさんの家に向かった。


 湯を沸かしてもらい、身体についた泥を落とす。


(浄化魔法でも落とせるけど、気分的にね……ちゃんと洗いたいよね)


 ジャンヌがてきぱきと身体を拭いてくれたので、すぐに綺麗になった。


 念のため、自分とジャンヌとホリーに浄化魔法をかけておく。

 聖女服は強めの浄化魔法で綺麗になった。


 さっぱりすると、夕日が沈む頃になっていた。


 三人はじいさんに勧められ、居間で水を飲んで、ミニベリーのジャムとパンをもらった。


「ヒルネさま。急いでイクセンダールに帰りましょう。街に結界を張るお仕事がございます」


 ジャンヌがパンを一切れだけ食べて、神妙な様子で言った。


「ああ、大丈夫ですよ。一日ぐらいなら自動で結界が作動しますから」

「え……?」


 目が点になるジャンヌ。

 ホリーもこれには驚いた。


「嘘でしょ? 街にまるごと結界を張るだけでも驚きなんだけど……自動で結界が作動するの? どういうこと?」

「大神殿の女神像を起点にして結界は作動しています。それは知ってますよね?」

「ええ、そうよね」

「実はあの大神殿って、超すごいんですよ。あ、お水――浄化」


 ヒルネはじいさんが飲もうとしていた水を、さっと浄化した。

 水は浄化すると美味しくなる。


 じいさんは「ありがたや」とキラキラ光る星屑を見て、うまそうに水を飲んだ。


「どういうこと?」


 ホリーが小首をかしげた。


「まず、女神像が魔力貯蔵庫になっているんです。あと、床に刻まれた魔法陣ですが……ジジさまに聞いたら、なんと四十層になっていて、聖魔法を最大限まで増幅させる働きがあるそうです」

「……大神殿ってすごかったのね」

「今日出かける前に結界魔法を予約してきたので、ゆっくり帰っても平気ですよ」


 都市級の聖魔法をテレビ番組の録画みたいに言わないでほしい。


(急ぐのイヤだしな〜……私、移動中はホリーの太ももで寝るんだ……)


 チラチラとホリーの足を見て、ヒルネはふああっとあくびをし、たっぷりジャムを塗ったパンをジャンヌに食べさせてもらった。


 ホリーは自分の太ももが狙われているとは気づかず、「そんな機能が……だから教会は大神殿にこだわっていたのね」とつぶやいている。


 それからパンを食べながらしゃべっていると、果樹園の方角から歓声が聞こえた。

 どうやら村人が浄化に気づいたらしい。


 じいさんが家から飛び出していった。事情を説明するみたいだ。


(ふむ……これはお手伝いをしたほうがいいね。シュガーマスカットを早く食べたいし)


「私たちも行きましょうか」


 ヒルネが立ち上がり、ジャンヌ、ホリーも後に続く。


 果樹園は先ほどの浄化で穴だらけであったが、村人たちは瘴気の消滅に歓喜して皆で抱き合っていた。


「よかったですね、ヒルネさま」

「はい。とても」


 ジャンヌの笑みに、ヒルネが笑顔を返す。

 その後ろでホリーが恥ずかしげに、こほんと咳払いをした。


「ヒルネ……、その……ありがとね、手伝ってくれて」


 そう言って、ホリーは顔をそむけた。


「友達ですからね」


 ヒルネは可愛らしく肩をちょっと上げてみせた。


(友達っていいよね……前は一人もいなかったしさ……なんか、心があったかくなるよ)


 前世は不幸の連続で思うように人付き合いのできなかったヒルネは、友達になってくれたホリーを見て微笑んだ。


(同じ聖女の友達がホリーでよかった……)


 ヒルネが何度かまばたきをして、碧眼でホリーを見つめる。

 こちらこそありがとう。そんな気持ちが伝わったのか、ホリーは頬を赤くして、せわしなく髪を撫でた。


「別にっ、一人でも浄化できたんだけどね! 私のほうが聖魔法が得意なんだから!」


 そう言ってホリーはぷいと完全にヒルネから顔をそむけた。

 ジャンヌは二人の会話を聞いてニコニコしている。


「皆さんが喜んでくれてよかったです」

「そうね……」


 ヒルネの言葉にホリーがうなずいた。


 しばらくヒルネたちが喜んでいる村人たちを見ていると、兵士が一人走ってきた。


「ヒルネさま、ホリーさま。ワンダさまがお迎えに来ております。かなり心配されているご様子なので、お早めにお戻りいただきますよう、お願い申し上げます」


 若い兵士が笑顔で言った。


「心配かけちゃいましたかね?」


 ヒルネが村の方向を見ると、ジャンヌがうなずいた。


「ワンダさまはいつもヒルネさまを心配しておいでですよ?」

「それにしては罰則が多いような気が……」

「それはあなたが規則破りばかりするからよ。さ、行きましょう」


 ホリーがワンダの待っている村へと歩き出した。

 ヒルネとジャンヌも後を追う。


(あ、そうそう。やり忘れちゃいけないよ。お手伝い)


 ヒルネは足を止め、果樹園に向き直って地面に両手をついた。


「ヒルネさま?」


 ジャンヌが首をかしげる。


(栄養を注入するイメージで治癒を使おう。前に王都で使ったときみたいに――集中して――)


 ヒルネが目を閉じると、魔法陣が出現し、星屑がバラバラと飛び出して渦を巻いた。


(聖句は脳内詠唱で――)


 広大な面積に栄養注入するため、しっかりと頭の中で聖句を唱えていく。


(よし! 果樹園を治癒――!)


 ヒルネを中心に渦巻いていた星屑が一斉に空へ飛び出した。

 キラキラと空中を滑空して、シャワーのように果樹園に治癒の星屑が降り注ぐ。


「わあ! すごい!」

「毎回驚かされるわ……!」


 ジャンヌ、ホリーが星屑のシャワーを見上げる。

 金色と銀色のきらめきが空を埋め尽くし、世界が輝いた。


(おっ、いい感じ)


 ヒルネは果樹園がもとの姿に戻っていく様子が、手に取るようにわかった。

 倒木は起き上がり、枯れていた果樹がみずみずしさを取り戻していく。


『ありがとう――ありがとう――』


 果樹園の木々からそんな声が聞こえた気がした。


(こちらこそ、美味しいシュガーマスカットをありがとうございます)


 ヒルネは果樹園に礼を言う。


「星屑だ!」「木がもとに戻っていくぞ!」「聖女さまの奇跡だ!」


 村人たちは大歓声を上げて星屑の下で踊り、泣きながら笑って、誰彼構わず抱き合って喜びを分かち合った。


「果樹園が復活した!」


 ヒルネたちを手伝った農家のじいさんは、何度も跳び上がっていた。ご年配だが、かなりの跳躍力だ。この世界にギネスがあったら認定されるに違いない。


「聖女さま万歳! 聖女さまありがとうごぜえます!」


 ヒルネは果樹園の木々が元通りになったのを見届け、魔法を止めた。


「これでよし。次来るときはすべての果実をいただくとしましょう」


 どこぞの怪盗みたいな捨てゼリフを残し、ヒルネは特大のあくびをした。


(ダメだ……眠い)


 眠気でふらふらと横にいるジャンヌに寄りかかる。


「ヒルネさま?! 大丈夫ですか?」


 ジャンヌが素早くヒルネを抱きかかえた。


「朝から動いていたので……ふあああぁぁああぁぁぁああぁっ……あっふ……眠気が……」

「ほら、こっちにもつかまって」


 ホリーがジャンヌとは反対側からヒルネを支えた。


「ふあっ……馬車の中で、ホリーの膝枕がないと……私は……きっと寝てしまうでしょう……」

「結局寝るんじゃないの」


 ホリーが苦笑する。


「そうとも言えます……あっふ……」

「仕方ないわね。ほら、ワンダさまが待っているから行きましょう」


 ヒルネはジャンヌとホリーに抱えられ、村に戻り、ワンダを加えて四人で馬車に乗り込んだ。


 ワンダはヒルネたちを見て安堵のため息をついた。

 今日あった仕事を後回しにしてでも、ヒルネたちに同行すべきだったと思っているようだ。


「んふふ……もちもち……」

「もちもち言わない」


 念願であったホリーの太ももに顔をうずめると、ヒルネは気持ちよく眠りについた。


      ○



 この日を境に、“地中に根を張る瘴気”という有益な情報が共有され、南方地域の果樹園や農場の浄化作業が大幅に向上する。居眠り大聖女の伝説にまた歴史の一ページが刻まれたわけだが、本人にはまったくその自覚はなかった。


「……ますかっと……じゃりじゃり……あみゃい……」


 むにゃむにゃ寝言を言っているヒルネを見て、ホリー、ジャンヌ、ワンダは顔を見合わせて、くすりと笑った。


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