第14話 採掘場へ出発
ヒルネは
(夏は涼しくて冬はあったかい! 床にも
快適な部屋でごろごろしている自分を夢想した。
ジャンヌに膝枕で耳かきをしてもらい、日がな一日昼寝ざんまい。お腹が空いたらホリーを誘って苺パンを食べ、食休みに日向ぼっこ。その日の気分で枕を変える贅沢な日々――。
まだ見ぬ未来の大神殿を想像して、次第に目がとろんと下がってくるヒルネ。
(ああ〜、のんびりしたい欲が止まらない。転生してからサボりぐせが抜けないよね……)
ヒルネの思考は女神さまの微笑みへと飛び、さらにさかのぼって前世へと移った。
(前住んでた家はひどかったなぁ……。家賃三万、エアコンなし、窓からすきま風、隣の会話が丸聞こえ……。夏は暑くて冬は寒かったし……)
前世で自分が住んでいた安普請のアパートを思い出して、ヒルネは遠い目をし、空を見上げた。
「大聖女ヒルネさま……?」
突然空気の変わった大聖女を見て、皆が息を飲んだ。
白髭のポンペイじいさんと、黒髭の屈強なおっさん、バルディックは自分たちが言い争いを始めて不興を買ってしまったのかと、固唾をのんでヒルネを見つめている。
(ううん……考えてたらまた眠くなってきた……)
眠気が襲ってきて、ヒルネは何度もまばたきをした。
じっと見ていたワンダが「おほん」と咳払いをして、ヒルネはこれはいけないと目を開けた。
「
ぽつりとヒルネが言ったので、ポンペイがしゃがれ声で即座に答えた。
「馬で三時間だ」
ぶっきらぼうな言い方だが、ヒルネへの敬意が込められていた。
(ああ、そんなに遠くないんだね。それならすぐに行って浄化して、大神殿の改築に着工してもらわないとな……)
ここまで考え、ヒルネはとあることを思った。
(でも私の家だけ豪華な
「ポンペイさま。質問があります」
「なんだ?」
「
「……採掘してみないとわからん。なぜ、そんなことを聞く?」
「私の住む大神殿だけ
この発言にはポンペイ、バルディック、他の職人たちが感銘を受け、丁寧に聖印を切って頭を垂れた。ジャンヌはヒルネの心意気に感動して、今にも拍手しそうである。
「皆さま?」
ヒルネが首をかしげると、ポンペイがしゃがれ声で言った。
「
隣にいた屈強な黒髭、バルディックが口を開いた。
「俺もポンペイジジイに賛成だ」
「なんだぁ?
ポンペイがバルディックを睨む。
「ちげえよ。西の採掘場がとんでもない瘴気まみれだからあぶねえって話だ。それに、大聖女さまのお言葉で気持ちが変わった」
バルディックが西の方角を見た。
「もし浄化が可能なら、
「ああ? 西の採掘場に
「前に
(おお、両方取れるのは好都合だね。しかも
ヒルネは、みんながやれば怒られない、の精神だ。
無骨な職人っぽいバルディックを見て、うなずいた。
「西の採掘場に行けば両方が取れるのですね?」
「そうですぜ」
「では、私が採掘場を浄化いたします。善は急げ。準備ができたら出発いたします」
「ありがとうございます! これで街に資材が流れますぜ!」
「感謝する……」
バルディック、ポンペイが深々と一礼した。
無骨な二人であったが、ヒルネは大きな感謝の気持ちを感じて笑みを浮かべた。
その後、心配そうな目で見ていたワンダが場を取り仕切り、明朝、西の採掘場へ行く手はずになった。
◯
翌朝。
ジャンヌにベッドから引きずり出されて、ヒルネは神殿の広場へと向かった。
(眠いけど快眠石のためだ……がんばろう……)
「ふあぁぁぁっ……あっふ……」
眠気で頭が働いていないらしい。
あと、高級資材の
広場には馬に乗った兵士たちと、石職人のポンペイとバルディックがいた。二人も馬に乗っている。ヒルネの移動は馬車を使うようだ。
「遅いじゃないの。時間ぎりぎりよ」
同行するホリーは先に来ていたのか、聖女服を隙なく着こなしてワンダと一緒に待っていた。
「あなたが最後じゃない。まったく……大聖女としての自覚が足りないわよ」
「ホリー、おはようございます」
「おはよう。ほらほら、早く皆さんに挨拶しなさいよ」
小言を言いながらヒルネに早足で近づき、隣を歩く。
ワンダとジャンヌは仲のいい聖女と大聖女を微笑ましく見ていた。
「皆さま、お待たせいたしました」
ヒルネがあくびを噛み殺しながら言うと、兵士を統率している部隊長が馬からひらりと降りた。
顔に大きな傷跡がある四十代前半の男性だ。
歴戦の戦士といった風貌であった。
「東門を担当しております部隊長カルロスと申します。此度の遠征に志願いたしました」
部隊長カルロスはヒルネの結界によって夜間の街が守られるため、時間に余裕が生まれていた。
こうして兵士を自由に動かすことができ、彼は生き生きとしている。
(カルロス……カルロス……聞いたことのある名前だね)
ヒルネは眠たげな目でじっとカルロスを見つめ、思い出した。
「あ――伝令さまに伝言をした部隊長さまですね?」
「はっ! ご記憶いただいており、光栄です!」
カルロスは感無量といった様子で敬礼した。
「あの夜は十一時に就寝できましたか?」
「普段から夜勤ばかりのため、あまり寝付けませんでした」
カルロスが苦笑いしつつ、正直に答える。
「それはいけません。今後も十一時就寝でお願いしますね?」
(昼夜逆転は身体によくないからね……私は知ってるよ)
「承知いたしました」
「寝る前にお酒を飲んだり、煙草を吸ったりしてはいけませんよ。寝付きが悪くなります。きちんと身体を拭いて、寝間着に着替えて寝てください。寝るときはちょっとだけ幸せなことを考えると寝付きがよくなります」
十歳の少女に四十歳のおっさんが早く寝なさいと言われている光景はシュールであったが、笑う者は誰もいなかった。
イクセンダールの夜が安全になった証拠であるため、兵士たちは大聖女ヒルネを見て誇らしげな笑みを浮かべている。
「例えばですね……お腹いっぱいにパンを食べてる自分を想像するとか、そういったことを考えながら寝るんです。あとは、洗いたてのシーツと使い慣れた枕がベストですね……」
あっふ、とヒルネは小さなあくびを漏らした。
「なんだか話していたら……ふあっ……すみません。眠くなってきました」
居眠り大聖女の発言に、皆が笑った。
ワンダとホリーはやれやれと苦笑いをしている。
「了解であります」
カルロスはヒルネの目を見て、小気味いい笑顔でうなずいた。
新しい時代が始まる――。
彼の胸にはそんな希望がふくらんでいた。
「西の採掘場への案内と警護は我らにおまかせください。どうぞ馬車へ――」
ニヒルな笑みを浮かべ、部隊長カルロスがヒルネを促した。
「ありがとうございます」
ヒルネは一礼して、ジャンヌ、ホリー、ワンダとともに馬車へ乗り込んだ。
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