第21話 地中を浄化しよう
服が汚れるのも構わず、ヒルネはぐりぐりと腕を地中に埋めていく。
(聖句省略――探知の聖魔法――!)
ヒルネの全身から星屑が飛び出した。
瘴気の場所を把握する聖魔法が行使され、ヒルネの脳内に強い瘴気の反応が映った。
(うわっ……とんでもなくでっかい瘴気のかたまりがある。しかも何個も。あれを浄化しないと果樹園は復活しない……!)
地中には、馬車一台分ほどの大きさの瘴気が点在している。
「よし」
ヒルネは近場にある瘴気の核を浄化してみることにした。
地中にある瘴気を浄化するのは初めてだ。
前世のテレビで見た探検家をイメージし、魔力を練り上げた。
(聖魔法で地中に突入――浄化!)
特大の魔法陣がヒルネを中心に展開され、舞台にスポットライトが当たるような、まばゆい光が輝いた。
「ヒルネ!」
「ヒルネさま?!」
「ひゃあっ」
ホリーとジャンヌが両目を細め、農家のじいさんはびっくりして尻もちをついた。
(地中用の浄化魔法をイメージして――魔力をもっと――)
ヒルネが気合いを入れて魔力を注入する。
バラバラと星屑が噴き上がり、星屑が集合していって、サファリハットをかぶったミニヒルネが十人登場した。
ミニヒルネたちは敬礼すると、星屑の残滓を残して地中へと消えた。
約一名のミニヒルネは大きなあくびをして、じいさんが驚いて放り出した鍬の上に座り、うつらうつらし始めた。今にも寝そうである。
「……」
(毎回サボりが出るのは私が隊長だからかな……?)
ヒルネはそんなことを思いつつ、土に手を入れたまま魔法を維持した。
「ヒルネ?! 説明もなしに聖魔法を使わないでよ!」
「ヒルネさま」
ホリーとジャンヌが魔法陣の輝きを見ながら駆け寄った。
「聖女さま、これは……?」
農家のじいさんが放心して尻もちしたまま口を開けている。
「地中に瘴気のかたまりがいます。それが地上にいる瘴気の親玉です」
ヒルネがホリーとジャンヌを見て言うと、二人は驚いて地面へ視線を向けた。
「親玉を退治しないと、瘴気がどんどん出てきます。ホリーが頑張って浄化した場所も、また汚染されてしまうと思いますよ? 悪しき根源を絶ちましょう!」
(根っこをつぶしてしまえばオッケーってやつだよね)
「地中に? そんな……」
ホリーはショックだったのか、地中を見て悔しそうに歯噛みする。
ヒルネはホリーに笑いかけた。
「ホリーも手伝ってください。たぶん、瘴気が地中から逃げ出してくると思うので――」
そこまでヒルネが言ったところで、ドン、と爆発するみたいに地面が盛り上がり、キラキラと星屑が噴水のように噴き上がった。
「わぁお」
(温泉が出ました! みたいなノリだね)
「きゃあ!」
「ヒルネさま!」
ホリーが肩を震わせ、ジャンヌがヒルネに土が当たらないようかばった。
地中は湿り気が強いのか、土がかなり水分を含んでいる。
「ありがとうジャンヌ。大丈夫ですよ」
「よかったです。瘴気は退治できそうですか?」
「ええ、いちおうこれでも大聖女ですから、なんとなくできるだろうという確信があります」
ジャンヌはその言葉に笑顔でうなずき、ヒルネの後ろに立った。
最後まで近くで見届けるつもりのようだ。
そうこうしているうちに、果樹園のいたるところで星屑が噴水のごとく噴き上がり、その衝撃で土が跳ね上がった。大型の魚類が網にかかって暴れるように、瘴気が浄化から逃れようと地中を転げ回っているらしい。
「ホリー、瘴気が逃げようとしていますよ!」
ヒルネが土に手を入れたまま叫んだ。
視線の方向には黒いもやのような瘴気が浮かんでいる。
浄化しそこねた瘴気が地中からでてきて、集結しようとしていた。
「手伝いってそういうことね!」
ホリーが即座に聖句を唱え、「浄化!」と魔法を飛ばした。
星屑が舞って瘴気が消滅した。
「大当たりです、ホリー」
「じゃんじゃん浄化してちょうだい! 地上は私にまかせて!」
ホリーが聖女服の袖から杖を取り出して、構えた。
魔法力を高めるホリー専用の杖だ。
「ホリー、そんなに果実が食べたいんですね……」
「ち、違うわよ! 変なこと言わないでよねっ」
ホリーが聖魔法を飛ばしながら、心外だと叫ぶ。
「知ってますよ」
ヒルネは笑みを浮かべてつぶやいた。
(ホリーは優しい子だもんね……)
「兵士の皆さん! 村に瘴気が行かないように、果樹園と村の入り口付近を防御してください!」
ホリーが護衛の兵士たちに指示を出すと、皆がうなずいて抜剣し、聖水を振りかけて駆け出した。
(ふむ……この辺はオッケーかな)
ヒルネはずぼっと両手を土から引き出し、絶賛尻もち中のじいさんに向き直った。
「おじいさん、浄化に協力していただいてもよろしいですか?」
「協力ですかい?」
「はい。次はそうですね……あの辺から浄化を使いたいです。鍬で土を掘り返してください。果樹園を一緒に取り戻しましょう」
ヒルネが果樹園の奥を指さした。
合点がいったじいさんは困惑した表情を笑顔にかえ、膝を叩いて立ち上がった。
「おまかせくだせえ! 行きましょう!」
じいさんは喜び勇んで鍬を手に取り、走り出した。
すると、鍬の上で船を漕いでいたおサボりミニヒルネは放り出され、シュガーマスカットの苗木にぽーんとぶつかって転んだ。かぶっていた星屑のサファリハットがずり下がる。ミニヒルネはそのまま星屑の鼻ちょうちんを作って居眠りを始めてしまった。
「私たちも行きましょう」
ドン、ドンと星屑と土が舞い上がる中、ヒルネたちは移動した。
じいさんは「うおおおっ、果樹園を復活させるぞぉ!」と、とんでもない勢いで土を掘っていく。
「あとで疲れちゃいますよ……。あ、それくらいで大丈夫です」
「了解ですぞ!」
じいさんが鍬を下ろす。
「昼寝したくなってきました」
ヒルネがふああっ、とあくびをして、土に両手を入れた。
「ヒルネさまには泥一つつけません。専属メイドとして!」
ジャンヌはエプロンを外して、両手で広げた。
飛んでくる土をガードするつもりらしい。
「土の中に隠れてるとかずるいわよ。よくも私を困らせてくれたわね……!」
ホリーが不敵な笑みを浮かべて杖を構える。
「ではいきます――浄化!」
ヒルネが聖魔法を行使すると、魔法陣が広がった。
◯
それから、穴を掘って地中を浄化する作業を繰り返した。
やり始めたときは、これはすぐ終わるな、とヒルネは楽観的であったが、果樹園全体を浄化する頃には日が沈もうとしていた。
「お腹空いた……眠い……」
(昼前から夕方まで浄化作業をしてしまった……ブラック……)
前世の社会人のくせなのか、終わるまで帰れない気分になっていたヒルネ。
(途中休憩とかすればよかったじゃん)
後悔先に立たずであった。
果樹園を見回すと、瘴気は消え去った。
正常な空気が流れている。
ヒルネはちょうどいい高さの倒木に腰を下ろした。
「ご飯食べたい……お風呂入りたい……寝たい……」
「賛成……私もお腹が空いたわ……」
ホリーも疲れたのか、緩慢な動きでヒルネの隣に座った。
「ヒルネさま申し訳ありません。結局、泥だらけになってしまいました」
広げたエプロンで飛んでくる土をガードしていたジャンヌであったが、物量に負けてしょんぼりしている。
三人は衣をつけたコロッケみたいに泥まみれだった。
「次は頑張ります!」
むんと拳を握るジャンヌ。
「ジャンヌは元気ですね……」
「あなたの体力おかしいわよ……」
「メイドさんの元気を儂にも分けてくだせえ……」
ヒルネ、ホリー、疲れて果てて座っているじいさんが言う。
ジャンヌは顔を赤くして、バタバタと手を動かした。
「そんなことないと思いますよ? 私だって疲れたり……あれ? あんまりしてないです」
自分が疲れ知らずと気づいて、ジャンヌが苦笑いした。
「ジャンヌが元気で私は嬉しいですよ。あ、そうだ。飲み物を村からもらってきてくれませんか? さすがに喉が乾きました」
「わかりました!」
ジャンヌがうなずいて走っていった。
そして数秒後、「ヒールーネーさーまーっ!」と叫びながら、ジャンヌが手に大きな何かを持って戻ってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます