第15話 採掘場を浄化


 三時間半をかけて一行は西の採掘場に到着した。


(禍々しい空気だよ……)


 出発時とは打って変わって、一行は緊張したムードに包まれている。

 採掘場の手前で馬車を止め、兵士たち百名が迎撃陣形を作った。


「聖水に武器をつけろ! いつ瘴気が襲ってくるかわからん! 大聖女さまと石職人を守れ!」

「了解!」


 カルロスの指示が飛ぶ。

 兵士たちが手早く陣地を作って、武器を構えた。


「ヒルネ、ホリー、無理のない範囲で浄化するように。私もこれほどとは思っておりませんでした。浄化しきれない場合は撤退します」


 ワンダが馬車の窓から外を見て、視線を鋭くしてる。

 元聖女である彼女も聖魔法の使い手だ。瘴気の多さを感じていた。


 ホリーが真剣な顔つきでうなずいた。


「私は結界で皆さんを守ります。ヒルネは採掘場の浄化をしてちょうだい」

「わかりました」


 外の準備が整うと「お願いします」との声がかかり、ヒルネ、ジャンヌ、ホリー、ワンダが馬車から出た。


「ヒルネさま、すごい瘴気です。大丈夫でしょうか……?」


 ジャンヌが心配して両手を胸に当てる。


「――」


 ホリーは陣地に結界を張るべく聖句の詠唱を始めた。

 ヒルネは採掘場を見て、目を細めた。


(これは……かなり汚染されてるね……。お風呂場を十年ぐらい放置してもこうはならないよ)


 兵士たちの奥に見える採掘場はごつごつした岩場で、一軒家ほどの石が不規則に重なっている。穴を掘るのではなく、辺り一帯を採掘場と呼んでいるようだ。


(白っぽいキラキラした岩がある)


 聖水晶セントクォーツらしき美しい石がチラホラ見える。

 それらにも瘴気がこびりつていた。

 油で汚れた黒い液体のように、瘴気が採掘場の石にくっつき、うねうねと蠢いている。


(ポンペイのおじいちゃんはここから気合いで石を切り出すつもりだったのかな……?)


 ちらりと横を見ると、仏頂面の白髭じいさんが腕を組んで採掘場を睨んでいた。


 石職人にとって聖水晶セントクォーツは大切な資材だ。この状況をよく思っていないらしい。


「快眠石を救い出しましょう。大神殿のために――」


(そして石で作るのんびりマイハウス!)


(まずは範囲を調べて、それから瘴気が逃げないように結界で蓋をしちゃおう)


 ヒルネは瘴気を閉じ込めて、浄化魔法で一網打尽にする作戦を立てた。


 前方にいる部隊長カルロスを呼び、馬に乗せてほしいとお願いした。


「馬に? どうしてですか?」

「瘴気の範囲を調べたいのです。馬に結界を張るので安心して走ってください。ワンダさま、いいでしょうか?」

「……いいでしょう。結界を忘れずに張りなさい」

「ありがとうございます」


 そのときホリーの詠唱が終わったのか、結界魔法が陣地を覆うように展開された。


 半球状の結界が皆を包む。


「ヒルネ、早く行ってきて。瘴気が今にもこっちに来そうだから」


 ホリーが祈りのポーズで言った。


「わかりました。カルロスさん、どなたかにお願いしてよろしいですか?」

「では、私がお連れいたしましょう」


 カルロスは指揮を副隊長に任せ、戻ってきた。


「では、お願いします」


 ヒルネが両手を広げるとカルロスは一瞬躊躇したが、キラキラしている碧眼に見つめられていやとは言えず、ヒルネを馬上へと引き上げた。


(馬の上、高いね。あぶみとカルロスさんに挟まれて意外と居心地がいい。これは寝れそう)


「ヒルネさま、お気をつけて」


 ジャンヌが心配そうに言った。


「大丈夫ですよ。ほら――」


(お馬さん丸ごと防御〜)


 ヒルネが球体の結界を出して、カルロスと自分の乗る馬を守った。


「カルロスさん」

「承知――」


 カルロスはヒルネが落ちないよう位置を確認し、手綱を揺らした。


「しっかりつかまっていてください。はいやっ!」

「わかりましたっ」


 ヒルネとカルロスの乗る馬が颯爽と走り出した。



      ◯



 馬の蹄が大地を踏みしめる。

 ヒルネは採掘場をぐるりと一周した。


(馬すごい揺れる。これは寝れない)


 そんなことを思いつつ、ヒルネは採掘場から視線を離さない。


(瘴気が採掘場に引き寄せられてるみたい……。聖魔法――魔力感知――)


 聖魔法を両目に使って、魔力の流れを確認する。

 瘴気が聖水晶セントクォーツからヒルのごとく、魔力をじわじわ吸い上げている様子が見て取れた。


(なるほど、聖水晶セントクォーツの魔力にひかれてるんだね。でもそれ私のお家の石。君にはやらんよ)


「ざっと半径一キロ、全体が瘴気まみれだな」


 ヒルネの後ろで手綱を操っているカルロスが言った。


「ありがとうございます。だいたい把握しました。では、戻りましょう」

「了解」


 カルロスが手綱を引き、陣地へと戻る。

 時折、じゅわりと瘴気がぶつかって、ヒルネの作った結界に触れて蒸発した。


 これにはカルロスが「すげえ聖魔法だ」と舌を巻いている。


「ホリーの結界でみんな無事のようですね」

「あの子もすごい聖女さまだ」


 陣地を覆う結界に瘴気が襲いかかっているが、触れた先から蒸発していた。

 まだまだ結界は持ちそうであった。


「では、このまま馬上で浄化魔法を使います」

「え? このまま?」

「はい。浄化まで時間がかかりそうなので、馬に乗ったままのほうが何かといいでしょう」

「承知した」


(ふふふ……馬に乗ったままならワンダさんにも怒られず、居眠りができる! なんて名案)


 この大聖女、浄化中に寝たいだけだった。


 そんなことは知らずにカルロスが手綱に力を込める。

 ヒルネは聖句を脳内で詠唱して魔力を練り上げる。まずは結界魔法だ。


「――結界」


 ヒルネがつぶやくと、星屑が飛び出して舞い躍る。

 ヒルネの足元に魔法陣が浮かび上がって、採掘場が半球状の結界魔法に包まれた。


「おお!」「大聖女さまが聖魔法をお使いになった!」


 陣地からは声が上がり、ホリー、ジャンヌ、ワンダがヒルネを見る。

 そこで魔法を使うの? という顔だ。


(よし、成功。瘴気が逃げようとしてるけど無駄だよ)


 膨大な魔力の聖の力に気づいたのか、どろどろした瘴気が騒ぎ始めた。

 とりもち弾のように結界魔法に飛びつき、結界の力に苦悶を感じているのか、激しくうねって蒸発していく。


(続けて――浄化魔法!)


 ヒルネが手をかざすと、待ってましたと星屑がバラバラと噴き出して、結界内へ躍るように飛んでいく。


 さながら星屑の波が採掘場へ流れ込んでいるようだ。


「こいつぁすげえ……」


 何人もの聖女を見てきたカルロスでも、ヒルネの桁外れの聖魔法に舌を巻いた。


(うん、問題なさそうだね。私の分身も何人か出しておこう――)


 ヒルネの自動浄化聖魔法である。

 ワンダやホリーに言わせると、非常識な聖魔法らしい。


(それいけ)


 指を向けると、星屑が集合してヒルネの姿を形取る。


 ざっと十人ほどがふよふよと採掘場へ飛んでいった。


「おお、あの日見た聖魔法!」


 カルロスが馬上で興奮する。

 ミニヒルネは全員飛んでいったが、約一名、浮いたまま寝始めた。


「私が使っているからでしょうか。寝ている分身がいますね……」

「みたいですな」


 ヒルネが唸り、カルロスが小さく笑った。


 カルロスは手綱をゆっくり動かし、寝ているミニヒルネの下に馬の鼻先を持っていった。


 ミニヒルネはふよふよと鼻先に下り、ごろりと寝転がって寝息を立てた。


 ぶるる、と馬が鳴いて、静かに後退する。

 採掘場の結界内にはとめどなく星屑が流れ込み、ミニヒルネの浄化魔法がバァンと音を立てている。瘴気は巣に熱湯を入れられた昆虫のごとく、阿鼻叫喚だ。


(小一時間はかかりそうだね。寝よう)


 ヒルネは自分の背中とカルロスの革鎧を聖魔法でくっつけた。

 これで落ちることはない。


(うん……かけ布団……カルロスさんのマントでいいか……)


 もぞもぞと馬上で動き、ヒルネはカルロスのマントを引き寄せて勝手にくるまった。


 カルロスは気づいていない。


「これが大聖女の実力か……普通の聖女なら一日がかりで十分の一を浄化できるかどうかだぞ……」


(カルロスさんありがとう……もうお顔に大きな傷ができるような危険はないから……安心してください……)


 ヒルネは初めて挨拶したときから、カルロスの顔にある大きな傷に、彼の勇姿を想像していた。


 きっと何年も街を守ってきたのだろう。そんなことを考えてしまう。


「……すぅ……すぅ」


 数秒でヒルネは寝息を立てた。


 カルロスは、ヘドロのような瘴気が蒸発していく様子に釘付けになっている。

 ヒルネの張った採掘場の結界内では星屑が弾け、瘴気が蒸発し、全体の色味が黒から白へと変わっていく。

 陣地にいる兵士たちからは歓声が上がっていた。


「ヒルネさま、この調子なら……ヒルネさま?」


 カルロスはヒルネが寝ていることに気づいた。


 マントにくるまり、口を開けている。長いまつ毛が影を作っていた。

 よくみると、ちょっとばかりよだれが垂れていた。


「……大聖女も……普通の女の子だな」


 カルロスは、もし自分が結婚していたらこれぐらいの子どもがいたかもしれない。そんなことを思って笑みをこぼし、そっとヒルネのお腹へ両腕を回して落ちないよう配慮した。


「……だいしんでん……むにゃ……」


 完成した大神殿を夢見ているのだろうか。


「いかん。任務中だ」


 カルロスは表情を鋭くし、万が一に備えて周囲を警戒する。


 彼もヒルネもそのときは気づいていなかった。


 ヒルネの背中から星屑がこぼれ出て、カルロスに吸い込まれていた。聖魔法で背中をくっつけているせいかもしれない。


 ――ぶるる


 馬が息を漏らした。


 馬の鼻先にいるミニヒルネは両手両足を投げ出して、だらしないポーズで眠っていた。

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